03 謎の発明(?)『博士が触れたら荒ぶるポット』
「博士、これありがとうございました。もう無くなってしまいました」
私は博士に空瓶を渡しつつ、頭を下げる。
「おや、そうかの?」
博士はその瓶を受け取ってから、分別ごみ捨てなのだろうか?
ちょっと特殊なマーク(輪っか三つが重なって髭が出た感じのデザイン)のついたなんとなく存在感を感じる容器へ捨ててから、痛々しげに言う。
「しかし、災難じゃったな」
「ええ、本当びっくりしました。急な訪問で申し訳ないです」
「気にするでないぞ。儂とひみっちゃんの仲じゃよ! 頼ってくれて嬉しいぞ」
頼る……ですか? 私は妹以外のひとに頼るといった行為に、幾分かの抵抗を感じてしまう。
これはおそらくだが、お世話になった方の言葉に『親切を受けたら、借りと思い込むようにしているの』ってのがあって、そこそこ共感しているからだ。
そのため、『頼ってね』という言葉を、私は素直に受け取れないでいる。
まあ、それを言葉にしたら鬱陶しいからね……だから、私はニコニコとした表情を作った。
「ええ、頼らせていただきますね」
「うむ!」
博士は裏も表もない感じでにこにことしている。
機嫌の良い様子をみて、発明への警戒心は薄く張り、軽く雑談してから速やかにお暇しようかね?
そんなことを思っていると、博士はお茶セットへ駆けていった。
「ひみっちゃん痛いじゃろ? お茶、入れたげるぞい!」
「あ、それ、ちょっ、私が……」
「けが人は休むべきじゃよ」
私の制止は間に合わず、博士がポットの側面(!?)を触れたとたん!
何か普通じゃない量の熱湯が放出され、周囲に飛び散った!
「ぬわ!? あっつ、あっづぅー!?」
「ちょっと、お茶は私が入れますから、もう、なんでこのポットもこんな激しく……」
飛び散った熱湯の被害はそこそこ広い。私もちょっとだけ熱気を受けている。
うっわ!? これって博士、やけどしてない!?
急いで博士の様子を見るが、私は目を見張った。
あれっ? まるで濡れていないぞ!? どういうこと!?
そして、よくよくポットに視線をやる。……と、何か全体的に歪んでみえる。
変な形だなーなどとぼんやり思い……ふと気が付く。
あっれー、このポット……もしかして?
「すまんのお。儂が他の人に淹れるといつもこうなるんじゃ」
しかし、博士の言葉で思考を止めた。
「それじゃやけどが絶えないでしょう?」
「いやぁ、やけどになった事はないんじゃ。それにの、一人の時はうまくいくんじゃよ? 儂、嫌われとるんかの?」
まあ、私もポットに嫌われる人はたまに見る。
……例えば……いや、まあ、その、良いや。
私は飛び散ったお湯のあとなどふきんを借りて掃除した。その後きゅうすを預かって、改めてお茶を淹れ直す。
さっきの暴れっぷりを警戒し、慎重にポットを使ってみる。しかし、側面をつついても問題は起きず、通常の使い方で何事も起こらずお湯が注がれた。
「ほらの!? なんでじゃろう?」
「機械に向いてないんじゃないですか?」
「む!? そりゃ儂にとって致命的じゃな、わはははっ」
「は、はは、結構本気で気にしてください」
こっそり本音で刺したつもりだったが、博士には響かなかったらしい。
「まあ、儂は作ることには興味はあるが、使うことには興味無いからの」
あっれー!? もしかして、こんなところに問題があるんじゃないかな!?
ここはぜひとも改善してもらわなきゃ!! えと、えっと……。
「博士……そこ、重要です! 使う人の気持ちと、周りの安全を、少しでも理解してほしいのですよ!?」
「んー? そうかの?」
そう、需要と供給の話です。人って『すごいもの』はたまにしか必要としないんです!
『つかえるもの』が引く手あまたとなる意味を、博士も理解してください!
いまこそ、はっきりきっぱり伝えようと、私は言葉を探す。
「ですから博士……これからは使えるものに目を向け……」
「そんなことよりひみっちゃん、今日はお願いがあるんじゃ」
私が向けようとした話題を、しかし、博士はまるで興味を示さずに、バッサリ切り捨てた。
「…………はい、何でしょうか?」
「いま、作っている物があっての。調整中じゃが、見てほしいのじゃ!」
「え、ええ!?」
し、しまった!? これは、巧妙な罠?
トラブルで訪れたから、発明はないだろうと、タカをくくっていたのだ!
なぜなら前回、妹を連れての訪問からそれほど経ってないのである!
予測とはなるが、ああいう「とんでも発明」の開発には、博士でも時間がかかるものだ!
インスピレーション→ 理論化→ 初期テスト→ 設計→ 開発→ テスト→ フィードバックと、私のような素人でもその工程の想像はできる。
いくら博士でも、インスピレーション→開発はたどらない……はずだ!
だってさ、いつも燃してる設計図を、私は目を通しているのだ。綿密に引いてあり、所々書き込みがあって、かなり本格的なんだもん!
