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いきなり向けられた矛に私は口をぽかんと開けたままだった。
「スコットレット伯爵様の事は、私の周りの方から聞きました。信頼できる方だと伺っています!実際に伯爵様も冤罪だと言っていますよ!」
レイナは自分の発言に一切疑いはないと信じた目で語る。
「きっと本当に全て偽りなのです」
自分の誘拐容疑だったというのにレイナはスコットレット伯爵を庇う。
そりゃ、自分たちの信頼を得るために近付いてるのだから疑わしいなんて言うわけない。
だが、既に挙げられた証拠をそう簡単に違うなどと思えるはずもなく、何か真実なのかと会場はざわめく。
「私、知ってます。ミンディさんが色んな方に会って、何か話しているのを知ってます。この前、チェイスって人とも話してたって。もしかしたら……」
意味深にレイナが言葉を濁す。
その後に続く言葉は容易に想像できる。
つまり、ここまで全部私が計画したって言いたんだろう。
すっごい、眩暈がしてきた。
「あの方、正気ですの?」
コーラさんが呟く。
同感です。
「ミンディ?一体誰だ?」
スコットレット伯爵は表情を歪める。
どうやら、彼は私を監視するどころか存在さえも知らないみたい。
警戒してたのがちょっと恥ずかしい。
皇帝達の方に目をやれば、ただ黙ってそれを見つめていた。
何かを見極めようとしている。
そんな感じだった。
レイナは胸に手を当てて言った。
「きっと、この前のことをミンディさんが…」
悲壮感に満ちたその声を誰も偽りだとは思うほうがどうかしている。
多分、レイナはそれを信じて疑ってない。
だってレイナにとって私は悪なんだ。
それを決して曲げないから、こうやって言っているんだと思う。
「この前?」
「何かあったのか?」
意味深な言い方をするから、他の人たちはざわめき出す。
レイナはチラリと近くにいた令嬢に目を向けた。
それはマリッサさんだった。
レイナの視線を感じて他の人たちもマリッサさんを見る。
「彼女は?」
「アゴー伯爵の…」
「あぁ、ノイトラール公の親類だ」
それなら真実か彼女から語られる。
全員が期待の眼差しをマリッサさんに向かう。
「え…」
いきなり集中する視線にマリッサは戸惑いを露わにする。
あれだけ強気な態度をとっておいて、こんな弱気な姿を見せるのは意外だった。
「マリッサさん、大丈夫。真実はちゃんと明らかにしないといけないと思う。知ってる事を教えて」
健気にレイナがマリッサさんの背中を押す。
だけど、マリッサさんはそんなレイナの言葉にフリーズする。
そして、周囲を見渡して何を話すべきなのか混乱しているようで口をパクパクとさせた。
「あ、あの…」
静かにマリッサさんの言葉を全員が待っている。
「チェイス卿とミンディさんが話していたのは確かです。で、でも内容までは…」
レイナを盲目的に信じていたはずのマリッサさんはそこにはいなかった。
まるで逃げ道を探しているようで、視線が忙しなく動く。
「アゴー伯爵令嬢、この前とは?」
宰相が尋ねる。
「あ、それは…前にその、ミンディさんが狩猟大会やお茶会で聖女様を、責め立てたとお聞きして…。以前、その聖女様のサロンでも色々とあったので…」
私は頭を抱えた。
あったけど、色々と事実がねじ曲がっている。
「まさか、狩猟大会とはあの食事会の事か?」
「それなら、令嬢がフォローしてはいましたけど…」
あの時同席していた人たちが口を開き戸惑いを見せる。
「聖女様は寧ろ感謝すべき事なのでは?」
自分たちの異なる認識に首を捻る。
「いや…わ、私も聞いただけなので……そのそこまでは」
マリッサさんは不穏な空気を感じてすぐにそう言葉を続ける。
だけど、それを宰相が見逃さなかった。
「では、サロンでの出来事とは?」
「それは…あの、ミンタの件で…」
「ミンタ?侍女が間違って混入させたという?」
「いえ、あ、あれは……」
これは言ってもいいのかとマリッサさんは戸惑い始め、助けを求めようとそっとレイナを見る。
そりゃ躊躇うよねって私もマリッサさんに共感する。
だって違うって言わなかやなんないんだもん。
だけど、レイナは、平然としてる。
聖女らしい微笑みを浮かべてマリッサさんに頷く。
わかっているのか、分かっていないのか。
おずおずマリッサさんは語り始める。
「あ、あれは…聖女様がご自分の世界ではお茶として飲んでいたと…それをミンディさんがやめるように言って…」
その言葉で会場がさらに騒がしくなる。
「なんだって?」
「あの毒は聖女が?」
「なら、侍女は被害者じゃないか」
異なる事実に誰もが戸惑う。
「聖女、それは真か?」
皇帝がレイナに尋ねる。
レイナは深呼吸をして、これから正義を振りかざさんとする表情をした。
ジ○リのヒロインさながら。
