01 悍ましい発明①『人体改造を必要とする作りかけのネコ耳・ウサ耳』
訪れた白カラスさんの微笑みは、相変わらず苦み走っていた。
『ニヤー』
その魅力はハードボイルドな大人のもので、妹だとまだ理解しきれないのかもしれない。
「おつかれさま、カラスさん」
『ニヤ!』
「相変わらずダンディさんだね」
「えー、かわいい系じゃない?」
うーん、やはりここの意見は交わることが無い。どこをどう見れば、この笑みが愛想振りまいているように見えるのかな?
「まだ見抜けてないね。これは苦み走った大人の微笑みだよ?」
「どのへんが?」
「……くちばしの捻り具合とくびの傾きが渋いでしょ?」
「小首をかしげてつぶらな瞳でみつめてくる、カワイイじゃん」
ふむ……。
「……これってさ」
「堂々巡りね」
全く違う感覚の私たちだが、結論は同じだった。あまり続けても仕方がないだろう。だから私たちはすぐに打ち切り、博士の伝言を見せてもらう。
「カラスさん、今日は博士、なんて言ってるの?」
『ニヤ』
白カラスさんは自分の羽を毛づくろいしてから、優雅に足を持ち上げた。動作ひとつひとつが決まっている。感心しつつ、私は手紙入れの環を受け取った。
「これ、博士がわざわざ書いたのかね?」
「どうだろう?」
その環をあけてみると、出てきたのは紙の束である。
なんかすっごく追究したい技術で圧縮されていたそれらを広げ、環の方は白カラスさんに返してから、内容に目を通し……私は突っ伏してしまった。
「ぐぅ……」
それは設計図である。
そう、身に覚えのある身長が書き込まれた人型にはネコ耳がついていて、すっごい詳細に寸法や比率っぽいものが書かれ、枠線がついてたり、書き込みがあったりの、手の込んだものだ。
これ……私をこの世で最も不似合なネコ耳天使に改造するための、具体的な計画書ではないか!
覗き込んだ妹もドン引きしている。
「うっわ、本気だ! 博士本気だったわ!」
ちなみに設計図は何枚かあって、妹の六枚翼の図案(身長から推察)には、『カラスの羽毛を元にした』などと、書き込みがある。
さらに、こっちの頭はウサ耳だが、”可愛いバニーさん”といったものではなく、”ちょっと引く感じにリアルなウサギさんの耳”とだった。
妹の方は堕天使? 小悪魔? バニーさまってコンセプトっぽい。
「これ、これ……」
そして、最も見逃しちゃいけない部分がある。
特に頭!! それは筋肉の名前と『側頭骨に穿孔するための……』とか、『蝸牛神経への溶着に際する……』とか、メモだけでも不穏な感じがあるんですが!!
この単語って調べるべき?
調べたほうがいいんですかね!?
知りたくないけど!!
ドン引きしつつ、しばしの葛藤。
そして私はスマホをいじり……その用語を検索する。
え!? なんか、本当、専門的サイトがいっぱい出てきたよ!?
えと、えっと……ざっと目を通したところ、ひとが何かを聞くための神経的な何やらっぽい!?
それをのぞき込んだ妹が、大声を上げる。
「うああああっ、もう! なんであたしまで巻き込んで! 本当、なにしてんの博士一味!!」
一味って私も含んでそうな気がするが、気のせいだよね?
そう思いながら、私は努めて冷静に言った。
「あー、まずい……。博士本気だ……うーむむむ、どうしよう!?」
「……もう、もうもう、あー」
落ち込んだ妹の背をさする。さすがに、巻き込んでしまって申し訳ないとは思う。
でもね、あの時の判断はね!
私だけがネコ耳をつけてしまえば、妹は憂き目にあうじゃん!
そう! あれは配慮のつもりだったんだよ!?
そう、ちょこっとだけ、軽~く、付け加えた一言のはずである。それがねぇ、まさかここまで具体的な悪夢となって、私たちに襲い掛かってくるとは思わなかったよ。
妹さま、本当、ゆるしてください……。
私はとりあえず正座をして姿勢を整え、頭を下げる準備をした。
「あれ!? これってメッセージかな?」
しかし、最後の紙を見た妹の言葉でそっちに意識が向かう。その紙にはこう書かれていた。
『ひみっちゃん、いもっちゃん、友人に話したら図面引いて送ってきたわ! こんなんがええのか? 儂、どうすればいい?』
「人体改造はダメー!!」
「人体改造はイヤー!!」
というかご友人ってば、何余計なことしてるんですか!
博士も乗り気になってるぽいし!!
ご友人には冗談でも、私たちにとっては現実的な災厄なんですよ!?
