03 謎の発明②『あんなことやこんなことをやり直すためのなにか』
「本当、物に弱いのね」
話の途中に妹が突っ込んでくる。
「え!? いや、うん、えっと……」
「で! で!? いくらになりそう!?」
なにかね妹さん?
もしかして家計に取り込もうとしてない?
いやですよ! あれは私がもらっ……預かっているんだから!
換金したら秘密預金に入れるつもりです。
私は少し目を反らす感じで答える。
「んー、詳しくは調べてないし、一応預かっておいただけだからね」
「ふーん、そうなんだー!?」
「なにかな? その目は、何が言いたい?」
なんだか、汚れ物に見られている気がするのだが?
「んー、だってさぁ、結局愛人になっただけじゃない。それで爆発が起こるもんなの?」
「それから後の話だからね!? というか愛人じゃない! その部分は強く拒否して帰ってきたんだって!」
「すごく嘘っぽい」
言いながら妹はぬるくなったであろうコーヒーを、一口すする。
あ、じゃあ私も飲めるかなぁ?
そう思ってカップに口をつけると、うん、適温である。おちつくなぁと息を吐くと、妹がじとりと睨んでくる。
「というか、あたしに熱見させないでって!」
「私、ねこ舌なのだよ」
「あたしもよ!」
「ちなみに博士はうし舌だね」
敏感さんがねこ舌なら、鈍感さんはうし舌らしい。私、この前なにかでみつけた。
「まあ、お茶とか勝手に淹れるもん、知ってるわよね!」
むう、蒸し返すなぁ……。
いやいや、これは違うんですよ!?
『せっかく来てくれたんじゃからお茶を淹れるぞ!』みたいな感じになると、私が困るから先んじただけなんです。
すこし口を尖らせ、私は答える。
「お茶はね、博士が淹れると二次災害が起きるんだよ」
そう。これは実体験である。
博士は機械を作るのは得意だが、使うのは壊滅的なのだ!
なにせ、ポットに触れると熱湯が飛び散り、大惨事となってしまう。
「へえ?」
妹が目を丸くする。
「まあ、いつか連れてったげるからさ、そのとき被害に遭うと良いよ」
「んー? なんか、ごまかしてる感じがあるわね」
たいしたことは考えていない。
博士を妹に知られた以上、絡んでくる可能性は高いと思う。
そして博士はきっと好き者さんである。
ならば容姿だけは優れている妹を見た場合、きっと愛人になって欲しいとか言い出し、ダイヤの合鍵をもう一つくれるはず……と、打算いっぱい夢いっぱいだ。
ちなみに妹という人物は、話してがっかり、性格知ってがっかり、行動激しくてがっかりと、それはもう残念さんの極みである。
だが、そこに気が付くまではある程度時間が掛るでしょう。
私としては、『ダイヤの合い鍵が増えればラッキー』とか、『知られた以上巻き込んでしまえ!』 とかは、さほどしか考えてないのでご安心ください。
「んで、話の続きは?」
私の思考には気が付かず、妹は話を促してきた。澄ました顔で私は言う。
「えっとね、博士は言ったのだよ」
「うんうん」
**―――――
そう、博士は言った。
「愛人にもなってくれた事だしの」
「いえ、愛人にはなりません」
「じゃあ、合鍵は……」
「一応、預かっておきますです」
うん、ここは譲らないといった態度を貫く。
「まま、ええわ。今日は見せたいもんがあるんじゃ!」
「ほう?」
「最近の研究成果じゃ!!」
きたか……。
私は平静を装いつつ、少し気合を入れて、目の前に置かれた香気たつ湯呑をみつめてから、強く心を持とうと覚悟を決める。
強い心を保っておけば、おおよその出来事には対応できるような気が……しないこともない。
「ちょっと待っとってくれな、ひみっちゃん!」
「……はい」
博士はとても軽やかに立ち上がると、さっさと駆けていった。向かう先に存在するのは、『研究室』とプレートが付いた魔窟へと、だ。
「ふぅ……」
私は息を吐く。これから起こるであろう出来事を予想してしまったのだ。すると、先ほど決めた強い心は、すぐにぐらぐら揺らいでしまう。
これを落ち着かせるためには、呼吸、そうだ、呼吸法もためさなきゃ……。
ひっひっふーだっけ? まあ、やっておこう。
あ、そうだお茶は……?
