急 (戦いやときめきはいつだって突然やってくる、特に童貞の場合は。
魔力の痕跡を辿るリトマス紙のようなものも、だんだんと黒一色に近づいてきつつあった。色とりどりの色合いを持たせた色層が、今では黒一色になりつつあった。車を公園から南下に走らせ、人気の少ない海沿いの道路を走っているところ。
「近い」
如月は呟いた。
「終わったらご馳走します。夜宮さんは何か食べたいものはないですか?」
「海鮮天とじ弁当が食べたいですね」
「ほか弁かよ!こういう時こそたっかいの頼むに決まってんじゃん!ステーキよステーキ!」
「…終わったらなんでも好きなところにつれていってあげるから」
「よっし!速攻で片付けよーぜ」
そう言って京香を鼻を鳴らしながら言った。
「そうね」
車が止まった。海沿いのなだらかな道路の眼下には、季節外れの白い砂浜が広がっている。本来なら気持ち良いドライブが出来るコースなのであろうが、今現在。毒々しい雰囲気の中、明らかに空気は非日常へと変わっていた。
「アレ」
時刻は夕暮れだった。ソレは遠目からも見て分かるキャンプファイヤーの火のやぐらにも似ていた。正体不明の物体が異様に砂浜から浮いて見える。
「穴を開けようとしてるのか。採集しているのか。覗いてるのか。大規模な魔力を吸って、他の場所へと干渉しようとしてる」
如月は双眼鏡を覗きながら言った。
「当然。禁術。世界各国、あらゆる組織が使用を固く禁止している魔術。でも。影男の魔力シートは確認されてる。そこに影男が居て、魔術師が影男なのか。そもそも、ランクインする条件に該当してたとしても………」
「まァー、すぐそこにある危険を放置する事なんて無理っしょ。とりあえず、様子見しつつ、殲滅戦を想定してる。オーライッ?」
京香は自身の脈拍の上昇による気分の高揚を感じた。戦闘を予感させる。そんなシチュエーションだと分かったようだった。
「暗黒の儀式であることは間違いない。ただ、やみくもに動いて奇襲を張るチャンスを捨てる事はできない。やるなら武器を使用した即時の決着が望ましい。それに………異常な魔力を放ってるあのオブジェクト周囲に人の気配が無い。当然ここら一帯の人の気配は無い。…海上?」
如月は双眼鏡でくまなく人影を探したが見つからなかった。
「影男の出現時間まではまだリミットがある。それは脅威ランクDクラスの出現。地域一帯が異常魔力で汚染され脅威判定が昇格される危険性の示唆。応援部隊を待つか。それとも………」
悩みこむ如月の肩に京香はそっと手を置いた。
「必ず勝つ事だけやるってわけにもいかないでしょ。奇襲攻撃で相手が能力を駆使する前に斃してしまう。そんなベストが、いつもいつまでも続いてくなんて虫が良すぎる。だろ?」
「そうね。既に環境異変は発生してる。あるとするなら海上での儀式を遂行中か。暗くなる前に叩く、夕暮れ前のこの時間が好都合。あの櫓状のオブジェクトを調べてみましょう。夜宮さんは何か言いたいことはある?」
「そうだな。単純な質問だが、その敵はどうやってこの場所に来たのか。それが初めに気になりました。ここは最寄りの駅からも離れてます。タクシーを使用したのか。この砂浜には乗り物が見当たらない。車やバイクではない。タクシーを使用して料金をきちんと支払うのか。それとも自前の乗り物を持っているのか。海の中に敵が潜み、海中でなんならの儀式を行っていると仮定するなら、敵は海という水中がテリトリーなのではないか。もし、水中での戦闘が開始された場合。或いは影男が海に逃亡を試みた場合どうするのか。…そのへんですね」
夜宮は漠然と思っている疑問を口に出した。
「ふーん。ちゃんと仕事を考えてんじゃん。こーゆー時は、初心者はやべぇよやべぇよって言うもんだって思ってた。っつーか言えや。」
夜宮は一瞬やべぇよやべぇよと言ってあげるところだった。如月の怖い目つきが夜宮を仕事モードにさせている。よって夜宮は苦笑いで誤魔化した。
