06 謎の試作品①『次元の壁とやらに穴をあけてしまう装置』・作動
「異次元って、別の世界のことですよね?」
「うむ。多胞体、つまり別の世界線にはそれぞれに繋がりは無いのじゃが、今回はちょっと無理して繋がりを作るのじゃ!」
穴空けてるのに繋がるってどういうことだろう? そんなことを考えつつ、私はその博士に尋ねてみる。
「いくつか、聞いてもいいですか?」
「ええぞ! というか、そういったのが欲しかったのじゃ!」
満面の笑みを浮かべる博士の姿に、私は心をほっこりさせた。
同時に、いざというときの心積もりと、その際に起こる結末を予測し、先んじて心を痛めている。
そんな孤独な心情対話を押し隠し、私は疑問を言葉にしてみた。
「次元壁とやらに穴を空けるって、その穴から別の世界に行けるってことですか?」
「うむ! 次元を異なる世界、異世界といえるじゃろうな! 別の物理法則や常識を持っておるかもしれん!」
「変な空間じゃなくて?」
「つなげた先の環境はわからん!」
あれ、いきなしそれってやばくないですか? 入った先が宇宙でした! とか、洒落になりませんよね? ……と、口から出かかったのを我慢し、まずは軽めのジャブを放つ。
「えと、海に突き当たったりしないんですか?」
「うみ? まあ、真空状態だと危ういしのぉ。次元壁の穴は一方通行になっとるぞ!」
おお、対策はできている……って、一通?
「えっと、それじゃ間違って入ったら、戻ってこれないんじゃないですか?」
「そうじゃ。現状、異世界へ入ってから戻ってくるためには、入った先でこの装置を使い、元の空間を引き当てる必要があるな!」
たしか10mmとか言ってませんか? 直径1センチの穴じゃ、この装置も入らないじゃないですかね?
早くもぼろが出たっぽい。ただ、試作品ってこともあり、細かい配慮はまだできていないのだと思う。
ただ、穴を空けることができれば広げることも可能だとは思うし、そこらをつつくのは野暮というものである。私は別の疑問を出した。
「んー、それじゃあ……穴を広げて中で装置を使ったとして、同じ世界につながるんですか?」
「…………座標の特定は、できん。今はまだ、な」
あ、これ駄目なんじゃないですかね?
言いかけて、何とか抑える。まだ、と博士は言っていたし、これから改良する余地はあるのかもしれない。しかし、本当に次元へ穴が開くんだろうか? というか、穴開けたあと、閉じるのだろうか? 私は浮かんだ疑問をそのまま聞いた。
「穴開けたあと、元に戻るんですか?」
「それは問題ないぞ。1時間程度で閉じるんじゃ」
「あれ? 時間制限? そういう機能なんですかね?」
その言葉に博士は首を横に振る。
「いや、世界には自浄作用というものが働いておっての。次元壁は傷つけられても自然と元に戻るようになっておるのじゃ」
「そんなもんなんですか?」
世界の自浄作用なんてどうやって調べたんだろう? 突っ込みを入れたくなるが、こと発明に関して断言する場合、博士は間違ったことを言わない。
「ふむ……」
私は立ち上がり、その装置をしげしげと観察する。こういうものを、コンパクトに収めることができているって、凄いことなんだろうなぁ。
「こんな小ささでねえ……」
昔、何かの画像か映像で、むつかしい実験装置を見たことがあるのだが、その画像は部屋いっぱいの機械がたくさんあって、ヒトがマッチ棒みたいで、本当に大変そうな印象だったものだ。
ラボのほうにはお邪魔したことはないからなんともいえないが、実際にはすごい設備などがうらでつながっているのかもしれないが、目の前の添え付け台に乗ったマウスっぽい何かは、手のひらサイズである。
私の前でにこにことしゃべるフランクな博士と、手のひらサイズの装置をみると、どうも現実感が薄い。
「なんというか、使いやすそうではありますね」
「うむ! 使い心地満点じゃぞ!」
私はその発明品へ近寄り、変な感想を口に出してしまう。博士も嬉しそうだ。
そうなんだよなぁ……さらっと使いやすそうなものを私に見せて、しかし、その実態は常人の精神へ壊滅的な打撃を与えてしまう恐るべきナニカ……。
本当、才能って恐ろしいと思ってしまう。
「あれっ」
よくよく見ようと台座を持ちあげたその瞬間、なぜか手を掛けたところへボタンがあったらしい!
カチリと音がする。同時に、何やらマウスが光を帯び始めた。紫だった角っぽい所に赤から始まってゆっくりと光が移り変わっていく!
うっわ!? し、しまったー!! 私が! 発明を! 発動させちゃったの!?
うわ、うっわー! 博士の発明に不用意に触れちゃまずいって、私、学習してたはずじゃないか!!
「あああっ!? し、しまった!? ま、まままっ、まずいです博士!? ボ、ボタンがっ!!」
「ああ、大丈夫じゃよひみっちゃん。ただの起動ボタンじゃ。みておくのじゃ」
「え、ええ……」
未知は恐怖であり、経験はその増幅をする。
真っ青になって飛び下がった私と、楽しそうに発明へと駆け寄る博士は、おもむろにマウスを取って、机から少し離れた場所まで行ってから、何事も無いように左クリックを押してしまった!?
すると、件のマウスが大きく輝いたのち、マウスホイールのある辺りにある角から、激しいけれど不安になる色の輝きを放ったのちに、さまざまな光の玉が収束して行き、何かが擦りあわせるような、しかし、今まで聞いたことのないような音が、この部屋一帯に激しく起こる!
