15 悍ましき発明④『妹にツノを生やすための画期的機構』
「またせたの!ひみっちゃん!!」
博士が発明を見せるときって、きっと楽しいんだろうな……。
そんなことを思ってしまうほどに、うきうきで戻ってきた博士は、私たちの前に何やら材質のよく解らない箱を置いた。
次いで、設計図らしき紙束を添える。
その箱には、端々からよくわかんない毛のような細さの針金(?)がちょっと捻じれたり、直進したりで束になって飛び出ていた。見ていて不安になる外装であろうと思う。
そして箱の中央にはシリンダーの様なものが入っていて、その周囲にはボタンがいくつかある。また、USBの差込口もついていて、一部のデザインさえ目をつぶれば、ちょっと気味が悪いくらい本格的な品であった。
「これ……なんの装置ですか?」
「この中心のシリンダーに入っておるのがナノマシンじゃ! いまは、何の効果もないがの!」
「ほう……」
「うぇ、これ注射とかするタイプ?」
げげっ、やめてほしい!
誰がこんな得体のしれないものを注射するというのか!?
「いや、先端をちょっと当てるだけで効果は発動するぞ! 頭部限定じゃがな!」
うーむ、塗布になるのだろうか……?
「この発明はじゃ!」
博士はすっくとたちあがり、白衣をばさっと翻してから……思い返してホワイトボードに駆け寄る。
「ちょっとまっとってな!」
格好つけた後にそれはちょっと……思っちゃかわいそうかな?
しかし、博士はかまわずホワイトボードを持ってきた。
私たちが生暖かい目で眺めていると、博士はようやく納得の行く配置のなったのか、小さく頷く。
「うむ!」
そして再び白衣を翻し、胸を張って言った。
「こいつは、骨に対してのアプローチをするのじゃ!!」
「はい」
「ええ」
私たちの表情にもめげない博士は、さらに説明を続ける。
「ちょいとこれは説明が複雑なのじゃ!」
ホワイトボードに書き込みつつも、博士は先ほどこぼした骨芽細胞と破骨細胞とやらの基本的な働きから始まり、骨を伸ばす講義みたいな話を始めた。
「え、えと、えっと!?」
「ふむ? そんな細胞があるの?」
妹、実は理解できるの!?
えと、えっと……なんですかね?
Caって!? カルシウムで良いんじゃないですか?
でもなんで+とかつけるでしょう?
Pってなんです? ええと、なんで、2とか数字つけるんですか!?
いや、なんで横文字もいっぱいくっつけて出すんでしょうか!!?
しかも構造式がいきなり出てきて、あー!
これ、もうわかっちゃう! また計算が来ますよね!?
よ、よし! さっきはとっさにできなかった思考の退避だ!!
ということで、私は講義から目をそらして装置を見つめ、これがもたらす悪夢への思索に耽る。
「むぅ……」
えと、これってさ、皮膚に着いたら即効果がでて、一瞬で変わってしまって、『どうしちゃった!? 』と驚いてもらうものですか?
それとも、徐々に変化するかんじの『ねえ、最近……いや、なんでもないけど……』という風に、周りの皆様に心配され、その後友人・知人たちを恐怖のどん底へと貶めるモノですかね!?
どっちも良くないと思うぞ、私!
自分の想像から生まれた悍ましさに、背筋をぞわぞわさせていると、妹が小声で話しかけてきた。
「……ねぇ」
「……んー?」
「どうする?」
小さく何かを叩くようなジェスチャーのあと、指でマルバツのしぐさを作ったので、私も気が付く。
この装置って、叩いて壊して大丈夫だろうか!?
箱の周りを重点的に攻めれば良いのか?
でもさ、なによりも中身が飛び散ったら、ものすっっっっごい、危険だよなぁ……!
今すぐ効果ないってことでシリンダーを外して……いやいや……駄目だ!
処分法のめどが立たない!?
