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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説まとめ

【短編】不死者ホロヲ

「……もう、疲れた」


 高い山の崖の上。そこで遠くの三つ月を眺めて、彼は呟いてしまった。


 きっと、ここまで登ってきたからではない。砂漠で枯れた魚のように、身に起きた現実を受け止めることが出来なくて。しかしここにある感情を流し込む為に、18歳の彼が飲んだことの無い酒をかっ喰らったからだ。


「……っ」


 酒は、彼の新しい涙となって頬を伝う。しかし、なぜ泣いているのかという理由。不思議な事に、彼自身それが分からなかった。これだけ、心を苦しめられているにも関わらずだ。


 そう思ったとき、途端に全ての事がバカらしく思えてしまった。自分は、それすらも分からない愚か者だったのかと納得してしまったから。


「逃げ出せば、楽になるのか」


 底の見えない暗い闇を見下ろして、死がすぐそこにあることを実感していた。

 しかし、感じたのは恐怖ではなく今までに感じたことのない安心だ。存在の知れない死後の世界に夢を見て、あろうことかそこに救いを求めたのだ。


 故の尊い安らぎ。彼の人生は、ここで終わる。


「……ごめんなさい」


 きっと、死んでしまった両親に謝った。国のために城で身を粉にして働き、それでもゴミのように捨てられ、精神が崩壊してしまった両親。そんな彼らの、幸せに生きて欲しいという最後の願いを叶えられなかったから。


 このわがままだけは、優しく聞いて貰えないだろうから。


「サヨナラ」


 落ちる間、彼は自分が泣いていた理由を考えた。走馬灯が流れ、次々と記憶が呼び起こされる。その最後に見たモノは、立ち尽くして握り締めた拳だった。


「そうか、俺は悔しかったんだ」


 怒りだ。


 自分が弱いことへの怒り。立ち向かうことの出来なかった怒り。この世界から逃げ出した、情けない自分への怒り。


 そして、そんな無力な自分への感情すら塗りつぶしたのは、無尽蔵に噴き出してくる勇者と聖女へのドス黒い怒りだった。


 理解して、耳に流れ込む轟音が途絶える程に歯を強く噛み縛った。もしも、ほんの少し前に気が付いていれば、生きる事を止める以外の方法を思いついたかもしれない。


 だが、そんな後悔は、激突して弾けた体と共に散った。


 ……順を追って説明しよう。


 彼、ホロヲは王城で働く奴隷の両親から生まれた子供だ。


 両親亡き後、冒険者として細々と生活していた。扱える魔法は、初級の炎魔法ファイロと弱点を見るスコウプの二つ。才能のないホロヲは、魔法を覚える為に必要な脳の『スロット』という器官が二つしかなかったからだ。


 そんな彼だったが、とあるクエスト(冒険者の仕事)の最中に『聖女』と呼ばれる神よりの使いを助ける事となった。


「きっと、あなたとの出会いは神の思し召しなのです」


 そして、それをきっかけに聖女アミルはホロヲと行動を共を始めた。


 やがて、ホロヲは彼女に心を惹かれている事に気づき、互いに確かめ合い清廉な付き合いが始まった頃。勇者を名乗る冒険者とその仲間に出会った。


 勇者ユロダ。騎士道と正義を心に掲げ、軍では救うことの出来ない弱き民の為に剣を持っていると語る爽やかな男だった。彼の仲間のイスカとリオテも、彼を慕って旗を掲げる心強い男たちであった。


 だから、ホロヲは彼らと手を組むことにしたのだ。


 5人は、クエストに挑むうちに深く絆を育んでいった。両親を失い、孤独に生きて来たホロヲにとって、これ以上の幸せは無かった。

 彼はパーティを信頼していたし、彼らもホロヲを信頼している。そう信じていたからこそ、ホロヲは弱い自分が出来る限りの行動をして、心を埋めてくれたみんなに尽くした。


 だから、何の迷いもなく。みんなで笑って生きていけるんだと。そう、思っていた。


「んぅ……。あぁっ……!」


 一人の用事で家を空けていたホロヲは、玄関を開けた時に焦燥感を覚えた。喘ぐような声。それに呼応する何人かの男の声。軋むような小刻みな音。そして。


「ユロダ様ぁ……!」


 勇者の名前を呼んだのは、間違いなくアミルだった。


 しかし、脳が理解を拒んだ。あるハズが無いのだと、薄く開いた扉の向こうを見るまでは、それが決まっていないのだと。積み上げた幸せが、こんなにも脆くあっさり崩れるハズがないのだと。


