24 なぞのおみやげ③『悪夢製造装置を絶望的な悪夢製造装置へ進化させる足』
「して、これはいるかえ?」
そう、満面の笑みだ。人の善意を憎たらしく思ったのはこれで3度目ぐらいじゃないかな?
『大丈夫さ、博士! これは良いものだよ! 僕が保証するぜ!』
「博士、ご友人……私たちの反応から、すこしは慮ってもらえます?」
「ちょと、立ち直るまで時間欲しい……うん……ちょっとまって……」
妹は手をだして、お二人に待ったをかける。私も足というものに戸惑っていた。
『もらっときなよ! 麗しの君! 金はこれから高騰するぜ!』
ああ、まあ、そうなんだろうけどね……でも、これ、足毛なんだよなぁ……。
「月に一度、この毛の部分を刈ると良いのじゃ。あと、爪切りは週一くらいでええ。あまりほっとくと水虫になるぞ!」
「うっ……ぐぐぐ……」
そのリアリティはいらなかった!
妹のほうをチラと見ると、がんばってためた気力が再び霧散したように取れる。
「あー、そのー、ご飯とか増えます?」
「今のままで問題ないぞ! 塩水は最高のエネルギー源じゃ!」
何さらっと嘘言ってるんですか!? ……そんな話聞いたことないですよ!
『僕もその部分は懐疑的なのさ。でも、まあ、塩水で走るリチウム電池バイクとかあるからな!』
「うむ! 儂も頑張らねばと思うぞ!」
なんだろ、それ? お二人がなぜかテンション上げているのだが、私たちは置いてけぼりである。
「そのー、博士たちが頑張ると、私たちが困惑します。だから少し押さえてもらえませんか?」
「おや? 戸惑うのか? ふむ……」
『いやいや、良い物を作るのは僕たちの喜びさ!』
「さいですか……」
なんとなく噛み合わない感じの会話に、妹が小さくつついた。なにかと顔を向けると、少し不安げである。
「ねぇ……どうしよう」
「どうしようって?」
「貰う?」
「え、あー、うん……」
妹の言葉を受け、私は前に置かれた足を見つめた。
しかし、なんでこんなものを……。
よくよく観察すると、爪は綺麗でうすピンクの健康的な感じだ。
しかし、ところどころごつくって、リアル思考のちっちゃなおじさま風の足……かぁ。
あー、この金髪は足毛だけど、金だぁ……金かぁ……。
うーむむむ……そうだ、これどどめさん(仮)に足が生えるから、実は喜ばしいことかもしれない!?
けど、どんなデザインになるんだ?
ふと、ここまで考えて、閃きをそのまま言葉にする。
「そうだ……これ、別のデザインに作り直すこと、出来ません?」
「なに? 一度作ったもんをか?」
一瞬だけすっごい嫌そうな顔をしたのち、思案顔に戻しつつ博士は続けた。
「その場合、まあ……3年くらい掛かってもええなら、考えんでもないが……」
「さんねん!?」
「なっが!?」
博士、いつもはひと月くらいでつくりますよね!?
デザインを変えるだけってのに、なんで!?
表情を読んだのか、博士は片眉をあげた。
「儂が個人でやっとるのは、気の乗らん仕事を後回しにしてしまうからじゃ! それに、完成したもんはいじりたくないぞ!」
あーそうか、これは天才たる何たらとかそのへんだろうか?
さらにデザインに関しては情熱が動かないってことかな……。
ああ! これだからもう!
博士ってば!! 博士ってば!!
「どう……しよう?」
私が気力なく呟く。
「んー、あたしが決めるの?」
「いや……うーん……」
この決断は私がするべきだろう。正直言って足を持って帰ったらまずい気がする。
しかし、『金』である!
そう、『金』なのだ!
