21 妹の特技『異常なほど絵が上手いけど……』
「おし、できたわ!」
妹が自慢げな顔で言った。そして、まずは私に見せてくれる。
その絵には、ネコミミ・しっぽと輪っか付きの、『天使さまっぽい私』と、ウサミミ・しっぽと角の生えた堕天使の妹という、力作であった。
しかし、私は首をひねる。
何だろう……?
この私の顔には悪意が何割か含まれているよなぁ……んー?
というか、なんで私の服には『つぎあて』とか『破れ目』とか書き込んでるの?
こちとら、天使さまだよ!?
もうちょっとこう、キラキラとかしてるんじゃないかな?
あと、ネコミミとウサミミのほうにもちょっと言いたい!
何か狙いをことごとく外しすぎでしょ!!
もうちょっと描きようがあるんじゃない?
私もね、煽情的なやつを知ってるから思うんだけどさ?
かなり大人しい感じである。いや、そっちに振られても仕方ないんだけどさ。
というかぁ、妹の美化はなんだ!? これすっごくない!?
実物の3割増しでしょ!?
えーっとさ!? そもそもこんな派手派手な花とかいるの!?
私の方はドクダミだよ!?
てかこの妹、なんで普段着にしたの?
ぐるぐるツノとか凶悪な黒い六枚の翼がついてんだぞ!?
アンバランスにもほどがあるでしょ!!
あとさ、天使の私が割烹着ってのもイライラするぞ!
なんか似合ってるのが余計に腹立つんだけど!?
うーむむむむ……。そんな感じで、私は腑に落ちない感情が渦巻いていた。
私としては突っ込みどころ満載な絵である。しかし、意見を言えば面倒が増すだろうと、無言を貫き、博士へ渡す。
「ほう!?」
だが、博士はいたく気に入ったご様子であった。
「うおー!? これは可愛いの! ええの、ええのお! これ、額に入れて飾っとくぞ!」
「うえっ!?」
「マジっ!?」
自分をモデルにした絵を誰かに飾られるというのは、あまり良い気分ではない。
斉藤さんですら、そんなことを言い出したりはしなかったし、もし言い出した場合はひどい目にあってもらう。
しかし、博士が多大なる労力を用いて作成した、現代科学を軽く飛び越した叡智の結晶を、私たちにとってのみ悍ましいと表現される発明品を、おもいっきり壊しまくった負い目がある私たちである。
善意100%の嫌がらせを、なんとか押しとどめようと言葉を選び、頬をひきつらせて言った。
「あの、あまり目立つところは避けていただければと……」
「なに? 玄関じゃダメか?」
うげっ!? そんなん勘弁してくださいよっ!
そんな嫌がらせ、良く思いつきますね!?
私は内心で凄く慌てつつも勢い込んで止めた。
「だ、ダメです! 玄関なんてとんでもない!!」
「やめてよ! 人に見られる場所に飾らないで!!」
おや? 妹さん、あなた結構ノリノリで描いていたよね?
冷静になったのかな?
「むう、しかしの……」
「いい!? 描いたあたしが言うんだから守って! 絶対に目立たせないでよ! もし変な所に飾るなら、あげない!!」
こういうとき、妹の暴言がありがたい。私も妹に習って博士を見つめる。
「む……わかったわ……。ならば研究室に飾るぞ! 儂以外入ってこれんようにしとるからな!」
「う……まあ、それなら……うーん」
「ま……まあ、うん、それで妥協……しましょうか」
私たちもしぶしぶ了承し、博士もにこにこ頷いた。ようやく胸をなでおろし、そういえば入れなおした紅茶がそろそろいい温度になっているかなと、口を付けてみる。
うん、良い感じだなぁ。
『ちょっとまってくれよ! それ、僕も欲しいんだが!?』
先ほど退避していた白カラスさんが、ようやく戻ってきた。少し慌てたご友人の声である。
「あら……これって送れるの?」
「ああ、こやつに持たせれば大丈夫じゃ! 複製して届けてくれるぞ!」
博士が指した白カラスさんは、小さく首を傾げた。私はびっくりして凝視する。
えっ、この白カラスさん、無駄に高性能じゃない!?