うっわ、これダメだ。長く聞いていると不快感がすっごい……
「よっし、穴が開いたぞい!」
私が耳を防ごうとしたときには音が止み、光が消え、博士が戻ってきて気楽そうに笑った。
なんということだろう……。発明が動いてしまったのだ……。
「う……動いて、しまいましたか……」
博士の言葉に血の気が引いた。なにか、起こってない!? いや、まあ、説明ではまだいろいろ未完成っぽいし、危険ではと思って、発見した。
空間に変な点がある!?
「穴があいてますね!?」
「もちろんじゃ! そういう装置じゃからの!!」
穴、確かにそのままの表現が正しい。何もない筈の空間に、10mm程度の黒い……というには少し複雑な模様の穴が開いている!?
「うむ、実験成功じゃな! やったぞ、ひみっちゃん!!」
「というか、動かしたの初めてですか!?」
まあ、当然だろうとは思うのが、ついつい聞いてしまう。
「うむ! もう少し詰めてからひみっちゃんを呼ぼうと思っていたのじゃ。少し早めのお披露目じゃな!」
いや、あの、博士の発明は発動したら大変なものが多いんですが……今回は無事だったが、これ、とても心臓に悪い。
「そういうのは私、なんというのか、できれば遠慮したかったと思っています……」
博士の喜んでいる姿をみても、不安はさらに大きくなっていく。私は、空間に不気味に浮かぶ、見ていると心がざわついてしまう黒っぽい穴を、凝視していた。
**――――――
「ふーん、あな、空いちゃったんだ」
ハンカチで口元を拭いながら、妹が話の感想を端的に述べる。
しっかし、妹はガサツなのにハンカチは常備している。しかも結構かわいらしいものが多い。今日のワンポイントは黒白二羽のうさぎさんであった。
変な所に感心しつつ、私は話を続ける。
「そうだね。空いちゃったね」
妹の態度に、私は不満である。この温度差はどうなのだろう? 妹ってば、ちょっと危機感が足りないんじゃないかな?
今まで博士にどんな目に合わされたと思っているんだ!?
この前の体験だけでも……。
・私の部屋で大・爆・発。
・博士を守るため、私は手にあざを作る。
・腕をカラスさんの止まり木にされた。ケガはないけど痛かったです。
・どどめさん(仮)をもらってしまう。悪夢のおまけ付き。
・加害者兼被害者として、様々な方向から抱える精神的外傷を刻み込まれた。
どうですか! 私、これだけの痛い目をみているんですよ!!
……世界規模の大事変を引き起こしかけた、あのときの恐怖を共感してないのかな!?
貰ってきてしまったインパクトの強い装置だって、今も直視できないんです!? ときどき悪夢として、出てきてしまうんですよ!?
そもそもですね、博士に一切悪意なしだから文句も言えず、そのかわいらしいキャラクターによって、いろいろ煙に巻かれているんですからね!
ねえ! 妹は本当に理解しているの!?
「あー」
そういった、内心の憤りや伝わるはずのない憤懣を心の奥へと押し込みつつも、私は訴えるように言った。
「目にしたら解るけど、あれは恐ろしかったよ。黒? いや、色んな色が混ざったような気持ちの悪いナニカ、それをふーんって、どういうことさ?」
「いや、あたし見てないから」
そうだけど! でも、この、何なんですかね! こう、こう、胸の内にあるいろいろな感情、汲み取ってくれても良くないかな! いや、言葉にはしないけど、でもね、でも、うむむむ……。
「なによ? 言いたいことがあればはっきり言えばいいのに……どうしたの?」
「言葉が、見つからない……」
仕方なく私はいちごミルクをかきまぜる。
って、なになに? なんかどどめさん(仮)が近い!? え、何のつもり!? 這い寄ってきて、わざわざ口を生やして夢に出てくるにっこりスマイル(赤紫のくちびるでっっ!)っ!? うええっ、て、ええ!?
ど、どどめさん(仮)、歯並びきれいですね……。
いやいや、えっと、もしかして慰めてくれてるのかな? ありがとう、どどめさん(仮)……。
そう、妹よりも心遣いがうれしいのは、悪夢にでてくる生物さんであった。
『できれば間近で見るのは避けたいんですが……』と、思ってしまった私は、ちょいと自己嫌悪を重ねつつも妹の方を向く。
「あの穴はさ、おぞましい印象がつよかったよ」
「んー、結局はその穴になんかしたの?」
「……あーそうだね。うん、あれはびっくりしたなぁ」
「え、なによ、なにがあったの?」
「えっとね、一方通行ではあるんだけどね、あの穴って実は……」
少しもったいぶって、私はいちごミルクを一口いただく。そして私は話を続けるのだった。
【おまけ】
妹は液体猫さんをやめ、机で何か描きはじめる。
「つまり、博士をいろいろ追い使うの?」
「んー、鬼畜眼鏡に指示して、好奇心旺盛ってかんじ?」
「それじゃ、私が苦労するだけじゃん」
「そそ! で、発明もあたしが壊させるのだよ」
妹の絵は、異常に具体的なロリ白衣の銀髪ちゃんと、王冠つけた美化300%の誰かと、ひっどい感じの眼鏡私がいる。
「この私って、鬼畜ってよりただの嫌がらせ要因じゃん」
「良いじゃん」
駄目だよ?