08 謎の発明④『正しい時を刻ませるためのありふれた工夫』の結末
「ほお? 正確な時間、ですか?」
この装置は世界全部の時計をいじるという、意外とふつう(!?)な発明らしい。
世界が正確な時間を手に入れるってのは、さほど悪いことではないような気もするのだ。ただいろいろと、思う所もある。
それはこの発明に害がないのであれば、久しぶりに発明が動く場面を見れるかもしれないし、博士の沽券を保てるかなぁ? というものだった。
私もね、せっかく作った物を壊していると、罪悪感が重なってきてけっこうつらいのだ。
それにねぇ……たとえ時計を正しくしたとしても博士の遅刻は減らないという確信があるし、ちょっとかわいそうだなぁ……ってね。
なぜ確信があるかって? 時計がちょびっと変わったくらいで時間が守れる人になれますか? 変形合体して襲って来る感じにしなきゃ無理ですよ。
そんな失礼な考えをしつつ、私は発明品へと視線を戻す……。目に飛び込んでくるのは、毒々しいデザインである。
心が病んでしまいそうなデザイン見ていた私は、急に嫌な予感が湧き上がってきた!
「……んー? 博士、えーっと……そのぉ」
私は言いよどみつつ言葉を捜し、その瞬間に閃きが起こり、そのまま聞いた。
「試作一号はどうやって時計を直すんです?」
そう、方法である。世界の時計を直すためには、世界の時計に働きかける必要があるのだ!
電波時計だけでない、普通の時計もあるし、スマホ内蔵の時計だってある。
その量はもう膨大な数じゃないかな? スマホなんかも入れるとそれこそ世界の人口を超えているように思う。なにより経度緯度の関連で、国によっての時差だって存在するのだ!
当然、構造が同じってわけでもないだろう。
それらをいっしょくたに直すって? ……それこそ無理だ!
……それが博士じゃなければねぇ。
「うむ、それは良い質問じゃ!」
自信満々で答える博士を私は上目遣いぎみで見ている。
まともに考えれば不可能である。しかし、博士の技術は本物なのだ。私は、何度かその奇跡か魔法か? いいや、悪夢の所業をこの目で見ている。
人って容易に飛べちゃうし、隕石でスナイプできるんですよ!?
それらは過去に見た発明の記憶であり、私が今も忘れたいトラウマである。
私を恐怖のどん底へ叩き落した出来事は、しかし! 私に二つの真理を教えてくれたのだ!
一つは、博士の現実離れした説明でも、それは事実であるという、諦観ともいうべき悟りの心境。
もう一つは、博士の発明品は大切な何かが欠けている。それらを見極める危機感である。
私は数字や専門分野は聞き流していても、致命的な欠陥は聞き逃さない。その意識を強く保ちつつ、博士の話を促した。
「ぜひ教えてください」
「うむ! 今回の装置の試作を重ねるために、儂はさまざまな分野で情報収集をしたんじゃ!」
「ほう?」
「最大のインスピレーションはの、ひみっちゃんは商店街の時計屋をしっとるか?」
商店街の時計屋さん?
ああ……あの偏屈さんは私、知ってる。
サンバイザーをかぶっていて、縁付き度入りサングラスがいぶし銀のハートフルつるつる☆彡(妹表現)な、ダンディさんだ。
あのお店には私もたまに行くことがあり、リビングの鳩時計を取り置きしてくれた思い出がある。
おじさまはいつも無愛想な感じだけど、じつはお茶目なんですよね。バズーカ砲とか似合いそうって言ったら、今度買って来ると冗談飛ばしてくるし、久方ぶりにお邪魔しようかな?
そんな思考はさておき、私が知っていると答えたら、博士はニヤッと笑った。
「あのおやじの言葉に、天啓があったのじゃよ!」
言いながら博士は内ポケットから何かを取り出した。
「儂の時計はこいつなんじゃが……」
言いながら博士は、ねじまき式の懐中時計を見せてくれる。
あ、これ重くない!? なにで出来てるんですかねこれ?
というか、ねじ巻くの忘れてるから遅刻するんじゃないですか?
「あのおやじの注意点での、時計は電子レンジのそばに置かない! といったものがあるのじゃ!」
「あー、なんか昔、そんな感じの話があったらしいですね?」
たしか、時計はクォーツを使っているから電磁波かなんかでその振動が妨げられて、時間がおかしくなるとかそんなやつである。
でも昨今のデジタル時計や電波時計はもちろん、ねじまき時計には関係ないんじゃないかな?
「で、その情報をもとにこの試作品ができたわけじゃ。発明自体はたいしたもんではないのお」
「ん?」
あれ、何か一気にすっとばしてません?
「苦労と言えば時間軸にアクセスし、正確な時間を拾うぐらいじゃ」
「んん?」
やっぱり意味が分かんないです。というか、博士ってば異次元だか異世界だかにアクセスできるの?
「そして、世界の時計を操るための装置として、どの方式が合っとるか、テストしようと思ったのじゃ!」
「……?」
んー? なんか、えっと、ううーん?
