23 なぞのおみやげ③『足』
箱に収められたそれは、足毛の生えた小さな御み足であった。
本当にどうでも良いんだけど、爪が綺麗にととのえられている。
その姿を、生きているかのような生々しい御み足を、しっかりと確認した私と妹は、大慌てでスマホを取り出す!
「これはまずいって!! 警察、警察を!」
「わかった! えっと? えと! なんて言えばいいの!?」
「とりあえず、『足です!』って言えば大丈夫だよ!!」
「んな訳ないでしょ!? もう! 本当、なんて言うのよ!?」
「『ああ! 足が! 金髪の毛が生えた、ちっちゃな足があります! 爪もキレイ! でも! なんか襲ってきそうですぅ!!』 こんな感じで!!」
「ああっ! もう! もう! それ、本当にそう言っちゃうわよ!? てか、そんなん黄色い救急車が来ちゃうでしょ!!」
「だだだだ、大丈夫! その場合、連れてかれるのは私じゃない!」
「そう言うように強制されたって、告発するわよ!?」
「ああ、じゃあどう言えばいいんだ!? 足、とにかく足があるってかんじを伝えなきゃ!?」
「もう! もうもうもう! ああ! もう!! わかった! あたしのフィーリングで電話するから!!」
「お願い! てか、私は、えっと、どうしようかな!? ハンマー、ハンマー!? いや、ハンマーは、違うか? ああ!!」
私たちは青ざめた表情で行動を確認する。
慌てての操作であるためか、なかなか番号が押せない。そこを、大慌ての博士が割り込んだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待っとくれんか!? これは、デザインじゃ! そう、ちょびっとディティールに凝ってしまったデザインなのじゃよ!!」
博士のおっきな声と真摯な態度で、私と妹は手を止める。そして一度顔を見合わせた。
妹の瞳には私が写っているのだが、私の焦った顔も妹のそれも、結構おかしい。だから、ちょびっとだけ冷静になった頭で言う。
「そんなこと言っても駄目ですよ? これ、これは明らかに……犯罪の気配があります!」
「こんなリアルなのに! えと、ありえないし!!」
私は、箱の中身をみつめる。
これでも私はそれなりに変わった体験をしてきているのだ。内訳は斉藤さんが4割で、博士が7割である。
え? 1割余る? 斉藤さんはそれくらいのイメージなんです!
……とまあそんな経験豊富な私でも、リアルな足首から先だけをプレゼントされるってものは、無い!!
どどめさん(仮)とは違う意味で、背筋にぞわぞわを感じつつ、それを観察する。
箱に収まったそれは、イヤなので触れない。ぷにぷにした感じだが、筋張っているところもあって、おじさま風の足だ。
その足にはしっかりと爪が生え、しかもちゃんと整えられ、健康的かつ清潔そうではある。更には、足の甲と指のところにちょちょっと金髪が生えていた。ちなみに変な臭いもしない。
そう、何の変哲もない無味無臭(味わってはいませんからね!!)な足である。
でもさ、これ、重要なのは金の足毛ですよね!?
これを金がとれるぞ! って神経は何でしょうか!?
私たちを恐怖のなんちゃらに貶めるつもりですかね!?
騙されそうになってたけど、残念でした!?
私たちを持ち上げて落とす感じの、期待させた上で至極がっかりさせたという、心の傷を負わせたツケ、きっちり払ってもらいます!!
私が内心の葛藤を押さえつつも、その『足』を睨みつける。
それを博士が、その足毛の生えたちっちゃな足をむんずと掴み、平然と持ち上げた。
あの、博士!?
私と妹の背筋には、目に見える感じで悪寒がはしっているんですよ!?
インパクトのあるモノに、インパクトのある行動はいかがなもんでしょうか!?
もうちょっと、優しさを持ってください!!
そんな私たちの内心を慮ることもなく、博士はその足の一部を見せて言う。
「ほれ、ここにUSBコネクタのメスがあるじゃろ? これを、あの装置に取り付けるようになっているのじゃよ! 二人とも落ち着いとくれ!」
博士が指差してこころなしか得意げである。
いや、えっと、あの……何というか、その、博士!?
私、私って、こんな感じで足首を見せつけられた機会がなくて……。
その、えと、あああああ! 気持ち悪いぃぃぃ!!
もしかして、博士ってば説教の仕返ししてません?
……その、えっと……そういった感じの嫌がらせは勘弁して!!
たとえばそれって、家に時おり出没する、大声の出る感じの虫さんが居るじゃないですか!?
あれを手で掴まえて、そのまま目の前で見せられる系の嫌がらせになってますからね!!
そういった嫌がらせされた事ありますか!?
私は以前うちに住んでた猫さんにやられましたよ!?
あの子、口で咥えてバタバタさせてたんですからね!?
