5 ノア視点
聖女の力が発現して以来、僕の生活はまたしても慌ただしくなった。
ただでさえ忙しいのは疲れるから嫌いなのに、楽しみの一つとしてない日々は余計に僕を追い詰めてくる。
「表情が暗いな」
父が僕を見て言った。
僕は山積みの書類を思い出し、頭を抱える。
「同じ内容の書類ばかりだ」
「聖女関連だろ?」
「なぜ、父上ではなく僕に?」
「お前が聖女のお気に入りだからだ」
父はどことなく楽しそうだ。
多分、仕事をしている僕を見て少し安心しているのだと思う。
「そんな称号いらない」
考えただけで頭が痛くなる。
朝食がいつもよりも味気ないものに感じた。
聖女に会いたいなら勝手に会えばいいと思う。
教国か帝国か、どちらかを聖女が気に入ればそれで解決。
意思とは関係なく連れてこられた彼女には、それぐらい選ぶ権利はあるはずだ。
こんな無駄な腹の探り合いなんてしなくても、さっさと決めればいい。
「異世界の聖女がいなくても今まで存在できていたのに、余計な力は必要ないと思う」
「それでも、国民は彼女の存在に沸いている」
「まだ、彼女の力の証明もできていない」
「証言者にはミンディくんも含まれているけどいいのかい?」
父は僕を揶揄うように言う。
大体、この屋敷に聖女を連れてきた父が悪い。
帝国の貴族でも聖職についている人間は他にもいる。
わざわざ連れてくることなんてないはずだ。
「厄介なものは目の届くところにある方がいい」
「そのせいで僕は迷惑している」
先日、バーリードゥ侯爵夫人から聞かされた噂を思い出す。
あんな根拠のない馬鹿な噂が流れているなんて知らなかった。
──彼女はどんな気持ちでいるのだろう…
ふと不安が過る。
愛想をいつ尽かされても仕方ないとは思う。
早く、彼女に弁解をしたい。
そう思うのに、彼女に会えない。
第一に、最近は宮廷にさえ行けず、毎日大量にくる請願書や要望書に目を通し、聖女の相手をするだけで屋敷から一歩を離れることも出来ない。
それに、僕もミンディも監視されている確率が高い。
会えない点を考慮すれば、そう考えるのが妥当だ。
だとすれば無闇に会うのは彼女に何かしらの被害が及ぶの可能性がある。
それを踏まえて会いに行こうという度胸など僕にはない。
起こった時に守ればいいという話の前に、そんなことを引き起こさないように回避するのが
一番だと思う。
手紙のみのやり取りで今は満足するしかなかった。
そして、父から婚約式をしないかと提案された。
噂になるのなら、それをかき消すぐらい大きな真実を突きつければいい。
単純だけど、明快な方法だ。
婚約式に意味を感じないと言っていた彼女も引き受けてくれたが、またしても迷惑をかけてしまった。
自分ばかりが守られている。
そんな気分が拭えない。
「ノア、それで頼んでいたものは?」
父が表情を引き締めて、聞いてきた。
僕は持ってきた紙の束を父に渡す。
父はそれを受け取ると、ざっと目を通していく。
「お前の見解は?」
父はそれを読みながら僕に尋ねる。
僕は、話す内容を一旦整理してから、父に報告する。
「数字だけでみればスコットレット伯爵が何か糸を引いている可能性はある。ただ、数字のみでその他の証拠はない」
僕がそう言うと、父は背もたれにもたれかかる。
「スコットレット伯爵か。まぁ、一番怪しい人物ではあるな」
「なら、僕たちの妨害をしているのも?」
「いや、その結論に至るには早すぎる」
「…」
僕が黙り込むと、父は僕を観察して、疑うような目を向ける。
「どうした?」
父が尋ねてきた。
質問が明確じゃないから、僕は答えることも出来ない。
父も失敗したと思ったのか、言い直す。
「そんなに決断を早まるなんて、我が息子らしくない」
こういう時に限って、父はわざとらしく僕を自分の息子だという。
「お前は本当に私の息子か?」と僕を揶揄うのが常だ。
確かに、父にそう言われても仕方ないとは思う。
野心家ではないものの、生粋の宮廷貴族であり領主である父は僕とは正反対だ。
利益になる仕事なら引き受けるし、高みを目指せるのなら目指そうとする。
石橋をいくら叩いても信用できず渡らない僕とは違って、父は一度叩いて大丈夫そうなら崩れる前にさっさと渡り切ってしまう質だ。
そんな楽天的な考えも冒険心も容量の良さも僕にはない。
「お前は、可能性が100%、いや、200%ないと動こうとしないだろ?なのに、たったこれだけの証拠でスコットレット伯爵と断定するのか?」
「…」
「何を焦ってる?」
父に尋ねられ、僕は言葉を詰まらせた。
「ミンディくんか?」
「…」
僕は何も言わず、否定もしなかった。
父は眉間を押さえてため息をついた。
「お前をこんなにさせるなんて、ミンディくんは何者なんだろうな…」
そう呟くと、背もたれから上半身を起き上がらせて、父は書類を再び手に取った。
そして、また顔を引き締めて僕に尋ねる。
