14 悍ましき発明③『感情豊かな猫さんしっぽとうささんしっぽ』
妹の前で恰好をつけて、空元気で胸を張ってもアイデアは大したものが浮かばない。
「博士を止めるには……」
「止めれるかなぁ?」
妹の素朴な疑問が刺さる。
問答無用で止めるとなれば、博士へのハンマーヘッド……。
いやいやいや! それは本当の意味での最終手段だ。それにご友人もいるわけだからその手ではたり無い。
というか、他国には私たちの手は届かないだろう。
「うーむ……」
ちょびっと駄目な方向に考えてしまい、妹の視線で正気に戻った。
……しかし、今日はなんて休日だろう!?
紅茶は美味しいし、饅頭の工夫も面白い。それに変なゲームの話題でも、なかなか興味深かったのになぁ……。
日常が、通常が……あー、もうもう……って、日常で、通常? あー、そうか!
そして私は思いつき、手を打った。
「そうだ!」
私は博士の習性を思い出したのである。
博士は苦労して作り上げた悍ましき発明品を、私たちに嬉々として見せることを楽しみにしているのだ!
そして、しっかりとした説明の後に壊された場合、その場で面白い感じにのた打ち回ってから、きっちり諦めてくれるのだよ!
そう、博士は何事にも完全燃焼のひとである。作る前から押さえようとするのが、悪かったのだと言えるかもしれない。
「うん……」
つまり、今私たちがするべ手順は以下だ。
① 博士たちから納得いくまで発明の説明を聞き流す。
② テンション上がった博士とご友人に、現物と設計図を持ってきてもらう。
② その上で問題点をたとえねつ造してでも伝えつつ、問答無用でハンマーを用いて破棄へと追い込み、悪夢の設計図をこの手で燃やし、その炎の揺らめきに心を癒してもらい……全てを無かったことにする!
そう、これだ! このプラン通りに進めば、私たちの日常は保たれるでしょ!
んんー!? いつもどおり?
いいえ、今日はいつもよりも気合が入っていますよ!
なぜなら、身の危険がありますからね!!
「よし!」
私はお腹に力を入れた。
「……仕方ありません。その発明を見せていただけますか?」
言いながら私は目で妹に合図を送る。
「うぇっ、マジ!?」
ぎょっとしたような、さすがの私も戸惑うくらいの表情をした妹が、袖を引く。
そこへ私はど下手ウインクを送ることで、さらに引くほどぎょっとさせ、そこから視線だけのやりとりで説得を試みた。
「うーん、むむー……まあ、一応聞いたげるか」
どうやら私の意図を汲み取ってくれたらしい。妹は、眉をしかめているが聞く体制をとった。
「おお、聞いてくれるか!」
「はい。まずはしっぽから見せてもらいましょうか?」
「良いぞ!」
『オーライ、僕たちの渾身の合作、麗しのお二人さんにも教えるぜ!』
なんと言うか、博士は満面の笑みを浮かべて立ち上がり、奥の研究室へと走っていった。ご友人の声も教えたくてしょうがない感じになっている。こういう無邪気な所をみると……何というか……その、何ともいえない感覚が生まれてしまう。
「こういう時の博士って、可愛いわねっ!」
妹の言葉を受け、私は軽く頭を掻いてから、小さく頷いた。
**―――――
「またせたの! ひみっちゃん、いもっちゃん!」
転がるように戻ってきた博士は、紙の束を机に置き、未完成品であろうその品を、堂々とみせてくれる。
それは、先ほどのネコ耳・ウサ耳と同色の……リアルな、しかも私の身長に合わせた感じの、ネコさんしっぽ……の骨組みであった。
私用のネコしっぽは、なんか白っぽい感じの金属なのだろうか?
ちょっと意味の分からないほどつるつるの基礎に、一部分だけ黒い毛皮が付いている。
根っこの方にはやはり、何というか表現に困る感じのネジっぽさのある、歪んだ形の針みたいなドリルが付いていて、私をげんなりさせた。
私は、心を守る現実逃避のためだろうか?