これから世知辛い時代となり、お金の価値すら不安定になるかもしれない。
むーむむむむぅ……塩水をあげつつ、絶望的な悪夢にうなされるだけで、定期的に毛ほどの純金が確保できるという夢のような現実が……。
ぐぬぬぬぬ……諦めるには、ちょっとだけ惜しい。
「ねえ、他に変な機能入れてないの?」
「無いぞ! あの装置に着ければ、日向を好むようになるくらいじゃ」
「なんでよ?」
「解らぬ。儂もそんな挙動入れておらぬのじゃがのう……」
「爆発とかしない? 悪臭は?」
「爆発などせぬ! 爪切りをちゃんとして水虫予防さえしておけば、においなども起きぬ」
ああ、問題点がどんどんクリアになっていく……。
「どうしよう?」
「うん……」
妹からの言葉を受け、私は決断した。
「それではこの足、ありがたく頂戴します」
「うむ! このケースに入れていくとええぞ! あの合鍵で開くからの!」
にこやかな博士の裏で、妹が小さく尋ねる。
「もらっちゃうんだ……」
「ハンマーの方が良い?」
「あー、うん、そうね……」
「やったよ、どどめさん! チャームポイントが増えた!」
「……………………その名前で呼ばないで」
私の全気力を振り絞ったポジティブに、妹は最後の気力を振り絞って、名前付けを否定したようである。
**――――
それから私と妹は、雑談を適当にしてお暇となった。
今、私の自室に戻ってから机に箱を置き、大切な物入れの引き出しを開けて例の合鍵をとりだす。
「ああ、この鍵を使うことになるとはなぁ……」
「まあ仕方ないじゃない! 金、しかも純金がでてくるんだよ!」
「足毛だけど、良い?」
「……まあ、我慢する!」
妹とのやり取り。帰宅中にもぶつくさ言われたのだが、『足の入った箱』を自転車で揺らしていることを鑑みて、一直線で戻ってきた。
こんなに早く家に戻れるなんて、ちょっとびっくりしたほどだ。
「あら、ひなたぼっこしてたの?」
妹が、出迎えてくれたどどめさん(仮)に声を掛ける。
どどめさん(仮)は相変わらず夢に見てしまう微笑を、わざわざ唇を生やして返してくれた。
「どどめさん、これが新しいアタッチメントだよ」
「その名前で呼ばないでって!」
私が声を掛けると、どどめさん(仮)はずるずると這いずって近くまで来て、足を見たとたん態度が一変した。
もともとの背中は、薄い灰色の気持ちわるい小さな模様つきのつるつる外皮だったのだが、足を見たとたんに青紫と群青色になる。
そして、とても気持ち悪い模様の大きな斑点が浮いた感じに変わって、さらにぼこぼこがたくさん飛び出た。
さらにどどめさん(仮)は体をうねうねと活発に蠢めかせ、悍ましさを醸し出すような、不気味なしぐさを続ける。
たぶん、これ、イヤイヤなんだろうなぁ。
「あっれー? この子、足は嫌なんじゃない?」
「うーむ、この趣味の悪さは博士の勝ちみたいだね」
「何の勝負よ?」
「さあ?」
「まあ良いわ、ねね、今日からこれ付けてね!」
蠢いて逃れようとするどどめさん(仮)を妹が捕まえた。
押さえた所がぐねぐねした手触りだから、あんまり長く触りたくなさそうな表情だ。
ちょびっと遠のく意識を、なんとか保ちつつもUSB部分を私が捕まえ、貰ってきた足をはめ込む。すると、どどめさん(仮)はしばらく動きを止めたのち、唇を生やした。
『認証しました。以後、足の拡張機能である大気中の金素材検知収集を行います。爪切りはわすれないでね!』
生えた唇から私の声が機械っぽく響き、どどめさん(仮)はちょっとだけ落ち着いたらしい。
しかし、足って大気中の何かを検知できるんだぁなんて思っている私は、たぶん、現実逃避したかったのかもしれない。
しかし、現実は非常である。どどめさん(仮)が進化を始めたのだ!!
「って、うわっえっぐ!?」
「ぐぅ、これは予想できなかった」
そう、進化はまずデザインからである。
どどめさん(仮)の外皮の色と、アヤシイ模様が足にずんずん移っていく!?
なんだろう、これ、足に……その、まだらの藍色とか群青色とかの斑点がある姿はちょっと、表現しにくい光景である。
そして、アクセントにある金いろ足毛、さらに爪にまでも何か赤黄色っぽい炎のような模様が現れた!?