んー、私が口を付けるにはいまだ熱すぎる。
うーむむむ、どうするべきか……ああ、せんべいがあるか……甘いやつを小さく割っていただく。
あ、美味しい。
ちょっと硬いけど、程よい甘味がすっと消えて、これくらいのが私は好きだなぁ。
そんな感じで、さまざまな方面から心の備え(ただせんべい食べただけってのひみつ)を試みていた私である。しかし、その途中に博士は戻り、声を掛けた。
「ひみっちゃん! またせたの!!」
「お、お早いお帰りで……」
呼吸や心拍を整える間もなく、いつも楽しそうな博士はだかだかと駆け戻り、何かの物体を卓上へ置く。
「これをみとくれ!!」
博士が置いた品は、奇抜で独創性に満ち溢れたデザインの、目覚まし時計っぽい品だった!
大きさは一般的な目覚まし時計なのだが、さまざまなオブジェを引っ付けたために、見ていて不安になりそうである。
特に中心からグネグネとした棒がいくつか突き出ている姿がヤバイ。その棒は赤い部分と青い部分があるのだが、時間と共に色が変わっていく……そんなナニカがこの発明品だった。
「えーっと」
私はコメントに困るその品について、いろいろな葛藤を押し込んでから聞いてみる。
「これは……なんですか?」
「これはな、最近の研究の集大成じゃ! 儂は時間の研究をしておったのじゃよ!」
「はあ……」
「時間はその次元ごとに軸がある! 人はそこに近いか遠いかで、感じ方がちがうのじゃが……」
そこから博士は時間に関する理論とやらを早口で、とことん説明してくれた。
だが、話を聞いただけではさっぱりわからない。
『相対的に把握できる時間』と『個人的で感じる時間』がなぜ違うのか?
えーっと、まず第一に、何を言ってるかわかりません!
専門用語も入っているので理解できない。私は少し考えて博士の説明の一端を概念的にまとめてみた。
「えーっと、その……集中してたら、あ! こんな時間!? ってなる感じのあれですか?」
「おお! 察しが言いのひみっちゃん! そのとおりじゃよ」
それは、『時計と自分の感覚がずれてしまう現象』に対する一つの結論だった。
それはどうやら『時間軸』とやらのせいで起こるらしい。博士は胸を張って言った。
「それでの……」
ここから、私にとっては長~い体感時間が続きます。
博士はなぜか数字をたくさん出してきて、その解法? 数式? を交えたもので説明していただきました!
なんというかね、私、仕事以外で数字と関わるの、本当苦手なんです!
「助けて!!」と心の中で叫びつつ、危機回避のため聞き流し、おいしいご飯の作り方など妄想を始めた。
美味しいご飯といえば……そうだ、妹は結構手際の良い子で、当番のときはいつもおいしく作ってくれるんです。
私もそこそこ頑張ってはいるんですが、やはりなにか一味足りないと、悔しさを噛みしめる日々を過ごしていました。
この前ちょっと機会があって「何かコツはあるの?」って聞いたんですよ!
そしたら、「悪意と怨念」って返ってきて、それ以上聞くのは慎むこととしたのです。
むぅ、そういった感情を抱かせるモノって、どこの誰でしょうかね!?
まるで心当たりがない事にしましたですよ!
私が現実逃避をがんばっているところへ、博士の声が掛かる。
「ひみっちゃん、聞いとるかの?」
「あ、聞いてますよ。時間の軸? えっとその時間軸への探究がどうなったんです?」
私の特技、『聞いてないけど聞いてるふり』は、うまく博士をごまかせた。
「なるほど、時間軸と言った方がええかの? その存在位置が不明だった昨今、儂は場所とアプローチ方法を模索し続けたわけじゃ!」
博士の話は佳境に入っているっぽい。私も最近食べたおいしいおかずベスト7の選出をやめ、その続きに耳を傾けた。
なんというか、聞き流していた話をすっごい適当にかいつまんで翻訳してみますが、異世界だか異次元だかにたった一つだけ存在するという、時間の元締めさんが有る……かもしれないし、無いかもしれない。
博士は『きっとあるよ派』に所属していて、何とかいろいろ頑張って、その元締めさんにさまざまなアプローチをしようと、血のにじむような努力をしていたらしいです。
なんか五日くらい徹夜に近い生活になっちゃって、トイレでびっくりした小話もはさんでました!