コピー? スキャナ? 通話もいけるし!?
あれ、でも移動……あれれ!?
そういえば、リアルタイムで会話してる……んー?
どうやって……?
えと、スマホだと電波とかを局でつなぐ感じだっけ?
でも、白カラスさんは二羽いるの? いや、飛ばしてる感じではないし……?
インターネット利用とかは……? んー?
でも他国だよね……!? もしかして、移動させ……ん!?
あっれ、音の速さじゃ無理……速さ……!?
でも、設計図運んでたような……???
もしかして、光の速度で移動…………!?
いや! そんな筈はない!
なにかネット的なやつだ! 私、考えない!!
鉄の意志を持って考えないぞ!!
相対性理論バンザーイ!
恐るべき可能性と、気分の悪い未来(白カラスさんハンマー)を思いついてしまった私である。
そう、未知への恐怖を克服する方法って、知らないままで気付かないことなのだ。
私はあっさりと思考を捨て、ご友人に対しての警告しておく。
「良いですか! もしネット流出したら、自爆装置を起動しますよ! 人に見せないでくださいね?」
『なぬっ!? おいおい、信用無いなぁ、僕はコンプライアンスは大切にしてるんだぜ』
「嘘ですよね? 先ほどまでのこと、お忘れですか?」
「ねね」
「ん?」
「えっと、コンプライアンスってたまに聞くけど、なんだっけ?」
「倫理とか法律とかをキチンと守るかって感じ! 人体改造を嬉々としてやってる時点で守ってないよ!!」
『おお!? そりゃ誤解だぜ! 趣味と仕事は別さ!』
……『趣味であれば人さまの改造も嗜みます!』って聞こえるのだが?
突っ込むべきか少し迷い、私は質問を投げてみた。
「じゃあ、この絵は趣味とお仕事どちらです?」
『む……趣味だね……』
「えー。じゃあ変なことに使うんじゃない? なんか友達いっぱい集めて見せちゃうとか?」
「ありうる。てか、自慢するんじゃないですか!?」
『そ、それはしないぜ? 麗しの君!! 誓う! 誓って!! 自分だけで楽しむ! だからさ、僕にも見せてくれよ!』
「……何に誓うんですか?」
「奥さん? それとも……ラ・マンのだれか?」
それ、誓われても秒で破りそうなんだけど?
『そ、それは……』
白カラスさんが困ったような表情でわたわたしている。そこへ博士が助け舟を出してきた。
「よし、では仕事に誓うのじゃ! こやつはこれでも仕事は確かじゃ!」
『解ったぜ! 誓う! もし仮に、その絵がネットなどのメディアに触れたら、僕は仕事を辞める!』
んーなんだろう?
私の友人がたまに酔ってクダ巻いて『辞めちゃるー』とする感じの発言に似ている。それって、信用できないんじゃない?
「博士、ご友人はちょうど辞めたい仕事であるという線はありませんか?」
「辞めたら消える。だから問題あるまい」
へ………………???
どういうこと?
「……えっとぉ!?」
「なによ? 消えるってどういうこと?」
『ぅおい! 博士ぇ! シークレットすれすれの発言だぜ!? 注意してくれよ!!』
「安心せい。この程度、昔から問題なかったじゃろ!」
え、いや、その……本当に、どういうこと!?
辞めたら消える……ご友人が消されるってこと!?
というか、それ、知っちゃった方にまで迷惑がくる案件じゃない!?
ちょっと博士! なににこにこしてるんですか!?
いきなし安心できなくなったでしょ!!
もしかして、私たちまで危ないの!?
これ私たちの絵をコピーしてってだけの話ですよ!?
