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チャプター1 序 (30を超えた童貞の事を、業界ではまほうつかいと呼びます。


可も無く不可もないという割には結局そうだったのだから、不可だったのだろう。それとも運に恵まれていなかったのか。様々な要素が折り重なって捻じ曲がって夜宮勇樹は病院のベッドに横たわっていた。聞けば大型トラックに正面衝突したらしい。突然出現したトラックにぶつかったのは覚えているが、特に痛みなどもないが、すぐにやってきた救急車に乗せられたのだ。



「ラッキーなのか」



その呟きも納得の五体満足。むしろ病院の窓から見える東京を一望した眺めに清々しさを覚えたくらいだった。可もなく不可もない。そう自分で信じ込んできた人生の幸運がこの一瞬のためだった。そう思えているのだから、やっぱりラッキーなのだと一人でまた頷いた。なにせトラックとの衝突である。命がある事は奇跡的なのだと。



「失礼します」



ノックと共に入ってきたのは明らかナース姿の制服をした看護婦。思わず夜宮が生唾を飲み込むような妙な色気のある看護婦。あとはスーツ姿の男が二名。それから。スーツ姿の女性。



「…ごくり」



返事を言う前に入ってきたのは医者の往診なのだろう。夜宮は一度ちらっと見てからまたちょっと見て、その後なんともない風を装って外の景色を眺めている。実に童貞特有の女性への反応である。これが今年で30を迎えたのだから始末に負えない。俗に言う、まほうつかいってやつなのである。明らかに胸が巨大で、その眺めは夜宮にとって始末に負えなかった。肉体的な本能なのだろう。夜宮は気付かない内にも生唾を何度も飲み込んでいた。



「ご機嫌はいかがですか?」



スーツ姿のいかにも刑事ドラマに出てきそうな皺の刻まれた男が夜宮に質問した。夜宮は悪くないですよと答えると、スーツ姿の男は警察手帳を見せながら警察のものですと名前を名乗った。



「2、3質問をしたいのですが宜しいですね?」



「かまいませんよ」



「今から質問する事は妙に思われるかもしれませんが」



それから佐々木と名乗った刑事は大人向けのテレビ番組に出てきそうなちょっと正視に耐えがたいような看護婦を見た。



「CTスキャンMRIともに問題はありませんでしたが、脳の認知機能のチェックのために同伴させて頂いております。奇妙な質問に思われるかもしれませんが、まじめに受けてくださいね」



「わかりました」



その、夜宮のわかりましたの言葉はブラッドピットもかくや。という深みのある低い声だった。



「これまで女性経験は?」



「えっ?」



思わず聞き返そうとしたが。



「正直に正確に答えてください」



そう看護婦が言うと夜宮は正確に答えた。



「ありません」



「一度も?誰とも付き合ったことが無い?」



「…」



夜宮は思った。こんだけくだらない質問は無いだろうと。これは立派なプライベートである。今回の事故の事情聴取ともかすりもしない質問だ。むかっ腹が立ち眉をひそめると。



「衝突したトラックの運転手を見ましたか?」



「いえ、見てません」



少し早口で言われた。



「トラックの車種は分かりますか?」



「分からないです」



「トラックの色は覚えてますか?」



「覚えてないです」



「駆け寄った救護人の顔は?」



「覚えてないです」



「そもそもトラックにぶつかった?」



「…」



不意の質問に夜宮は黙った。しかし夜宮の沈黙とは裏腹に刑事は更に質問を続けた。



「事故に遭ったのは何時?何曜日?当時着ていた服は白?それとも黒?パソコンのデスクトップの背景は?あなたの名前は夜宮勇樹?」



矢継ぎ早の質問に夜宮の思考は追い付かなかった。続けざまの質問の止めが。



「あなたの超能力は、何のために使ってる?」



夜宮は声も出せなかった。あまりの質問の突飛さに脳が追い付かず、かろうじて、この人たちは警察だったよな?なんてことを思い起こしている始末だった。



「…」



「質問に答えてください」



看護婦が強い口調で言ったが、夜宮はそんな口調をサディスティックに感じてしまい変なところに血が沸いた。それが功を奏したのか。



「なんなんですか?警察の方ですよね?さっきから失礼じゃないですか」



という不快感を表す言葉が夜宮の口から出てこれた。



「はいっ!大丈夫ですね~。認知機能は十分です。実は少し脳に腫れが出ていまして。言語能力や自己認識機能、処理能力も問題ありません。ばっちりですね。明日にも退院できますよ」