 足音を忍ばせて、ゆっくりと歩く。肉のぶつかるニチャリとも聞こえるような淫らな音が、廊下にまで響いている。そして。


「ん……ぉ、レロ……ォ」


 唾液を絡ませて吸い付き、糸を引く飛沫とソレをホロヲは見た。手に握り、激しくしごくソレをホロヲは見た。押さえつけ、何度も押しては引く腰をホロヲは見た。


 アミルは、3人の男に犯されていた。……いや、その言い方には語弊がある。


「ウソ、だ……」


 呟いたのは、アミルの表情が悦んでいたからだ。幾度となく尽くしてきたホロヲにとって、今の彼女が幸せである事を心で理解してしまったのだ。彼女が被害者である可能性すら、一瞬で消え去ったのだ。


「うぁ!ひっ!イ……」


 開いた口を閉じもせず、快感に震えるアミルの姿を見ていた。しかし、男たちの興奮は治まる事を知らない。まるでモノのように彼女を扱い、強い言葉を吐いて煽る内に、こんな事を言い始めたのだ。


「オラ、まだクタばるのは早ぇよ」

「は、はぅあぇ。か、かみしゃま……」

「この売女が。テメェの男から巻き上げた神のお布施は、全て俺たちに貢いでんだもんなぁ!テメェの神は俺たちだもんなァ!?だったら神が言ってんだから、言う通りにしろやァ!」


 ホロヲの目から、涙が流れる。


「このド変態が。フツー命救ってくれた男裏切って、何べんも乱交するかよ」

「しゅ、しゅいませ……イッ!」


 ホロヲは見た事の無い彼女の乳房も陰部も、彼らは何度も拝んでいる。


「クズがよぉ」

「はぃ……。でも、わたくしはぁ、恋人にいただいた神様への貢ぎ物をしゃしゃげているだけですからぁ……」


 それを聞いて、ホロヲの心に風が吹き抜けた。温度を持っていた何かが、すっぽりと抜け落ちてしまったのだ。


 なのに、立ち向かう事が出来ない。


 恐かった。裏切られ、大切だったハズのモノも失って。それでも尚、自分が傷つくのが。自分よりも格上の戦士と戦い、打ちのめされるのが。


 ……いや、それすら思い浮かんでいなかったのだろう。何故なら、ホロヲは扉を開けず、家の外へと出て行ったから。


 この日まで、怒りを知らなかったから。


 ……翌日、ホロヲはユロダにギルドホールへと呼び出されていた。


「お前はクビだ」


 昨晩、ホロヲの扱いを話し合っていた事は、想像に難くない。だからホロヲは経緯を確認することなく、弱々しくいつから自分を騙していたのかと尋ねた。見ていた事を伝えず、他の事を聞かずにだ。


 だが、ユロダは気がついた。その一言で、昨日の夜にホロヲがあそこに居た事を。


 そして、ユロダの言い訳はホロヲの想像の遥か上を行くモノだった。


「まさか、そんな事を言われるとは思っていなかったよ」

「……なに?」

「お前が奴隷の子なのは知っている。だから、俺たちはお前がずっと金を盗んでいたことも黙認して来た。きっと困っているだろうからって、報酬を多く与えているつもりでいたんだ」

「な……なんだと?」


 嘘に決まっている。しかし、事実は力を持つ人間によって作られる。例え、それが真実でなかったとしても。


「でもな、やり過ぎたんだよ。お前は。アミルが神の為に用意していた貯金に手を出すなんて。恋人とはいえ、それはどうかと思うぜ?」


 恋人。もう実感のない言葉は、更にホロヲの混乱を加速させていく。


「それなのに、お前は追放の理由を俺たちに擦り付けるのか?本来なら、憲兵に突き出されたっておかしくないんだぞ」


 それを聞いた周囲の冒険者たちは、ヒソヒソと話を始めた。彼のカリスマは、人を魅了する。だから、みんながギルドでも有名なユロダに同情し、許そうとする器量に賞賛を送る者まで現れた。


