第43話 これもまた、最高の思い出
入ったレストランはテーマパーク特有のもので、他では見たことがないようなデザインの食事に舌鼓を打ったりした。
行動班のRINEにおススメのアトラクションも打ち込んで仕事を終えた俺は、嵐山さんと一緒に次のアトラクションへと向かう。
嵐山さんが決めてくれた乗りたいアトラクションに関しては昼食前に全て回り切ってしまった。
だから今から行くのは整理券を最初に取ったホラーのアトラクションだ。
広いテーマパークを二人で歩けば、おどろおどろしい雰囲気の建物が見えてくる。
秋の季節だからか、ハロウィンはもう終わっているものの、ホラーアトラクションがいくつかあるらしい。
その内の一つをどうせなら体験してみようというのが嵐山さんからの提案だった。
「おお……雰囲気があるね」
「追いかけられて、魔の手から逃げられるのか……だって」
パンフレットを見ながら嵐山さんはそう言う。
その言葉を聞いて、ホラーか、と思った。
個人的にはそこまで苦手……という事はないと思っている。
そういうゲームや映画を好んでやったり見たりするわけじゃないし、こういうテーマパークのお化け屋敷に入ったこともそんなにない筈。
でもそこまで怖がりではないと……思う、いや思いたい。
それに嵐山さんは大丈夫そうだし、冷静な彼女が隣にいるなら取り乱すようなこともないだろう。
あれ? どっちだったかな、冷静な人が居ると冷静になれるんだっけ?
それとも自分以上に取り乱している人が居ると逆に冷静になれるんだっけ?
そんなことをなんかのバラエティ番組で芸能人が言っていた気がしたけど、忘れてしまった。
嵐山さんと一緒にアトラクションの入口へ。
整理券を事前に取っていたこともあって、スムーズに中に入ることが出来た。
それでも少しは順番を待つ必要があるようで、ちょっとだけ待ち時間が生じる。
その中で、俺は少し気になったことを聞いてみた。
「嵐山さんって、絶叫系もホラーも大丈夫みたいだけど、怖いものはあるの?」
「怖い……もの?」
隣に立つ嵐山さんは、うーん、と考え込む。
なんでか分からないけど、俺は彼女が何かを苦手としている想像がつかなかった。
「女子が嫌いそうなものと言えば……よく聞くのは虫とか?」
「別に好きじゃないけど、絶対無理、って程じゃないよ」
「そっか……」
「うーん……まあでも、高いところとかはあまり好きじゃないかも」
嵐山さんの口から出てきたのは、意外な一言だった。
「え? そうなの? その割にはジェットコースターを楽しめていたと思うけど。あとは昨日のホテルとか、結構高層階じゃなかった?」
「高所恐怖症って程じゃないからね。それにスピードが出てれば気にならないし、ベランダや窓みたいに遠くから外を見る分には特にはって感じ」
なるほどそういうのもあるのか、と俺は納得した。
続けて嵐山さんは口を開く。
「なんていうか、落ちるのが苦手なのかもしれない。そういうアトラクションはちょっと嫌かも。あとは高いところから真下を見るとかも、ちょっと苦手かもしれない」
「確かに、高いところから下を見ると少し怖い時あるよね」
なんとなく嵐山さんの言いたいことが分かって、俺は頷いた。
すると嵐山さんは俺の方を見て尋ねてくる。
「優木は? これすっごく苦手、みたいなやつあるの?」
「うーん」
考えるけど、すぐには出てこない。
けど何もないって言うのも違う気がして、考えて考えて、そして答えを出した。
「交通事故?」
「いやそれは苦手っていうか、誰もが遭いたくないものでしょ」
「……確かにそうだね」
嵐山さんの言う通りだなと思って、俺は苦笑いした。
なにを言っているんだろうと、そう思った。
◆◆◆
おそらく人生初であろうホラーアトラクションは思いの外楽しめた。
追いかけられるという恐怖体験に心臓がバクバクしたけど、それもそれで新体験だったからだろう。
急に出てこられるとびっくりするけど、それは仕方ない事だ、もはや生理現象だ、と途中から諦めた。
