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第3話 怖い子の好きなものを、聴いてみた

 翌日のホームルームを、俺は沈んだ気持ちのまま参加していた。

 隣には昨日と同じように嵐山さんが座っているけど、今日は話しかけていない。

 

『しつこい』

『関わらないで』

 

 この二つの言葉で、結構心にダメージを負ってしまったというのが大きな理由だ。

 これまでもあまり手ごたえはなかったし、何度も頻繁に話しかけるのも迷惑になる。

 ちょっと距離を置くのも大切かな、なんてことを思ったから。

 

 とはいえ置いたままじゃ全然縮まらないんだけど。

 

「では二人三脚の出場メンバーはこんな感じで決定としますね」

 

 前の教卓では、委員長の栗原さんが黒板に体育祭の種目に出場する生徒の名前を書いていた。

 昨日蓮が予想した通り、今日のホームルームは体育祭出場生徒を決める場となっていた。

 飯島先生は少し離れたところで、栗原さんやクラス全体を見てくれている。

 

 黒板には白いチョークで生徒の名前が多く書かれていて、ほとんどの種目の出場生徒が決まっていた。

 その中には同じ名前が複数ある生徒もいて、東川や蓮、俺も入っている。

 

 リレーに騎馬戦に二人三脚、そして借り物競争。

 合計で4つの種目に出ることになったけど、体を動かすのは好きだから構わない。

 

 その代わりに運動が苦手な人は全員参加の綱引きとかにしか参加しない。

 黒板に名前がない人がそうで、嵐山さんも該当していた。

 彼女はこの話し合いが始まってから一度も手を上げることなく、ただ無表情なまま前をじっと見ているだけだ。

 

 まあ、嵐山さんが積極的に手を上げて種目に立候補する、なんてことは予想できない事ではあるけど。

 内心で苦笑いをしていると全部の種目の出場生徒が決まったみたいで、栗原さんは教卓に手をついた。

 

「では、このメンバー表で提出します。もし当日体調不良などで欠員が出た場合は代わりを依頼するかもしれませんので、覚えておいてください」

 

 クラス全員が返事をして、栗原さんは自分の席に戻っていく。

 そしてそれと入れ替わる形で、飯島先生が教卓に立った。

 

 今日も今日とて諸注意や、軽い世間話をする飯島先生の話を聞きながら、俺はふと嵐山さんに視線を向けた。

 彼女は変わらずじっと前を見ていて、俺と目が合うこともない。

 

 ずっと見ているのも変なので視線を外して少し考える。

 嵐山さんを何とかする作戦(俺命名)は上手くいっていない。

 そもそも第一段階である嵐山さんと仲良くする、というところから失敗している。

 

 っていうか、よくよく考えれば飯島先生と栗原さんが4月5月と頑張ってみてダメだったんだから、俺が短い間でなんとかできるっていうのは考えが甘かったってことだ。

 それは思い知ったんだけど。

 

 ……一体どうすればいいんだ。話しかけても返事がもらえないときっかけすら生まれないしなぁ。

 

 溜息を小さく吐いて机の上を見つめる。

 会話以外に嵐山さんと関わる方法を今日一日かけて考えてはみたけど、思いつくわけもなかった。

 

「以上でホームルームは終了だ。気をつけて帰るように」

 

 飯島先生の言葉を聞くとすぐに、左耳で椅子が床を滑る音を聞いた。

 視線を向けてみれば立ち上がったのは嵐山さんで、彼女はこれまで何度も見た動きで机横のバッグを肩にかけて帰ろうとするところだった。

 

 一切俺とは目を合わせることなく教室の扉に向かおうとする彼女を見て、思わず目線を下げる。

 なんて声をかければいいのか、わからないまま今日も終わってしまう。

 そう思ったとき。

 

 不意に、嵐山さんの鞄に目がいった。

 

 彼女の鞄は他の生徒の物と違って、色々なものが飾ってある。

 何やらよく分からないアイテムと言えばいいのか分からないけど、バッジやストラップが大量についている。バッジも髑髏やよく分からない模様の物ばかりだ。

 女子が好きそうな可愛い系のものは、一つとしてなかった。

 

 その中の一つ、赤字……と言えばいいのか分からないけど、そんな色合いをした「D」の大きなバッジに目線がいった。

 なんでそれに目がいったのか分からないけど、なぜだかそれが気になった。

 

 嵐山さんが教室の後ろの扉を開けて出て行ってしまうまで彼女の背中を見送ったけど、あの「D」の大きなバッジはずっと脳裏に焼き付いていた。

 

「……D」

 

 スマホを取り出して調べようとしたけど、右上の画面表示を見て思いとどまる。

 先月にスマホの通信費が高いとお袋に注意された事を思い出した。

 

 ……家に帰って、パソコンで調べるか。

 

 そう思って立ち上がったとき、蓮がこちらに来た。

 

「よう夜空、体育祭のメンバーが決まったところでカラオケでも行こうかって話しているんだけど、一緒にいかね?」

 

 聞いたときはなんだその理由は、と思ったけど、遊びに良ければ何でもいいんだろう。

 けど俺は蓮の言葉に手を合わせて答えた。

 

「悪い、ちょっとやりたいことがあるんだ。俺は先に帰るよ。また誘ってくれ」

「んあ? そうなのか? 分かった、じゃあまた今度なー」

 

 蓮は特に気にしていないみたいで、手を振って去っていく。

 俺も鞄に教材やら何やらを詰め込んで、帰ろうとした。

 

「っと、危ない危ない」

 