「違う、俺は……」

「消えろよ」


 どこかの冒険者が、そう言った。この一言がトリガーとなり、波紋のように群衆を伝ってすぐにホロヲを責め立てる言葉が降り注ぐ。心臓は張り裂けそうな動悸を起こし、呼吸すら危うくなって。自分の胸を鷲掴み、テーブルに手をついて前を見たその時。


「……っ」


 アミルは、俯いて(わら)っていた。演技を訓練された3人と違い、彼女はこの愉快な状況によってもたらされる感情を我慢する事は出来なかったからだ。


 そして、ホロヲは投げつけられたゴミで瞼の上を切りながら、ギルドホールを後にした。扉を出て、何人かの冒険者にリンチをされたが、体の痛みは大した問題ではなかった。


 耐え切れないこの痛みは、間違いなく心の内側にあるモノだったから。


 × × ×


 ……渦巻いている。


 違和感で目を覚ますと、服の中で千切れたハズの腕や脚が戻っていた。その実感が、ホロヲにはあった。死の間際の手足が千切れる感覚を覚えているというのは何とも奇妙な話だが、ともかく彼にはそれが戻ったモノであると分かったのだ。


 立ち上がると、ホロヲは何も言わずに歩き出した。


 とび色だったハズの目に色は無く、肌も凍ったように真っ白。胸に手を置くと、心臓が止まっていた。体の機能は、完全に停止している。どういうワケか、彼の体は魔法でも生命力でもない謎の力によって動いているようだ。


 更に不思議な事に、ホロヲには興奮も、自虐も思い浮かばなかった。しかし、そんな中でたった一つ体の中に滞留している黒い感情があった。次から次へと沸き立つ衝動。熱く、燃え滾るようで、心地悪い。

 それらは常に牙を剥き、何かを「殺せ」と囁いている。ないハズの感覚を貫通し、皮膚の下で蟲が蠢いているような気がしている。痛みはないのに、握り潰されるようで心の底から苦しかった。


 そんな全てを抑える事が出来ず、やがてホロヲは天を仰いで咆哮をあげた。


「……殺す」


 歩く姿は、既にこの世のモノではない。歪で形容しがたい感情の沸き立つホロヲは、迷わず街へ向かって行った。


 絶望が、足音を立てて彼らに迫っていた。


 × × ×


 冒険者の多いこの街では、血塗れた武器を持っていることは大して珍しくもない。それでも道行く者が視線を奪われたのは、ホロヲのタダならぬ怨みによる迫力のせいだろう。


 しばらく歩いて、家に辿り着いた。街から離れた、静かで小さな家。


 鍵がかかっている。気配はある。中に誰かいる。アミルは、ここを自分の家だと思っている。そうして欲しいと、ホロヲが言ったから。


 扉は、静かに開いた。鍵は、傘立ての下に隠してある。ゆっくりと中へ入って、廊下へ。その時、「なにか音がしなかったか?」とイスカの声。「帰ってくるワケがない」と艶っぽくアミルが返す。肉を打ち付ける音。漏れる声はリオテだ。ベッドルームには、3人。ユロダはいない。


 とっくに、アミルはセックス中毒者だった。相手は誰でもいいのかもしれない。一体、いつから。


 そんな疑問も持たず、ホロヲはまずは1人を誘き出すため服に引っかかっていた小石を投げた。


 コツン。


 木の床を叩く音を不思議に思ったイスカが、裸のままで部屋を出た。廊下を歩き、リビングに着く。戸棚が1つ、開いている。


 何だ、これか。


 閉めようと再び歩いた瞬間、突然頭をぶん殴られて思わず前屈んだ。後頭部を抑えて見上げると、そこには斧を高く振り上げた男の姿が。


「ホロ――」


 ゴッ!という強い音の後。刃の背中をモロに受けたイスカは、意識を失いかけて床へ倒れる。そして、すかさず右手で口を抑えると。


「ファイロ」


 その中へ炎を放ち、舌と喉を焼き尽くした。


「ーーーーッ!!」


 声は出ない。呼吸も出来ない。舌の根元が落ちて、気道が塞がれたからだ。


 髪の毛を掴み、ズルズルと引きずって部屋の隅へ運ぶ。「何してるんだよ」とリオテが叫ぶ。しかし、それよりも大きなアミルの喘ぎ声のせいで、すぐに興味が失せたのが分かった。