もし、下手な処分によって世界規模の災害に至ってしまえば、博士だけじゃなく私たちまで悲劇的結末の製作者になってしまうかもである!
私は、妹に小さく頷いた。
「確認しよう!」
「おねがいね」
小さく打ち合わせて、私は切り口を探るべく言葉にする。
「博士、ちょっといいですか?」
ご機嫌な解説の途中に言葉を割り込ませる。博士はこちらを見た。
「おや、どうしたんじゃ?」
「この装置って取扱い注意とか、あるんですか?」
「注意、じゃと?」
「はい。かなり繊細そうにみえます。変なことしていろんな人に感染とか、怖いです」
「いやいや、ひみっちゃん、これは細菌やウイルスではないぞ?」
骨を伸ばすっていう、人体に悪い影響がある時点で、似たようなもんでしょう?
ちょっと言葉にできなかったが。
『博士、たしか装置はタンパク質に働きかけるんだろ? 麗しの君は、それが心配なんじゃないか?』
ご友人が横から口を出した。タンパク質……からだを作るなんとかって栄養?
あれ、でもなんたらタンパクが、病気だかを引き起こしてたような……?
え、じゃあやっぱり、失敗したら細菌兵器みたいになるのでは!?
「むむ、不安かの? しかし大丈夫じゃ! 人体に使うから、儂が持つ生物工学の粋を尽くして組みこんでおる!」
『温度と湿度の管理データの入力、大変だったぜ!』
ふむ、温度、湿度の管理が大変か……もしかして火つけたら燃えるんじゃないかな?
私は、思考をそのまま言葉に出す。
「熱に弱いって事ですか?」
「当然じゃ! ヒトのタンパク質が変性する温度は42度以上じゃからの!」
『麗しの君、火が好きでも近づけちゃだめだよ!』
よっし、処分法は決まった!
ガワはハンマーで叩き、中身は燃す。私は妹に目だけで、合図をする。ちょっとだけ笑顔をみせ二人して小さく親指を立てた。
「というかさ……本当、二人とも全力を尽くすのね」
『当然さ! 麗しの妹ちゃん! 僕は君を、魅惑あふれる夢魔にしてあげるぜ!』
妹がサキュバス!? 実物見てないから言えるんだろうなぁ!?
てかそれってツノが生えてる感じだろうか?
「儂はよく解らんが、ツノは女の子を鬼にも悪魔にもするらしいの」
実はそれってダメじゃないのか? どちらも妹の本性だけどね。
『ああ、僕はツノを生やした子に、キスしてもらうのが夢なのだぜ!』
うげげ、そういう夢はちょっと……。
「ないわー」
「というかそれは奥さんにしてもらってください」
「そうね、奥さん用に改良したら?」
『だめだよ! ワイフがツノ生やしたら、悪魔じゃすまなくなる! 僕は麗しの二人に迫られたいだけなんだよ!』
「二人とも駄目じゃぞ! ひみっちゃんは儂の愛人じゃし、いもっちゃんは幼すぎる。さっきから言っとるじゃろ!」
「愛人じゃありません!」
「幼いってのやめてほしい……」
我々の否定も何のその、博士は首をかしげた。
「しかしの、ツノに関して……儂はそれほど詳しくないのじゃ」
博士は急に話を振ってきた。
「くわしくない……ですか?」
「どういう事?」
「たとえば……そうじゃひみっちゃん、いもっちゃん、ツノは何のためにあると思う?」
え、ツノ? 飾りじゃないのかな?
まあ、そんな答えはよろしくないのか? 少し考え私は答える。
「んー……戦うため、ですか?」
「強く見せるのためじゃない?」
妹の意見も納得ができるものだ。しかし、鹿さんのツノってよくあれで森とか走って、頭引っかからないよなぁって思ってしまう。
前に、鳥さん避けのネットに引っかかってしまい、もがいているのをレスキューした……なんて事件も聞いたことがあるし……。
実際はどうなんだろう?