何かの病気!? って思ってしまう感じだ。
「これは……うげ、うげげげ……」
「なんだろう、これ、なんなんだろう、なんで、私、貰っちゃったかな」
私たちの言葉ののちに、模様は徐々に引いていき、もとの肌色となった足を、ちょんまげみたいに掲げるどどめさん(仮)は足に唇を生やして微笑んだ!?
「うっわー!? これはちょっと!? あんな色になるの! 見ちゃったよ!? あたし耐えれるかな!? どうしよう……」
「私、とりあえず、塩水作ってくるよ」
こうして、どどめさん(仮)に足が生え、私たちは今から予想できる、今夜の見るであろう悪夢に、今から恐れおののいている。
ふと、妹がソファーに倒れ込んでから疲れたような声を出した。
「ああ……今日、あたしがご飯当番かぁ……」
「今日は簡単なものにしようよ? ……あっさりした感じのね」
「うん……良いわよ……。でも、うーん、食欲が……」
「量は少なくて良いからさ」
妹は力なく手を振って、了解を示す。
私の方は手早く塩水(高品質)を作り上げ、お皿へと移した。
「ほらどどめさん、今日は岩塩の塩水あげるからさ、ちゃんと金を作ってね!」
「その名前で呼ばないでって……」
妹と、何気ないやり取りで精神を保ちつつつ、今日はちょっとだけ良い塩水を作ってあげようと、私は台所へ急ぐ。
岩塩と聞いたどどめさんの背中(?)に、ピンク色の斑点がぽつぽつできて、足の裏になんか黄緑の模様が浮き出る。
ああ、これも多分夢に出るなぁ……と思いつつ一枚だけ写真を撮り、その後、私はいそいそと塩水をつくりに、台所へ赴いた。
「今日は、ほんとう疲れたわねー……」
妹が声を掛けてくる。
「精神的にねー……」
お互いに今日起きたことを簡単に思い浮かべ、大きく息を吐き出す。ふと思いつき、進化を終えたどどめさん(仮)に一声かけた。
「どどめさん、これからもよろしくね」
「もう……その名前で、呼ばないでよ」
こうして、私たちのそばに存在する、悪魔の申し子どどめさん(仮)は、インパクトの強い容姿をさらに破壊的なまでに進化させた。
そして、いずれダイヤと金が採れるであろう存在は、私たちの寿命を明らかに縮めてくれるのだろう。
「でも夢にはあんまり出ないでほしいな」
「うん、ムリ。でも、金とダイヤ、がんばってね」
私たちの言葉に、足の方へ唇を生やしてニッコリ笑うその姿に、私たちは血の気が引く。
おそらく今夜から三連続くらいつづく悪夢となるんだろうな……。
「あー、やっぱさ、ごはん作るの手伝うよ」
「え、別に良いのに?」
「いや、この前手伝ってくれたじゃん。そのお返し」
「そうだっけ?」
なるべく二人でいることで心理的重圧を減らしたいんだよ。さすがにそこまで口には出さないけどね。
「まあ、いいわよ、ちょっと一人じゃ怖い感じだし」
「んー、私も、そんな感じ?」
「そか」
「まあ、私が手伝う以上、ちょっと頑張ろうかな?」
「簡単でいいって言ったじゃん」
「いいよ。でも私はがんばる」
「もう! それじゃあたしも手を抜けないわ!」
そんなやりとりをしつつ、私たちは二人でキッチンへと向かうのであった。
第三部 おしまい
【おまけ】
『二度とはな!』
そう言うと博士は新理論を語りだすが、数式の途中で妹が割り込んだ。
「待って! 『3部終りー!』っての、やんなきゃよ?」
『儂、理論の実践がある! 任せたぞ!』
そして、カラスさんは飛び去る。私たちは顔を見合わせた。
「相変わらず自由だなぁ」
「そうね。てか、何か言うことあるの?」
「んじゃ、3部もお付き合いいただきありがとうございました!」
「あたしの魅力、どうだった?」
「私もいるよ? あと……」
「魅力よ?」
その真顔、どういう意味だ?
「でさ、次回はどうなるの?」
私は少し首をひねる。そして言った。
「今作っている発明の未来です!」
「ああ……」
察した様に俯く妹。
「それでは!」
「次回もお楽しみにね!」