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6

「彼女のマナにあてがわれた戦士は、その後凄まじい力を発揮した。僕のマナが溜め込むよりも、先に彼らは魔物に剣を刺していた…」


ノアはゆっくりと今までの事を話してくれた。

やっぱり、ノアはどこでだってノアだった。


「ノア、無事に帰ってきてくれてありがとう」


レイナのあれこれよりも私はそっちの方が大切だった。

もし、何かが違っていたらノアも命を落としていたかもしれない。

命を落としていなくても、怪我をしていたかもしれない。

疲れたかもしれないけど、それでも無事でよかった。

それしかない。


「うん」


ノアも穏やかな笑みを此方に向ける。

彼の笑顔は新築の木の匂いと同じ。

こっちが落ち着いてくる。


「討伐は成功したけど、やっぱり聖女の力が気になるから調べるのに時間がかった。それにまだ、監視されているのは間違いなさそうだし、もっと我慢すべきだとは思うけど──…」


ノアは頬を指で掻く。


「…無理だった」


声が小さくなった。


「から……」


ちょっと拗ねた子供の言い訳のようにノアは言う。


──可愛いかよ!


私はこの短時間で何回心を射抜かれるのだろう。

久しぶりのノアはレベルアップしている。


「でもどうやってここまで?監視がついてたら…」


無理な事だと思う。


「家から出る時は、地下の抜け道を使って」

「え?抜け道?」

「宮廷と公爵邸には大抵ついてる。その後、街に出るまでは隠蔽魔法使って、ミンディの家の近くになってまた隠蔽魔法と身体強化使って、塀を超えて2階に登った。それまでずっと走った」