『博士ってば、黒猫さんが好きなんだなぁ……』という感想を浮かべる。
妹用のうさしっぽは、丸くてかわいらしい毛玉のようなもこもこの奴だった。
こっちの方は普通に売られている感じのあれっぽく、毛並みが良くて可愛い。
ただし、ねこしっぽと同じような付け根が付いていて、ちょっとだけ針が太い感じがして、曲がり方もえげつない感じのドリル付だ。なんか発光してません?
それを見た妹の顔色が変わっている。
「えっと、触っても大丈夫ですか?」
まえに痛い目見たのだけど、もふり技術の向上のためにもこれの手触りは確かめたい。
なにより博士は素手で掴んで持ってきているのだ!
ちょっとぐらいは大丈夫だと思う。
「もちろんじゃ!」
博士の言葉を受けて、私はうさしっぽに触れる。
あっれー!?
ちょびっと触ってみたらなにこれ!?
すべーすべーで、沈む感じで、うっわ、ずっと触ってたいぞ!?
え、材質はなんだろう?
いやいや、これは良くないな。うん、愛着は持つべきではない!
私はその感触を名残惜し気に振り払い、博士に問う。
「……して、このしっぽとやらはどんな発明なんです?」
「うむ! これはどちらも似たような機能なのじゃが、基本的には猫のしっぽを参考にしとる! うさぎは資料が少なかったからの!」
「……ふうん、猫ちゃんの?」
「そうじゃよ、耳の対にするつもりじゃったからのぉ」
「ああ……対に、ねぇ」
「うむ! そして調べたところ、猫の耳と尾はバランサーや感情表現に使われておったのじゃ!」
『僕も資料集めはしたんだが、あまり詳しくは無いんだ。博士は昔から調べていたらしいぜ!』
あれ? バランサーはともかく、猫さんの耳やしっぽが感情表現って、私が前にした雑談じゃなかったかな?
あの時、博士は『なんと、それは興味深いの!?』とか言ってなかった?
しかもその情報ってさ、私たちがお世話になってる近所のおば様(飼っている猫さんたちに好かれまくりの方)からの又聞きだよ?
おば様の話はいつか思い出すとして、重要なのはこの話をした時期であり、けっこう最近なのだ。
「実はこれ、ひみっちゃん情報じゃ! あの日インスピレーションを受けて、気になったから調べたのじゃよ! その時の資料が役に立ったわ!」
え!? いやー、あんなのって、ただの雑談だったのにね……。
というか、そんな所からも作っちゃうって、博士ってばフットワークが軽いよなぁ……。
「それで、ちゃんとわかったんですか?」
「うむ! 危険な時には膨らませるし、心安らかな時には体に巻きつけておる、細かい所で違いがあるが、儂は自己表現の一つと思ったぞ!」
「はあ……まあ、そうですよね……」
なんか分厚い資料の束をから、結構いろいろなことをやって、導きら出したらしい。だが、私は何とも言えない気持ちになる。
「猫はの姿勢としっぽは、危機感とは環境に結びついており、反射的な働きは姿勢としっぽに現れる!」
おそらく危ない時とか敵がいる時に背中立てて、しっぽが膨らむ感じのことを言ってるのだろうか?
「そして、生物は環境に適した働きがあっての……体内のストレス環境は……」
うぉっと!? そこから急に体内環境がどうとか、アドレナリンだとか、そんな感じの話からはじまり、交感神経・副交感神経がどうとかを詳しく解説しだしたっ!?
いや、なんでそれに数字的なナニカがあるんですか!?
「つまり!」
博士が立ちあがり、白衣をバサッとなびかせて、胸を張って結論を出す。
「情報と統計学的見地から、猫は自身の心理を表現するために、しっぽによる部分が大きいのじゃ!」
その、堂々とした態度で導き出した結論は、雑談の時に伝えたものである。
「……まあ、そうでしょうね」
『それでね、博士はしっぽの動きが感情や情動をサインとして表現していると結論付けたのさ!』
「うむ! 猫は基本的に危機管理能力が高い! 常に周囲を警戒しておる!」
『そうだね』
「その際、同族・仲間への視覚的なアプローチによる感情表現が必要であるがゆえ、コミュニケーションにも、しっぽは使われておると推察できる!」
しっかし、ややこしい考え方をするよなぁ……。
要約をするなら……猫さんは臆病だけどおすましさんだから、おっかなびっくりこっちを見ていているよん♪
何かあった時は自然に、しっぽにでるよー!
