スタンドバイミー ちょちょぷりあん
雨垂れ石を穿つとはよく言ったもんですが
人とは馴染めず 傘屋の前で雨宿り
目の前に傘があるのに 店員に声を掛けづらい
そうなるまで私は 人への信頼というものを欠落してしまいました
もう無理なのかと思い詰め 諦め掛けていたそのとき
狭い路地から聞こえてくる幼い鳴き声
人間の赤子と分かったその場所には 段ボールに布が被されていた
「赤ちゃんだぁ…… こんなに小さいなら一緒になるのは無理だね」
しばらく考え込み 何を思ったのかその段ボールを持ち上げて
誰にも見つからぬよう都会の街を 雨の中を必死に守りながら消えた
十年後 愛媛県松山市
人里離れた山の中腹辺りで三人の家族がヒッソリと暮らしていた
女性一人と男の子が一人と女の子が一人
巷では シングルマザーが山で子育てしていると噂が立っているが
それは紛れもない私である
何故こんな不便な場所を選んだかと言えば私の都合に他ならない
近所に子供と同い年くらいの子もいるので
有り難いことに二人をバス通学で送り出すことが出来る
「じゃぁ母ちゃん! 行ってきます!!」
「行ってきま~~す!!」
「行ってらっしゃい……!」
昼はパート スーパーで働かせて貰い
定時前に退勤すると 夕方になる頃には畑仕事をしている
疲れを感じないのが私の良いところ
でもそれは 肉体が悲鳴を上げているのに気付かないということだ
だから人並みの生活は遵守しなければならない
ある時に外見が別人になっていたら 子供達も悲しむだろうし
子供が帰ってきたら晩食の用意だ
今日は近所の方からミカンを貰ったのでデザートは問題無い
だけど煮えたぎる鍋を見つめるとトラウマが蘇ってしまう
ーー私は…… 私達は食用だから……
仕事帰りに商店街に立ち寄ると
たまに同胞達が金盥を落しているのを見る
どうやら四国では 私達を妖怪の類いと済ましているようだ
居心地の良さは都会とは比べ物にならなかった
仲間もいて 人間にも襲われない 新天地には持って来いだった
「風呂から上がったら歯を磨いてねぇ~」
「「 はーい 」」
あの子達には 捨てられていた事を伏せていた
役所には本当の家族として登録しているので問題は無い
このままあの子達が大人になって旅だったら 私はどうしようか
いつまでもこの身体は長持ちしないだろう
年を取れば当たり前のように身体は言う事を聞かなくなる
私という不純物が体内に潜伏しているのだから その衰えは急速を増す
「母ちゃん磨いたー!!」
「たー!! 絵本読んでママぁ!!」
「分かったわ…… じゃぁ皆お布団に入って!!」
一枚の敷き布団に
左から娘のリカ・私・息子のリク
似た名前にしたのは二人が双子だったから
私「じゃぁ読むわよ 『こんとあき』」
リカ「私この話好き!! ぬいぐるみさんとお友達になりたいもん!!」
リク「えぇ俺は嫌い!! 気持ち悪いじゃん!!」
茶々を挟みながらの
絵本を読み終わる頃には私だけが起きていた
いつものこと むしろお利口に寝てくれて私も眠ることが叶う
消えた電球を見つめながら ゆっくりできる時間は今しか無い
私は〝ちょちょぷりあん〟という宇宙生命体だ
よく三色の坊ちゃん団子を子供達と一個ずつ分けて食べているが
黄色い部分だけ譲ったことはない
姿形は商店街で悪戯をしている ふよふよ浮いている仲間達が正体だ
私の様に人に寄生して 人間社会に干渉している奴はごく僅かだろう
「ねぇママ……」
「うん? 寝れないの?」
「今日ね…… 学校の給食を残しちゃってね」
「……どうかしたの?」
「イジメられてたんだよリカの奴!! 同級生に!!
