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「聖女が来たぞ!」
「ご帰還だぁああ!」
緊張しながら数刻過ぎた時、門の方へ歓声が上がった。
外に目をやれば、多くの騎士に囲まれた豪華なオープン馬車に乗ってレイナが盛大な拍手に迎えられていた。
遠目でも分かる華やかな衣装のレイナ。
それを見ても、黒い感情は出てこない。
──ノア、私、ノアに会えてよかった
心から思う。
多分、これが自信なんだと思う。
私は未熟で何もないけど、それでも、私は今に満足している。
踏ん張る私に満足してるから。
ノアの姿はここからは分からない。
どこかに紛れているのだろうか。
ただ、無事に着いた彼らにまず安堵する。
「なっ…なぜ…」
近くで、スコットレット伯爵が呟いた。
目をこれでもかってぐらい見開いて、レイナを見ている。
すぐに歓声と共に人々が動き出したので、彼は視界から消えたが、はっきりとスコットレット伯爵の狼狽える姿を見た。
やっぱり、レイナがここに来た時点で彼の計画は崩れた。
すぐに聖女任命の儀式が行われる。
謁見の間で行われる為、私たちは移動する。
「ミミ」
その時ヴェロニカが近寄ってきた。
「全員捕らえたわ」
私の耳元で囁いた。
昨日の計画ではこうだった。
凱旋式の中止は国民の混乱を招く恐れがあり、それだけはありえない。
ひとまず、ダイナマイトの回収を行いチェイスの計画書の真偽を確認。
ノイトラール公子にもスコットレット伯爵が話を持ちかけた事実もあり、計画実行者でもあるダイナマイトを爆発させる予定だった魔導士と、聖女を運び出そうとノイトラール公爵邸にやってきた人間を確保。
さらには直前になって、アーノルドさんの騎士団と近衛兵の配置を変更させ、スコットレット伯爵の手先も現地から遠ざけて既に身柄を確保済みだった。
今、憲兵がそれぞれの屋敷のがさいれを行なっている最中のはずだ。
スコットレット伯爵に気づかれずにここまで来た。
あとは、最後に伯爵を捕らえれば無事解決だが、式が終わるまではじっとしておいてもらわないといけない。
「くそっ、どうなっている…」
慌てたスコットレット伯爵が移動中に抜け出そうとした。
すると、そこにノイトラール公爵が近づいて声をかけた。
「伯爵、どうされた」
「公爵…」
「其方の席はこちらだ」
「…あ、いえ」
「何か?」
「いえ…なんでもありません」
彼はここでおかしな行動を取るわけにもいかず周囲を見渡す。
事態を確かめようにも貴族の協力の姿も見当たらないのだろう。
ダラダラと汗をかきながらも、ノイトラール公爵に従って歩く他ない。
「あれじゃ、式が終わるまで公爵に捕まったままでしょうね。そのまま牢屋行きだわ」
「あとは、屋敷から証拠が出ればいいけど…」
「出なくても、作ればいいのよ。まどろっこしいことなんてしなくても簡単よ?」
にこやかにヴェロニカが笑う。
うん。
絶対にこいつは敵にしないようにしよう。
「それにしても、昨日の貴方達、本当に打ち合わせもぜず偶然だったの?」
ヴェロニカが尋ねてきた。
そう偶然に会っただけだと言えば、ヴェロニカは「違うわよ」と冷めた目を向けてきた。
「格好の話よ。ミミは黒髪、公子は銀髪に緑の目。偶然なの?」
改めて言われて、私はボッとなる。
「えっ?あ?うぇ??」
「色気のない驚き方ね。気づかなかったの?」
ヴェロニカは含み笑いをして、そのままさっと過ぎ去って行った。
けど、私のこみ上げてきた熱は下がらない。
──うわ、私、ノアに…ノアは私に…?
これはまた、恥ずかしいような嬉しいような。
噛み締めながらも落ち着かない。
──これは尋問だ
聞いてやろう。
そんな気持ちでノアを迎えに再び足を動かした。
*
「聖女レイナ、其方の功績を讃え──」
宰相が、レイナの賛辞と聖女任命の文を読み上げていく。
私はその間、未だに姿を見せないノアを探す。
──レイナをエスコートするかと思ったのに…
レイナは一人でやってきた。
どこにいるのだろうか。
神聖な儀式の最中の合間にキョロキョロとノアを探す。
未だにスコットレット伯爵は汗をダラダラとしながらもノイトラール公爵に見張られながら参列している。
式が進む度に彼の汗はどんどん多くなっている。
うん、隣に立つのさえ嫌悪してしまいそうな量だ。
私はそれに満足しながらも、彼の近くにいる人たちは大丈夫かなとか心配する。
「ミンディさん、少しは落ち着いたらどうですの?」
私と一緒にティア皇女の後ろに控えているコーラさんが言った。
「貴方のせいでティア殿下の品位が下がりますわ」
「…すみません」
確かにそうだと私は首をすくめる。
それと同時に聖女の証であるベールがレイナに贈られ、拍手喝采が湧き起こる。
新たな聖女の誕生に多くの人々が歓喜をあふれさせていた。
レイナもそれに手を振って答える。
感動的なその場面は、可憐なレイナにはピッタリで似合っている。
でも、私はそれを複雑な気分で見つめていた。
──レイナが有名になればなる分だけその力が公になった時…
そう考えると恐ろしい。
人はすぐに好意を凶器にかえる。
それが大きい分その反動によって受ける攻撃もひどくなる。
──一体、どうすれば…
