第19話〜Story〜
「・・・・・・。」
私はこの施設に来てから、ほとんど変わらない日々を過ごしています。
午前六時に起床、六時半から朝食・・・。
えっ?クロムは食事をするのかって?
クロムは、『スティアセイヴ』を身につけて身体能力を強化したヒトなので、食事は必要なのです。
・・・話を戻します。
朝食終了後・・・やる事がありません。
ぼ〜っとしているか、気分転換に体を動かすくらいしか出来ません。
少し前に、研究員が数人来ましたが、やる事やって帰ってしまいました。
・・・少しくらい、誰かとお話出来ないでしょうか?
出来れば、フォルカのお兄さんのフィニカさん辺りと・・・。
---その時です。
-----コンコンッ。
扉を叩く音が聞こえました。
いったい、どちら様でしょうか?
「・・・失礼します。」
そういって入って来たのは、フィニカさんでした。
・・・ナイスタイミングです、フィニカさん。
「あっ・・・フィニカさん。」
「おはようございます。」
そういって彼は、軽く会釈してきました。
・・・どうやら、このバッチのせい見たいです。
「あの・・・この前みたいにため口で話してもらえませんか?」
じゃないと何だか、調子が狂います。
「・・・貴方が望むなら。」
そういうと、フィニカさんは一回咳払いをして、こっちを向きました。
「・・・実は、お前に聞きたいことがあるんだが、いいか?」
と、フィニカさんが聞いてきました。
やっぱりこっちの方が話しやすいです。
「・・・はい、何でしょうか?」
「・・・まず、これを見てくれ。」
フィニカさんはそういうと、数枚の紙を取り出しました。
書かれていた内容は・・・
「・・・ああ、この前の検査結果ですか。」
先程話しましたが、数日前に数人の研究員が、私の元に来ました。
その時に行ったのが、私の身体検査でした。
調べたかったそうです、スティアセイヴ無しでクロムとして存在できる私のことを・・・。
「そうだ、そのレポートに書いてある通り、お前はスティアセイヴ無しでもクロムとして存在している。欠陥・・・ではなかった、つまりスティアセイヴにも、ブレスレットにも縛られないクロム・・・それがお前だ、クラス。」
「縛られないクロム・・・。」
何だか・・・いい響きです。
「それに加えて、お前と同じくスティアセイヴとブレスレットに縛られないクロムが、もう一体いる事が判明した。」
「えっ?・・・誰ですか、そのクロムは?」
私と同じクロム・・・名前だけでも知っておきたいです。
フィニカさんは、ゆっくりと落ち着きのある声で答えてくれました。
「・・・No.6502154、ナイトだ。」
「ナイト・・・。」
私にバッチをくれたクロムです。
「あいつは、スティアセイヴ無しでクロムとして存在している上、ヒトに限りなく近い感情を持ち合わせている。・・・しかもパワーだけならドールの遥か上をいっている。」
ナイトは、ドールよりも強いんですね。
あっ、なんかフィニカさんが軽く歯ぎしりをしています。
「・・・悔しいんですか?」
「ああ、ドールがあんな礼儀も知らない新人におくれをとっているのは、他ならぬ俺の責任だ・・・。」
「・・・・・・。」
私は、何にもしてあげられません。
何といって励ましてよいのか・・・。
「・・・すまない、話がそれてしまったな。」
「いいえ、お気になさらずに・・・。」
それは、ドールのことをきちんと考えていて出てしまった反応ですから。
私も、フィニカさんの様な優しいヒトをマスターにしたいです。
「・・・本題を聞いてもいいか?」
「はい・・・。」
一体どんな事を聞きたいのでしょうか?