ってことで良いんじゃないかなぁ?
それ以外でも、イラッとしたなどの感情を表現する時は、しっぽを使ってぺたぺたするし、すきすきーってするときはちょろっとしっぽを人に当てるよね?
というか博士、猫さんの自己主張だよーってことを、むつかしく考えちゃったんですかね?
……そういうのってさ、猫さんと一緒に住んでるほとんどの人が、しっかり気付いているでしょう?
『つまり、随意も不随意もあるって結論さ!』
ご友人が細くしてきた。さっき言ってた随意が自分の意思でってことなら、不随意は無意識って事だろう。
「今回、脳へのアプローチがNGじゃから、随意に関しては諦める。しかし不随意、つまり反射であるならなんとかなるぞい!」
『自分でも考えてない動き、感情の反射だね!』
「うむ。ねこしっぽの動きをヒトの心理と結びつけるため、体内環境から決まった情報を解析し、動作プログラムとリンクさせるのじゃ!」
『ははっ、パターン構築は得意だぜ!』
そこから、なぜだか人体における環境への適応とやらへの講義が始まった。うぇ、こっちは長いぞ!?
なんというか、交感神経とか、副交感神経とか、さらにホルモン?
抗ストレスホルモンや幸せホルモンとやらの環境に左右されるバランスに注目したといった文言から始まり……。
なんというか、いきなし出てくる分子式とか意味が解らない方向まで話を飛ばさないでいただきたいんですが!?
なんたらアミンだとか、ステロイドだとか、どこぞで聞いた言葉もでてきますし、もう! 私は聞き流すしかありません!!
ちらっと妹を見ると、なんかふんふんって感じで、興味深そうに聞いている。
「つまり、そういった体内環境に合せて動くのみの働きをする、ウサ・ネコしっぽじゃ! 尾骨に当てると自動で着くようにするぞ!」
『あと、着けたあと、決まった感じにお尻を振ると、しっぽがハートマーク作ってくれるぜ! うさしっぽはハート型に変わってくれるのさ!』
「むう、そんな機能付けるんか?」
おそらくはリアリティ重視の博士が、少し嫌な顔している。
『当り前だぜ! 着けたところ、ぜひ見せてくれよな! 動画で!!』
反応に困るセリフをだされ、私は聞き流しをやめた。そして一言でぶった切る。
「嫌です」
「ムリ」
『おう、なんてことだ……僕の夢が……』
私は、ご友人宅にある自爆ボタンの使用を検討しつつ、話を促した。
「それでは、ツノについても伺いましょうか」
「おや、このしっぽはこのまま開発してもええか?」
怪訝な表情の博士に、私はにこやかに言う。
「セット全てを見てから、判断します」
「おお、そうか! じゃあちょっとまっとってくれな!」
博士が転がるように、研究室へと戻っていく。
「ねえ、どうするの?」
「全部まとめての処分でいいんじゃない?」
「ああ、そだねー」
私は、妹と簡単な打ち合わせをかわし、ぬるい紅茶を一口いただく。
この芳香によって、少しだけ気持ちを落ち着かせておき、私たちは新たなる災厄に挑もうと気合を入れるのであった。
*)博士が増えてしまったので、300文字にさせてください
【おまけ】
「はかせー、お話しましょ!」
その呼び掛けはどうかと思うが?
『んー? いもっちゃんか? どうした』
「すみません、カラスさんに御用があったんですが、つい雑談になっちゃって」
『お、ええぞ! 儂も二人と話したいのじゃ』
相変わらず気さくである。
「あのさ、この前さ」
妹が出したのは、科学マニアな友人についてだ。
でもさぁ、効率的なパーンのやり方なぞ、聞かんでほしい。
『たしかに爆発はロマンじゃな!』
「ねー!」
「やめてください! 博士は規模がシャレにならない!!」
「え、でも小さく爆破も出来るんじゃない?」
『うむ! 儂も昔は色々爆破させとった。この白衣でなきゃヤバかったぞ』
むぅ、それは詳しく聞いてみたいな?