看護婦は先ほどの威厳を持った声を変えて、いかがわしいイカンともしがたい動画サイトで有料視聴可能な動画のセリフのように滑らかに。実に夜宮の心をドストレートに射貫く発声であった。



「そうなんですか。おっかないなぁ…」



なぁんだっと言いながら、夜宮は更に付け加える。



「えっと。それで刑事さんの事情聴取なんかはもういいんですか?」



「実はそれがこれからでして。これを見てください」



そう言われて引き延ばされた写真を一枚手渡された。その写真にはなんとも奇妙な物体が写っていた。大型トラックを前方正面から撮られたのは間違いないが、奇妙にもまるで郵便ポストにでも激突したような歪な傷跡が残っていた。前方から見て取れる程にべっこりと人型に凹んでいた。



「僕を轢いた後にどこかの車にでもぶつかったんですか!?」



「いえ。それが…」



佐々木と名乗った刑事はもう一人の名乗らなかった方をちらりと見て言った。



「これがあなたに衝突した痕跡なのだと。タイヤも衝突時から少しも進まず車体が弾む程の衝撃のようです」



「ははぁ…。これは面倒になってきましたね。これから保険手続きや保険の調査員なんかが調べてくるんですね。先ほど言った通り覚えてないんです。ちなみにこちらの室内は立派な個室みたいですが、この費用なんかも保険で捻出されてるんでしょうか」



高そうな個室をきょろきょろと見まわしながら、夜宮は不安を解消するようにまくしたてるように言う。



「ああ。そのあたりは…」



佐々木は再びもう一度名乗らなかった刑事を見てから言った。



「心配せずとも大丈夫ですよ」



「そうなんですか」



「ええ。その、なんですか。この写真を見て思い当たるようなふしはありませんか?」



「いえ」



夜宮は再びハリウッドもかくやという奇妙な事故車の写真を見た。



「おかしいですよね。ほんとに」



そこで、その写真に血がぽつりぽつりと落ちてきた。それが自分の鼻血なのだと分かるまで、数秒が経ってからだった。そして夜宮は気付いたように言った。



「これ。さっきの写真じゃないですか」



刑事たちは顔を見合わせるように目くばせすると、一斉に頷いた。



「あの…?」



凍り付いたように、刑事たちはわずかばかりの一瞬、動かないまま停止していた。まるで何か嵐の前の静けさを予感させるような、妙な静まり具合だった。



「…」



ふと、佐々木が懐に手を入れた。夜宮はぼんやりとそれを眺めていた。そこから取り出されたものがいわゆる拳銃らしい物体なのだと頭で分かっていても、やっぱり夜宮はぼんやりそれを見ていた。特に反応もせずに、それがここにあったからといって、決っして夜宮の人生にそれが関わるような事など無いのだ。そうなんとなく感じたのだ。



「…」



そうたかをくくってた。



「え」



だからそれが自らの顔面に向けられて引き金を引かれても、妙ななんとも間抜けな声を反射的に腹から出しただけで終始した。



「え?」



今度は間抜けな声を出したのは、引き金を引いたはずの佐々木だった。確かに消音器付きの小型拳銃に対異能使用の銀弾を使用したはずなのだが。彼は無傷で、それからまばたきを何度もしている寝起きの間抜け顔がずっと引き続き続いていた。



「ちょっ。ちょっと!は?え?ぇ?え?」



混乱してる夜宮を更に畳みかけるように。



「清廉なる箱を浄化の闇に、カゲロウ、溶けゆくおぼろに」



「や…め」



一瞬夜宮の視線が黒に染まったが、一息継いでまばたきの後には通常の視点に戻った。続けて拳銃の発砲音が二発、三発。こめかみに着弾したらしい跡が夜宮には妙に痒みを感じた。



「本当にコイツ1/1か?」



「素手でバラします?」



「既に五分が経過してる、やってちょうだい」



強かに右の顎を殴られた事で夜宮の頭はようやく現実に追い付いてきた。どんなに馬鹿でどこまでも現実的に、実直に、それまで夜宮なりに真面目にこつこつ生きてきた人間にも痛みと、凶悪な意志を向けられたことでやっと分かった。