「・・・クラス、お前は施設長とどんな関係なんだ?」
「えっ・・・。」
「施設長は・・・何というか、他人と滅多に会話をしない方でな・・・指令のほとんどが紙に書かれたものがクロムを通じて渡されるんだ。そんな施設長にいきなり認められるなんて、家族の誰かが施設長と知り合いなのか?クロムになったといえ、家族の事みたいな個人情報は覚えていると思うんだが・・・。」
「・・・・・・。」
そんな事、こっちが聞きたいです。
だって・・・施設長とは会ったこともないんですよ?そんなヒトに、いきなり捕獲されて・・・専属のクロムに任命されて・・・。
「・・・わかりません、施設長とは一度も面会していませんし、私には家族がいませんので。」
「家族が・・・いないのか。」
「いない・・・というよりは、覚えていないのです。家族の構成、家族の顔や声、家のある場所・・・その他の個人情報もあやふやで・・・。」
「・・・辛くないか?家族の事を覚えていないのは・・・。」
フィニカさんは、どうやら私を心配してくれているようです。
・・・私の身勝手な解釈ですけど。
「・・・辛くはありません、家族の事を覚えていないのですから。」
「・・・覚えてなくても、少しくらいは辛いと思うぞ? 少なくとも俺は辛い、家族の・・・フォルカの事を思い出せないなんて、考えただけで辛いからな。」
フィニカさんにとって、フォルカはかけがえのない存在だと感じました。
・・・フォルカは、こんなに優しいお兄さんがいて幸せ者ですね・・・。
・・・私にもいるでしょうか? あんな感じの優しいお兄さんが・・・。
・・・あっ、フィニカさんが立ち上がりました。
「・・・質問に答えてくれて感謝する、それに・・・お前と色々話せてよかったよ。」
そういうと、フィニカさんは扉の方に歩きだしました。
「あっ・・・待ってください、もう少しお話しませんか?」
フィニカさんは、止まってこちらを向きました。
「・・・俺はこれから仕事何だがなぁ・・・。」
そういって、フィニカさんは考え込んでしまいました。
何というか・・・考える時に頭に軽く手を置く動作が、フォルカとそっくりです・・・さすが兄弟。
「・・・よし、俺はこれから仕事があって行けないから、後でそっちにドールを行かせよう。」
「ドールを・・・ですか?」
ドールはなんだか・・・私のことを嫌っているらしく、私を見るときはいつも恐い顔をしています。
「ああ、冷たいように見えるがいい奴だ・・・きっと退屈はしないと思うぞ。」
「・・・わかりました。」
私がそういうと、フィニカさんは「じゃあな。」といって部屋から出ていきました。
・・・話して見ると、とてもいいヒトに思えました。
少しだけ・・・ドールが羨ましいです。
数分後・・・コンコンとノックの音がしました。
「・・・どうぞ、鍵は開いていますよ。」
そういうと、ゆっくりと扉が開き、ドールが入って来ました。
「・・・失礼する。」
ドールはこちらに早足で来て、私の前に座りました。
「・・・でっ、話とはなんだ?」
「えっ・・・?」
「フィニカ様が言われたのだ、お前が私と話をしたがっているとな。」
ああ・・・何だか私がドールとお話しがしたいみたいな感じになってますね。
これは・・・フィニカさんが説明不足なのか、ドールの理解力が少々欠落しているのか・・・。
・・・ドールに聞かれたら多分消されますね、私・・・。
「いえ・・・ただ何もする事がないので、誰かとお話がしたいとフィニカさんに言ったら、貴方が来たのですよ・・・ドール。」
「そうか・・・フィニカ様に指名されたならやるしかあるまい。・・・さあ、話してやるから私に話題を振れ。」
「・・・はっ?」
「『・・・はっ?』じゃない、話題を振れと言っているんだ。さっさとしろ、話せんだろう。」
・・・私が振らないと駄目なんですか?
何というか・・・ドールは相手が話題を振らないと、喋らないタイプのようです。
よしっ・・・頑張って話題を振ってみましょう。
まずは、エリアルから教わった『ベタな話題の振り』をやってみましょう。
「・・・今日はいい天気で・・・。」
「今日はどう見ても曇りだろう?窓があるのだからそのくらい確認しろ。」
えっ!?窓があるんですか?