「ユロダはどこだ」


 棚から取り出した街の地図を広げ、右手の指をへし折ってから左手で指すようにする。


「こっ……かはっ……」


 見る見るうちに、イスカの顔がうっ血していく。空気を通そうと上を向いたが、今度は脳天に斧の背中を叩きつけて目線を落とし、無理やり地図に注目させた。


「どこだ」

「ひっ……」


 震えながら指さしたのは、近くの酒場だ。


「わかった」


 そして、死にゆく彼の顔面に拳を20発見舞う。骨が折れて、手首から突き出した骨が眼球に突き刺さったが、最後には斧で首を横薙ぎ一閃。ハロウィンかぼちゃの口のような傷口から、ドボドボと命が流れていった。


「おい、イスカ。お前なに、を……。おぇっぷ……」


 リオテは、彼の死体を見て吐き気を堪え切れなかった。生臭い現場は、赤色によってここにあるハズの生活感をかき消していた。


「ア、アミル……。アミルっ!」


 名前を呼んだ時、背後から「スコウプ」と呟いたのが聞こえた。ゾクリと震える背中。その声に、聞き覚えがある。しかし、そんなハズはない。だって、あのホロヲがこんな残虐な事を出来るハズがないのだ。


「お、おい。誰だよ」


 返事はない。


「誰なんだよォ!?」


 叫んで魔法を唱えようとした刹那、頭に花瓶を叩きつけられリオテは倒れた。甲高い破壊音は、破片の落ちる音へと変わる。その上へと引きずり倒された彼の背中に、ザクザクと不均一な結晶が突き刺さった。


「い……っ」

「おい」


 馬乗りになると、ホロヲは斧の背中で顔面を三度撃ち抜いた。下顎の骨が砕け、歯が何本も飛び散る。


「ほ、ほおおぇ……」

「ユロダはどこだ」


 さっきと同じように聞いて、再び地図を広げる。指の形に血がついているのは、当然近くの酒場だ。


「ひ、ひぁ……」


 その時だった。部屋の入口に、アミルが立っていた。初めて見る彼女の裸には、乾きかけた白いナニかが付着している。


「動くな」


 言って、手斧をアミルの太ももへと投げつけた。突き刺さり、肉の半分を削る。悲痛な叫び声は、きっと外まで聞こえていた。


「どこだ」

「こ、こ、ここ。ここ、ここ……」


 再び酒場を指差され、ホロヲは間違いのない情報だと確信すると、腰のベルトから包丁を取り出して柄の部分でこめかみを何度もぶん殴った。


 何度も何度も殴られて、脳みそが横に揺さぶられ続けて、リオテは白目を向いてしまった。きっと、もう起き上がることもない。

 だから、最後に刃を向けて力強く突き立てると、叩かれて柔らかく滲み出てきていた脳漿が、ドロリと床へ流れたのだった。


 そして、静かに立ち上がり。


「……好きだったよ、お前のこと」


 振り返らずに、彼女にそう言った。目を見れば、言葉も無く殺してしまいそうだったから。


「ち、ち、違うのです。ホロヲ。わ、わたく、わたくしはあなたのことを――」


 開いた口を塞ぐように、走って近づき顎を下から蹴り抜いた。噛みちぎれた舌先が宙を舞い、無様に仰向けに倒れると、壁に頭を打って蠢く。


「もう遅い、俺は死んじまったんだ」


 涙が、頬を伝う。それはきっと、彼に残された優しさの表れだった。アミルには、きっと意味が分からないだろう。だが、それでこそ理不尽だと拳を握り、やり遂げる決意を再確認した。 