『あのさ博士、時代は変わってるんだよ!? 万が一って事もあるのさ!』
「だから時代に合わせたぼかしじゃろ! 問題あるまい」
『……まあ、うむ……この程度であれば……う~ん……』
なんだろう、すごく不穏で、不安が沸き立ってくるのですが!?
……しばし、白カラスさんが無言となってますよ!?
え、なにこれ、え、え!?
ちょっとご友人!? 何かあったの?
何があったの!?
そう思ったタイミングで、白カラスさんが再び声を出す。
『うむ! 大丈夫だったぜ! 麗しのお二人!! さあ! これだけのリスクを背負って誓ったんだから、僕にも絵をくれよ!』
「……あー」
「……そのー」
………まあ、うん。
ここは、深く突っ込まない方が、良いのだろう。
「まあ良いわよ。博士、みせてあげてー」
「ええ、どうぞ」
「良かったの! じゃあ送るぞ!!」
言って博士は白カラスさんに絵を咥えさせた。すると、白カラスさんは暫し目を光らせている。そして、ご友人が声を上げた。
『おお!! すっごいなぁ! うまいじゃないか麗しの妹ちゃん! 色合いまで完璧だぜ! あれ、でも、眉は繋がってないけど……』
「え!? あれ信じてたの?」
『ああ、ジョークか! まあそうだよな!!』
「いやぁ、でも、えっと……美化したぶんがあって、本物の美化320%増しよ! 本物はもぉっとひっっっっっどいから!!」
おや、妹、喧嘩ですか?
最近安売りしすぎじゃないかな?
そう思いつつ、私は立ち上がろうとする。
「まあまあ、ひみっちゃんもいもっちゃんも可愛いから良いじゃろ!」
「あのさ、酷い感じって、自分で伝えたでしょ? それに比べたら美化しすぎってことよ?」
ぐ、そうか、私の口が災いしたのか。妹のそれは悪意があるが……むぅ。
「……たしかに」
けどやっぱり、イラっと来る。内心の憤りを押さえつけ、私は座る。
『それじゃあ僕はこいつを宝物にするぜ!!』
「なんか、絵をほめられると嬉しいわね!」
「モデルが良いからね」
「そうね! モデルはあたしだもんね!!」
うん、妹、お主の人生は、たぶん斉藤さん以上に楽しかろう……。
そんなことを思ったのち、私は少し息を吐いた。
**―――――
「さて……」
ある程度話がまとまったところで……私は今回の件で、博士とご友人にお説教するって誓っていたことを思いだす。
紅茶を一口いただくと、軽く息を吐く。
「博士、ご友人、一つ良いですか?」
「んー?」
『なんだい?』
「言わなければならないことがあります」
私は姿勢を正し、お説教の表情を作る。
「っ!!?」
なんで、妹が顔を引きつらせてるんだろう?
「なんじゃ?」
『なんだい?』
「その姿勢は、聞く態度ではありません」
博士と白カラスさんはぎょっとした表情を見せた。
「もう一度言います。お二人とも、姿勢を正してください」
【おまけ】
『しかし、いもっちゃんも爆発好きなんか?』
「あたし、付き添いだからね? 友達がやらかすのよ?」
『ふむ、将来有望じゃのぉ!』
「そうかしら?」
話題は爆発である……。
「あの……それより」
私はムリに話題を変えようとした。なぜか確信がある。
その子と博士は会わせてはいけない。理系ちゃんが科学ちゃんになってしまうじゃないか!
そして、科学ちゃんと博士が共鳴して暴走したら、世界がパーンじゃすまなくなる。
「博士はご飯食べてますか?」
『おや、心配してくれるんか?』
「あー、なんか前も言ってたもんね!」
「ちゃんと食べないと、心配になるんですが」
『儂は、それほど食べんでも大丈夫じゃよ?』
むう、そっちも心配だよなぁ。