04 謎の試作品①『次元の壁とやらに穴をあけてしまう装置』
「またせたの、ひみっちゃん!」
今日も元気に駆けてきた博士に、私は精一杯の作り笑顔を向ける。
「いえ、それほどでもありません」
「今日見てもらいたいもんはこれじゃ!」
博士はその発明を私たちの座っているソファーからちょっと離れた所へ、プラスチック製の台座型の充電器でしょうか? 何らかの機械を重々しくひっぱってきて、その上に添えつけた。
周りの機器が気になるが、中心に置かれた発明品は手に収まるくらいのワイヤレス光学マウスのような、つるりとした形の何かだった。
ボタン? らしき部分にざらざらした紫色の何かがはりついていて、それが徐々に色を変える。ホイールの部分はちょっと主張の激しい突起がでていた。
そして、光学センサーの部分には黒いイナズマのような何かが飛び散り、不気味さを醸し出している。
「あー……」
博士が戻って来て座るまで、私は次の言葉が出せなかったのだが、思い切って聞いてみた。
「して、これはなんなのですか?」
「これはの、次元壁穿孔装置じゃ!」
ジゲン……ヘキ……センコウ? 閃光? なんというか、音の響きから何をするものか想像できない。
「ジゲンヘキセンコウ……?」
つぶやく私に博士はにこにこしながら言った。
「うむ! 最近の儂は遅刻対策を考えていると言ったじゃろ?」
「え? えっと……そうでしたっけ?」
遅刻対策って……なんですか?
博士は遅刻を無かったことにしようとしてませんでした?
そのために世界を逆行させようとしたり、静止させようとしたりしてましたよね!?
極めつけには、全ての時計を正すという名目で、世界をレンジへ投げ入れようとしてましたよね!!
やっぱり、悪の科学者じゃないですか!?
「えっと、また時間に関する発明……ですか?」
「いや、移動に関する発明じゃ!」
「え? 移動!? ってことは、次元!? ええええっと、穿孔って、穴開ける感じの?」
「うむ! 次元壁に穴を空ける装置じゃ!」
そうか……移動で次元でヘキってのは壁か!?
次元の扉をひらーくっていう、ファンタジーとかでいっぱい言われている便利すぎて困っちゃうなんちゃらですね!
あれあれ!? 何だろう?
素敵技術っぽい感じなのに、私の背筋には悪寒が走っていますよ!?
そんな戦慄に戸惑っている私を顧みず、博士はにっこにこしながら説明を始める。
「まず、世界が2次元や、3次元があると言われておるのは知ってるかの?」
「えっ?」
たしか空間の定義だったっけ?
一次元が線だったと思う。そして二次元が絵に描いたような世界のことで、三次元が我々が存在するとかなんとか、で四次元は……あれ?
時間とかそこら辺に関わるような……? 私はこの先を覚えてない。
「えーっと……」
私が戸惑った様子を見せていると、博士はとても嬉しそうに笑った。
「ええかひみっちゃん。次元とは空間を表すものじゃ!」
そこから、またいつもの講義が入ってきます。
一次元は線。
二次元が縦と横で絵画や漫画。
三次元は縦・横・奥行で現実世界?
四次元は縦・横・奥行に時間。
といったように定義しているらしい。先ほど私が挙げた適当な解釈に加えて多胞体だかなんだかとか、いっぱい時間軸とやらが集う、五次元とやらがあるかもって言っていた。
この前、時間は一つしかないって言ってなかったっけ? と突っ込んだら、『世界に時間軸は一つだが、世界は一つではない』と、よくわかんないことを言う。
本当、私もわかんないまま話は進み、さまざまな世界がどうとか、解釈がまちまちだってことをホワイトボードに数式を書いて説明しだした!?
なんで数式が必要なのか、意味がわかんないんですが!?
ベクトルとか、昔授業で聞き流したような概念をですね、もう、もう!
本当に勘弁してほしいくらいガンガン叩きつけてきます!!
「な、ナルホド……」
そして私は、博士の説明にあいずちを打つだけの装置と化して意識を飛ばし、思考を冷蔵庫の心配に切り替えた。
いやー、さすがにねえ、ちょっと隙間をあけねばならなくなってきてましてね。とくに妹は猫型の食べ方をするんですよ……。
あ、『猫型の食べ方』じゃ解りませんね?
詳しく言うと『お残し』するんです。『今日は満足したからもういいや。次までとっとくー! 食べないで!』って奴です。
猫さんはねー、ほかのともだちのために残しているらしいので、出されたものを全部一気にたべないで、置いておくらしいのです……。
しかし、うちの妹がこれをすると、冷蔵庫のスペースを取るだけでね、もう、ね……こっそり片付けると憤怒を発するし……何とかしないととは思うんですが……。
思考の途中で博士が立ちあがった。
「つまりじゃ!」
そして博士は白衣をはためかせ、結論を導き出す。
「おおっ!?」
その言葉とリアクションに、私は思考を中断し、お話を聞く体勢をとった。
「この装置によって、次元の壁に穴を空けることが出来るのじゃよ!」
「ほう?」
「今は試作段階での、直径10㎜に限定しておるがな!」
いや、それだけでも実はとんでもじゃないですか?