「確かに。もし、海の中で土地を利用したなんらかの儀式を行われている、あるいは行っている状況だと仮定するなら。今。まさに私たちは奇襲をかける用意が整っているという状況ですね。キョウちゃん。周囲の索敵は?」
「敵性魔力の反応はナシ。ただ、この腐敗臭にも似た感覚は、海の。モニュメント方向から発せられてる。ここからだと150メートル以上は離れてるけど、もっと近くで調べる必要があるかも。場所が場所だけに、罠の可能性は低いと思うけど。龍脈に沿った大気中のマナがあのモニュメントへ吸われてる」
「分かりました。引き続き警戒態勢を維持しつつ、あのオブジェクトを調べましょう」
三人はガードレールを乗り越え車道を降りて、砂浜に進んでいった。
「大量の龍脈、地下魔力が、あのオブジェクトを通して、変換されてる」
遠目から如月は周囲を観察しながら言った。
「コネクター代わりにしてる」
近くで見ると大きな構造物に三人は感じた。高さ二メートル程度の物体。それは炭化した木で組み上げられた櫓だった。正確に正方形にした炭で組み上げられ、それを少し間を開けて周囲に同じく炭が組み上げられている。これが五層に渡って組み込まれていた。そして。
「最近つけられた足跡が海へ向かって続いてる。足跡は一つ。夜宮さんの予想が当たってる。そして海中での戦闘行為は避けるべき」
如月が続けようとしたところで、ナニカを京香は感じた。
「如月!来る!!」
それはサーファーだった。全身を黒のスウェットスーツに身を包み込んだサーファー。年齢は明らかに40代を超えた、髭と長髪のダンディーな筋肉質な男性だった。
「荒らしは良くねぇぜ」
この男、サーフボードに乗っているが。実のところ。浮いていた。
「あなたこそ。明らかに異常事態でしょう。滑空するサーフボード。そのボードはカーボンド製。オーストラリアのブルベリー魔術学校出みたいね」
如月はボードの特徴的な赤模様に注目して推測した。そして、ブルベリー魔術学校は。
「魔術学校はそれぞれがピラミッド状にランク付けされる。それは明らかに下。スペシャル。オーラ。クオリティ。スキル。ぼんぼんのヒマ潰しで入るFランクの大学のそれ」
如月は戦闘態勢に入った。既に間合い。十分な位置関係。そして如月は、カウンターを狙っていた。
「殺されたいようだな…」
サーファーの男がオーラを波打たせ展開する。如月の望む戦闘応酬展開であった。
「この程度なら、簡単に拘束できる。その後で事情聴取をさせてもらいましょうか」
もちろん。この挑発めいた如月の発言は相手の正常な判断を曇らすための煽りである。全ては、京香の攻撃を刺し通すための布石。一撃が決まりさえすれば、確実に拘束できる。京香の一撃を放つために十二分な時間が稼げたところで。
「ぐ。お」
サーファーの男が呟いた。如月は眼前の男に警戒しつつもオブジェクトに注意を払った。オブジェクトの色が、変化していた。毒々しい焦げ茶色の中にまだら模様の赤色が垂れている。変化。そんな変化に注意を向けたその時だった。雷鳴の音と、雷特有のホワイトアウト。雷の光の白い閃光が四人を包み込んだ。
「ハァハァ」
ざばりと海から上がってきた男がいた。息を切らしながらも髪を上げ、体裁を整える。スーツ姿の男。
「なん………だと…」
あまりの出来事に、夜宮は呟いた。それから、ナニカが崩れ落ちる音を聞いた。夜宮は振り返った。如月、京香、サーファーの男が、砂浜と道路を繋げる壁にめり込んでいた。
「…」
奇襲の絶対的優位性。魔法、魔術によるところの攻撃力のインフレは装備品依存度の高い防御力に比べられないほどである。拳銃による銃撃。機関銃による銃撃。スナイパーライフルによる狙撃。人類の持ち得る武器は、引き金を引くたった一本の指で生命の絶命を許してしまうところまできている。それが魔法、非常に強力な魔法。
「ハッハッハッハッハッ…」
命を絶つための魔法。生命を奪うための魔法。一撃で、相手の魂を破壊してしまう魔法。