「はい。その通りです。私の世界ではミントと言って、その香りを楽しむものもちろん食べ物として扱ってました。その話をしたら、ベイリーは信じて飲んで…」
淀みない声、瞳でレイナは言った。
皇帝や公爵、事情を知っている人たちは顔を歪めた。
でも、レイナは全く悪びる様子もなく、ただあんな事態になった事に胸を痛めていると言わんばかりの表情を浮かべる。
「私も彼女を止めることができず後悔しています」
──私『も』か…
その言い方は、まるでベイリーの暴走みたいだ。
レイナの言い分は間違ってないけど、私の認識とは違う。
マリッサさんも同じで、ひどく動揺した顔がレイナを見つめている。
飲むことを選んだのは確かにベイリーだ。
亡くなってしまった今、ベイリーが単純にリミッターを外されレイナを信じ切っていたのかは分からない。
分からないけど、レイナの力が働いた可能性は十分にある。
そして、その為にミンタを飲み干し、そしてまともな治療を受けずに旅立った。
そのことを思うと、どうしようもない気持ちに囚われる。
──これじゃ、レイナの道具になったみたい…
ベイリーの死を知らない彼女がこんな風にいうのは仕方ないかもしれない。
それでも、どんなに酷い態度を取られても人の死は悲しいし、虚しい。
「それに、ミンディさんは…私を……」
そう言ってレイナはまた意味深に言葉を止める。
そして勇気を持ちなおすように再び胸をはる。
「私とノア様…私たちの噂の事ですよね?ミンディさん、正直に話して下さい」
レイナが胸が張り裂けんとしそうだと悲しみの表情を私に向ける。
「だから、私を誘拐しようとした。でも、できなかったから伯爵様に罪をなすりつけようとしてる…そうですよね?」
レイナは私に視線をよこす。
躊躇いのないレイナの表情に私は確信した。
──あぁ、そっか
色んなことが結びついた。
きっとレイナは本気で自分の言ったことを間違いだと思ってない。
そしてその間違いを認める事はない。
ミンタの件だって知らないから仕方なかった。そう思っているのかもしれない。
そこはあやふやだけど、それでもレイナに反省の色は全くない。
だってそれがレイナにとっては真実だから。
私が持っているものと同じものを求めたとしてもそれはレイナにとって無意識なことだから、真似をしたわけじゃない。例え、全く同じでも偶然なんだ。
私がやった仕事でレイナが褒められても、レイナから見れば間違いじゃない。
私が嫉妬してるのも、レイナからはそう見えるんだ。
レイナは自分の都合の良いようにしか物事を見ていない。
自分が正しいとどこまでも信じてる。
──自分に自信がないのも問題だと思ってたけど、ありすぎるのもダメなんだ
初めて知った。
──人はほどほどがいいね
モブの私はそんな事を思う。
「陛下!その通りです!私は罠に嵌められたのです!」
スコットレット伯爵はレイナに便乗して喚きまくる。
彼の姿はあまり説得力のあるものではなかった。
「ミンディ・ウルグス子爵令嬢、其方に弁明の機会を与えよう。自らの口から語る方が良いだろう?」
沈黙していた皇帝が私の方へ声をかける。
今度は私に視線が集中する。
「……」
この感じ。
やっぱり、前世の記憶が蘇る。
でも、明らかに彼らは単純に私を疑ってる訳ではない。
だの好奇心で聞く人もいるし、ただ真実を知りたいとしている人もいる。
「私からは何もありません」
私は割と落ち着いていた。
多分、この状況への、レイナへの落胆の方が大きいからかもしれない。
「自身にかかっている疑いを晴らさずとも良いと?」
皇帝が私に問いかける。
「はい。この場で聖女様に言いたいことは何もありません。皆様には陛下からの私情を挟まない陛下の客観的なご意見をお示し下されば、十分です。すでに陛下は真実をご存知のはすですから」
私がそういうと皇帝は少しだけ口の端を持ち上げた。
「そうか。朕の判断に任せるか?」
「はい」
それ以上何も必要ない。
大体、この計画を決めてたなら、わざわざ潜入捜査なんてしない。
皇帝に報告もしない。
レイナの話と私の行動の矛盾は簡単に分かるはずだ。
噂をする人は結局噂をするし、わざわざ私が熱を込めて主張することもないと思う。
「ミンディさん、そうやって逃げても意味ないです。真実はいずれ明らかになるのに、なんで認めようとなさらないんですか?」
レイナが私に言った。
あの善意に訴えてるという表情。
なんだか、安っぽく見える。
「私が何を言おうと聖女様は信じる気などないのですよね?だったら、貴方に何を訴えても無駄ではありませんか?」
ひどく冷めた気持ちだった。
「そうやって、自分の犯した罪を誤魔化さないで下さい。ミンディさんのせいでどれほどの人が苦しんだと思っているのですかっ。自分の我儘で他人を犠牲にしてもいいと?」
スコットレット伯爵に思った事と同じことをレイナが私に投げかける。
私は自分の考えがひどく陳腐だったものだと思えてきた。
──私も自分の正義を信じすぎてるのかな?