でも俺が掃除用具室に行って
母ちゃん直伝の金盥をそいつの頭の上から落してやったぜ!!」
子供が悪さをした時 (ほとんどはリクだけど)
ちょっと小突く程度で金盥を頭上に押し付ける
それが私の叱り方
本来は坊ちゃん団子の黄色い部分を食べられたときにする八つ当たりなのだが
まさか人間の子供に継承されるとは
私「ゴメンねリク…… リカ……
そのことに関しては私が悪いの……」
リク「母ちゃんは何も悪くねぇだろ!! 弱い者イジメしてる奴が悪い!!」
リカ「ママも何か悪いことしたの?」
大人の事情だから子供に言う訳にはいかなかった
給食費は滞納している
母子家庭で双子を育てていると学校側には事前に相談しており
特別な事情という枠組みに入れて貰えたのは有り難かった
督促という形では 大目に見られているが
いつかは払わなければならないのだ
なにぶん 子育ては全てが初めてで
そうそう普通の家族のようにはいかない
「さぁ 今日はもう寝て 明日も頑張って学校に行ってね」
「「 うん…… 」」
「早く寝ないと金盥でお仕置きするぞぉ~!」
「「 キャハハハハ!! 」」
送り出すことしか 私にやれることは無い
精一杯の愛を注いでいるつもりでいるけど
本当の親に成り切れていない 不十分なのは身に沁みてる
いつもの様に会社帰りに商店街で買い物をしていると
たまにちょちょぷりあんがテレパシーで話し掛けてくる
『なんや! まだ母親演じとるんかいな?』
「こんばんわ…… 不思議なものです
何千年何万年も生きるのはあっという間なのに
子供が出来た途端 まるで本当に人間の時間を過ごしてるみたい」
『娯楽も大概にせぇよ 人相手に痛い目みてきたんとちゃうか?』
「うん…… でもこれで最後にする
今までは大人相手だったけど 今回のケースは少し奇跡だと思ってるの」
『……ほぅか
ビビらせてケラケラ笑う妖怪の生き方が
性に合っていると思うんやがな~~』
のらりくらいと私をおちょくり 空へ浮遊していくちょちょぷりあん
まるでフワフワとドレスで踊るお姫様のような
「お姫様かぁ…… 私達に性別なんて無いのに……」
「おいそこの女!! 止まれ!!」
平和な商店街の隅で立ち上る小さな硝煙
何事ぞと店先に顔を出す店員は
赤白のタイルを踏んで逃げ惑うお客達に驚いていた
「あなたは確か……」
「やっと見つけたぞ…… 先輩の遺体をどこへやった?」
パトカーが密集して警官服の男達が数人降りてくる
同時に拳銃を構えて私を威嚇している
以前の事が災いしているのだろう
「襲って来たのはそちらが先ですよね?」
「死体を梯子してたのは貴様だろ?」
「……人間社会に溶け込もうとしただけなのに
私達を食用としか見てなかった……
なんで仲良くしてくれなかったのよ」
「この野郎ぉ…… 反省の色は無しってかぁ!!!?」
衝動で発砲された
肩をかすめる私は傷口を手で覆い
脇目も振らずにその場から逃げ去る
遠くの方で警官達に取り押さえられている刑事は
私への怒りがおさまりきれない様子
「落ち着いて下さい須藤さん!! 他の住民に当たりますよ?!」
「あいつの所為で先輩…… 少し目を離しただけなのに……
急いで町全体に捜査網を張れ!!
あれはもはや…… ある程度知識を得た厄介な化け物だ!!」
少しだけ平和ボケしていたのを痛感した
寒さを凌げる家を手に入れ 温かみが増す家族が出来て
独りで居る時の解放感が 今になって羨ましく思っている
子供達はもう学校から帰って来てる頃だ
母親が独りで 家の近くの山奥に隠れているなんて考えもしないだろうな
いつでも帰れるように 置かれている状況よりも
子供を第一に考えている私はそれが正しいと思い込み始めていた
10年前にたまたま拾ってしまったあのときから
だからこそ 見つかってはいけない
リクとリカは普通の子供だ
人間同士の間に産まれた 私とは関係が無い
「そう…… 本当は他人で…… 私は人ですらないのに……」
もしもの時に備えて もっと奥へと茂みを掻き分ける
人らしい身なりを維持していたのに服はボロボロ
負った肩の傷を押さえながら 雨を凌げる程度の洞窟へ行くと
「あれ? 母ちゃん?!」
「リク!! リカも?! どうしてこんなところに?」
「リカをイジメめてた奴らがさ! 仕返しに上級生呼びやがったんだ!!
俺だけじゃ太刀打ち出来ないからここまで逃げてきたんだよ」
「そう…… だったの……」
リカはすぐに私のお腹に突っ込んできた
余程怖かったのか 冷え切った身体で震えているのではないのだろう
「クソ…… 明日早く学校に行って
あいつらの机の中を爬虫類と両生類のハウスにしてやる!!」
「リク! やり返しちゃ駄目よ そんな子達と同じになってはいけません」
「フン~~……」
「こっちにいらっしゃい しばらく三人で温まって帰ろう」
油断をしていると唐突に殺気を感じた
さっきの警察達が既に近くまで迫っていたのだ
草木を綿密に捜索しているところ 身体を捨てて逃げるのは不可能
子供の前でそんなことしたくないし 子供の身の安全が第一
「なんだよあいつら…… 何しているんだ?」
「リク! リカ! ……二人で家まで帰れる?」
「母ちゃんはどうするんだ?!」
「私はあの人達とお話ししなければいけないの……」