「お前を殺す」


 恐怖だけが、アミルの思考を支配した。さっきまで自分がまぐわっていた男がグチャグチャになって死んでいる事を、アミルは現実として受け入れられなかった。


 すべてを後悔した。心の底から震えて、打ち明けるよりも先に許されようとした。聖女である彼女が、だ。


 他の誰にも分からないであろうその恐怖は、遂に彼女の記憶を消失させた。だからだろう、あの日のように弱く微笑んだのは。


「……逃げたのか」


 今の彼女は無実だ。なぜ自分が裸でいるのか、そもそもどうしてここに居るのかを分かっていない。ただ、ホロヲに見せた微笑みは、初めて出会ったあの時のモノであると確信できた。


「ぶぐぇ……」


 何も言わずに、再び顔面を蹴り込んで、首を右手で締め上げる。


「ファイロ」


 肌を伝って、熱が広がっていく。


「ファイロ、ファイロ。ファイロファイロファイロ。ファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロ!ファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロファイロ!!ファイロォォ!!」


 連続で唱えた弱い炎の魔法は、血液を沸騰させ、眼球の水を蒸発させ、肌の弾力を奪った。


「ぴぎっ……。ご、がぁぁ……。あぁ……」


 遂にそれらは焼き破れ、黒い炭となってパラパラと落ちていく。


 髪に燃え移った炎は、やがて顔面を覆い尽くしていく。最後、目が閉じるその寸前。


「ゆる……し……」


 ホロヲは強く左手の拳を握って、顔面をブチ抜いた。乾いた頭蓋骨は脆く崩れ、反対側に突き抜けると跡形もなく崩れ去っていった。


 アミルの体を捨てると、火が柱へ移った。轟々と燃え盛る炎は三つの死体に飛び火して、肉の焦げる匂いを部屋中に充満させていく。


 その中を、ホロヲは歩いて出ていく。彼の手にも炎があったが、握り潰せば消え失せた。その時、いつの間にか折れていたハズの右手の骨が戻っていることに気が付いた。


「なるほど」


 呟いて、酒場へ向かう。全てを終わらせるために、この炎を消し去る為に。


 × × ×


 酒場には、ギルドの外でホロヲをリンチした冒険者と共に酒を飲むユロダの姿があった。窓の外からそれを見つけると、心の中に凄まじい怒りが湧き上がってくる。他にいるのは、別卓の客3人と酒場のマスター。


 当然、怒りを我慢することは出来ず。そして、もう我慢する必要も無かった。そこに居合わせた彼らは、運が悪かったのだ。


 バチン!


 店内に破壊音が鳴り響いたかと思うと、突然店内のランタンに灯っていた炎が全て消えた。ランタンの燃料は、パイプを通る魔力エネルギーにて補給されているからだ。


「どうしたんだ?」


 客がざわざわとし始め、マスターが店の裏の燃料盤を見に行った。しかし、待てども待てども灯りは灯らない。こんなに長く闇が続くのは、普通ではあり得ないことだった。


「故障か?」


 ひょっとすると、マスターは修理をしているのかもしれない。そう考えて、リンチしたメンバーの2人が手伝うために店の裏へ向かった。


「……遅いな」


 帰ってこない。それどころか、物音一つ聞こえない。一体、何をチンタラやっているのだろうかと、次第に愚痴が漏れ始める。その内、他に居た客の3人は、カウンターに金だけを置いて店を出て行ってしまった。


「俺たちも、そろそろアミルのところに戻りましょうか?」


 ユロダが、そう提案された時だった。


「……なんだ?」


 ゴトン……。


 マスターたちが出ていった裏口から、何かが投げ込まれた。不思議に思ったユロダはそれを確認するために席を立った。


「な、なんだと……?」


 彼が言葉を失ったのも無理はない。何故なら、それは外へ出ていった男の生首だったからだ。突然の出来事に、ブワっと冷たい汗が吹き出してくる。動悸が激しくなり、冒険者としての予感と緊張感が急速的に高まっていく。


「おい、気を付けろ!なにかヤバい――」


 言いながら、剣を抜いて座っていたテーブルを振り返る。しかし、そこにさっきまで共に酒を飲んでいた男の姿はなかった。


「……なんだよ」


 闇の中、理不尽に震えて叫ぶ。


「なんなんだよ!!どうなってんだよォ!!」


 叫び声が、虚しく吸い込まれていく。壁を背中にして剣を構え、ようやく慣れてきた目を凝らしてみると、そこには何の気配も感じられない人の影があった。


「お前か!?一体何の用だ!?ここにいた男をどうしたんだ!?」

「殺しに来たんだ」

「……ホ、ホロヲ?」


 正体を確認したユロダには、突然この事態が酷い茶番劇に思えてきてしまった。友人を消され、生首まで転がっているのに。そう思ってしまったのは、ユロダが心の底からホロヲを見下しているからなのだろう。


