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誰も自分を助けない。
それは初めての経験だったに違いない。
人々は皇帝が締め括ると、余興は終わったとばかりに退場していく。
中には、噂を信じていた者が純粋なレイナが騙されていたのだと、レイナに同情的な目を向けるものもいた。
「終わりましたわね」
コーラさんが言った。
「そうですね」
「大丈夫ですの?」
コーラさんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
ずっと側を離れなかったのは、きっとコーラさんの気遣いだ。
その優しさが温かい。
「はい、コーラさんのお陰で」
「大袈裟ですわね」
「いいえ。ありがとうございました」
私が自信を持つとしたら、私の周りの人々のお陰だ。
コーラさんをはじめとして皆がダメなところを貶しながらも、私の頑張りを理解してくれる。
支えて、そしてそんな私を頼ってくれる。
だから、私は自信が持てる。
──けど、レイナは違う
考えてみれば、レイナは認められていた。
認められていたけど、レイナはずっと支えられていた。
そしてその支えにレイナは気付けずにいた。
リーダーシップをとっていたが、それは他の支えがあるから出来た事。
多分、レイナはそれが通じない今に困惑している。
必要なものを他人から獲れない。
それは無理やり得ていたから。
まだ呆然としているレイナを見て私は虚しくなった。
誰か顔見知りの令嬢か、レイナに近づいて起き上がらせていた。
同情的な人はレイナの側に行って寄り添う。
『これから夜会ですよ。切り替えましょう』って励ましている人もいる。
レイナは多分出席できる状況ではないと思う。
「彼女に関しては大丈夫だよ」
デネブレ公爵がやってきて言った。
「さっきの間に、彼女に魔力の拘束をしておいた。今晩は持つだろう」
「その後は?」
「申し訳ないけど、魔力拘束の器具をつけるかもしれないね。正直危険だからね」
そう言って、デネブレ公爵は渋い顔をした。
「ミンディくん、すまなかったね」
ダンディさがブワッとくる。
「いえ。無事に終わり感謝します」
「こちらが感謝したいのだけどね」
苦笑いでデネブレ公爵が言った。
そこにヴェロニカも寄って来た。
「あら、祝杯をあげるのはこのあとでは?夜会が待ってます」
相変わらず胸元をガッツリ開けている衣装。
コーラさんは「素晴らしいですわ…」って横で感心してる。
コーラさん、そこまで凝視しちゃダメですよ。
「ところで公子は?」
ヴェロニカが私たちに問いかける。
「それ思ってた。さっきから見当たらなくて…」
「おや?誰も会ってないのかい?」
デネブレ公爵も目を丸めた。
そして人のいい笑みをこちらに向ける。
「もしや、まだミンディくんの家で寝ているのかい?」
「え?」
「昨夜はミンディさんの所に泊まったのだろ?一回抜け出して味を占めたのかね」
「えぇ?なんのことですか?」
普通に驚きながら返答した。
「あら、恥ずかしがってるの?」
ヴェロニカが目を細めて言ってきた。
「そ、それはどうかと思いますわっ!婚約といってもまだ結婚してませんのよ!?」
コーラさんが興奮気味に言ってくる。
「い、いや、ノアはうちに来てませんよ!」
私は恥ずかしがるよりも、驚きが勝って真顔で答える。
そしてデネブレ公爵に問いかける。
「ノア、昨日帰ってないのですか?」
「あぁ…前夜祭で別れた後、帰って来なかったから、君の元へいるとばかり…」
デネブレ公爵も異変を感じて顔を顰めた。
すると、コーラさんが近くを通りかかったアーノルドさんに声をかける。
「アーノルドお兄様!凱旋式でノア公子はいましたの?」
「ノア?あぁ、あいつ先にこっちに来てるんだろ?婚約者が気になってこっちには来なかった。お陰で、こっちは色々と大変だったんだぞ?」
アーノルドさんが呆れたように言った。
そんなわけない。ここにはいない。
「「「…」」」
「どうかしたのか?」
アーノルドさんも不穏な空気を感じて目を細めた。
私はゆっくりと言う。
「ノアはここにはいません」
──ここにいない