「ぐふ」



誰かが崩れ落ちる音を夜宮は聞いたが気にせず、ベッドから床に跳ね降りた。殴られたのだ。一発目はエアガンか何かを冗談のように撃たれたのだが、今度は殴られたのだ。夜宮はとりあえず殴られたのだから、殴り返す事に決めた。そして腹の内側では、その理屈で、殺されるのだから殺すつもりでこの場を切り抜けなければと。



「…」



その生涯において、ただの一度も喧嘩だってしたことがない。誰かを殴ることなんて、想像したこともなかった。闘争はその生涯において、夜宮にはひどく縁遠いものだった。ありえるはずもない出来事に、夜宮の思考もまた、ありえるはずもない出来事に変わっていった。窮鼠猫を噛むという言葉が頭のどこかに出現するのを夜宮は感じた。しかし、結局のところ、夜宮の下した結論はこの場全員の制圧だった。



「おい」



相手の言葉を気にせず、夜宮はとりあえず拳をグーのまま佐々木の顎に殴りこんだ。及び腰で体重を乗せない腕力だけの攻撃だった。その生涯初めての攻撃。



「え」



誰かの声だった。少なくとも夜宮の声ではなかった。佐々木と名乗った偽の警官は夜宮の一撃が突き刺さると、そのまま消え失せてしまったのだ。特に空間の歪みだとか、佐々木の悲鳴だとかはまるで無く。ただ、あっという間に消えていた。気付いたら、その場に居なかったのだ。



「…」



そこからすぐに、夜宮を殴りつけたり、刃物を取り出して切りつけようとした相手も同様に消えていった。夜宮の一撃が入れば、相手は誰であれ単に消滅してしまったのだ。夜宮も必死だったせいか、その実ものの十秒やそこらの出来事だった。最後に明らかに場違いのまるで戦場用のナイフというような武器で胸の大きい妖艶な女が切りつけてきたのがやたら印象的だった。その血走った目は、おもわずいうろたえてしまいそうなほど、怖い、印象的な眼だった。同じく彼女も消え去った。からっぽになった室内に、夜宮の激しい呼吸の音だけ響き渡った。



「…」



目につく残すところは、相手の持っていたであろうバッグぐらいなもので、そこはもう静寂だけが支配している不可思議で奇妙な病室の一室があるばかりだった。



「どうなってんだよ…」



困惑してるのは、当の夜宮自身だった。日常から、突然戦いの真っただ中に突き落とされたのだ。そして生還した。その事で、夜宮はただ立ち尽くしていた。これからまた、誰かが夜宮を殺しにやってくるだとか正当防衛で殺してしまっただかとかも考えず、ただ立ち尽くしているばかりだった。殺しただなんては思っていないが、ふと頭に浮かんだ事だった。血痕の一つすら無く、遺体も無い。ベッドのしわくちゃなシーツばかりが争った形跡をうかがい知れるのみであった。



「…」



どれくらいそうしていたのだろうか。数分か数十秒か。ふと、昭和時代の黒電話の音が聞こえてきた。耳をすますと、どうやらそれは先ほどの連中の置き忘れである誰かのバッグから鳴っているようだった。



「…」



夜宮にも、思うところはあったのだろう。大胆にもバッグを開けて、スマホを取り出し、通話に出た。



「…」



お互い、無言だった。それで先方は全てを理解したように悠々と重みのある、しかし軽やかな一言を放った。



「…逃げのびろ」



ただのそれだけを言うと先方は通話を切ったらしく、再び、この部屋には静寂が舞い戻った。



「どうなってんだ…」



しかし。しかししかし。混乱狂気恐怖混沌。そんな最中にも、わずかながらの喜びがあったのも事実だった。夜宮は自身の放った拳による攻撃が、命中した敵の肉体が消滅した事を悟っていた。そして、電話の主が言われたように、夜宮は生き残ったのだ。白亜の病院特有の壁に刻まれた弾痕を見て更に確信した。拳銃による攻撃が夜宮の体全体をまるでバリアで覆っているような壁によって弾き返されたという事実を認識した。世界を超えた。ただひたすらに、前の自分と今の自分は違っていた。殺されようとしていた夜宮はもう居なく、敵を排除し生き残って、息を整える夜宮だけがただ独りここにいるだけという真実だけ。



「…」



生唾を飲んだ。ある考えが、頭をよぎった。5,972,400,000,000,000,000,000 トンもの総重量である地球という惑星が、まるで超巨人となった夜宮の手のひらにすっぽりと収まるような妄想。そしてこの瞬間、自分が強者であるという認識、確信。生まれて初めての、男だという生の実感。死から生へと転じた三十歳を迎えた成人男性、夜宮勇樹は、この時をもって三十年間という長く身を落としていた他の誰でもない極めて普通な一般人という思い込みから脱却した。