「なんだよ。お前かよ、チクショウ。テメーの女ぁ肉便器にされて、頭にキタから復讐ってか?」

「そうだ」

「クックッ……。めでたいヤツだな、まったく。あの女は、テメーから俺に金を寄越して股ぁ開いたんだぜ。信じられねぇだろうけどよ」

「知ってる」


 拍子抜けするような返事に、ユロダはため息をついた。てっきり、絶望して泣き叫ぶモノだと思ったのだが。


 しかし、そんな余裕は、次の瞬間に脆く崩れ去ることとなった。


「あ?なんだ、それは」


 暗い中に、なにか小さなモノがポトリと投げられた。それをよく見てみると。


「……指?」


 そう、指。それは、ホロヲの家にいたあの三人の指だ。


 その事に、ユロダはすぐに気がついた。何故なら、アミルの指に嵌められていた指輪が、そこにあったからだ。


「は、はは。なんだよ、これが何だってんだよ。お前……」


 突然駆け出したかと思えば、ホロヲは斧を振り被ってユロダに迫った。


(なんだ?こいつ、本当にホロヲか?)


 ユロダの知っているホロヲという男は、どれだけ理不尽に見舞われてもジッと耐えて弱く笑っているだけの存在だった。

 しかし、今目の前にいるのは既に何人も殺している殺人犯。そのギャップが、いつまで経っても心に違和感として残り続けている。不気味で、不定型とも呼べる謎の雰囲気は、ユロダの脳裏にノイズを走らせる。


「く……っ!」


 鞭のようにしなる腕から繰り出される斧は軌道が見えづらいが、しかしそれでもユロダの敵ではなかった。ユロダは、剣術の天才だ。暗かろうが猟奇的であろうが、考えながらであってもホロヲを相手にする事は、そこまで大した問題ではなかったのだ。


 軽くいなし続けて、カウンターを狙う。そして幾太刀の末、チャンスは訪れた。ホロヲは弾かれた斧を戻さず、そのまま振り下ろしたのだ。


「貰ったァ!!」


 突き刺して、音が止まった。剣は、心臓を貫いている。確かに、貫いている。それなのに。


(手応えが、ない?)


 この思考の一瞬が、勝負を決着付けた。ホロヲは刀身を掴んでユロダを捉え、錆びた刃を肩へ叩きつけたのだ。


 グシャリ。 


 血が付いて切れ味の落ちたそれは、肩の筋と肉を押し潰して骨に到達すると、衝撃で関節を外し皮を伸ばしてブヂフヂと筋を千切った。


「ーーーーッ!?」


 声にならない叫びをあげたユロダは剣を引き抜こうと右腕を動かしたが、ホロヲはそれを逃さなかった。更に深く心臓を切りながら近づき、今度は彼の喉笛を噛みちぎったのだ。


「アァァァァぁぁぁぁっっ!!」


 決定的な一撃。吐き捨てられた肉片を見て、ユロダはホロヲが人を辞めている事に気が付いた。聡いからこその未来予知。優秀だからこその、無意味な恐怖。次を予測する才能は、急速に理性を飲み込んでいく。


「お、お前ェ!何だってんだよ!お前がチンタラやってっから!清純ぶって手出しもしねぇから!!あのクズ女は俺になびいたんだよ!全部、お前が引き起こした事なんだよ!!」

「だから、なんだ?」


 更に振りかぶって脳天に斧を振り下ろした。頭蓋は血のせいで叩き割れる事はなく、しかし確かなダメージとしてユロダの意識を揺らがせた。


「グ……。て、て、テメェ。俺を殺したって、もう、どうにもならねぇだろうが」

「分かってる」


 斧の背を、横薙ぎにユロダの顔面へブチ当てる。歯が吹き飛んで、コツンと壁にぶつかった。


「オゴ……っ。お、俺を殺せば、お前は冒険者ギルドから狙われることになるぞ!俺があそこでどんな評価をされてるか――」

「黙れ」


 そして、ホロヲは胸に刺さったままの剣を引き抜いて捨てた。


「お前は、今から死ぬんだよ。ただ、それだけだ」


 ユロダには、その言葉が神の審判かのように聞こえた。もう、絶対に抗えない。それだけが、この瞬間で唯一信じられてしまう事実である事が、彼を絶望のどん底に突き落としたのだ。