「えっと、時計を操る? それって、電波時計みたいになるとかですか?」
「でんぱどけい? あれは一部にしか意味がなく、元が間違えばすべてが狂ってしまうじゃろう?」
「えっと、まあ、そんなことは起こらないと思うんですが……」
『時間軸とやらがアヤシイです』とは、さすがに口には出さない。
「まあ良いのじゃ、ひみっちゃんが聞きたいのは、全時計への干渉法じゃろ?」
「え、ええ、まあ……それは知っておきたいと思います」
そこで博士は立ち上がり、白衣をバサッとする。
「良いかねひみっちゃん。この試作品第一号は、世界全土に超短波を発生させる方法を選んでおる!」
「…………なんでしたっけ、超短波って?」
どこかで聞いたことがあるけれど、私は忘れている。ただ、何か頭の中で警報が鳴った気がした。なんだったかな!? と思っていると、博士が教えてくれる。
「なに、分子を振動させるものじゃ。電子レンジに使われとるじゃろ?」
「え?」
電子レンジ……? あれ、なんかその、それは、ヤバくないですかね?
「この発明品はの、半径70万キロメートルに向けてその超短波を発することで、各種時計に強い影響を与えるのじゃ!」
「ななじゅうまん!?」
地球の半径って、たしかもっと短いんじゃ……漫画か何かで見た気がする。私はこっそりスマホで検索し……うぇっ!? 地球の半径って6千キロそこそこじゃないですか!!
え、70万って、ちょっと行き過ぎてません? 地球何周分!? もしかして地球の内側まで打ち崩す感じ!?
「し……しかし、なんで、そんな広範囲に、まき散らすんです!?」
パニックに近い私の問いに、博士はさも当然のように答えた。
「だから、電子レンジのそばに時計を置くと干渉できるんじゃろ?」
「はあっ!?」
えっと、えーっと、つまり……私は思考がこんがらがりつつも、情報を整理する。
・電子レンジは、ものを温める機械です。
↓
・仕組みには、たぶん超短波とやらが使われています。
↓
・その影響を、時計が受けることがあるかもしれません。
↓
・今回の発明品は、超短波の副産物を見込み、世界全土……というか地球何十個分かの範囲に、分子が振動する何かを散布するものです!
↓
・あらためて確認ですが、分子が振動すると大きな熱が発生します!!
↓
・つまり、世界が激しく加熱されてしまいます!!!
結論:世界の時間を正しくしよう! レンジで!
そして生きとし生けるものは等しく滅びる!!
「わっかりました!」
「わかってくれたか!」
「はい!」
にっこりわらって大きく頷き、私は急いで立ち上がる。
「これが、答えです!!」
そしてポケットからハンマー取り出ししっかと握り、その悪夢の試作品へと打ち付けた!
「にゃにっ、の、のおおおおーーーーー!!! な、なん、なな、なあああんてことするんじゃああああ!!!」
さらに、力をためて大きく振りかぶって叩きつけ! 何度も何度も衝撃を加え、ずしりとした手ごたえを感じるのを幾度かくりかえし、叩いて、叩いて、完膚なきまでに叩き壊した!
「ちょ、ひみっちゃ、ふぉおおおお!? な、なぜじゃ? なぜなんじゃあぁ!?」
「すいません、世界はレンジに入れちゃダメです……」
破壊しながら言葉にしつつ、レンジにまつわる悲しい事件や、たまご爆裂などを思い出している。
人体や数多くの生命たちへの影響も、多大なものがあるだろう。
というかこれって、下手な兵器よりも危ないんじゃない!?
そう。本気で止める必要がある、最もダメな類の発明品と判断し、私は念入りに破壊を続けた。壊された試作品からは、なんか丸っこい黄土色の何かが零れて、空気に触れると個体に変化する。
念入りに壊しつくしたのち、私は息を整えてから、博士に聞いた。
「で、設計ナンバーは?」
「さ、327じゃ……」
よかった、まだ一つしか進んでないな。
「わかりました」
私は、落ち込んでいる博士を尻目に設計図の入った棚へと歩いていき、なんか結構な分厚さのある設計図の束を取り出して、先ほどの形と違いがないかをしっかり確認する。
うんあってるな、というか、#1~22ってどういう意味が……アア、ヨクワカンナイケドイッショクタニモシチャエー。
この分厚い束は少し手間だった。試作という事もあり、申し訳ないほどたくさんの書き込みが目に映る。なんか安全基準だとか、ターゲッティングとフォーカスについてだとか書いてあった気がするが、努めて見なかったことにする。
量があってもこれはダメ! 私はしっかりと細かく破いてすべてを暖炉に投げ入れ、卓上ライターをお借りして火をつける。設計図がじわじわと燃えていく様を観察しながら、私は感慨にふける。
うん、火は、素敵ですね……。
こうしている時だけが、私の心安らぐ時間です。
じつはこっそり世界の救世主ですよ……私。
崇め奉らなくていいから、炎と美食と貴金属を差し出してほしい。
こうして、明後日のほうに頑張ってしまった世界規模の悪辣な兵器を、私は完全に抹消した。
【おまけ】
「でさ……」
「なにかな?」
「博士って、結局なんなの?」
何だろ……ふわっとした聞き方だ。
「博士は、博士だよ。それ以上でも以下でもないね」
「……雑談したんじゃないの?」
「そりゃぁ、ちょっとはね」
「えっと、何者なの!?」
「わかんない」
何者なんだろうね? 私も知りたいくらいだ。
「それじゃ好物は?」
「甘いのも辛いのもいける。歯も悪くないね」
「じゃあ」
「おっと、文字数きたからここまでだ。また次回にね」