と思いつつ、私は思い浮かんだことをそのまま口に出した。
「して、穴をあけたら、どうなるんですか?」
「他の次元への入り口となるぞ!」
んー? 抽象的だなぁ。
入り口は良いけど出口はどこにつながってるんだろ?
私は疑問を直に尋ねる。
「えっと、それを通るとぉ……一瞬で目的地へ行けるんですか?」
その質問に博士は少し悲しそうな顔をする。
「いや、そこまでのもんではないんじゃよ……」
「おや、そうなんですか?」
「うむ。次元壁と付けては見たが、実査には境界と言った方がええ」
何が違うのかわかんないです……とは私は口には出さない。ただただ頷くのみだ。
「ははあ、なるほど、そうなんですか?」
『さっぱりわかりませんが?』とは心の中で付け足す。しかし、今日の博士は目ざとかった。
「むぅ、ひみっちゃん解かっとらんじゃろ? まぁこの概念は解りにくいからのぉ」
およ、見抜かれちった……。
「つまりの……」
「あ、はい」
「えーっと、次元というのは……」
「……はぃ」
それから次元の講義が再開した。
すっっっっっごく簡単に翻訳? かいつまんで言わざるを得ない私をお許しください……。理解力が乏しいんです……。
まず、4次元以上は理解しにくく、おそらくとつけざるを得ないのだが、多くの要素? 可能性? まあ、おそらく別の次元、つまり異次元、もしくは異世界って感じで存在している。
そういった別の存在・異次元は、次元の壁とやらによってこちらの世界と区切られているらしい。
で、今回の装置は、その壁へ穴をあけることができ、通路ができる『……かもしれない』と言ったものらしい。
結構詳しく教えてくれたのだが、残念ながら私の脳ではこれが限界である。
「といった機能があるのじゃ!」
「でー、えっと、異次元? 異世界? に行くための装置というわけですよね?」
「そこまででは無いの。こことは異なる別の世界線との境界に、穴をあけるだけじゃよ」
「イマイチよく解りません。穴をあけたらどうなるんです?」
私の質問に、博士は少し首をひねった。
「異次元は別の世界線じゃ。どのような形態か、良く解らんじゃろ?」
「はい」
「そこにはこちらと混じらんようになっておるのじゃ」
「ほう?」
「完璧に混じってしまっては、それぞれでパラドックスを起こしてしまい、対消滅する可能性もある」
げ……嫌なフレーズ聞こえちゃった。
「まあ、そうならんように区切りがあり、それを便宜上、次元壁と呼んでおるのじゃ!」
「ああ、まあ、それは理解できます」
「そして、その次元壁に穴をあけたら、その良く解らん異世界へとつながるかもしれんじゃろ?」
あの、さっきは対消滅するかも? って言っちゃってますが……。
とはおもったのだが、私はひとまず話を聞く方針を取る。
「まあ、そうですね……」
博士の説明で、一応の機能は理解できた。だから私は、疑問をそのまま言葉にする。
「えっと、じゃあ……どうやってそれで遅刻を減らすんですか?」
「えっ?」
博士はとても驚いたような顔をしている。
「えっと、遅刻を無くすために次元に穴をあけるんですよね?」
「ああー、うーむ……そこから説明がいるかの?」
「え、ええ、できれば……」
ふつう目的と手段は明確にするべきじゃないんですかね?
遅刻減らすったって、『時間設定や準備などを少し早めにする』という、誰もが取るべき行動に、目を向けてくれない博士である。今回も、とんでもない事態を引き起こしそうではあった。
そんな私の疑念を知ってか知らずか、博士は少し首をひねってから手を打つ。
「よし、じゃあ地図を持ってくるから待っとくんじゃぞ!」
「え、あ、はい?」
転がるように駆け出す博士の背中を見やりながら、私はその装置を眺める。
「ふう……」
仰々しい台に乗ったマウスをみて、私は軽く息を吐いた。これが危険なものじゃなきゃいいけどなぁ……そして、ポケットのハンマーを確かめる。
「持ってきてよかったと、思いたくはなかったなぁ」
【おまけ】
妹の語りがつらい。私は言ったのだ。
『そもそも私、目が良いから眼鏡が嘘だよ』
しかし、妹は設定する。
どうやら私はボクシング的なもので目を傷めるらしい。
過去のインターハイ的なあれで、生涯のライバルとの試合が良い……良いって何!?
現在、私を葛藤させたうえで、ライバルを登場させ、河川敷で……あ、そこで眼鏡にひびが入るらしいです。
妹は昭和生まれ!? というかまじで栗の花案件じゃないか!
妹、あとで説教な!