きっと凄く疲れたんだろうなって、私はつい微笑んだ。

ノアが真っ直ぐここに来てくれたのが嬉しい。


──それにミンディって…


また胸が弾んでくる。

そしてこの瞬間を迎えれた事に安心する。


「聖女には感謝だね。治癒に強化なんて…」


それ以上は言えない。

レイナのようにノアを助けれる力なんて私にはないから、惨めになる。


「恐らく、彼女の力に治癒能力はないと思う」


ノアはしっかりした口調で言った。

それだけ確信がある事なんだろうけど、でも私もレイナの力は見た。

あれを治癒能力と言わずになんと言えばいいのだろう。


「まだ調べてる途中で何とも言えないけど」


ノアはそれ以上はあまりにもあやふやで言いたくないのか言葉を濁した。

こっちは色々と気になりすぎる。


「遠征から帰ってから忙しかったのはそれ?」

「半分はね」


遠回しに聞いてみるけど、ノアはそれ以上教えてくれなさそうだ。

私は疲れているノアに詰め寄るのもなと黙り込む。


「ノア、まだここが濡れてる」


私はさっきのハンカチを裏返してノアの額を拭く。

するとガシッとノアが私の腕を掴んだ。


「これ…」

「ん?」


ノアがハンカチを凝視してる。

そう言われて私もみる。

この前、例の洋装店でお詫びにもらったハンカチだ。

ノアは私の手からハンカチを取ると、刺繍の施してある部分を私に見せる。


「スコットレット伯爵の何か?」


よくみれば、看板に描いてあった店のロゴとともに、あの毒々しい緑の蛇があった。

クリスティンさんの刺繍していたものとそっくり。

その時、いろんな事を思い出した。


『ミンディ様のドレスだって徹夜で仕上げたいのですが……、新しい出資者の方が………』


──あの店長が言った


『ちょっと前に元の出資者の方に色々とあって、援助が受けられなかったんです。そこ方から材料を安く仕入れていたので、一時期困ってたこともあって……』

『聖女様の力が分かってから、新しい出資者の方も現れて、事業も拡大出来て──』


──そうだ…、ヴェロニカも…


『ここで例の新しい投資家に見つかったらいけないからいきましょう』


──ヴェロニカは気付いてた?そうだ…その前にも…


『だって、さっきの店の人間との会話で、ミミは何も思わなかったでしょ?』


──あっ…


『ミンタ?あぁ、きっと新しい愛妾よ』

『どっかのお針子みたい。なんでも店までだしてあげたって』


「あぁああああああ!!!!」


私は叫び声をあげて立ち上がった。

やばいって思ったら、コンコンッて扉が鳴った。


「姉上!どうされました!?」

「ミミ!大丈夫かっ!!」


パパさんとワイアットが大声を聞きつけてやってきた。

けど、扉は鍵をかけているからそう簡単には入れない。


「おい!斧だ!もってこい!」


私が返事をしないから、パパさんが騒ぎ始めた。


「だっ!大丈夫!!ちょと、びっくりしただけ!むし!虫だから!!」


私も慌てて扉越しに言い訳をする。

今は一ミリたりともこの扉を開くわけにはいかない。

ノアと話したいことはまだ山ほどあるんだ。


「本当か?」

「うん、大丈夫。おやすみね」

「あぁ分かった。何かあったら言うんだぞ?」

「うん」


なんとかパパさん達を落ち着けて、挨拶をする。

扉に耳を当てて2人が去っていく音を聞くと、深呼吸してノアの方に振り向く。


「挨拶した方がいいかな?」


今更ノアが訪ねてくる。


「いいよ。また来た時にして。………今日は私が独り占めしたいの」


ちょっとだけ言ってみると、ノアがまたあの柔らかい笑みを見せる。

この笑顔を私が引き出してるんだって思うと、色々と欲が出てきそうだった。


「ノア、それよりソレの話」


私はノアの隣に座って、ハンカチを指さす。

これは間違いなくスコットレット伯爵家のものだ。


「このお店ね、実はミンタの愛妾がしていた店なの」

「ミンタ男爵?今捕まっている?」

「違う!その人は、スコットレット伯爵にゴマスリで使った妾さん!新しい人!」


出会った時、何か見覚えあると思っていたけど、あのノアの家の夜会にいた。

今更だけどやっと繋がった。彼女の説明と実際に起こった出来事が全部リンクしている。

私はあの店の事をノアに説明した。

ノアはじっとそれを聞いてくれる。


「あのお店を見つけた時期が、開店し立ての時。しかもその時の投資者の経営状況が良くなかった。マリッサさんの一件でミンタは信用を失ったし、誰もノイトラールの派閥を敵に回したくないから、ミンタ男爵の事業はうまくいってなかった。だから材料が仕入れられなかった。でもすぐに、例の葉巻の事業でまた資金援助ができるようになった。で、店の経営も軌道に乗ってた矢先に、レモラの毒性が発覚して…」


私はゴクリと唾を飲み込む。


「その後、聖女が常連になり、力も発現。そして、その人気に目をつけたスコットレット伯爵が手を挙げた…。問題は、そこにミンタが媚を売って、しかも妾を使って横領までしたスコットレット伯爵が出てきたって事だけど…」