私は考えをそのまま言葉に出す。
「なんで、博士はあっち方向に頑張っちゃうんですか! こんなん、ダメに決まってるでしょ!」
その言葉を、ついその包容力のありそうな微笑の、白カラスさんへ向けてしまった。白カラスさんは澄ました表情をしている。
「気持ちはわかるけどさ、カラスさんに言っても仕方ないよ」
「そう……だね。ごめんなさいね」
『ニヤ』
私が言ったその一瞬、白カラスさんが揺れた気がした……。そして、再び足を上げる。そこには、なぜか、紙止めの銀環が再装備されている。
「えっ、なに!?」
「んー!? いきなり増えたわね? どういうこと!?」
「んー? カラスさん、これ見ろって言ってるのかな?」
『ニヤニヤ』
その渋い微笑に促され、私たちはその環を開くと、そこには新たな紙に博士の言葉が書いてあったのだ!
『なんじゃ、気にいらんのか? じゃあ遊びにおいで。しっかりと意見をもらうからの。いもっちゃんの意見もほしいぞ!』
……んー!? え、これはその……白カラスさんてば、今の私の言葉を拾ったっぽい!?
「……え!? なに、どういうこと!?」
「おそらくだけどさ、このカラスさんて、瞬間でやりとりができるんじゃない!?」
私たちはぞっとした表情で、白カラスさんを見つめる。
『ニヤー』
相変わらず、苦み走った笑みだ。今回は少し不気味に見えるが、私はおそるおそる声を掛けた。
「それじゃあえっと、お昼過ぎに伺いますね」
「あたしも、今日は予定ないから、お邪魔します!」
『うむ! 二人ともまっとるぞ! 楽しみじゃな!!』
私たちはが伝えると、白カラスさんはほぼリアルタイムに博士の返答を渡してくれる。
『ニヤ』
そして、軽く毛づくろいをしたのち、優雅に飛び去っていった。
……相変わらずダンディだなあ。
「本当、愛嬌があるわね」
たぶん、妹とは分かり合えないんだろう。
「でも、代わりに喋ってくれてもいいのにね」
「ダンディさん気取るひとの8割は、内心シャイだからね」
「んー可愛い子って、奥手だからかしら?」
意見の食い違いを意識して、私たちはちょっとだけにらみ合うが、それ以上は言わずに博士宅へと赴く準備を始めた。
私たちはするべきことをそれぞれ言葉に出す。
「んー、まずはどどめさんに塩水あげなきゃね」
「その名前で呼ばないでって! まあ、そっちは任せるから、あたし洗い物するね」
妹は私のどどめさん(仮)呼びをいちいち否定する。まあ私がなし崩しオッケーを狙っていると、察しているからだろう。
頑張れ妹、あとは根競べだよ!
私は負けない!
「私はどうするかなぁ?」
「居間の掃除しといてよ」
「ん、わかった……て、しまった! 私、今日こそ部屋の片づけをしようと思ってたのに!」
「どうせ、理由付けてできなくするでしょ?」
「べつに理由付けてないから!」
「この前はどうだったけ?」
「あー、なんでだっけ? チラシがあって、時間くぎられたから?」
「ほら、理由付けてやめてんじゃん」
「べ、べつにやめた訳じゃないから」
「帰ってから部屋は片付けるの?」
「むう……」
本当、失敬な妹だ。まあ、多分帰って片付けようとは思わないだろう……。
私は聞こえなかったふりで、他の気になることを言ってみた。
「あとは、洗濯物干したっけ?」
「あ、まだね。というか、脱水さっき終わったみたいよ? 今日は天気良いから、おねがーい」
「あいあい、じゃ、それと居間とトイレの掃除はしておくから、他は頼んだよ」
「解ったわ」
私は鳩時計の『気まぐれ三郎(仮)』を見ると、お昼前くらいになっている。
「何時くらいに出よっか?」
「絶対迷うから、少し早目にしましょ」
「ナビがあるから大丈夫!」
「誰かさんはナビに従わないからね」
「ぐぬぬ……」
あ、補足しておきますが誰かさんって、きっと妹ですよ!
生来のひねくれ者である妹は、毎回ナビの言うことを聞かずにつっぱしり、幾度となく怒られているはずです!
ちなみに私は、指示された方へ向かっているのに、なぜだか注意を受けてしまうんですからね!?
だから、従わないのは妹です!!
……そういえば昔、その証明をするために妹の先導に従ったんだよなぁ。
そしたら、普段よりもびっくりするほど早くついてしまい、混乱と共に記憶を封印したんだっけ?
その封印がちょびっとほどけ、私は妹を恨めしい目で見ている。
「なんか、変なこと考えてない?」
「何をもって変というかは、その人の見方によって違うはずだよ?」
「まあ、どうせあたしを貶めてるんでしょ?」
「あれ、ひょっとして実はエスパー?」
「ふむ、ひっかけに引っかかるおまぬけさんねぇ」
しまった! 私は今日も脇が甘い!?
