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ショートショート5月〜5回目

三粒の納豆

作者: たかさば

「今日から毎週金曜に納豆を食べるわ。悪いが、お前さん買ってきてくれんか」


 納豆嫌いの父親が、まさかの宣言&依頼をして…驚いた。

 納豆のにおいを嗅ぐと食欲がなくなる、あんなものを食べるやつの気が知れないと公言していた人物が…いきなりどうしたというのだろう…。


「テレビでさ、健康にいいってやってたんだわ。納豆菌は…、納豆だけに含まれる体にいい成分というのは、体内で生成できないから食べるしかないんだと」


 食が細くやせ型の父親は、健康にかなり気をつかうタイプで…しょっちゅうテレビを見ては、色んな情報を取り入れている。休みの日にはドラッグストアをのぞきに行き、市民病院で健康講座が開かれると聞けば積極的に参加するのだ。

 食前酒が食欲を増進すると聞けば一口分の小さな缶ビールを買ってきて飲むようになったし、オロナミンCに生卵を入れたものが朝食に良いと聞けば毎日飲んでから出勤するような人なのである。


「俺は納豆は嫌いだで、三粒だけ食べればいいんだわ。ちょっとでもうまい方がええで、藁に入っとるやつ頼むわ」


 よく分からないが…、なんでも、納豆菌は体内に入れば勝手に増えるので、三粒食べれば健康効果があるのだそうだ。週に一度のペースで食べれば、納豆菌が体内から消えることはないとのこと。


 かくして、父親の納豆三粒生活が始まった。


 私は、木曜の夜に500円玉を渡され、金曜の学校帰りにスーパーに立ち寄って納豆を買うようになった。当時納豆は300円くらいだったので、ちょっとしたおこづかいになってありがたかった。


「納豆のにおいを嗅ぐと、食欲が失せるでな。焼き海苔で巻いて食うわ。ちょっと焼いてきてくれんか」


 納豆は、私がグルグルと混ぜて食卓に並べた。海苔は私がガスバーナーで焙って、食べる直前に出した。父親は納豆の丼の中から三粒だけつまんで、焼き海苔に包み、パクリと食べていた。

 納豆の残りは、すべて私が食べていた。弟は納豆がキライだったし、祖母と母親は父親が箸を入れた納豆を拒否したので、自分しか食べる人がいなかったのだ。

 幸い、私は納豆が好きだったので、喜んで食べた。藁に入った納豆はそこそこ量が多くて、食べがいがあって、ひもじい食卓ではわりと贅沢なおかずになった。



 わりと長く、納豆を三粒食べる日々が続いたようにも思うのだが…、いつしかその習慣はなくなった。



 生海苔を買わなくなったからだったか、納豆の丼を洗う事を嫌った母親が文句を言ったからだったか、納豆の食べすぎは良くないと聞いたからだったか…イマイチはっきりとした理由は覚えていない。




 三粒の納豆の摂取効果があるのかどうかはわからないが、父親は病気をする事もなく、血圧も安定し、血液検査の結果も良好で、今もなお…健康な日々を送っている。


「好き嫌いはありますか?」

「納豆と生モノがキライだなあ。牡蠣はフライにしても食えんな。あと、柚子とミョウガ、ワラビも食わんな」


「あら、かなり嫌いなものがあるんですね!納豆、美味しいのに!」

「あれは臭くてヌルヌルしとって、マズくて…昔がんばって食べたけど、結局美味いと思えんかったんだわ。腸内細菌叢の健康を保持するのは難しいでね。こないだテレビでやっとった特集では、食べすぎもいかんと言っておったよ」


 記憶もしっかり残っているし、情報を得ようという意気込みも健在だ。


 あんなに家庭内でしゃべらない人だったのに、介護認定の人やケアマネさん、デイサービスのスタッフさんと色々と話しているのを目の当たりにして、驚くことも少なくない。

 たまにデイで小難しいことを言ってはスタッフの皆さんを唸らせていたりもするのだそうで、迷惑とかかけてないかな、心配になってくる……。


「おぅい、そろそろ散髪の人が来るんじゃなかったかい?確か、今日の三時半と言っておったで」

「…え、何、それ。……うわ、ホントだ!!ごめん、すっかり忘れてた、ヤバイ、準備して…ない!!」


 自宅散髪サービスの申し込みをした事をカンペキに忘れ去っていた私は、慌てて準備を始めることになり。


 納豆は…食べすぎてもよろしくないと言っていた。

 丼いっぱい食べていた自分の、この恐ろしいまでの記憶力の貧弱さときたら……。


 納豆、三粒。

 ……すさまじい、摂取効果だ。


 …その効能を、威力を、しみじみと感じているのだった。

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