「フーっ。驚く余裕があるか。防御型。実に運が良い。丈夫な肉体が必要でね」
息を切らしながら現れた男。
「お前…」
「名前はガリウルだ。君は?」
問答など気にも留めずに夜宮は殺しにかかるつもりで殴り掛かった。一発殴れば、それがなんであれ死ぬ。一撃必殺の攻撃である。
「近距離型。なら接触しなければ怖くはない。名前を教えてくれないか?パーツにはそれぞれ名前が必要なのだよ。財布の中を漁るのは………あまりしたくなくてね」
駆け寄った夜宮に、明らかに人間の持つ速度とは異なる速さで男は距離を取った。
「ふむ。良い顔だ。これほど絶望的なシチュエーションで。君は一切の恐怖を見せてない。興味深いよ。半ば壊れてるとみえる」
「殺すッッ」
夜宮の頭はそれだけでいっぱいだった。今必要な事は、二人の安否ではない。今必要な行動は、目の前の敵を斃すこと。救急車を呼ぶことは、それからなのだという事。まず、敵を殺す。これ以上無いシンプルな動機の上で、夜宮の体は急速に戦闘形態に移行した。アドレナリンが分泌され、男性ホルモンは筋肉の実使用を促し、脳は敵を殺すためにフル稼働する。閉ざされた闘気は大きく開け放たれ。筋肉と骨を最大限に強化する。
「小細工を弄するか。まさかそれで私が怯むと?極東の三下組織が、この私に対して?冗談じゃない」
夜宮はかまわず走った。一撃でも。一撃でも入れば、それで完全決着である。人間離れした動き。その速度は、人類の上限値がオリンピックのワールドレコードだとするならば。夜宮は人間を超えていた。
「ならば私も少し遊ぶか」
速度ではない。まるで瞬間移動のような移動方法。しかしそれでも夜宮は迫り続けた。
「雷電」
男は逃げながらも、懐から明らかに洋服にしまいきれないであろう程の大きな鳥かごを取り出した。その鳥かごの中には美しい黄色い羽根を持つ鳥が居た。
「頭蓋をつつけ!」
かごが開くと、それは大きさを増し、二メートルを超える体になり、雷となって夜宮に突っ込んだ。が。夜宮はガードすらもせずにそのまま受け止めた。夜宮にとってそれはまるで効果が無かった。
「…」
男は目の前の敵を雑魚から敵へと認識を改めた。
「…ガリウル・セダー。生体魔改造の。ゴーレムガリウル。A級首の生体魔改造クラブの創始者」
軽く会釈をしながらも、夜宮は周囲の異変に気付いた。夕陽に照らされた砂浜の中、夜宮とガリウルを取り囲むように何十、何百もの紅く揺らめく猫。
「君を倒すとここで誓おう。…今まさにゴングだ」
決闘を初めて意識したガリウルは、確実に敵の消去を決定した。
「火達磨猫」
一斉に襲い来る炎で出来た猫が夜宮に襲い掛かったが、これもまた、夜宮の闘気に触れたところで溶け崩れた。
「えっ…」
熱、量、攻撃力、ともに必殺技と断じるに相応しい個人というよりも対複数戦を想定した魔術。202体の構成された魔力体の中にはそれぞれ微量のガリウルの血液を含ませた魔術。これを突破されたのは、史上初めての事であった。万一に備えた、無詠唱、即時発動の大魔術であった。
「今。私は、生命の危険を感じているよ…」
そして少し自嘲気味に笑った。
「この半世紀、無かったことだ」
それを聞いて、逆に夜宮は安心した。夜宮にとって、例え敵の最終奥義と冠する、人生を懸けた一撃を食らったのだとしても。夜宮にとって、それは等しく無に違いなく。夜宮にとって、わけのわからない魔法魔術が入り乱れた戦闘応酬の最中で相手のターン終了を意味したところだった。
「…」
夜宮にとっても、何時攻撃が通って死んでもおかしくない。いつ夜宮が崩れてもおかしくない。そんな常軌を逸した環境に身を置いているのは、夜宮にとっても同じであった。
「…」
ガリウルは思う。目の前の男は、想定よりも遥かに強く。実のところ、自身よりも遥か格上の存在なのではないかと。何時かありえるであろう、予想外の状況。死を予感させる戦い。ガリウル自身、そんな状況に身を置いてさえいても。信じられない事態であった。
「夜宮勇樹だ」