私はノアを見つめた。


「ねぇ、チェイスの話覚えてる?」


私がそこまで言えば、ノアも頷く。


「彼は相手の弱みを最大に利用する」

「昔からの知り合いだって彼女は言ってたから…もしかしたら、彼女が彼の弱みだったのかも」


2人で顔を見合わせる。


「レイナ…じゃなくて、聖女が現れたのは偶然かもしれないけど、そのほかは必然かも…」


私がそう言うと、ノアは考える素振りを見せながら黙り込んだ。

何か思うことがあるのだろうか。


「まだ可能性の範囲だが、こうもスコットレット伯爵が関連しているのはおかしい…。それに、ミンタ男爵とアゴー伯爵令嬢の事も気になる……」


アゴー伯爵令嬢はマリッサさんの事。


「アゴー伯爵はノイトラール公爵の縁者だ。しかもノイトラール公爵はスコットレット伯爵と万能薬で合同で事業を起こした」


何故かつながる人たち。

ふと、クリスティンさんとチェイスの事を思い出した。


「ねぇ…、もしミンタ男爵がマリッサさんに近づいた理由が、レモラの時と一緒だったら?」


チェイスは、ミンタ男爵とシ・ガーレ商会とを引き合わせるために商会の縁者であるクリスティンさんを利用した。

これを当てはめれば、ミンタ男爵はスコットレット伯爵がノイトラール公爵と事業を行うために、公爵の縁者であるアゴー伯爵令嬢に近づいたってことになる。


「…」


ノアは黙り込んだ。

どう判断するか迷っているみたい。

状況証拠だけ。これだけで判断するのは危険なところもあるかもしれない。


「でも、そうだよね。あのノイトラール公爵なら、スコットレット伯爵が怪しい動きを見せればすぐに捕まえるはずだしね。ありえないか…」


そんな見え見えの策に、厳格な彼が乗っかるとは思えない。

だけど、ノアは顰めた顔を上げて反応を示す。


「ノイトラール公爵は帝国の忠犬だ」

「うん。だよね。だから、怪しかったらすぐに突き出してるはずだし──」

「でも、皇帝の忠犬じゃあない。もし、帝国の利益だと判断すればスコットレット伯爵とも手を組む可能性だってある」

「え?あのノイトラール公爵が怪しいって事?」

「…」


ノアは断言しない。


「聖女の力の他に調べていたことがある」


そう前置きして、ノアは私をじっと見つめて言った。

ノアの目はいつでも淀みがない。

不安が見えても彼の目は澄んでいる。


「あの時、匂いがあったんだ」

「あの時?」

「魔獣が待機地点を襲撃した時」


ノアの表情が暗い。

凄く嫌な予感がした。


「…レモラの香りだった」

「!」


神妙な顔でノアは話し続ける。


「繋がるんだ。もし彼らの『明日』って言葉があの出来事に関連するのなら、レモラで魔獣を使役させて誘き寄せたのだとしたら…、いきなり現れた事の説明がつく」


それは、誰かが意図的に引き押した出来事。


「でも、目的は?そんな騒ぎを起こしてどうするつもりだったの?」

「…分からない」


でも何かしらが引っかかっているノアの表情。


「なら、私とノアが監視されているのは?何がノイトラール公爵やスコットレット伯爵の不都合になるの?それに…レイナをどうするつもりだったの?まさか殺そうと?」


私が問いかけると、ノアはまた黙り込んだ。

その沈黙が怖い。

いくら考えてもなんの結論も出てこない。

それが余計に恐ろしい。

考えもつかない何か恐ろしいことがあるんじゃないか。

そんな不安に駆られる。


しばらくの沈黙が続いた後、ノアはゆっくりと口を開いた。

けど、こちらを見ない。


「彼女の存在が邪魔なのか、それともその力が欲しいのか。はたまた違う意図があるのか。誰のどの思惑なのかは分からない」

「けど、怪しい人達はいるんだよね?その中心はスコットレット伯爵で、もしかしてノイトラール公爵も…」


考えてみれば、ノイトラール公爵の信頼があるからスコットレット伯爵はレモラの件で痛手を免れた点がある。

ノイトラール公爵が全ての裏であってもおかしくはない。

彼にとって帝国の為になるのなら──

完全に盲点だった。

だって彼は、貴族の中で最も信頼のある人間だと言っても過言ではないから。


「「…」」


お互いそれ以上は言わなかった。

どれも憶測だけど、可能性はゼロじゃない。

そして全てが繋がっている。


「だとしても、余計に分からない」


ノアは口元を覆った。


「なぜ、僕とミンディを見張る必要があるのか…」

「ん~最初は、聖女信者の嫌がらせとか思ったんだけどね」


最初はそうなのかなって思ってた。

これぐらいの嫌がらせはよくあるし、マリッサさんのはもっと酷かったし、手の込んだことするな程度だった。


──けど、違うのかな?


考えても結論は出ない。

私は「う~~ん」と唸った。

すると、ノアも考えて呟く。


「確かに、今起こっている事を全て関係づけてしまうのは違う」

「それも、そうだよね…。一つの事が起こってるわけじゃないんだし…」


今度はノアがため息を吐いた。


「公式に当て嵌めれない事柄は厄介だ」


ノアは余計に考えてしまうから、他の人以上に厄介そう。

それに気楽に考えることでもない。


「…もう少し調べてみる」


ノアはそう言って、立ち上がった。


「もう帰るの?」

「やることも溜まってるし、色々と気になりすぎてゆっくりしてられない」

「ノアでもそんな事が?」


マイペースなノアがイラついている姿は想像がつかない。


「君に会えない間、ずっとそうだったよ。意味もなく焦った」

「ノアって直球で言うよね…」


淡々と事実を述べるだけなのかもしれないけど、自然なストレートすぎて私は受け止めるのを躊躇う時だってある。


「言っても問題ないと思ったけど、ダメだった?」

「ダメではないけどね…」


ほら、やっぱり真っ直ぐストレート。

ダメじゃないよ。

だから、私は安心してノアと一緒にいれるんだ。


──私も素直になってもいいかな…


困らせるかもしれない。

けど、それよりも勝る感情があった。

私はノアの服を掴んで、扉の方に向かうノアを止めた。


「あ、あのさ…、ノアって聖女と毎日あってるの?前みたいにお茶したり、雑談したりって…」


気持ちはあっても、そう簡単に吐き出せる私ではない。

遠回しに聞いてみる。

けど、ノアは意外と察しがいいみたい。

私をまんまるい目で見つめた後、表情をクシャりと崩して笑った。


「気になる?」

「え?」

「気になるんだね」


聞いてきたくせに今度は断言した。


「僕だから、気になるんでしょ?」


あ、このやりとり。

懐かしさが込み上げる。


「っ~~~」


チラりとノアをみると、ちょっといたずらモードのノアの表情があった。

ノアはあの時ちゃんと私の気持ちを受け取ってくれてたのに、私が誤魔化した。

まるで告白のやり直しみたいで、気恥ずかしく、甘い。


「そうだよ……。ノアだから、誰と一緒にるのか気になるし、勝手に他の人と噂になってたら嫌だよ。私といないのに、その人ばっかと一緒に伊rとか……ノアだから嫉妬もするよっ」


半分切れ口調なのはいつもの愛嬌としてとってほしい。

そして、ノアはそれをちゃんと理解してくれる。


「全然、その話をしないから気にしてないのかと思った」

「~~~…気にするに決まってるじゃん」

「そっか」


私が訴えると、ノアはなぜか嬉しそう。


「噂は嘘だよ」


ノアの低く穏やかな声が私に囁く。

分かっていたけど、本人から教えてもらうと全ての蟠りが溶けていくようだった。


「別館に彼女は暮らしてるし、頻繁に僕と接触してこようとしてるけど、正直、それどころではないからね。彼女以外に相手をしないといけない相手は大勢いるから」


そう言って、ノアは私の両手をぎゅっと包み込んだ。


「君以外考えられない。それは絶対に変わらないから」


そう言うと、ノアは私にそれを約束するかのように私の手に唇と落とした。


「忘れないで」

「っ~~~~」


忘れるわけがない。

気持ちが漏れ出しそうで、顔を両手で隠してしまいたいのに、ノアに捕まっててできない。


「…わ、分かったよ」


私は俯いてそう答えるのが精一杯だった。


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