他人が鏡になることはよくある。
私は自分もノアのように考えることを止めちゃダメだなと思った。
それでも、この真実が変わる事はない。
私がレイナに責められることなど一つもない。
何も動じる要因がないから、私は黙ってレイナを見つめることができた。
「ノア様と婚約できなかったからと言って、それは誰のせいでもないでしょ?私が婚約者になった事が受け入れられなくても、貴方自身が自分を顧みないと意味はないと思います」
レイナがその一言を言った。
「今、なんと?」
そこで声を上げたのはデネブレ公爵だった。
昨日と同じ青の宝石の杖を持っていた。
大魔道士みたい。
「誰と誰が婚約してないと?」
「え…」
デネブレ公爵が険しい顔で問いかけたことに驚いたレイナはすぐには答えない。
だけど、公爵の迫力に押されて、戸惑いながら答える。
「ノア様とミンディさんですが…」
そうレイナが答えると、宰相が一歩前に出た。
「ノア・エレン・デネブレとミンディ・ウルグスの婚約は既に成立しております。皇帝と神殿での許可と登録も既に終えています。確認なされますか?」
「え?」
流石のレイナの固まる。
「で、でも、婚約者だから一緒に住んでたんじゃ…」
「誤った情報を口にしないでくれ。同じ敷地内だが、君がいたのは別館だ。本館ではない。それに、警備がいるから君は本館には一歩も入ったことなどないはずだ。もちろん、ノアがそちらに赴いたこともない」
「そ、それは私を守る為だと…」
「誰にだ?ノアがか?それとも私か?」
「え…それは…」
レイナは当たりを見回す。
助けてくれる人間を探しているようだ。
だけど、誰も前に出てこない。
マリッサさんも視線を落とし、レイナと目を合わせようとしない。
「誰だ?」
デネブレ公爵が再び問いかける。
「嘘よ…嘘…なんで?なんでみんな否定するの?私は間違ってないのに……そうよね!」
レイナも助けを求め更に大きな声をあげる。
だが、その場は異常なまでに静まり返っていた。
レイナに同情的な目を向ける人はいない。
「お、おいっ!どうなってる!」
スコットレット伯爵も自分の手先が誰もいない事に気づく。
でも、レイナの信者は彼の協力者ばかりではないはずだ。
──どうしたんだろう…
私も不思議だった。
レイナ信者たちが誰も出てこない。
こんな事になる前に彼女達は出てくるはずだ。
それこそ、レイナは頷くだけで事は解決するはずなのに。
でも、誰も出てこない。
「どうした?」
レイナに畳み掛けるデネブレ公爵。
ふと、公爵の杖のあの青の宝石がチラチラと光っているのが見えた。
その輝き方は魔石に似ている。
──あれって…
青の魔石は、先代の聖女、エレンの曽祖母であるセレーナ・デネブレの魔石だ。
つまり、あの魔石自体は何か特別なものかもしれない。
うっすらデネブレ公爵の額を伝う汗。
──浄化しているの?
彼が魔力を使ってこの場で浄化を行なっている。
ノアが力は制限できると言っていた。疲れるとも。
だから、レイナがいくら感情を昂らせて魔力を使おうとも、この空間ではレイナの魔力は無効化してしまう。
──だから、マリッサさんも様子が違ったんだ…
私が納得していると、その場の空気は完全にレイナやスコットレット伯爵を疑っていた。
誰も彼女に信憑性があるとは思っていない。
そして皇帝が口を開く。
「この件は改めて調査を行う。一切の疑問も残さぬよう、この度の聖女レイナの発言に関しても調べを進める。誰かが無知な彼女にいらぬ話を吹き込んだ可能性もある。聖女レイナよ、今は混乱しているかもしれぬが、其方から話を聞こう。だれかが、ミンディ・ウルグス子爵令嬢を嵌めようとした恐れもある」
それは、この場の締めくくりを意味した。
さすが皇帝だ。
レイナが国の救世主であるのは間違いない。
レイナの逃げ道を作った。
「なんで…」
だけど、レイナは想像と異なるこの現実にその場で崩れ落ちた。