『どっちもあるよな。牛は一応攻撃に使うらしいぜ?』
私たちの推測に、博士は軽く頷いてからまた別の資料を出した。
「実際はよくわかっておらん。儂も、予測をもって推し量るしか出来ん。ただ、今回は既知のものを使う」
「ほう?」
「例えば、鹿のオスはそのツノをもって自己の強大さを主張しておる! つまり、魅力アピールなのじゃ!!」
それから、博士は紅茶を一口傾け、のどを潤してから続ける。
「今回はいもっちゃんの魅力をさらに高めるために用いるからの! ツノを生やせばもてまくり決定じゃぞ!」
ん!? それは、ちょっと……いくらなんでも、適当過ぎない?
そんなんで寄って来る人って、ちょっと特殊な分類だとおもうぞ!?
たとえばですよ? 私が、ツノ生やした人と出会ったら、同性・異性にかかわらず、関わり合いを避けるし、遠巻きに観察します!
……あれ!? というか今、『オスは』って言ったよね!?
私も知らなかったけど、妹、実は男性だったの!?
それなら…………いやいやいや、どっちにしても痛い子にしからならないじゃん!!
『おお! 麗しの妹ちゃんに小悪魔的な魅力を付け足すのだな!』
「だから、そんなん生やしたら、どんびきされるって!!」
「大丈夫じゃ! なにゆえいもっちゃん専用にしたと思う!? 素晴らしく似合うはずじゃぞ!」
「ぜんっっっぜん、嬉しくないから!!」
あ、ツノは妹専用なんだっけ?
じゃあ私は少しだけ余裕をもって考えられるな。
ちょびっと考えてみると、妹にツノってさ、アリだよね!?
だってさ、妹って時々……いや頻繁に、私に対してあんなことするじゃん!
そう、いっつも心に鬼とか、悪魔を飼っている人間だとか、思うことがある……よね?
…………あれ、もしかして!?
これって、妹が正しい姿を取り戻すために、必要としていた儀式……。
いやいやいやいや、だめだ! だめだめ!! なに変なことを考えているんだ!?
今一瞬、妹とツノの奇跡的な適合を想像してしまった!
そして、ちょっと見てみたいと思ってしまったではないか!!
これは博士の計略!?
ま、まずいぞ!? 離間の計だ!
あやうく私は嵌りかかった!
おそるべし策謀家だ! やるな博士! ご友人も!!
「いま……なんか変な想像したでしょ?」
かかった声に恐る恐る振り向くと、とても、とても恐ろしい笑顔を浮かべた妹だった。あ、これ暴力も辞さない感じかもしれない!?
「妄想は、私のたしなみだからね?」
「それが現実になったら……どうなると思う?」
「…………ひみつ」
「そか、秘密にしたい感じのことを、考えてたのね!?」
おいおい、私と妹が仲たがいしたら余計にマズいって!
「そ、そういったのは後にしなきゃ! 今は、あれをどう壊すかだよ!」
「……むぅ」
妹は、理性のひとかけらが残っていたらしい。憮然として、妹専用のツノっ娘生成装置を睨みつけた。
【おまけ】
『あの日は朝からの雨じゃ。儂はアイデアに詰まっておった。そこで通りすがりの時計屋のおやじに』
長かったので割愛します。
雨の日に、博士は爆破させたようです。
あと、ハートフルつるつるのおじ様が巻き込まれました。
「時計のおじさん可哀そう」
「うん、可哀そうだね」
妹は時計屋のおじさまに懐いている。博士(白カラスさん)を冷たい目で見る。
『いやいや! あやつは儂の理解者じゃぞ! 誰よりも爆発を愛しておるし!』
何で息を吐くように嘘をつけるんだろ?
「おじ様本当に可哀そう」
『何故じゃ!? 儂は日常を過ごしただけじゃぞ!?』
「ねね、博士? パーンなら許されるけど、ドカーンは駄目みたいよ?」
どっちも駄目だからね!?