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無口無愛想、けど実は親切依存系美少女、嵐山さん  作者: 紗沙


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第22話 離れる距離、もどかしい気持ち

 翌日の朝、俺は少しだけワクワクした気持ちで教室に向かう。

 今日は嵐山さんがお弁当を作って来てくれる日だ。

 だけど昨日の夜に試験勉強をしていたからか、少し起きるのが遅くなってしまった。

 

 軽く走って教室の扉を開ければ、クラスの多くの人が俺を見た。

 

「? お、おはよう?」

「おはよう」

「おはよーっす」

 

 一瞬なんだと思ったけど、クラスメイト達はいつも通り挨拶を返してくれる。

 それに時計を見てみても時間はギリギリではあるものの、間に合っていた。

 

 少しだけおかしい教室の雰囲気に内心で首を傾げながら、俺は自分の席に向かう。

 自分の机の横に鞄を引っ掛けると、俺の方をじっと見る蓮と目が合った。

 

「蓮?」

「夜空……お前ちょっと座れ」

 

 蓮に言われて席に座る。

 周りを確認した蓮は俺の耳に口を寄せて、小さな声で聞いてきた。

 

「なあ、お前本当は嵐山さんの事が好きなんだよな?」

 

 聞いてきたのは、以前も聞かれたことだった。

 少し呆れてため息を吐きながら、俺は蓮に返事をする。

 

「この前も言ったけど、そんなんじゃないってば……っていうか、なんで急にそんな話を?」

 

 嵐山さんとの暗黙の了解で、教室内では彼女とやりとりをしていない。

 放課後や昼休みに会うのもRINEで事前に連絡を取り合って決めているし、集合場所に向かうときも時間をずらして向かっているくらいだ。

 だから俺が嵐山さんに話しかけ始めた6月ならともかく、なんで10月にもなってそんなことを聞かれたのかが分からなかった。

 

 けど蓮は俺の事を訝しげな目で見て、再び小さく尋ねる。

 

「怒るなよ? ……まさかと思うけど、嵐山さんに脅されているわけじゃないよな?」

「……は?」

 

 言っている意味が分からなくて、聞き返してしまった。

 嵐山さんに脅されている? 俺が?

 

「……いや、そんなわけないだろ。どういうことだよ」

 

 思わず声が低くなるのを感じたけど、止めることは出来なかった。

 なんだその噂、悪意があるだろ、と心の中で思って、少し怒りを抱いたくらいだ。

 

「怒るなって。でも、そうだよなぁ……」

「なんでそんなことを聞くんだ? ひょっとしてクラスの雰囲気と関係あるのか?」

 

 今になって気付いたけど、周りのクラスメイトは俺を遠くから見て、ひそひそ話をしている。

 正直、あんまり良い気分じゃない。

 

「ああ、昨日の放課後にお前が嵐山さんに呼び出されて校舎裏に居るところを目撃した人が居るんだ。だからお前が嵐山さんに脅されているんじゃないかって、そんな噂が立っているんだよ」

「っ、そんなわけ――」

 

 否定しようと思ったところで教室の扉が開いて、飯島先生が姿を現す。

 席につけ、という言葉で俺は言い足りない気持ちになりながらも、仕方なく前を向いた。

 今日の時間割だと一時間目の授業は飯島先生の古典の授業だ。

 

 ホームルームから連続して、長い時間蓮から話を聞くことは出来なかったものの、少し冷静になって考える時間はあった。

 けど考えれば考える程に、馬鹿馬鹿しいとそう思える。

 俺が嵐山さんに脅されて一緒に居る? そんなわけないだろ。

 

 思うところはあるけど所詮は噂だし、放っておけばいいと、そう思った。

 その内時間が解決してくれるだろうなんて、そんなことを思っていたから。

 

 

 

 ×××

 

 

 

 昼休みを迎えて、俺はため息を吐く。

 あの後蓮から話を聞いたけど、朝聞いた以上に得られる情報はなかった。

 

 俺の今のクラスの立ち位置は嵐山さんに目をつけられた可哀そうな生徒ということらしい。

 東川にも話を聞いたけど、おおむね女子も思っていることは同じらしい。

 むしろ可哀そうだから、なんとかしてあげたいっていう女子も居るんだとか。

 

 東川には女子に誤解だとやんわり伝えてくれと言っておいた。

 彼女は影響力が大きいから、この噂の収束に役立つだろうと思ったからだ。

 

「さて」

 

 そう言って立ち上がり、教室の前の扉へ向かう。

 噂はムカつくけど、気にする必要はないだろう。

 俺達は今まで通り、俺達のままでやっていけばいいんだから。

 

 そう思って、前の扉を開けた。

 昼休みに集まるときも時間をずらして校舎裏に集合する。

 今回は俺が先に行く番だから、これまでと同じように一足先に教室を出た。

 

 けど扉を閉めるとき、ほんの一瞬だけ嵐山さんの方を見たけど、彼女は自分の席で座っていた。

 立っている俺とでは高さの差があって、彼女の表情を窺い知ることも出来なかった。

 

 その日の昼休み、校舎裏で待ってみたものの嵐山さんが現れることはなかった。

 

 

 

 ×××

 

 

 

 ――どういうことだ?