「どうする…?」



夜宮は考える。「今の連中は明らかにオレを殺そうとしていた。こんな病院にまで潜り込んできてた。現状、オレはスーパーマンのようなチート能力を持っている。これは時限的なものか一過性のものかは分からない。ひょっとすると体内の寿命や魔力を消費して現在のスーパーパワーを発揮しているのかもしれない。このままこの病院に留まっていては第二第三の矢として刺客を差し向けられるのではないか。とりあえず、この場に留まるべきではない。自宅も安全だろうか?それとも既に何者かによって監視されているのか?いずれにせよ、一刻も早くこの場から脱出すべきだ」



そう考え、病院の料金を踏み倒す事に若干の罪悪感を感じつつも夜宮はそっと部屋を抜け廊下を抜けて非常階段へ出た。



「…ここって」



摩天楼が延びているここは東京だった。スカイツリーが眼前に天まで伸びていた。もう冬の風が、夜宮の頬を撫でていった。



「こんなとこまで搬送されていったのか」



灌漑に耽る間もなく、夜宮は猛スピードで階段を駆け抜けていった。その道中で気付いたことは、やはり自分自身の肉体の強化。階段を下りる事だって、一段飛ばし二段飛ばしから更に五段六段と飛び降りていっても足には衝撃で痛みを感じる事なく、むしろ更に速度を加速つけて降りていこうとする余力すらあった。なんなら、高層ビルから飛び降りることすらも可能ではないか。そんな事が胸中に渦巻いた頃、だだっ広い病院の駐車場まで駆け抜けていった。



「止まりなさい!」



そんな声が聞こえてきた。振り向けば、スーツ姿のいかにもキャリアウーマンというファッションの女性が真っすぐ夜宮を見ていた。女性の隣にはこの場には場違いのファッションの女の子がいた。ゴシックロリータとでもいうのか、真面目に原宿系というやつが私服で通用するというのはなかなかにして江戸っ子らしいなと思った。ブルーのスポーツカーの隣に、そんな二人組が夜宮を見ていた。



「夜宮勇樹…さんね!?」



名前を言われて心臓が跳ね上がった。間違いない。



「さっきの連中か。向かってくるなら手加減しないぞ!」



車のドアを閉め、女はスマホで「発見。怪人化は肉眼では確認できず、確保のためアイの解放許可を」夜宮にはそれが聞こえた。どうやら女はぽつりと言っているようだが、聴力も飛躍的に上昇しているらしいことを夜宮は感じた。それが聞き取れたが、怪人化についてはなんとなく予想は出来た。どうやら、自分自身はもう人間を軽く超越しているであろう事だった。



「さっきの連中って!?」



女と女の子までの距離は実に10メートル程度。女は近づかずに言う。



「殺しに来た連中だ!あなたもそうだろ!?」



「いえ、そんなんじゃありません!交通事故の際の超自然的な発生のための調査に来ました。文部科学省の人間です」



夜宮は考える。絶対に信用してはならないと。このタイミングでこの出来事。新手の増援。そう考えた方が自然で、この場の最善の行動は、なによりも逃げる事であると。



「とりあえず、トラブルはもうこりごりだ!」



夜宮は叫ぶように言った。逃げようとした時。



「…っ」



妙な格好の女の子が、更に妙な格好に変わっていた。外見上の容姿は真っ黒な一枚のドレスを上から下まで被ってるファンタジー世界特有の祭礼用ドレスといった感じだが、それよりも強く感じたのは、明らかに空気が変わったことだった。しかし。それはあくまでも、それまで。妙な威圧感を確かに感じたが、それなら先程の刺客の方が、よほど殺意で滲んでいた。だから。夜宮は考える。「問題無く逃げれる」