「昨晩から、姿を消したみたいです」
──昨日も私のところになんて来てない
沈黙が流れる。
誰もが何か心当たりがあるはずだと考えを巡らすが出てこない。
ノアの姿がない事は前から気づいていたのに、全く気にしてなかった。
「おいっ…私に触れるなっ!放せ!」
喚くスコットレット伯爵が兵士を手こずらせていた。
──まさか…
どう考えても怪しいのは彼だ。
何かにノアが巻き込まれた。
私はツカツカとスコットレット伯爵に歩み寄り、彼の胸ぐらを掴んだ。
「どこに連れて行ったの!ノアはどこっ!」
彼に向かって叫ぶ。
スコットレット伯爵はいきなりの事に驚いて、体の力を抜いていた。
めちゃくちゃ重かったけど、そんなのどうでもいい。
今はノアの事が一番だ。
「ノアはどこにいるのっ!」
「ど、どこ…?なんの話だ?」
「とぼけないでっ!ノアをどこに連れて行ったのっ!」
この時の私は思考力が低下してたんだと思う。
全ての悪はスコットレット伯爵にたどり着くんじゃないかって、レイナ的な考えに陥っていた。
私の勢いに押されて、スコットレット伯爵は戸惑いながらも答える。
「し、知らないっ…私は何も……っ!」
「なら、ノアはどこに行ったって言うのよ!」
「し、知るかそんなの!」
私が責め立てると、スコットレット伯爵も言い返してきた。
「ミミ、落ち着きなさない」
ヴェロニカが私とスコットレット伯爵の顔の間に扇を差し込んだ。
「興奮しては話も聞けませんわ」
コーラさんが怪力で私を押さえ込む。
「スコットレット伯、正直に話してもらえませんかね」
デネブレ公爵が笑顔で言った。
「なっ…なんだとっ…また私に罪を着せる気かっ!」
「私はね、穏便に解決させたいだけなんですがね」
「そんな事に騙されないぞっ!」
スコットレット伯爵は元気に返事をしているが、デネブレ公爵を取り巻く空気はブリザードみたいだった。
「私はね、唯一無二の息子の為なら罰を受ける覚悟はあるんですよ。なんなら、試してみますか?」
笑顔でデネブレ公爵は言うと、片手をあげ「アーノルドくん、いいよ」と言った。
すると、アーノルドさんが腰にある剣をさっと抜き、スコットレット伯爵に向ける。
「ヒィイッ!」
スコットレット伯爵の情けない声。
狩猟大会のチェイスに似ていた。
「吐いた方がいいと思うよ?どうせ罰を受けるんなら、一度だけの方がいいだろ?」
「なっ…」
笑顔で恐ろしいことを言う。
スコットレット伯爵は勢いを失くし、魚のように口をパクパクとさせていた。
「わ、私は…何も知らない…」
「アーノルドくん」
デネブレ公爵の合図で、アーノルドさんが剣を構え直す。
「ほっ本当だっ!!私は何も知らない!わ、私は…ただ、グリード国と取引しただけだっ!聖女を誘拐するのを持ちかけたのはグリード国だっ!だから、ノア公子のことなど知らない!本当だっ!」
スコットレット伯爵が怯えながらそう叫んだ。
──グリード国?
コーラさんに押さえ込まれて幾分か冷静になった私はその言葉に驚く。
レイナを欲しがっていた相手はグリード国だった。
今回の誘拐事件の黒幕はグリード国という事になる。
──なんで?国が危ないから帝国との交友を築きたいんじゃないの…
彼らが大使館まで作った目的が見えない。
だけど、それとは別に気づいたことがある。
──グリード国を見てない…
あの異国漂う服装がどこにも見当たらない。
凱旋式に出席していてもおかしくないはずだ。
だって昨日はいたのに、今日はいないなんて、そんなの不自然すぎる。
「今、なんて…?」
私がそう考えていると、ヴェロニカが口を開いた。
「グリード国ですって?」
明らかに表情変わったヴェロニカ。
動揺を見せた後、ヴェロニカは何かを考え始めた。
「まさか、昨日の姿を?そんな馬鹿な…」
独り言を呟くヴェロニカ。
ヴェロニカが無意味にそんなことをするはずない。
それに彼女のこんな姿は初めてだった。
「何事ですか?」
そこに皇太子がやってきた。
私達に話しかけようとして待っていたみたいだけど、たまらず近づいていた。
すると、ヴェロニカが顔を上げて私に言った。
「多分だけど、公子はグリード国に誘拐された可能性があるわ」
神妙な顔つきでヴェロニカが言った。