だから、次の弾丸はそう簡単に出てこない……私はそう思っていたのだけど……。
「えっと、その……」
「ま、テスト段階じゃからの。見るだけでもええ。ひみっちゃんの意見を聞かせてほしいんじゃよ」
ああ、そっかー、初期テストだったかな?
むむむ、どうやって断ろうか……あ、でも、だめか……。
今回、私には傷の手当と洗面所をお借りしたという負い目がある。そして、借りは返さなくてはならない。
「…………はい、見せて頂きます」
結局、私は今日も博士の発明を見せてもらうこととなってしまった。
「おお! ありがとな、ひみっちゃん」
「まあその、できれば……」
「ちょっとまっとってな!」
私の言葉を最後まで聞かず、博士はだかだかと駆け出す。
「おてやわらかに……って、聞いてないですね」
うん、どうしよう……? 再び、この時間が訪れてしまった。どのような発明かはわからない。
しかし、ろくな物ではないはずだと、勝手に思い込んでしまう。前例の数々が憎い……。
「結局さ、人って積み重ねだよね……」
私は心を鎮めるため、熱いお茶の香りだけを頂いた。
**―――――
「ねえ、ちょっと気になったんだけどさ?」
「んー、どうしたの?」
「ポットってさ、誰が使っても変なことにならないよね?」
急に言われた私は、何度か目を瞬かせる。
「そうでもないよ? ポットに嫌われる人、結構いる」
「え、そうなの?」
「例えば……あ、いや、うん、イナイヨー、ワタシ、シラナイヨー」
あとちょっとまで言いかけて、急に約束を思い出してしまった。実はこれ、極秘案件である。
たとえ血縁者であっても、いや、妹だからこそ言えない。なぜなら、妹は私と違い、面白い方に全乗っかりするからだ。
もし口を滑らせてしまえば、嬉々として広め、明日には多くの人が知ることとなるだろう。
「なによ急に? もしかして、口止めされてるの?」
そう、これは結構本気の約束である。
私もね、あるお店の割引券や、ちょっと嬉しい食券などを、気前よく提供してくれる方からの願いがある。それならば、聞き届けるために最善を尽くすこともやぶさかではない。
「あー、ソコモー、シラナーイ」
そう、口止めされてるってことも含めて、伝えるわけにはいかないのだ。
「どうせ斉藤さんでしょう?」
「あーえー、そのー、誰ですかそれ?」
「それ、答え言ってるわよね?」
違うんだけどね。
しかし、ここを勘違いさせておけば、私と斉藤さんとの友情に細かいひびが入ってしまうが、逆を返せばそれだけで済む!
そう、私は利益を優先するべきときは、友人だって崖から落とす!
まあ、結局なんやかやあって私も堕ちることになるのだろうが……それは愛嬌ってやつである。
「で、どっちの斉藤さんなのよ?」
「というわけで、私は博士に開発中の発明を見せてもらうことになったのだよ」
「ちょっと、露骨すぎない?」
「もう聞かないでってこと! これ以上詮索するなら、夕飯のおかずが一品減ることになるよ!」
「えー、なによ横暴ね!」
「それくらいの恩恵がある約束ってこと」
「え、じゃあ斉藤さんじゃないじゃん。どっちもそんな甲斐性ないでしょ? それだと、誰……?」
んー!? ……なんで察しが良いんだろね!? 妹よ、ときどき私は恐ろしく思うよ。
「じゃ追及はやめるわね。ねえ、どんな発明だったの?」
「えっ!? あっさりしてるね」
「んー、まあ恩恵を無くすくらいならってのと、斉藤さんだと思い込んでたからね」
妹の態度に私は疑問が沸き立つ。それをそのまま言葉にしてみた。
「あのさ……一度聞いて見たかったんだけど、斉藤さんにどんなイメージ作ってるの?」
「んー、リレーとかで、スタートダッシュでは驚かれるけど、二人ともがどこかで転んじゃう感じ?」
うーむ良くわからないけど、ニュアンス的にはそんな感じだよなぁ……。
「うーん、私も同意。でも気が付いたらすぐ後ろまで追いついてきてる……ってのも加えとこう」
「そうね。で、追い抜く寸前にやっぱりころんじゃうのよね……二人とも」
なんというか、斉藤さんって……どちらもある意味凄いひとだよなぁ。
「で、その後どうなったのよ?」
「えっと、博士は……にっこにこして戻ってきたよ」
【おまけ】
私は自主的に正座をしている。妹がすっごい説教体制で胸を張り睨む。
「『立てば颯爽、座れば瀟洒、割れた眼鏡は栗の花』、三回繰り返してね」
「いや、なにそれ?」
「『鬼畜眼鏡とは』って検索したら出る言葉よ」
なんでそんな嘘つくんだろ? あ、検索しても無駄ですよ。
「良い? 全くもって、遺憾の意を表明してるの! あたし!!」
「なに怒ってるのさ?」
「汚した……」
よく解らないが、私と鬼畜眼鏡は似合ってないってこと?