09 おみやげ(謎の発明①)『光と音を激しく轟かせ持ち主に時間を知らせるナニカ』
「うううう、儂の発明品が……うう……」
博士がとても素敵な感じに落ち込んでいる。その後ろ姿を見ていると、私もそれなりに罪悪感が芽生えてくるものだ。
私は間違っていたのでしょうか? 『世界の逆行』を止め、『世界を静止』を制止し、『世界の加熱』を断固阻止しているんですよ!? ちょっと頭のおかしい人が書いた物語的な偉業を成し遂げてませんか?
あれ……私って世界の救世主!?
「あー、はかせ、その……」
「うう……これの……」
今回は博士の落ち込みっぷりがかなり激しい。発明品すべてを完膚なきまでに壊してしまったから?
そうだなぁ……たしかに作るのためには時間も労力もかかるし……徹夜?
全部で何日位したんでしょう? あれ、私……あれれ!?
少し頭を冷やして、私は自分の所業を客観的に考えてみる。
まず第一に、あの発明品たちって本当に動くのかどうかも、わからないんですよね?
地に伏して部品をさすっている博士は、『いいものできた!』と私を誘った。
小数点以下の確率となるのだが、テストやコンプライアンスを遵守していたと仮定してみたらどうだろう?
それに、確率としては低いけど、実は理論止まりで発明がうまく動かない可能性もあった!?
「……!?」
……そういった観点で考えてしまうと……えっと……あの発明品たちは、効果はあやしいけれど、博士が血尿出したり、動悸と息切れが止まらなくなったりの健康被害がでるほど徹夜しながらがんばって、命を削ったうえで作り上げた努力と叡智(妄執含む)の結晶だったといえる。
それを、仮面ではあったが、とっても良い笑顔で思う存分叩き壊して、その設計図にまで火をつけ、最後まで燃されていく姿に癒されつつ心の落ち着きを取り戻していた……ともいえます……よね?
あれ、私って悪逆非道!? しかもサイコパス入ってない!?
「あー、そのー、えっとーー」
「ん、ひみっちゃん……どうしたんじゃ?」
『もうないですよね?』という言葉が出てこない。これ、辛いんですよね……どっちの回答が返ってきても、私か博士が深く傷つく……。
あーなんか伝えるのが恐ろしい……いや、まあ、言わなくてはいけないんだろうけどさ、なんだかいろいろと苦しい、逃げ出したい……でも、うう、言わなくては……だめ、だな。
「もう、今日の発明は、ここまで……ですよね?」
「……ああ、もう、無いぞ」
「……」
「……」
次の言葉がなかなか出てこない。
「うーえーっと、そのー」
「どうしたんじゃ、ひみっちゃん? ああ、もう帰るんかい?」
あ、博士に気を使われてしまった。加害者の慰めは煽りと同等である。だから私は、ちょっと助言チックに言ってしまう。
「あの、博士、まずはご自愛をお願いしますよ。きちんと休まないと良い発明はできません」
「うむ、そうじゃの……しばらくは休むとするわい」
「お食事などはどうしてます?」
「ああ、そういえばおなかすいたのお? 集中しとると食べんでも腹が減らんのじゃ」
うわ、だから博士小柄なんじゃないですか?
また、何か持ってこなきゃなぁ……うーむ、なにが好きだったっけ?
「では今度何か持ってきます。それ以外にも、協力できることがあれば、お伝えいただければ、できる限りは協力しますので……」
「おお! それならお願いしたいことがあるぞい!」
「え……!?」
博士が急に立ち直り、元気な笑顔を見せだした!
あっれー!? 私もしかして、やらかした!?
「ちょっとまっとっててな!」
博士は転がるような足取りで研究室へと駆け入る。
「あ……」
これは、失敗したんでしょうね、うん。
私は『生活の質を少し上げるお手伝いをしましょうか?』といったつもりだったのに、『被検体になりましょうか?』と取られたみたいだ。
しかも、自分から言い出したことだから、断りにくいよ!? ヤバイ!!
私が青ざめて頭を抱えているところへ、博士は白衣を大きくはためかせ颯爽と戻ってきた。
「これじゃ! ひみっちゃんにはこれの使い心地を試してほしいんじゃ!!」
戻ってきた博士が見せたそれは、シンプルな目覚まし時計だった。
音を止めるボタンの部分だけが虹色に輝き、視線を移すたびにまるで違った色へと変わっていく。
また、片隅に何かをはめ込むような窪みがあり、そこだけ少し目を引く装置のようだ。
一見、とても普通な代物である。
えっと、普通すぎません!?
いや、油断しちゃダメなのかな?