ぽつりと言った。夜宮の脳裏に浮かぶガリウルの死。全てを奪い取る必殺の一撃を放つ者として、或いは名乗られた者にとっての当たり前の儀礼。
「お前をこれから殺す」
夜宮は相手を葬り去るべく、奔った。そして捉えた。その一撃が、ガリウルのその肌に、その血肉に突き刺さった。かにみえた。
「…」
夜宮の拳は宙を走っていた。海から吹く風が、ガリウルの洋服を吹き流していった。そこに本来収まるべき肉体が、無かった。
「先に述べた通り、私は生物に魔力を注入し改造する第一人者だ」
声の方向は地面。先ほど立っていた場所に大きな口が出現しており、それが器用に言葉を喋っている。黄色く照らされた美しい砂浜で、生々しい歯と舌が見える大きな唇がそこにあった。
「私の組織は今でこそ、破滅を意味する存在、方向性をゼロに向かせる組織と成り果てたが、本来は違う目的があった」
その砂浜に描かれたような唇は、大きくなっていった。夜宮は考える。もし、この口の先が別の空間に通じていたら?もし、それに引きずり込まれたら?永遠の落下が脳裏に浮かび、夜宮は拡大を一途に広げる唇から距離を取った。
「ヒトとヒトとの繋がり。世界と世界の繋がり。魂と魂の繋がり。永遠の孤独からの解放。人類の安らかなる完全へと移行する助け。世界の拡張。救済。今思い出したよ。あの頃の情熱を」
それは、拡大を続けた。唇の部位を殴れば倒せるのか?夜宮の疑問に反して、それは拡大を続ける。奇怪なグロテスクのある大きな口が砂浜に浮かびあがった。
「君が世界なら、試す価値がある。君ならそれが出来るだろうか。我が人生を懸けた、コレクションをッ」
口から、腐臭が這い出した。何かが出てきた。奇妙な、それでいて哀しいほどに不完全な造形。
「私の世界を受け取ってくれッ。君なら受け取れるだろう。或いはッ!」
その口に放り込まれた生物、生体、混沌の中で生まれた蟲毒の結集。数百を経たモンスター。生物の人工的な強制進化。可能性の過渡期。
「あらゆる狂気を飲み込んだ、邪悪の完成形か…」
形容することすらもはばかる、生命の冒涜者が這い出た。
「ぎっぎぎ…」
色が炭を塗ったように黒く、複数の頭部が確認できる。―――影男。危険度C+
「ハァハァ………君なら勝てるかね?ソロで討伐可能な水準領域だとでも?」
「ぎぎ…」
本来ならランクC以上は、当該地域の軍が討滅処理の任務にあたる。もちろん、大量破壊兵器を含む、国家規模最動員、或いは、地球という惑星の中で最大戦力を持つ者達が徒党を組んでこれに対処する。そしてガリウルは、仮想敵にそれら一切と定めていた。
「ハァハァ…ミスターヨミヤ…。君なら或いは…ッ!」
砂浜の口は収れんし、やがては人の肉体となってガリウルは立ち上がった。地脈と一体となったガリウルの体は魂を包み上げるだけで精一杯であり、臓器一切の復元を捨てて尚も、夜宮の前に立ちたかった。
「…」
グロテスク極まりない存在。望まれぬ存在。そんな怪物に、夜宮は拳を加えた。そんな悲しい怪物に、慈悲を与えた。
「こんなものでは………オレは傷つかない」
夕陽に照らされた邪悪に満ち足りた暗黒の世界は、音も無く一瞬で崩れ去り、後はもう美しい絵になる世界が残るだけ。
「ば、ばけ………もの…」
ガリウルは鳥かごを展開し、世界最速の鳥である、移動に特化した鳥を召喚した。凍り付くような化け物。ガリウルに目に映った景色だけは、依然変わらぬ暗黒の世界。それが歪みきった予想もできない世界。
「ぁ…ぅ………」
強者として生れ落ち、強者として育ち、強者とした君臨したガリウルの完敗。即座の逃亡を脳が決定しているほどに、戦意を喪失する状況に陥ったのは初めての事だった。
「…」
時速170キロを超えるツバメ鳥を改造し、瞬間最高速度の350キロを超える速度で航行可能な乗り物である。
「…あっ?」
その鳥を手で掴んだところで、空中で放り出されてガリウルはわけもわからず崩れ落ちた。
「??」
