01 妹のひみつ?①『山で友人たちとパーンてする』
ああ、お休みって良いなぁ……朝の二度寝ができるって素敵!
ベッドの中で、私はぬくぬくごろごろしている。今週は何というか忙しくて、妹と雑談する時間も作れなかったんだよね。
仕事の嫌な思い出……例えば話が通じない人とのやり取りや、時間的にも精神的にも進まない疲労感に加えて、最近起きたインパクトの強い出来事(博士案件)などがあり、精神的に結構キている。
そういったあれこれをあまりため込んでしまわぬように、私はいま、ベッドで液体と化しているのだ。
しかし、それを許さないかのように、ノックの音が響く。同時に声が掛った。
「ねね、もう起きたら?」
部屋の外から掛かった声は妹のもので、ちょいと機嫌がよい感じ。あれー、今何時くらいかな?
「うーん……今日は休みなんだよぉ」
「でもさ、朝も食べずにどうしたのよ? 調子悪い?」
「んー? いや、まあ……うーん、精神的打撃が大きいかな」
「なによ……何かあったの?」
「まあ、うん。少し休みたい」
「じゃあ、ご飯片して良い? 今日はいちごミルクがあるんだけど……」
いちごミルクって、美味しいんだよね。
ヘタ取ったいちごに砂糖と牛乳掛けて、ざらざらの先割れスプーンで潰して食べるだけなんだけど、なんか病み付きになるのだ。
ああっ!?
そういえば、斉藤さん(有名じゃない方)からとれたてを貰ってたっけ?
これは逃しちゃいけませんね!
「いや……そか、起きるよ……心配かけたね」
善悪ふくめた感情はさまざまな表情がある。
今回は『嬉しい!』ではあるのだが、『いちごミルク一つで吹き飛ぶ疲労なのね……』という風に、安く見られるのはイヤだ。
そういった外見を取り繕うのがちょこっと得意な私である。なるべく平静と疲労感は装いつつ、うっきうきで起き上がった。
ただし、嬉しさは鼻歌となって飛び出てしまった。
着替えの途中にふと妹についてのいくつかを考えてしまう。
泥水のごとく布団で漂っていた私なぞほっとけばいいのになぁ……。
妹ってば少し世話焼きが過ぎるところがあるんだよねぇ……。
美点とも言えるのだが、ときおり暴走することもあり、たまにではあるが大嫌いな注意や説教までに発展する場合もある。
まま、今回はいちごミルクに免じて、褒めてあげるけどねっ!
「おっはよーん♪」
「おはよ、機嫌よく変な歌うたってんのね? 心配して損した」
はっきり言おう。妹は音楽が壊滅的である。だから、ヘンと言われると複雑なのだ。
「変なのはお主の音感じゃよ?」とは、思うだけで言葉には出さない。ただ、生暖かい目では見てあげた。
「いやねぇ、起きてカーテン開けたら元気になってきたのだよ」
「光合成でもしたの?」
「それはさすがに、まだできないかなぁ……」
居間まで行くと、ダイヤの乳歯を持つ不定形の生物っぽい装置が這いずっている。
大人の腕くらいの大きさで何系の生物に属すのだろうか?
ウミウシをすっごくおっきくして、さらに気持ち悪くし、唇や角が時々生え出る悍ましさを加えたら、丁度いい感じになるのかな?
この子は蠢くたびに、黄土の肌と赤紫の痣がうねうねと連動している。
「どどめさん、今日は絶好調かね?」
「その名前で呼ばないでって」
「じゃあ、どんな名前がいいのかね?」
「なまこっぽいし……歯が重要だから、『はなこさん』?」
「うん、それは却下」
「なんでよー!?」
残念だが、花子さんに良い思いではないのだ。トラウマ的な何かを思い出してしまう。
まあこの子の名前に関しては、いずれ直接対決によって、決定されるはずだ。深くは語るまい。話題の中心であるおぞましい装置さんは意に介さず、ベランダ付近でぬくぬくしている。
あれ、もしかしたら、こっちは本当に光合成できたりする?
「でさでさ、何かあったの?」
私は仕事に関してあまり語らない。私って愚痴の聞き役になることが多いからねー、その気持ちがわかるから飲み込んでしまおう。
しかし、んー……そこで、インパクトの大きかった事件が思い浮かんだ。それは博士案件である。
「うん……ああ、そう。先週ね、自転車ですっころんじゃってさ……」
「え!? 大丈夫なの? 病院は?」
「膝と肘を擦りむいただけだから大丈夫だよ。ただ傷を洗いたいってことで、博士の家にお邪魔したんだよね……」
「え……すり傷? んー? どこに?」
妹が私の肘をまじまじと見つめる。まあ見つからないよね。
「先週のことだよ?」
「んー、でも、夕方には帰ったのよね? あっれー?」
何か疑問符が出ている。妹に、私は話を続ける。
「転んだのはまあ気にしないで良いよ。博士の話なのさ」
「やっぱり……何かあったの? てか先週って、お休みの日でしょ? なんでその時話してくれなかったのよ?」
「うん……話そうとしたんだけど、お泊りで行ってきた時の話、ずっとしてたじゃん」
今、妹は長期のお休みらしく、親友ちゃんと理系ちゃんと連れ立って、泊りがけで出かけていたのである。その後、私は仕事が立て込み、あまり話をする暇がなかった。
そして妹は、帰ってきてから遊びの話題をがんがん教えてくれたため、私は自分の話ができず、今日ようやく話せる段となったのである。
「ああ……そう、だったわね」
「ずっと、楽しかったー、だもんね」
「楽しかったもん、だってさぁ……山でぱーんって」
「その話はもう聞いたって……私の体験も聞いてほしいなぁ」
「ああ、ごめん……ん、聞かせてよ」
そして私は、並べられた少なめの朝食に、いただきますをしたのちに、話し始めた。
**―――――
これから忙しくなるからと頂いたお休みの日のことだ。
天気が良い。こういった日に私は、自転車で目的地も決めずにふらふらすることがある。
「あかふくさん、よろしく!」
自分の愛用している黒自転車に『あかふくさん』と名付けたのだが、『そもそも黒いじゃない! とにかく人前で呼ばないで』とやかましい妹は今不在だ。ようやく胸を張って呼んであげることができた! ちょいとうれしい。
えっ、あかふくさんの由来ですか?
