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無口無愛想、けど実は親切依存系美少女、嵐山さん  作者: 紗沙


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第15話 夏休みの終わり、彼女の影

 正直、カラオケでの練習方法を教えてくれた先生のケアはかなり手厚かった。

 カラオケ以外での過ごし方としては、例えば寝るときにエアコンをつけっぱなしにするなとか。

 カラオケ店では喉にダメージが入るから炭酸を飲むな、といった細かい指示が紙に書いてある。

 

 さらに次の授業の時には、先生は事前に伝えた俺の知っている曲をキーが高い順に並べてくれて、歌うと良いおススメの順番を考えてくれた。

 中学の頃から色々とやってくれた先生だけど、今回もそれが存分に発揮されていて、感謝してもしきれないくらいだ。

 というか、俺の伝えた曲を全部知っている風見先生については凄いとしか言いようがない。

 

 あの人、知らない曲ないんじゃないだろうか……。

 

 ただ紙を熟読すると、やっぱり所々にあるのは喉のダメージを減らしたり、ケアに関する内容が多い。

 それに何日たっても喉が枯れたまま治らない場合や、いつまでも違和感がある場合は直ちに病院に行くことって大きな赤文字で書かれていた。

 

 少し気になって話を聞いてみたけど、先生はそういった経験をしたことはないみたい。

 ただ昔一緒にカラオケに行っていた友人が、先生と疎遠になった後に喉を酷使しすぎて病院にお世話になったそうで。

 

『やらかしちゃったみたいで、治りはしたけど、高音が出にくくなっちゃったみたい。久しぶりに再会して話を聞いたときには治ってたけど、本当に高音が出なくなっていて驚いたよ。だから優木君も気を付けてね。無理に練習し続けるとかじゃなければ大丈夫だとは思うけど』

 

 なんていう言葉を聞いたときには、ちょっとぞっとしたくらいだ。

 

 ただ先生の練習方法を実践して、少しずつだけど効果が出始めたように思える。

 思ったように歌えるようになってきたし、高い声もほんの少しだけど出るようになってきた。

 そのことを共有すると、先生は嬉しそうに笑ってくれた。

 

『歌うことで、段々と歌うことに特化した喉が出来てくるんだ。普段話すときの喉と歌うときの喉は違うからね。ゲームで言うなら、優木くんはこの短期間で大きくレベルアップをしている、みたいな感じだね。元々高音が出やすいみたいだから、夏休みが終わるころにはそれなりに歌えるようになっていると思うよ』

 

 そう言ってもらえて、さらに自信がついたくらいだ。

 

 だから、カラオケの練習に関しては一気に順調になった。

 ただやっぱりその中でも高すぎる曲っていうのはあって、中にはとても最高音が出せなさそうな曲もあった。

 それに関しても先生は対抗策を考えてくれていて、カラオケ機種の方でキーを少しだけ下げるっていう手法を教えてくれた。

 

 事前に下げた状態でのカラオケの音――伴奏っていうらしい――に慣れておく必要はあるけど、高すぎる曲に関してはこれでマスターしよう、ってことみたい。

 実際に一人カラオケで試してみたけど、最初は変な感じだったものの、慣れてからは気持ちよく歌えていた。

 

 そうして気づけば7月はとっくに過ぎ去っていて、8月もお盆を越えていた。

 遊びに行ったり、宿題をやる以外にはカラオケに行ってばかりの夏休みだった気がする。

 けど少しずつ歌えるようになってきているのは感じるし、自信もついてきた。

 

 夏休み明けの9月、俺は嵐山さんをカラオケに誘おうと思う。

 そこで今度こそは、きちんと時間いっぱいまで二人で楽しみたいと思う。

 運命の日は、少しずつ近づいていた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 高級マンションの一室、セミダブルのベッドに部屋着で寝ころんだ嵐山はスマホを片手にSNSを眺める。

 部屋にはスピーカーで彼女の好きなV系の音楽が流れていて、音楽に合わせて嵐山の足はリズムを刻んでいた。

 

 夏休みもそろそろ終わりだが、ただの休日と変わらない日々を嵐山は過ごしていた。

 しいて言うなら、優木夜空という新たに出来た繋がりとV系について話をするようになったくらいだろうか。

 

 不意にRINEを開いて、一番上のアイコンをタップする。

 会話の履歴が出てくるものの、もちろんそれは優木とのものだった。

 やれこの音楽を聴いただの、やれこの曲は難しかっただの打ち込まれていて、それに対する返信は少しあっさりすぎるかもしれない。

 

 けど、これが嵐山と優木のやり取りだったし、それで良いと彼女自身思っていた。

 

 すると、不意に見ている画面の一番下にメッセージが追加された。

 見てみると、まさに今、相手がメッセージを打ちこんだようだ。

 

『始業式の後、時間あるかな? 夏休みにカラオケの練習をしたから、リベンジをしたいんだ』

 

 打ち込まれたメッセージを見て、嵐山は首を傾げた。

 

「……カラオケの……練習?」

 

 それってなんだ? と一瞬思ったのだろうが、彼女はそれを気にしないようにしつつ、指を素早く動かす。

「いいよ」という簡単な返事を打ち込んで送信すると、向こうも同じようにRINEを開きっぱなしだったのか、すぐに既読がついた。

 ありがとう!、という返信と手を振っているスタンプを見て、少しだけ嵐山の口角が上がる。

 

 しかしその後すぐに、彼女の表情は真顔に戻った。

 

 スマホの画面には、RINEからの着信。

 アイコンはさっきまでメッセージのやり取りをしていた相手ではなく、名前には「愛奈」と表示されている。

 通話ボタンをタップすれば、久しぶりの声が聞こえた。

 

『莉愛……今ちょっといい?』

「ん……どうかしたの? お姉ちゃん」

 

 家族の中では唯一仲が良いと言える姉からの連絡。

 声色はやや明るく聞こえ、足もリズムを取り続けている。けどそれも。

 

『久しぶりにお父さんが帰ってくるから、実家に顔を出すかって……話なんだけど……』

 

 続く姉からの言葉で、嵐山の足がピタリと止まった。

 しばらくの沈黙が二人の間に流れる。

 部屋に響くV系の音楽が、やけにむなしく聞こえた。

 

「……行かない」

『そ、そう……分かった、二人には私から言っておくね……』

 

 姉のぎこちない言葉を聞いて、顔をゆがめる嵐山。

 スマホの向こうで、姉が取り繕うように続けた。

 

『あ、そうだ、今日は帰れそうだから夜に帰るね』

「ん……夕飯用意しておく」

『うん、ありがとう。じゃあね』

「うん」

 

 そう言ってRINEの通話が切れる。

 ホーム画面に戻ったスマホを見上げて、力なく腕をベッドに落とした。

 

「…………」

 

 嵐山は何も言わない。

 彼女の家族関係は、中学のある日を境に壊れてしまったから。

 だから彼女は実家に帰ろうとせず、姉の好意に甘えて、姉の借りているマンションに住みついている。

 

 それでいいと姉も言ってくれているし、母も同じ気持ちらしい。

 それを許可するのみならず、姉経由でお小遣いを渡してくれているくらいだ。

 だから嵐山も、それでいいと思っている。

 

 いや、そう思い込んでいる。

 

 力なくベッドから起き上がって、夕食の支度をするためにリビングへ向かう。

 ベッドで少しだけ口角を上げていた彼女は、今は4月と同じように全くの無表情だった。

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