次に顔を上げて敵へ向けた。拳銃による発砲が目で確認できた。次の瞬間には顔面を蹴られ、全てが終わったところだった。必要な事を、必要な分だけ、無駄なく、効率的に実行する。何の演技も無く、ただ終わらせる。
「…」
夕陽に照らされる黄色に染まる砂浜の中で、夜宮だけが残った。不思議な光景だった。後にこの時の監視衛星から撮られた動画は、世界を駆け巡る事になる。
「…!」
夜宮は走った。全てを終わらせ、二人の元に向かった。
「ビューテフォー。実にビューテホー」
ぱちぱちと拍手しているのは先のサーファーの男だった。
「お前は…」
「俺は敵じゃない。お前ら特殊部隊の応援だよ。ちなみに、チビは即死だ。ネーちゃんはかろうじて蘇生できたが、チビの魂は燃え尽きてた。オレの回復術じゃ及ばない。実に残念だよ」
「…」
二人に駆け寄ると確かに如月はなんとか脈があった。しかし、京香の脈はこと切れてた。
「ねーちゃんの方も大変だったんだぞ?首の動脈が切れてたからな。おまけに骨が肺に突き刺さってた。一応早めに病院に運んだ方がいいな。脊髄の損傷確認もちゃんとやっとかねーとな」
「…」
まるで眠っているように死んだみたいだった。昔見た眠り姫を、不思議に思い出している夜宮だったが、頭を振り払い、スマホを取り出した。
「救急車はもう呼んでるよ。じきにサイレンが聞こえるさ。チビの方は残念だったな」
冗談のような、妙に熱を帯びた遺体だった。夜宮は、崩れ落ちた。
「なんで…」
「一応、復元する事は出来るぜ。さっき見たにーちゃんのファイトに心を打たれたよ。痺れる、素敵な…ファイトだった」
「復元可能なのか!?」
「禁術だよ」
「世界各国が禁止されている魔術…」
「いや、厳密には違う。これから査定の段階に入るヤツだ。なにせサンプルも少ないからな。砂鉄の湖底に咲く、泉草という薬草を知ってるかい?」
「知らない!」
夜宮は怒鳴るように言った。目の前で誰かが死んだのは、夜宮にとって初めてのことだった。
「そうか。それは最近じゃ必須でね。壊されたものを復元する作用があるんだ」
「要点だけ話してくれ。あとはなんでもやる」
「…なんでもって言ったのはお前さんだからな?」
サーファーの男はサーフボードから注射器を取り出し、京香の首元に突き刺した。
「本当はご法度の禁制品でね。元々は遊び手が昇天決めるために少量だが使用してたのさ。取引の内容はこうだ。今回使用した分を少し足してから返して欲しい。そうだな。何でも言ったから、三倍の分量で取引してもらおうか。いいか?」
「…ああ。それはかまわないが。効くのか?」
げほっと吐きながら京香は息を吹き返した。
「ったく………おい!!あのクソ野郎はどこいった!!!!」
吠えるように絶叫した京香に小さく夜宮は言った。
「斃したよ」
夜宮は誇るでもなく、寂しそうに言った。
「くそったれ!!!」
京香は吠えるように叫んだ。
「わりーな。やっぱ今回はオレのミスだわな。やっぱ今回は貸し借りナシだ。俺の故郷。守ってくれてありがとな」
一方的にそう言ってサーファーの男は、風のうねりを捕まえて去っていった。
「なんだよ。なんかやったのか?」
「いや…」
夜宮は言った。
「なんでもないさ」
如月も立ち上がっていた。そして夜宮を見て、なんともいえない表情をした。如月は、言葉が出なかった。
「ほか弁に行きましょう」
だから代わりに夜宮が言った。
「オレ、海鮮天とじ弁当で」
京香は如月と目を合わせて言った。
「はぁ………。決まりだ」
「決まりね」
そして如月は車に乗り込む前に言った。
「夜宮さん。………ありがとう」
夜宮は感謝の言葉をまた、受け取った。車に乗り込むと。
「おい夜宮。このへんほか弁ねーぞ」
「えっ」
そして夜宮は厳かに言った。
「嘘つくなよ!ほか弁はどこにでもあるんだよ!」
そう言って地図アプリを開いてる京香のスマホを取り上げて、最寄りのほか弁を検索し指で示した。
「ほら!」
「ッちぃ!」
京香は舌打ちした。
「今日だけはオレの好きなメニューを選ばせてもらうからな」