いろんな事が発覚しても私は結局悩むことになった。
感情によって魔力が暴走してはいけないと、レイナにはベイリーの件は知らせてないらしい。
そのほかの事も全て内密に処理が行われている。
なんでこうも全てが上手くいかないのか。
私はどうしようもない感情で、幸福そうな愛らしい笑みを浮かべるレイナを見ることしかできなかった。
そして式が終わり、次の夜会へ皆が移動を始めた、その時、ヒキガエルの鳴き声が聞こえた。
「いっ、一体なんの真似だっ!!」
スコットレット伯爵だった。
隣にノイトラール公爵がいると言うのに、それでも抜け出そうとした為、近衛兵達が彼を取り押さえる。
それでも暴れるスコットレット伯爵はそのまま地面に押し倒される。
「なにをするっ!私はスコットレットの伯爵だぞっ!」
近衛兵相手に唾を散らす彼は、黒幕とは思えない器の小ささだった。
周りもいきなりの事態に困惑を見せる。
先程まで幸せに包まれていた会場が一気に騒がしくなる。
もっと穏便に済ますつもりが、スコットレット伯爵のせいで大ごとになってしまった。
「皆の者、静粛に」
迫力のある皇帝の声がその場に轟く。
叫んでいるわけではないのに、よく通る低い声だった。
「スコットレット、今回は派手にやってくれたな」
皇帝がゾッとするような声を出す。
その声には軽蔑とか憎しみとかいろんな負の感情がこもっていて、首を掴まれているようだった。
「なっ…なんのことか……私には、検討も…」
スコットレット伯爵はなんとか声を出して言うが、皇帝はそれを無表情で聞くと右手を上げた。
すると、宰相が新たに巻物を取り出し、それを読み上げる。
それは罪状だった。
会場にいる人々はそれに驚きの声をあげながらも騒ぎ立てることはしなかった。
それだけ皇帝の圧がその間の隅々にかかっていた。
息をするのさえ許可がいるようなそんな雰囲気だった。
「スコットレット伯爵、何か言い訳は?」
宰相が罪状を読み上げると、伯爵に尋問を始めた。
拘束されている伯爵は、汗をかきすぎてベトベトになった顔で目を白黒させている。
彼にとって予想外すぎることだったのだろう。
「嘘です!陛下!私は、私は陥れられたのですっ!す、全てっ…」
「既に其方の子息からの証言もある」
宰相が言う。
チェイスは保護されたみたい。
「並びに、其方の協力者達の証言も得ている。それでもまだ言うか!」
「わ、私はっ、本当に何も知りませんっ!全くわかりません!きっと愚息が、私の名を使って…」
往生際の悪いスコットレット伯爵は喚き続ける。
彼は自分させ生き残ればいいと言わんばかりの言い分を続ける。
「親愛なるノイトラール公っ!私を信じてくださいっ!」
スコットレット伯爵は自分の切り札を使う。
彼の盾は、信頼のあるノイトラール公爵と関係を築いていること。
だけど、それは偽りだ。
「万能薬は確かに信頼できるものだ。だが、其方は違う」
バッサリと切り捨てる。
「己が無実と言うのなら、その証拠を見せてみよ。人を罰するには如何なる疑いも見逃すことはできん。だからこそ、証拠を提示しているのだ。我々は数多くの証拠によって分析し、其方を糾弾している。其方の主張する意見を裏付けるものがあるのなら出してみよ」
そんな証拠、今出てくるわけがない。
全て矢印はスコットレット伯爵を指している。
「っ…この生き遅れがっ……」
醜く歪んだスコットレット伯爵の顔。
「もう少しだったと言うのにっ……チェイス!いるのだろう!さっさと出てこい!」
結局、彼には喚き散らすしか方法がない。
彼にも怒りの矛先が必要なのかもしれない。
私はそんな彼をみて、余計に虚しくなるだけだった。
解決すればスッキリするのかと思っていた。
けど、彼を糾弾しても終わらない。
つけられた傷は塞がらない。
恨みつらみは多分消えない。
こんなスコットレット伯爵の姿など見せるわけにもいかず、ティア皇女は先にバーリードゥ公爵夫人が連れてでた。
こんな汚いものティア皇女に見せれない。
こんなものはまだ知らなくていい。
幼い彼女にこんなものを背負わすわけにはいかない。
──それで憎むべきものがあるだけマシだ
その思いをぶつけても無意味かもしれないが、その傷が少しでも癒えるまでぶつける相手がいる。
何もない場所に怒りをぶつけるよりも、相手がいてそれを一緒に共有できる人がいる。
それでいい。
そうやって人はまた進むんだ。
醜く叫び続けるスコットレット伯爵は、きっとこの世の恨みを一身に受ける事になるだろう。
皇帝はもう十分だと思ったのか、指示を出す。
「連れていけ」
「お待ち下さいっ!」
だけど、そこで待ったをかけたのか、まさかのレイナだった。
皇帝の重圧を押しのけていきなり飛び出した彼女に、会場にいる全員が唖然とした。
私だってそこでレイナが出てくるなんて思わなくてびっくりした。
「何を言い出しますの?」
コーラさんが警戒している。
私も同じように警戒する。
「聖女レイナ、何事だ」
皇帝がレイナに問いかける。
レイナはピシッと背筋を伸ばして前を向く。
それは困難に立ち向かおうとする気丈な少女に見える。
ヒロインらしい姿だが──
「本当の罪人は、他にいるはずです!そうですよね、ミンディさん」
いきなりの発言に私は目玉が飛び出しそうだった。