 

 昼休み後の5時間目の授業で、俺は机の下にスマホを隠してRINEを確認する。

 昼休み、姿を現さない嵐山さんに俺はRINEを送ったけど、それに対する返信はない。

 既読はついているから、読んでくれているはずだけど。

 

「嵐山さん……なんで……」

 

 小さく呟いてスマホを強く握りしめる。

 きっと彼女も朝、噂を聞いたことだろう。

 それで思うところがあって、一緒に居たくない……とかだろうか。

 

『噂の事、もしかして気にしているの?』

 

 そこまで打って、俺は送信ボタンを押せずにいた。

 これだと少し言葉が強すぎやしないだろうか。

 今まで嵐山さんとのやり取りでそんなこと考えたこともないのに、今だけは一文を打つのにも時間がかかった。

 

 何度か考えて、打ち直して、そしてまた考えて、そして文を完成させる。

 

『クラスで噂になっている事なら、全然気にしないで。俺も気にしてないし、嵐山さんも気にしないでほしい。今までと同じようにやっていけたらなって、俺はそう思ってる』

 

 心を落ち着かせて、俺は送信をタップした。

 画面に表示される俺のメッセージ。

 そこには既読の文字は、つかなかった。

 

 返信はおろか既読の表示すら、5時間目の授業が終わっても、放課後になっても、なかった。

 

 

 

 ×××

 

 

 

 少しイライラした気持ちで帰宅した俺は、帰りにコンビニで買ってきたご飯を食べていた。

 その様子を見たお袋は驚いていたけど、「遅刻しそうだったから買い忘れた」と言うと、何やってんのよ、と呆れたように笑ってくれた。

 

 朝出るときは嵐山さんのお弁当を食べれると思っていたし、彼女に渡すためのお金も用意していた。

 何より楽しみだったのに、まさかのお昼ご飯無し。

 そのせいっていうのもあるかもしれないけど、何よりもクラスメイトの立てた噂にイライラしていた。

 

 それと同時に嵐山さんが距離を置くようになったのも。

 でもそれはイライラではなくて、ただ、悲しかった。

 

 飯を食べ終わって、俺は自室に戻る。

 制服から部屋着に着替えてベッドに横になり、大きく息を吐いた。

 

「なんだかなぁ……」

 

 ずっと前から嵐山さんはそうだった。

 俺と関わっていることをクラスメイトに知られることを嫌がっていた。

 注目を浴びたくない、っていうのを彼女の口から聞いたことはある。

 

 けど、注目されること自体がそもそもおかしいんじゃないだろうか。

 俺は嵐山さんと話していて楽しいし、嵐山さんだって俺と話していて楽しんでくれている筈だ。

 そんな関係に勝手に注目して、こんな悪意のある噂を立てること自体おかしいと、そう思った。

 

 ポケットからスマホを取り出して、RINEをタップして開く。

 俺の送ったメッセージに既読はついているけど、返信はなかった。

 

「…………」

 

 ひょっとしたら今見て、それで何か返信を送ってくれるかもしれない。

 そう思って少し待ってみたけど、しばらく経ってもメッセージが打ち込まれることはなかった。

 

「はぁー」

 

 大きく息を吐いて、スマホをスリープ状態にして充電器に繋ぐ。

 同時にスマホが震えて、慌てて確認すれば相手は蓮だった。

 

 なんだ蓮か、と思うと同時に、メッセージを確認。

 いつもやっているゲームの誘いだった。

 

 いつも通り、夕食の後ならいいよ、という返信をする。

 その後に見てみても、夕食後に見てみても、やっぱり嵐山さんからの返信はなかった。

 

 

 

 ×××

 

 

 

『まあでもよぉ、俺だって夜空から事前に話を聞かなかったら同じように思ってたぜ? なあ青木?』

『うん……ゲームしながらちょくちょく話を聞いているから、優木君が嵐山さんに……えっと……興味があるのは知ってたけど、そうじゃない人は脅されていると思っても仕方ないと思う』

「いやだから、そもそも嵐山さんはそんな人じゃないって」

 

 内心で少しだけイライラしながら、俺は蓮と青木の二人に返事する。

 ゲームの暇な時間に会話をするけど、その話が今は嵐山さんと俺に関わる噂話になっていた。

 蓮はもちろんのこと、青木も噂は耳にしていたようだ。

 

『まあ、そこまで広まってないし、時間が解決するだろ』

『うん、そう思うよ。そんなに気にしなくてもいいんじゃないかなぁ』

「……そうは言うけどさぁ……って痛っ! いるいるっ!」

 

 二人の言う通りだっていうのはよく分かっている。

 けどそうじゃなくて、どこか変な感じがあった。

 まるで歯車が一つ噛み合わなくて、上手く動かないような、そんな感じが。

 

 そう返そうとしたとき、ちょうど近くにいた敵に撃たれた。

 敵の攻撃によって一気に体力が削られていく俺の操作キャラ。

 そのまま倒されてしまい、蓮と青木もそのまま数の暴力で倒されてしまった。

 

 いつもなら気付けるはずの距離なのに、集中しきれていないのか気づけなかったみたいだ。

 

「……悪い。今日はちょっとこのくらいにしておく。あんまり集中力無いみたいだ」

『だな。まあそういう日もあるさ』

『無理にやっても悪い結果にしかならないからね。また今度やろう』

 

 蓮と青木に断りを入れて通話から抜けた俺は、ゲームを終了してパソコンの電源を落とす。

 今日は調子悪かったなと思って、なんとなく充電器に繋いだスマホを手に取った。

 電源をONにしただけだけど、RINEの通知が届いていた。

 

 小さな通知欄に収まるくらいに短く一言、嵐山さんからの返信があった。

 

『ごめん』

 

 その言葉を見て、俺はスマホを壊れそうなほどに強く握りしめた。

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