「あの、これはなんですか?」
「これは調整中のものでの! 儂の遅刻が多いという悩みを言ったじゃろ?」
そういった面白そうなお悩みは、しっかり記憶しています! ……と口には出さない。
「ああ、そうでしたね」
「あれを何とかしたいと思っての、時計としての機能と、ある時間になったら音と光で知らせる機能を付けたんじゃ!」
「……それって、ただの目覚まし時計?」
「うむ! そんな名前にしようと思ってるぞい!!」
え、博士って目覚まし時計知らないの!?
というか、それ始めっから使ってればいいんじゃないですかね?
「えっと……」
「元々、これは友人に頼まれて作ったところもあってのぉ」
「ほう?」
博士って人から頼まれて作る事もあるんだ? なら別の人も使っている? むむむむ……。
「ひみっちゃん、これあげるからの。今度来た時に使い心地を教えてくれんか?」
「あー……」
どうしようか? すごく悩む……これが博士の発明品じゃなければ、二つ返事で受け取っていたのかもしれない。
はっきり言おう。断りたい。いや、断るべきである!
……しかし、さっきのどん底まで落ち込んだ姿を見ているうえ、お手伝いしますと自分から言ってしまった私は、『お断りします』の一言をひねり出せなくなっていた。
そして、口から出たのは妥協案であり、ただ自分が安全であると思い込むための悪あがきである。
「これ、博士は試されたんですか?」
そう。私は、『人を実験動物として使ってはいけない』という、多くの書物やメディアによって培った、一般的な倫理感は持っているつもりだった。
だから私は、自分だけがモルモットさんになるつもりはない。つまりは、『博士が使った後でなら、使わせてもらいます』といった返し言葉を用意して投げてみた。
べ、べつに博士をモルモットさんにしようと思ったわけではないですよ!
決して誤解のなきように願います!! だけど私は、自分と家族が一番大切なんです!!
「うむ! 別デザインのものを使っておるぞ!」
え!?
嘘でしょ!?
さっきまで世界と時間をいじくったり壊したりの発明をした人とは思えない!
何と勇気のある行動をとるのだ!?
……しかし……どうしよう? これで非常に断りにくくなってしまった。博士が無事だということは、それほど問題はないような気が…………ちょっぴりだけある。
いや、しかし……うーむむむ……。
「そうじゃ!」
両手でその目覚ましを掴み、妙に捻じれた秒針の動きを眺めつつ、さまざまな考えを巡らせていると、博士が手を打ち、目覚まし時計(?)の窪み部分を指差した。
「ここには動作認証アタッチメントが入るんじゃが、特別にダイヤ飾りをつけたげるわ! ちょっと待っとってくれるか!?」
「ありがとうございます! 喜んで使わせていただきます! ありがとうございます! ありがとうございます!!」
え、ていうか、この窪み部分て、それなりの大きさがありますよ!?
これに丸々はまるって、ええ!?
ちょっと、奥様、信じられますか!?
だ、ダダダ、ダイヤでございますわのよ!?
私が無意識で浮かれ踊っていると、行動の早い博士が手に何かをもって戻ってきていた。
「おまたせ! ひみっちゃん、これをどうぞ! ええか、このアタッチメントはの……」
渡されたそれは、一見すると棒のついたダイヤだが、よく見さえすれば妙な形と変な色、さらにはさまざまな突起物があり、しかも徐々に怪しい色に変わっていく、謎の部品である。
それを受け取った私は、しかし、ダイヤしか見ていない。
「あ、こ、こここ、これ」
実はこの時、脳のすっごい奥の方で危険信号は出ていた。
だが、大きなダイヤを食い入るように見つめる私は、アタッチメントの形状など、詳しく確かめることを放棄している。
こ、こ、これ結構な大きさじゃないですか!?
ええ、ちょっと、このダイヤ本物なんですか!?
いや、博士は発明に関しては冗談言わないひとですよね!
だったら、ええっと、たしか相場は……私は脳内でその価格など算出しておりまする。
なんかかなり遠くのほうから聞こえる、『アクセスするために』どうとか、『機密保持も兼ねている』とか、『気をつけてほしい』とか、『蒸発』、『音と光は最大でも家の内だけに留まる工夫が……』など、重要そうなことが聞こえた気がするのだが、私の記憶には残らなかった。
【おまけ】
「でさ、博士よ、博士!」
「うん、何が知りたいの?」
「……んー、何者なの!?」
妹よ、そんなん聞いてどうするのだ? 私は胸を張って答える。
「しらない」
「えー? 愛人なのに!?」
「愛人じゃないからね!?」
「でも、お家に行ったりしてるじゃん」
「行ったところで、発明壊すだけだし」
「じゃあ、他には?」
「雑談するくらい? たとえば昔って、川で泳いでたんだって」
「まじで!?」
「うん。」
「どんな所で?」
「えっと……」