それ、たぶん病気なんじゃないですかね?
ちょっと心配になっちゃいますんでお休みいただければと思うんですが?
……おっと、いけない、話を聞こう。そろそろ結論へと導いていくようです。
「つまりこの装置によって、時間軸へのアプローチができるのじゃ!」
「ほう? ということは……」
「うむ! つまり、今まで経過してきた時間を、すべからく巻き戻すことが可能となるのじゃ!!」
胸を張っていった博士に対し、私はその言葉の意味を考える。
たぶん……いやきっと、『ダメなこととか、失敗したこととかをやり直しちゃうぜ装置』を、完成させたってことですよね?
「えっと、それが……この時計の効果なんですか?」
「そのとおりじゃ! 時間の軸が回転の形態をとっていることは儂にとって僥倖じゃったわ! それを掴むのに苦労したんじゃ」
「えーっと、時間、ってまわってるとかそんな感じなんですか?」
博士の言葉を受け、私はコマを想像している。まあ、軸っていうから回転の中心になっているんだろうなってのはわかるが、本当にそんな感じなのだろうか?
んー?
つまりこの装置は、そのまわっている時間をちょっとだけ逆方向に回す?
……んんー? なんだかしっくりこないなぁ?
「えっと、博士……それでこの装置を使うとどうなるんですか?」
「今までやり直したかったことが、すべてやり直せるようになるぞ!」
「ふむ……ふむ?」
博士なのに抽象的だなぁ……つまりどういう意味なんだろ?
あの日に起こした失敗劇を何とかしてやり直す―! って類かな?
私が思案顔を見せていたら、博士は少し恥ずかしそうにしている。
「じつはの、恥ずかしい話、儂は遅刻が多くてのお」
「ああ、やっぱりそうなんですか」
「やっぱりとはなんじゃ!」
しまった、オブラートに包めなかった。博士はちょっぴりしょんぼりしている。
「しかし、そんなイメージついとるんか?」
「え、ええ……まあ」
「まあ事実だから仕方ない。実はこの前、ちょっと落ち込むことがあっての……そこで儂は考えたんじゃよ」
あまり、良い予感はしないが私は聞いた。
「なにをです?」
「あの恥をそそぐために、儂はあの頃に戻る必要がある!!」
「……はい?」
えーっと、言いたいことは解りますよ。
それは誰もが考える、とっても簡単な恥の拭い方ではありますが、それってただの妄想ですよね?
例えばね、大切な人を失ったり、取り返しのつかない体になったりとかなら、もうちょっと腑に落ちると思うんですが……ちょっと落ち込んだだけでしょ!?
それ、笑い話で済ますもんですよ?
それをですね、大人がですよ!?
本気でとりくみますか!?
……そう、何日も徹夜して一歩間違えれば取り返しのつかない程に体を壊すほどの労力とか、資材とか、あとはたぶん色々な知的リソースを投げ打ってまで、現実化に取り組むことではないと思うんですがっ!?
「そ……それは、飛躍がすごいですね」
しかし、それを言葉にしてしまうと博士が哀しくなってしまうだろう。
なにより、今までの努力をすべて踏みにじってその上でタップダンスを踊り、さらに唾を吐きかける行為と同じだと思ってしまい、言葉を止める。
そんな私の葛藤を気にもせず、博士はにっこり笑った。
「そして、この装置が完成したのじゃ!」
「はい……え?」
なんだろう? 話が飛んでしまい……私はとても嫌な予感がしているのだ!
【おまけ】
「正座」
「はい……」
「何で正座させられたか解る?」
「解りません」
本当、なんで私正座したんだ?
「思い当たることがいっぱいだからよ」
「むう……」
心を読まないでほしい。
「じゃ、これ公開するわね」
「えっ!?」
そのスマホには、私が珍しく酔って戻った日の動画が!?
『ぅぅ、愛じぃ妹よ』
「まずいまずい! これはやめて!?」
「ふふっ、あの時なぁんて言ってたかなぁ?」
文字数がなくてよかった! 次回は仕返し考えます!