それはこの自転車がうちへ来てしばらくした時、赤い服を着ることが多かったからだ!
というのも、たまたま紅い洗濯物が風で飛んで引っ掛かってしまった件を3回ほど見かけたから、胸を張って命名したのだ。
これが、なんというか、妹の評判が悪い。
えっとこれはですね? 私がイメージからの『お名前付け遊び』ってものなのです。
こういったお遊びを付け加えることで、日常にアクセントをつけて有意義な日々を送ることができると自負していのだ。
しかし、妹の感性的にはナシであることが多く、大多数は却下されてしまう。最近ではどちらが降りるか、続けるかのデットヒートを繰り広げている。しかし現在、名前付けチキンレースの勝敗はついていない。
さて、私は『あかふくさん』にまたがって、気分よくふらふらしていた。それは、三丁目付近だったと思う。
「~♪」
そこそこのスピードで走っていて、さらに速度を上げようと立ちこぎをする……っと!?
「うっわ、あぶなっ!!」
急に目の前へ茶色の塊が飛び出てきた!?
「ブレーキ! ブレぇーキぃ!!」
強く握りこむと、ものすごい音を立てるあかふくさんに、茶色の塊、猫さんが驚いてこちらを見た!?
「ちょ、止まらないで!?」
ブレーキを握る手にもっと力を入れる。すると、あかふくさんはしっかり止まった……は、良いのだが前のブレーキが利きすぎて体が前のめりに浮く感じが生まれる!
そして大きく回転!? うわわっ、受け身、受け身をっ!?
そんなことが脳裏にかすめただけ、いや、体は動いてくれたかもしれない。
回転の力には逆らわず、ただし硬い地面に頭だけはぶつからないように、首をもちあげる。しかし、手足はしっかりと地面に捕まり、ずざざっと、擦れてしまった。
しかも、追い打ちのあかふくさん(黒自転車)が胸のあたりに落ちてくる!
「うぐぇっ、ったた……」
私の脳裏に火花が散った。何かとぶつかったときには起こるもんだなと、変な所で関心している。
「うあー、いったぁ……」
右膝と左手の肘から小指側にかけてが痛む。擦り傷特有の強い痛みと熱が現れた。
しばらく倒れたままで、動悸を抑えていたが、そういえば茶色の猫さんは無事だろうか? 巻き込んでいたら申し訳ないと思って立ち上がる。
ぐるりと見回して、驚いた顔で固まってこちらを見ていた茶色の美人さんは……どうやら、無事のようだ。
「あー。びっくりした」
体についた砂をたたき落としつつ、ほっとした一言が零れた。
たぶん、茶色の猫さんも同様だったのだろうと思い、平静を装いつつ、私は傷を確かめた。
痛みはあちこちにある。膝もそうだし、手もそうだし、あ、Gパンの膝のところに穴が開いていて、赤く汚れて傷が見えてしまっている。
まいったなぁ……そう思いながら、しゃがんで指を振る。すると、茶色さんは飼い猫らしく、警戒うすくも私に近寄ってきて、痛くない方の手に首をすりすりしてくれた。
「驚かせてしまったね。しかし、まいったなぁ……」
茶色さんの首筋をくすぐりつつも、思ったことが言葉に出てしまう。
スマホとか割れてないかな? 空いた手でポケットをごそごそと探る、サイフとカギは無事、スマホも無事っぽい、お守りハンマーもちゃんとある。私のGパンと肘と膝、ついでに胸の辺り、あとカゴが曲がったあかふくさん以外は問題がないようだ。
しかし、傷も目立つしあちこち痛い。
「うー、ここ3丁目か……傷の手当だけでもさせてもらおう……博士か、斉藤さんか……?」
すりすりしてくる茶色さんが「もっと、もっと!」と、催促してくる。その誘惑にきちんと惑わされつつ呟く。
ここら辺りはめずらしく見覚えがあって、博士の家が近いはずだ。
「斉藤さんは、お仕事だね?じゃあ……博士はご在宅かな?」
今は平日のお昼前くらい。3丁目の斉藤さんはきっちりした人で、決めたことはたとえ体調不良でも邁進する融通の利かない会社員として一目置かれている。
ちなみに4丁目の斉藤さんは、そのマイペースな所をなんとかしてほしい。まあ、平日はどちらの斉藤さんも忙しいはずだから不在かなぁ……。
うーむむ、私は博士の家へお邪魔し、傷だけでも洗わせてもらえないか、お願いしてみるかな? と決めて立ちあがった。
【おまけ】
「あれ、終わるんじゃなかったの?」
妹が、液体になった猫さんみたいな体勢で言った。
「んー? ちゃんと読もうよ、悩んでますよんって言ってたよ」
「えー」
うさんくさそうである。
「じゃあどうするの?」
「裏話を少しね」
「そんなんあるの?」
何いってるんだろう? 無ければでっちあげれば良いのだ。
私は、ほら吹きさんをたくさん知っている。斉藤さんもまれにふらを吹くのだよ?
私はにやりと笑った。
「あるよ。とっておきがね」