(三)怠慢
健児は派遣の仕事にしだいに馴染んでいった。他の派遣社員ともうまく人間関係を築くことができた。昼食は常に四人で一緒にとって、また岩脇が会社に了解を得ることなく二時間に一度、十五分間の休憩をとることとしたので、派遣社員同士で話す機会は多かった。岩脇はもっぱら就職に失敗したことや、会社の経営に関する批判を懸命に論じていた。木暮は気にいらない正社員にひとりずつあだ名をつけて拙い言葉で悪口を言う。健児はただ彼らの話を聞いて馬鹿笑いをしていただけだった。それでも、会社を辞めて自宅に引き籠もっていた時よりも気を紛らわせることができたのである。
派遣社員の仕事は、各店舗から送られて来るメーカー別の仕入伝票の数値を、ただ端末に打ち込むだけなので、健児はすぐに仕事をこなすことができた。ただ、月末の集計作業が面倒でならなかった。業者に依頼すれば簡単な集計システムができるのだが、システム担当の平河という中年女性が複雑なシステムをプログラムしてしまったため、作業が複雑になってしまいさらにヒステリックな平河は、操作方法を聞かれれば「マニュアルを読め」と怒り、マニュアル通りに作業をして間違えれば「勝手にやるな」と怒鳴る。そのため派遣社員はその月末の集計作業が苦痛でならなかったのである。
入力作業は単独で行う作業なので、基本的に共同で行うことはないのだが、月末の集計作業だけは派遣社員全員で取り組まなければならなかった。月末の集計作業はその月の伝票の数値を全て入力したあとに集計して、伝票を店舗順にファイルに綴じることである。店舗順に綴じるためには、担当者が順番にファイルに綴じて行かなければならない。このファイルに綴じる作業が共同作業ということになる。しかし、毎月入力が遅れている者がいた。木暮裕太である。彼はたびたび秘書課の女性と雑談したり、入力作業中に雑誌を読んだり、さらには就業時間中であるにもかかわらず無断で外へ出て行って時間をつぶしていた。入力作業が遅れるのも当然であった。月末の集計作業を行うときもひとりだけ入力作業をしていて、他の担当者と共同作業をすることはなかった。店舗順にファイルに綴じる作業の時には、木暮はとりあえず入力し終わった仕入伝票をペーパーファスナ―で綴じて、ファイルの中に入れておくだけである。そのペーパーファスナ―をいちいち取りはずしてファイリングするのがとにかく面倒なのであった。
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