・・・あっ、本当に部屋の真上にありました。
なぜ私は、あそこから差し込む朝日などに気付かなかったのでしょうか?
エリアルには悪いですけど・・・全然駄目です、これ・・・。
なら・・・次は好きな物の話を。
「あの・・・ドールは犬が好きですか? 私は好きなのですが・・・。」
「私は猫派だ・・・。」
これも失敗です・・・でもドールの好きなものはわかりました。
なので、猫の話をしてみましょう。
「猫・・・可愛いですよね。」
「ああ・・・特に水に濡れているときの姿は、可愛さの破壊力が違う。」
水に濡れた猫・・・可愛さポイントの一つであるホワホワな毛が、水のせいでかわいそうなくらいホワホワ感が損なわれ・・・どちらかというと恐ろしく見える姿です。
・・・ドールは変わっています、かなり・・・。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
いけません、完全に会話が途切れてしまいました。
「・・・・・・っ。」
あっ、ドールが少し表情を変えました。
・・・うわぁ〜、あの顔は絶対に怒ってます。
早く話題を振らないと・・・。
「あの・・・。」
「何だ・・・。」
多分、これを失敗すれば・・・チャンスはもうないでしょう。
なら・・・思い切って女の子が好むと言われている、『異性』の話をしてみましょう。
「・・・フィニカさんのこと、どう思いますか?」
「!!!?」
ドールが、また表情を変えました。
今度は・・・あれっ?頬がほんのり赤く染まり、目を見開いています。
これは・・・ぞくにいう『恥ずかしい』というやつでしょうか?
「なっ・・・なぜそこでフィニカ様の話になるんだ!?猫の話をしていただろう、猫のぉぉ!!」
若干声がうわずっています・・・それに、必死に話を反らそうとしています。
なら、少し言い方を変えましょう。
「ドールは、フィニカさんのことが好きですか?」
「なぁっ!!?」
あっ・・・今の声、ドールから出たとは思えないくらい可愛らしい声です。
「おっ、お前は何故そのような事が普通に聞けるのだ!?」
「何でって言われましても・・・気になったから聞きたいんですけど。」
「〜〜〜〜〜ッ!!!」
ドールの顔が、完熟トマトの様に赤いです。
そんなに言いにくい事なのでしょうか?
マスターを好くのは、クロムとして当たり前だと思うのですが・・・。
「・・・フィニカさんのこと、嫌いなのですか?」
「そんな事ない!!フィニカ様を嫌う理由なぞ、あるわけがない!!!」
「なら・・・好きなんですね?」
「うっ・・・。」
ドールが黙り込みました。
これは・・・私の勝利と考えて良いのでしょうか。
でしたら・・・
「どういうところが好きなんですか?」
もっと、知りたいです。
ドールは、はぁっ・・・とため息をつきました。
「話せばいいのだろう、話せば・・・。」
ついにドールが、観念しました。
これが、完全勝利というやつですね!
「・・・フィニカ様はお強くて、賢くて、優しいお方だ・・・。」
「はい・・・私もそう思います。」
強いのは・・・実際に戦っているのでわかりますし、この施設に勤めているヒトは皆がエリートだと聞いているので、賢いというのもわかります。
それに優しいというのも、先程色々と話したのでわかります。
ですが・・・なんとなく寂しそうな顔を、時折していました。
「・・・フィニカさんは最近、何か嫌なことがあったのですか?」
きっと、何か理由があるはずです。
「嫌なこと?・・・ああ、あったな。」
「それは一体?」
フィニカさんを苦しめる、悪いもの・・・一体なんでしょうか?
「・・・フィニカ様を苦しめているのは、フィニカ様のただひとりの弟・・・フォルカ・ティールだ。」
「えっ・・・。」
フォルカが・・・フィニカさんを!?
「・・・お前は気絶していて知らなかっただろうが、お前たちとの戦闘中にフォルカはフィニカ様に殴りかかり、拒絶した。 その言葉が、フィニカ様の深い傷となっているのだ。」
「・・・・・・。」
その話に、私は口を開けませんでした。