「何でだよ!! 俺が喧嘩したからか?!」
「……まぁ 喧嘩はよくないわね」
自分達にライトが当てられた
大勢の人間が銃を構えてやってくる
おそらく引き金は軽いだろう
母「さぁ行って!!」
リク「っ…… 行くぞリカ!!」
リカ「イヤだぁ!! ママぁ~~!!」
リクがリカの手を引っ張って 強引にでもその場を離れた
残された私と須藤と呼ばれる元新米刑事
それを取り巻く警官達とそうではない人間が一人
「久子を…… 〝娘〟を返して頂戴……」
「えっ……??」
五十くらいの歳の女性が 必死に涙ぐんで訴えかけてくる
分かってない私に説明してくれたのは須藤だった
「お前の身体のことを言ってるんだよ人殺し
お前は人を何人殺してきたのか自覚無いのか?」
「殺した……? いいえ 私はこの人と〝一緒に〟いるだけだよ?」
「……じゃぁその肉塊を脱いでみろよ」
「……」
考えもしなかった 宿った肉体はずっと温かくて
組織も正常に機能していて とても死んでいるようには思えない
「生きてるわ…… この身体はまだ生きているわ!!」
「……魂はどうだ いいから分離してみろや」
「……」
認めたくないから意地を張る
私は身体を脱ぎ捨てて ビー玉に毛の生えた本体を大衆に露わにした
借り物は生気を抜かれた様に白目を剥き その場に倒れる
「ぷりりっ!!?」
「ハァァァ…… じゃぁもう先輩は……
クソ…… うわぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
須藤は私目掛けて乱射を始めた
借り物の持ち主 久子さんの母親は遺体を前に泣き叫んでいる
身の危険に過剰に反応する私は怖くて怖くて謝罪どころではない
草むらに隠れ 改めて久子さんの肉体を見て思う
ーーそっか…… 私…… 人を殺して回っていたんだ……
歩み寄れていた気でいた 笑ってしまうくらいの勘違い
あの母親と同じように涙を流したいけど
生憎 私には目が無いもんで
元の体は手に入らない 子供のことは言うまでもないけど
このまま姿を消してしまおうと思ったそのとき
「母ちゃんをイジメるなぁ!!!!」
リクが木の枝を持って戻ってきた
一緒に付いて来たリカも警官一人に引っ付いて足止めしている
「母ちゃん……だと??」
須藤は急いで周りに指示を下す
「まさかちょちょぷりあんの子供がいるとはな……
その子供達を隔離対象に指定する!! 保護しろ!!」
『違う!!!!』
その場にいる全員にテレパシーを流した
ちゃんと言葉にしなければと 罪悪感を殺して再び彼女の肉体へ
「わ…… わた…しの…… 子供じゃぁ……」
必死に伝えようとするも人体の機能は停止に向かっている
それは死を意味し 久子さんの母親は発狂して気絶してしまった
「てめぇ…… 命を何だと思って……」
須藤の銃口は再び自分の心臓部へ
その彼の頭をフルスイングで叩いたのはリクだった
「大丈夫か母ちゃん!! 急いで逃げるぞ!!」
「リク……」
ーー……前言撤回
「ママぁ!! 死なないでママぁ!!!」
こんな醜い姿をしていようと子供達は駆け寄ってくれた
久子さんには本当に申し訳ないことをしてしまったけど
私はやっぱり
「あなた達を拾ったのは十年前……
赤ん坊だった君達は泣いてばかりだった
私が一生懸命育てて…… 根を上げそうになったとき……
一瞬だけ同時に笑ってくれたときがあったの
それをマネしてみてね…… なかなか悪いものじゃなかったな
私に笑い方を教えてくれてありがとう
私と一緒になってくれて…… ありがとう……」
久子さんの肉体は完全に死んだ
胸部からひょっこり現れたちょちょぷりあんを見たら
可愛い天使達はどんな表情をするのかしら
「……ママだ」
「え? 母ちゃんなのか?!」
リカはランドセルから坊っちゃん団子を取り出し
黄色い部分を私に差し出すと 思わず食べてしまった私を見て
二人は何を決心したのかと思えば
「おい逃げたぞ!! 追えぇ!!」
私を担いで二人は家を捨てて逃げ出してくれた
リカとリクは手を繋ぎ 私もまたその繋がりに便乗しようとヒゲ足を伸ばすが
今日限りで人に寄生することをやめると 固く誓ったのだった
翌日 夜明け前
一度家に戻っていたリクがタンス貯金を全部持ってきており
私達は隣町のバス停で一晩を過ごしていた
目が覚めると腹の音を同時に聞かせて笑い合う
バスを待っているリカを置いて 私とリクは防波堤の上で話をしていた
「母ちゃんとリカは俺が守るから安心しろよ」
『……』
「俺達兄妹が一番不幸だと思っていた
だけど母ちゃんの方がもっと怖い連中に追いかけ回されてたんだろ?」
『……違うわ 私は人殺しなの リク達と違ってね』
「じゃぁもう母ちゃんと一緒にいられないのか? 違うだろ?
俺はあんな場所好きじゃなかったから リカだってそうだ
だから逃げてでも生きようよ母ちゃん!!」
『……いいの? こんな私でも…… いいの?』
そうこうしている内にリカからバスが来たと大声を上げられて
「さぁ行こう母ちゃん! 逃げるよ!!」
「……ぷりり!!」
人と仲良くなれるのか 答えは出て来なかった
人それぞれと知ってしまったので
だけどなんだろうな 死の物狂いで生きていると
いつの間にか幸せでした