「…」



ドラマティックな展開など不要だ。アニメのように緊急事態に長ったらしいセリフの応酬なんてキザな真似事など、今の夜宮にはできようはずもない。



「…」



ちょっとした変身をした女の子を一瞥の後に逆を向いて走った。逃げる。逃げるのだ。それが最高最良ベストな一択。それしかない。



「アイ!拘束して!」



後ろを振り返ると、明らかに人間離れした速さで夜宮に向かってくる女の子が視えた。



「っく」



女の子は右手にステッキを持っていた。マジかよと内心思う。



「…」



神様気分の夜宮の内面の一部がこう囁いた。「大事を取って殺しておくべきだ」夜宮はそんな言葉を頭を振って払い落とした。目の前でステッキの先端が変形し槍のような形状に変わった。槍なのかステッキなのか魔法のステッキなのか。夜宮は考えた。目の前にいる女の子は普通じゃない。この状況は明らかに異常事態なのである。よって、目の前の女の子は普通じゃない。だから、魔法少女なのだろう。そう夜宮は考えた。よって相手の槍はただの武器ではなく、魔法のステッキなのだろうと考える。単純な数学的問題だ。夜宮は考える。「こんなのかんたんかんたん」だから、相手の武器に触れるのは危険。余力を持って避けていたいと。



「…ふッ」



真横に振られたステッキを軽く避ける。次いで振られた真上からの攻撃を簡単に避けた。



「…」



この子、前の敵とは違って急所を狙ってないなと夜宮は思った。もっと言えば、やる気が感じられない。意志を感じられない。殺す気概を感じない。



「…」



魔法少女の攻撃を避け終えて、逃げの態勢に戻すと病室で聞いたような車がパンクしたような音を聞いた。膝に違和感を感じた。前を見ると女が拳銃を構えている。



「アイ!ここで止めなきゃ罪の無い善良な人々が死ぬのよ!本気でやりなさい!」



続いて発砲された。女の放った弾丸は、全て夜宮の両足、膝の皿に命中していった。当然損傷はゼロ。夜宮にとって、敵の都合など知ったことではなかった。敵が殺す気でこようと、捕えようとしようと、夜宮はただ、逃げるだけ。生き残りたいだけ。



魔法少女の構えている槍の形状が変わって、銀色に輝きだした。



「…」



一撃必殺。この世の中にはそんなモノが確かに存在する事を夜宮は知っている。神経毒による麻痺。銃撃による出血性ショック。アニメや漫画などでは特定条件を満たした後は無条件で死亡する事なんてよくあるぐらいだ。夜宮も覚悟を決めた。生き残るためには、敵だろうとおっさんだろうと凄腕暗殺者だろうと魔法少女だろうと。全て斃す他、ない。



「ハァ…ハァ…」



夜宮の息があがった。肉体的疲労によるものではない。精神的感情から心臓が跳ね上がった。目の前にいる女の子は、顔つきこそ凛としているが、本来どこにでもいる女の子なのだ。明らかに成人ではない。先ほどの敵、暗殺者たちは明らかに成人であり、訓練を受けた特別な職業だった。この子はどうだ?オレは、殺されるからといって、そんな女の子を、簡単に消し去ってしまえるのだろうか。年端もいかない女の子を。



「だがやる」



短く呟いた夜宮は、そんな強気な口調とは裏腹に、一瞬のフラッシュバックで、頭が真っ白になった。何も考えずにすんでいた、それなりに幸せだったであろう子供時代。馬鹿丸出しで、おそらくきっと子供なんてものはそんなもので、高校生ぐらいまでは、全ての人々はきっとそうであるべきだと夜宮は思ったのだ。だから、そんなだから、夜宮に隙が生まれてしまった。



「あっ」



ファイティングポーズを取って、明らかに威圧感の増した武器を持って向かってくる魔法少女を目で捉えながらも、不格好に倒れ込み、したたかに駐車場のコンクリートに顔面を打ちつけた。足に、なにかが絡まっている。見ると、それはリボンだった。綺麗なリボンで夜宮の両足がくくられていた。背後から別の何者かの攻撃を受けていたのだ。



「ほいっと」



夜宮は地面に倒れ込み、両手首と両手足をリボン結びで拘束された状態で転がっていった。



「コイツ、超人並みの膂力を持ってるみたい。アイ、こいつのほっぺたつねってみて」



「…」



不思議な格好をした女の子が、不思議な表情をしながら、夜宮の頬を情け容赦なくつねりあげた。



「いたいいたい!やめろ!」



「魔法少女の攻撃は食らうわけね。状況終了っと」



ニヒルに笑う第二の魔法少女が、夜宮の口と両目に封を挿す。第二の魔法少女が夜宮の体を指先でなぞるように、足首から幾重もの黄色いリボンで簀巻き状態にされてゆく。



「こんなの楽勝じゃん」



笑いながら吐き捨てるように、第二の魔法少女は言った。

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