一方で嵐山さんが言っていたホラーが好き、というのは本当らしく、彼女は楽しそうにしていた。
一切体をびくつかせることもないから、逆にその姿にカッコよさを感じてしまったくらいだ。
アトラクションを終えて出てきた後はお互いに少しだけ疲れていた気はしたけど、顔を見合わせて笑い合うくらいには楽しかった。
「いやー、アトラクションでホラーは初めてだったけど、自分で経験するのは新鮮で面白いね」
「ゲームとか映画とかで見たことはあったけど、これはこれで楽しかった」
「興奮とちょっとの恐怖でまだ少し心臓がドキドキしてるや。そこで少し休んでもいい?」
「うん、私もだからそうしよう」
二人してベンチに座り、楽しかったという感想を共有する。
アトラクションのここが良かったとか、あそこは特にびっくりしたという事を笑い合いながら話し合ったりした。
「あー、楽しかったなぁ」
そう言って、俺はスマホを取り出す。
時間を確認すれば集合時間まではまだ一時間くらい時間があった。
「この後どうする? あと一つくらい、あまり並ばないアトラクションなら乗れそうだけど」
嵐山さんに声をかけると、彼女は笑顔を浮かべたままで、そうだね、と呟いた。
彼女の事だからこの後のアトラクションも考えているだろうと思って聞いてみたけれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「ゆっくりしたいかな」
「ゆっくり?」
「うん、適当に飲み物でも買って、優木と二人でどこか適当なところで、ゆっくり」
そう言って微笑む嵐山さん。
少しだけ不思議な感じはしたけど、個人的には十分すぎる程楽しんでいたから、文句はなかった。
「嵐山さんがそれでいいなら、俺はいいよ」
「そう? ありがとう」
「じゃあ、あそこで何か買おうか」
「うん」
俺達は二人揃ってベンチから立ち上がり、テーマパーク専用の飲み物が売っている場所へと足を運ぶ。
そこで二人して好きな飲み物を購入して、ちょっとだけ歩いた。
広場のような場所に来て、その一番奥にあるベンチに二人して腰を下ろす。
何も言わずに飲み物を一口。
テーマパーク限定の飲み物という事だったけど、意外にも美味しくて驚いた。
「ねえ、優木」
「ん?」
声をかけられたのでストローから口を離して答える。
すると嵐山さんは俺の方を見て微笑んだ。
「ありがとう」
急なお礼だった。
「優木、私のためにこの修学旅行で色々してくれたでしょ? 東川さんからも聞いたりしたから、知っているんだ。だから、ありがとう」
「そっか……どういたしまして。嵐山さんが楽しめたのなら、良かったよ」
「楽しめたよ」
その声は力強くて、心にすっと入ってくるようだった。
「本当に楽しかった。初日から今日まで、昨日は……ちょっと色々あったけど……それでもすっごく楽しかった。大切な思い出になるくらいには」
「大げさだよ、嵐山さん」
「大げさじゃないよ。……優木と友達になれたこと、本当に感謝してる」
「う、うーん……」
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、少し照れ臭い。
まっすぐな嵐山さんの瞳が輝いて見えて、その輝きにおされて目線を少しだけ外してしまう。
個人的にはそんな感謝されるような事をしたとは思っていないけれど、嵐山さんが楽しめたというのは嬉しい事だった。
「だから、ありがとう。これからもよろしく」
「……嵐山さん……うん、こちらこそよろしく」
二人して微笑みあって、そう言った。
元々嵐山さんとは仲が良いとは思っていたけど、この修学旅行でさらに仲が深まった気がした。
この後、俺達は集合時間が近づいてくるまでこの四日間の修学旅行について振り返るように話した。
二人で一緒に行動したときの事も、それぞれ離れて行動した旅館やホテルでのことも話した。
嵐山さんの話す内容に俺も笑っていたし、俺の話す内容に嵐山さんも笑ってくれた。
四日間の修学旅行。
その途中では不安になるようなこともあったけど、最後は俺も嵐山さんも笑顔だった。