私は心の慟哭をなんとかを押しとどめる。
そして、人の身体から離れてしまった足をまじまじと見る。こういった初めての経験は遠慮したかったのだが……仕方あるまい。
私は、動悸を打ちまくる胸を手で押さえ、覚悟してそれを見た……。
確かに、足首のところへUSBの差し込み口がついていた。
周りの質感とかにぽっかりと不自然に浮き出ているそれは、なんというか……うん、なんというんだろうか……叫びだしたい気持ちがあふれかえっている。
「……いやいや、これは、ちょっと、ええ!? なんなんですか!?」
「あー、あたしえーっと、そのー、博士、どういうつもり!?」
『おー、落ち着きなよ、麗しのお二人さん』
パニックを起こした私たちに、カラスさんがご友人のなだめ声をかけてくれる。
『すまないなぁ、これはね、僕と博士にボタンの掛け違いがあって生まれたものだよ』
「かけ違い……勘違いとかですか? 何かあったんですか?」
『ああ……これを作った時、僕の翻訳AIが学習中でね! 聞き取りの感度もいまいちで、僕と博士の勘違いが生まれたのさ!』
少し低めの落ち着いた声は、動揺した私たちに染みとおるように響く。私は息を吐き、ちょっとだけ気を取り直せるようだ。
「うむ……。実は儂な、デザインを決めるのが面倒でのぉ……良く友人連中に聞くのじゃ」
嘘だよ!
猫さんの耳や天使の羽、うさぎさんの耳、それぞれのしっぽ!
みんな、これでもかってくらいリアルに凝ってるじゃん!
この足だって、直視したくない感じのちっちゃなおじさま風の足じゃん!
足毛が生えてるし!!
爪だってピンクでキレイだし!!
何でこんなんリアルにするの!?
てか、嫌がらせですかね!
内心に湧き起こる駄々っ子を制御するよう、私は深呼吸してから口を開いた。
「あーそのーえっとー、デザイン、え? それを、ご相談したと?」
「うむ。ちょうど別件で話しとってな!」
『あの時はさ、AI翻訳の学習も兼ねてて……で、この結果になっちまったのさ!』
「うむ! はじめ、こやつがおかしくなったのか、それとも本性を現したのか、儂はトコトン悩んだぞ!?」
『あのさ博士、僕が何かトンデモな依頼をして、まかり間違って足を作ってもらうとしてもだ、必ず女性モノに限定するぜ!!』
「……毛が生えてくる女の子の足……それを、おぬしは慈しむんか?」
『当然だ。男の足より億倍マシさ!』
「……」
「……」
二人の会話は聞かなかったことにしよう。
おそらくだが、ご友人のlegとかfootとかに似た発音を誤変換したとかでしょうかね?
これってさ、『高度な発明もヒューマンエラーで台無しに!』の典型なのかもしれない。
あーでもですよ!
よしんば、変換された言葉に足だとかなんとかが、聞こえたとしましょう!
でもでも! それでもここまでイキイキとした、リアルな足は無いんじゃない!?
てか、ここまで詳細に作っちゃうもんですか!?
とってもリアルな部分をとても綿密に再現し、金で出来た足毛の生えるツメの綺麗なおじさま風の御み足ですよ!?
博士、オカシイって、思わなかったんですか!?
正気で、これで行けるって思ったんですか!?
………………思ったんだろうな。
「おかしいって、思わなかったの!?」
私が悟った思考をできず、思わず聞いてしまった妹の問いは、叫びにも似た感じで響く。
あのね妹さん、その質問に意味はないんだよ……。
もうすでに、ここへ存在しているのだからさ……。
現実を現実として認めなきゃならないときは、必ず来るのだ。
「うむ……まあ、もともとの装置があの珍妙なデザインじゃったからの! ……足がないから可哀そうとかも? と、思ったのかと……な」
うっわ、どどめさん(仮)のあれって、狙ってやったんじゃなかったんだ!?
ってことは、会話の中で生じたズレが、恐るべきコラボレーションとして、悪夢製造装置『どどめさん(仮)』を生み出したってことか!?
というかさ、どどめさん(仮)に今回の『足』を付けたらさ! 『絶望的な悪夢製造装置』へと進化しちゃうんじゃないの!?
キャンセル! キャンセルは!!
あ、いや あー、金が……うう、どうしよう……。
うー……どうなるの……?
えーっと……うん、混乱は実はまだ残っているらしい。
私のあたまぐるぐるをよそに、妹はさらなる追求を続けている。
「でもさ、なんであの変な子に着けることにしたのよ?」
「そりゃUSBのオスを付けとったからの! まあ、多機能でもええかとな」
「……どどめさんを、進化させたげえようって心意気は組みますが……」
「ぁー……その名前、やめて……って」
あ、妹も、気力もたなくなってる。私たちのドン引きの姿を眺めつつ、博士はにっこり笑った。
「して、これはいるかえ?」
……………………正気?
【おまけ】
しばらく炊飯器をすすめたが、平行線になった。そこで私は別の角度から切り込んでみる。
「最近、うちでポテチを作ったんですよ」
『んー? なんじゃそれ?』
「博士はお菓子食べないの?」
『そんなことはないが、ポテチとはなんじゃ?』
「ポテトチップ?」
『ああ! 馬鈴薯の奴か!』
「ば……略したらダメねぇ」
むぅ、話が進まないな。
「えと、新ジャガ貰いまして、作ってみたんです」
『あれ作れるんか?』
「スライサーでね! 頑張ったわ!」
「でも二度揚げがいるんですね」
「一度だとふにゃふにゃなの!」
『二度……じゃと?』
白カラスさんは首を傾げ、そして言う。
『そか!』
ん? 何?
『あの理論が解けたぞ!』
げ……やぶを突いて発明でちゃった?