 帰ろうと思ったところで、今日は塾があったことを思い出して、もう一度椅子に座って机の中からノートやら教科書やらを取り出す。

 確かあの授業の時に考えてたはずだから……、なんてことを思い出しながら教科書をめくって、お目当ての英文法のプリントを見つけ出した。

 

 危なかった。今日の塾の宿題を忘れるところだった。

 せっかく時間をかけて解いた難しい問題だったのに、無駄にならずに済んだ。

 

 今度こそ忘れ物がないことを確信して、俺は教室を後にした。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 自転車を走らせて帰り道を疾走し、自宅へと帰る。

 自転車を置いてポケットからスマホを取り出せば、塾まではまだまだ時間があった。

 玄関の扉を開けて、リビングにいる母親にただいま、と告げる。

 そのまま和室へと足を運んで、毎日欠かさずしていることをすると、二階にある自分の部屋へと向かった。

 

 階段を素早く上がって、自室の扉を開ける。

 塾へは制服のまま行けばいいか、って考えて、俺はそのまま勉強机に座ってパソコンを立ち上げた。

 

 高校に入ったときに母親に買ってもらったお気に入りのデスクトップパソコンだ。

 調べ物をしたり、蓮達とゲームをするのに重宝している。

 

 かなり高スペックみたいで、機能に関しては以前親父に見せたけど、相当良いものらしい。

 壊さないように注意している代物だ。

 

 パスワードを入れてログインし、ブラウザを立ち上げる。

 そして検索窓にカーソルを合わせたところで、指が止まった。

 

「……なんて調べればいいんだ? Dのバッジ、とか?」

 

 頭に浮かんだ内容を打ち込んでみるけど、アニメやゲームキャラの缶バッジの情報しか出てこない。

 赤い、とかキーワードを追加してみても、嵐山さんのつけていたバッジを掲載しているサイトは出てこなかった。

 

「…………」

 

 腕を組んで考える。このキーワードだと嵐山さんのバッジを見つけるのに時間がかかる。

 他に何か特徴はなかったか? ……炎のような見た目のDだった気がする。

 

 指を動かして、炎、とか入れてみたけど、やっぱり出てこない。

 何か他に……何か……。

 

「あっ……」

 

 そこまで考えて、思い至った。

 嵐山さんは昼休みにはヘッドフォンをして眠っていることが多い。

 もしかするとあのバッジは、音楽関連の物なんじゃないだろうか。

 

 思い立ったように指を動かして、「音楽」の文字を追加入力する。

 けど出てきたサイトの一覧を上から見てもあのバッジは出てこなくて、俺は次に検索結果を画像に切り替えた。

 

「……どれだ」

 

 マウスを使ってスクロールしていくと、ついに見覚えのあるバッジの画像を見つけた。

 

「これだ!」

 

 クリックして、ページへと飛ぶ。

 出てきたページはオークションのサイトみたいで、嵐山さんが付けていたのと同じバッジを出品していた。

 オークションそのものは終わっているみたいだけど、バッジに関する情報はまだ残っていた。

 出品物のタイトルを読み上げる。

 

「……Dear World?」

 

 聞いたことのない名前に首を傾げる。

 検索画面に戻って「Dear World」と入力すると、一番上に「Dear World 公式サイト」というサイトが表示された。

 

「音楽バンド?」

 

 公式サイトに飛んで分かったことは、「Dear World」というのが音楽バンドという事だった。

 ただ公式サイトは数年前の更新を最後に、更新が止まっている。

 

 公式ページから出て、その下にある情報まとめサイトにアクセスした。

 

「……Dear Woldは4人から成るV系ロックバンド?」

 

 読み上げて首を傾げる。V系とは何だろうか。ロックバンドは聞いたことがあるけど。

 そしてページをもう少し詳細に見てみると、活動期間は俺が生まれてすぐの頃だった。

 さらに十数年前に活動を休止しているらしい。

 

「…………」

 

 欲しい情報を集め終わって、俺は無言でマウスから手を離す。

 ある程度調べてみて、「Dear World」が昔の音楽バンドっていうのは分かった。

 きっと嵐山さんはこのバンドのファンであることも。

 でもそれが分かったところで、何になるんだとも思った。

 

 隣の女の子の鞄のバッジを見て、そこから勝手にここまで調べるって、俺ちょっと気持ち悪いな、とさえ思ってしまった。

 もしもこの話をしたら、嵐山さんはまた冷たい視線を俺に向けることだろう。

 

「……何やってんだ俺」

 

 大きく息を吐いて検索したページを消して、代わりにいつも見ている動画サイトを開いた。

 塾が始まる時間まで適当に動画でも見ながら過ごすかと考えての事だったけど、チャンネル登録している人は今日はまだ誰も動画を更新していなかった。

 されるとしたら、夜だろう。

 

 TOPページに出てくるおススメ動画も興味を惹かれるものはあるけど、今はあんまり見る気になれない。

 適当にマウスでスクロールしても、面白そうな動画はない。

 

「…………」

 

 だから不意に動画投稿サイトの検索欄に目がいって、気づけば打っていた。

「Dear World」と。

 

 動画投稿サイトは関連度の高いものから表示される。

 一番上に表示されたのは、「Dear World」が発売した曲のPVだった。

 投稿されたのが数年前の物になっているから、結構古い奴だろう。

 

 イヤホンを耳に入れて、何の気はなしに動画をクリックする。

 毎回流れる広告を邪魔だな、と思いながら飛ばしてすぐ。

 

 俺の体を、衝撃が貫いた。

【あとがき】

当作品を見つけ、読んで頂きありがとうございます!

「面白そう」「続きが気になる」と感じましたら、ブックマークと↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価頂けましたら嬉しいです!

モチベーションになりますので、是非よろしくお願いいたします!


紗沙

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