「あはは…」


 放心状態のユロダの顎をカチ上げて、返す力で横殴りを見舞う。地面に倒れたのを追って、首から血を流す彼に馬乗りになり斧を振り上げると、傾いた月の光で刃が鈍く光っていた。


「ぉ、おぉ、お、お願いだ。許してくれ」


 グシャリ。


「ウッグァァ!お、俺がお前にしたことは、誠心誠意込めて償わせてもらう!本当だ!金か!?金なら解決できるのか!?だったら――」


 グシャリ。


「いっ……!うぎゃあぁぁっ!……こ、ここまで、や、やる必要はないだろ!?なぁ、頼むよ!ホロヲ!い、い、一緒にやってきたパーティの仲間じゃ――」


 グシャリ。


「おぇっ……。ごぼっ……。おっぶ……。た、頼む、よ。ホロヲ。いのち――」


 グシャリ。


「いぇ……。おご、おごぇ……。か……っ」


 グシャリ。


「ゆる……ひて、く……だ……は……」


 グシャリ。


 × × ×


「なぁ。あそこの酒場、いつ潰れたんだ?」


 惨劇の現場を通りかかった男が、その近くにいた男に聞いた。


「知らねーのかよ、あの店に鬼が出たんだ」

「鬼って、地獄の神話のモンスターじゃねぇか。下らない嘘つくなよな」

「それがマジなんだよ。店の中から四つの死体が見つかってよ。そのどれもが、恐怖で歪んだ顔のまま固まってたんだ。その中でもユロダって冒険者の顔が本当に悲惨だったらしくてさ。最初に目撃した店のマスターの奥さんが、ビビッて気をおかしくしちまったんだ」

「ユロダって、あのユロダか?は、はは。お前、あの人は冒険者ギルドでも最強に数えられる達人だぞ?死ぬわけなんて――」

「死んだんだよ。だから、鬼が出たって言われてるんだ。犯人は、未だに見つかってない」


 それを聞いて、尋ねた方の男は身を震わせた。


「おまけに、この先にある奴隷の家が燃やされててさ。住んでた人間だと思われる死体が三つ。指のない状態で見つかった。黒焦げになってて、身元は分からない」

「そ、それも鬼がやったってのかよ」

「さぁな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「なんだ、意味深な言い方だな」


 すると、今度は聞かれた男が声を潜めた。


「あんまり、この話はしない方がいいってな。この辺りに住んでる人間は、もし鬼に何かを知ってるって勘違いされたら、殺されかねないって思ってるんだ」

「……引っ掛かるな。あんたには、心当たりが?」

「滅多な事を言うなよ。俺は何も知らないし、これからも知るつもりはない」

「そうか」


 そして、この事件は誰もが口を噤むうちに、いつしか忘れられて、風化していったのだ。


 しかし、生き返ったあの男はどこに行ったのだろうか。もしかすると、復讐を終えても死ねない事を知って、今でもどこかを彷徨っているのかもしれない。

よろしければ、面白かったかゴミかの評価をお願いします。

とてもモチベーションが上がります。


連載版は、サキュバスのヒロインとかドラゴンとか色々と設定が追加されてはいるモノの、基本的には本作と同じアクションと復讐の物語です。よろしければ、是非読んでみてください。


【不死者ホロヲ -勇者への復讐から始まる、ドラゴン討伐と最低最悪の国家反逆-】

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 連載消えた...?
[気になる点] ユロダとの対決は、本編よりこの短編での酒場のシーンが良かったかな?2人の元仲間に居場所をわざわざ聞いたのだから。 で酒場には、ギルドの外でホロヲをリンチした冒険者達とユロダとマスター…
[良い点] 面白かった。 これは長編のほうに期待してしまう。
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