「もしかして迷探偵?」
「きっと迷ってる方の字なんでしょうね」
「なぜわかった?」
「わからいでか……」
こうして、細かいやり取りを繰り広げたせいで時間が詰んでしまった私たちは、それぞれの用事を急いで片すこととなった。
**―――――
今日は何故だか解らないのだが、本当に滞りなく辿り着いてしまった。いつもなら、ナビに注意されたり、トラブルが起きたりするはずである。
今、眼前にある家は、相変わらず科学の深淵を体現しているのだろうか?
不可思議な装いを隠しもせず、見ている私たちは悍ましさを感じて立ちすくんでいる。
「しかし、何でこんな事になったんだろう?」
「んー、ネコミミが博士の琴線に触れたからじゃない? 誰かさんのせいでね」
「えっとさ、初めは善意だったんだよ? 博士のね、それが、なんで……うう……」
「まあ、『おっきな怪我しないでね』ってのは解るけどさ、『もし大怪我したら改造するぞ』ってのは、意味わかんない」
「そうだね。シャレで終わっとけばいいのにさ……それを具体的な形として、出されてしまうとは思わなかったよ……」
「でさ、なんであたし巻き込まれたの?」
「なんでだろうね?」
「犯人の自供を待っている、あたしの気持ちが伝わらないの?」
「ふむ……」
これ以上茶化すと、多分怒り炸裂となってしまうのだろう。
本来ならそれほど考えなくて良い気もするが、少し首をひねって考えた振りをみせ、私は言った。
「根本的な原因は、博士と知り合っちゃったから?」
「……ほう?」
「そう、冗談を真に受けて、それを具体的な形にできる性質を持った人と、縁あったから、それが答えだよ!」
私の言葉に妹は軽くこめかみの部分を押さえて言った。
「……あんな改造案出した人はさ、どこのどなたかしらね?」
「博士の友人さんだね!」
一応断っとくが、私は妹の趣味を伝えただけで、提案はしていないのだ。始めからそう言い切ろうと思っている。
「でー、その友人さんにインスピレーションを与えたのはどなたかしら!?」
「博士に決まってるじゃん!」
「あーもうもう! いいかげん認めてあやまって!? 懇切丁寧に! しっかりと、頭を下げて! あやまって!!」
「はいっ! 本当に申し訳ございませんでした!!」
売り言葉に買い言葉や、その場逃れのおためごかしは私の癖だし、妹との遊びでもある。
あのー、でもね! 今回に関してはぁ、本当に悪いと思っているんですよ!
「なによ、素直になれるじゃん」
「いや、私もこんな事になるとは思わなかったんだよ。本当だよ! というか、私も、それにさ、じつは私も被害者なんだよ!!」
「ふーむ、まあ……ねえ?」
「普通、あんな具体的なものにするとは思わないじゃん!」
「博士、普通じゃないじゃん」
「あう……」
「配慮が足んないじゃん!」
「その通りです」
「ということで、今回あたしは全力で止めるからね」
「あのね私も頑張るから! 暴力だけは慎んで!! 良い?」
「……」
「何か言ってほしいな」
「ふっ……」
私の言葉に妹は何も言わずに、薄く笑った。げげ、何する気だろう? 私、博士と妹、二人とも止めなきゃいけないんだろうか!?
色々と考えていると、何処からともなく白いカラスさんがふわりと現れ、いつものように、渋く微笑んだ。
『ニヤッ』
「おー、歓迎してくれてるよ?」
「うん、じゃあ、今日も行ってみようかね」
「おっし、今日の目標は?」
「改造手術計画の阻止と、計画の破壊だね」
「その手段は?」
「対話と誠意」
「あと、奥の手ね」
「そっちは本気で慎んで! 私、頑張る! 絶対に超頑張るから!!」
「うふふっ、大丈夫。いざとなったらってことだからね。大丈夫!」
全く安心できない言葉を放ち、妹はチャイムを鳴らした。私は、いざとなれば妹を止めるために動かねばならない。
急に恩師の言葉が思い浮かぶ。
『武道は暴力に対抗するためにあるのだよ。しっかりと使い道を判断して、肉体的にも社会的にも生き残る道を取るようにな』
師範、私は今、妹にそれを使う必要性を感じています!!
そんな葛藤を知ってか知らずか、怪しいチャイムが鳴った後、いつも元気な博士の声が響く。
『よく来てくれたのう! どうぞー!』
「こんにちは! この間はありがとございました。博士」
「お邪魔しまーす」
そして、私たちは身近に迫った災厄を止めるため、再び科学の深淵へと乗り込んで行った。
【おまけ】
「ということで新章開始となります!」
「むう、言いたい事は色々あるのよね」
「おや、なにかな?」
「前回の話、覚えてる?」
前回、裏設定的なでっちあげ話をしてて、鬼畜眼鏡を私におしつけ、妹は王子と宣言した。そうだ、結局妹の立ち位置は結論が出ていた。
「王子さまは、斉藤さんだったってところ?」
「そこよ!」
「なんか問題あるの?」
「あたしが斉藤さんってのは、無い!」
あー。これ、また怒られるパターンじゃないかな?