「それで、お前がスコットレット伯爵だと思った点は?」
「別館に出入りする人をいくつかの条件で分類したら、偏りが出てきた。スコットレット伯爵関連の家の人間が多いし、何より僕に送られてくる要望書も」
僕は父の方まで行って、何枚か紙をめくって説明する。
父もそれを見て頷いた。
「同じ家系の人間だな」
「うん。しかも、内容が陳腐なものも多い。何度も同じ内容のものを送ってきているのもいる」
「なるほど、お前を足止めする為にって事か?紙の無駄遣いだな」
「可能性としてはあると思う」
「お前も律儀に読んだのか?」
「それが僕の仕事だから」
うまく取捨選択出来ない。
これが僕と父の大きな違いだと思う。
「なるほどな。帝国側の思惑とは別にスコットレットが何か企んでいるのは間違いなさそうだな」
父も最終的には納得する。
「ただ、スコットレットがノアの婚約を妨害し、聖女に取り入り得れる利益はなんだ?教国側のとの繋がりもないもないしな…」
そう言われても僕には見当もつかない。
「単純に考えれば、帝国内での立場を向上させたい、だろうがな……どうもしっくりこない」
父は幾分か考え込むと、顔をあげてまた僕に問いかけた。
「聖女の治癒能力はどう見る」
「まだ分からない。けど、根本的な治癒とは違うと思う」
「詳しく」
父は僕に説明を促す。
父も魔力が高く浄化能力に長けているが、マナを感じ取ることは出来ない。
そのため、本当は聖女に関わりたくはないが、そうはいかない。
僕が彼女を見張る方が効率的だから。
「治癒能力と言われているものは、大きく2つ。1つは、浄化能力と似た体に害をなす原因の能力を抑え込み、体の所有者が本来もつ自然治癒で回復できるように促進すること。もう一つは、治癒能力の使用者のマナを負傷者の体に送ることにより、負傷者自身の治癒能力を向上させること」
僕は事実を述べていく。
「彼女の能力をこの二つのどちらかに当てはめるのなら、後者になると思う」
「つまり、彼女は自分のマナを送ることで彼らの治癒能力を高めているのか?」
父に確認され、僕は頷く。
浄化とは異なる彼女の力はそう判断するしかない。
ただ、これは本来ある治癒能力として見る場合のみだ。
「けど、彼らの体からはレモラの毒は抜けてない」
「なんだと?」
父の表情が変わった。
「レモラによってひき起こされた症状は抑え込まれている。ただ、それは抑え込まれているだけで完全ではない、と思う。症状を消す何かが上回っているから見えていないだけ。治癒能力によって回復したレモラ中毒者は、レモラによって引き起こされていた精神状態を回復させ、根本的に回復を見せている。つまり、再発する可能性はない。…ただ、それを解明する方法は何もないから憶測の域からは出ないけど」
「つまり、ノアには聖女の治療したレモラ中毒者からはレモラのマナが感じられるのか?」
「うん」
「……」
ミンタの毒から救われた侍女も単に解毒されたわけではないような気がする。
彼らがまだ毒に侵されていると証明する方法はない。
だからか、父は顔を顰めさせると、僕に顔を向け直した。
なんとなく、嫌な予感がする。
「前からジャマ領への援軍要請が出ていたのだ。ちょうどいい機会だと、今、議会で聖女をジャマ領に送ろうと話が進んでいる。神殿側も聖女の力を見るのにいいと賛成していてな」
父は笑顔で話し始めた。
「そこでだ。お前もそれに同行しないか?」
やっぱり嫌な予感は的中した。
「いやだ」
僕は即答する。
討伐なんて僕が嫌だと父はよく知っているはずだ。
「ノア、それではいつまで経っても現状を回復なんて出来ない。ミンディ嬢と会えなくてもいいのか?」
彼女を切り札として使ってくる。
「僕が最優先しいているのは、僕たちに危害を与える人間を突き止める事、それだけ」
持てる時間を、少しでも穏やかなものに使いたい。
「それにつながるかもしれんぞ?全部に聖女が関連している」
「…」
「聖女についても何か掴むことができれば、もっと皇帝に恩を売れるぞ?」
嬉しそうな父。
僕が断れないのは分かっているみたいだ。
結局、僕はそれを引き受けることとなった。
*
そして討伐が始まった。
皇族の移動かと思うほどの人数での大移動だった。
同行するメンバーの中には案の定スコットレット伯爵の人間もいた。
「おい、あれはなんだ?」
アーノルドも同行していて、彼は目の前の光景に信じられないと言わんばかりに顔を歪める。
僕は、大勢の人に酔ってそっとしてほしい気分だが、そうはいかない。
アーノルドの見ている方へ目を向ければ、聖女と彼女をチヤホヤする者たちが楽しそうに談笑している。
「これから討伐だというのにこの巫山戯た雰囲気はなんだ?」
「彼女は討伐の意味を理解してないと思う」
彼女は出発前も「最近、籠りっきりだったから、旅行とかすごく楽しみ!」と言っていた。
それを伝えると、アーノルドは目を細め厳しい顔をした。
「誰も指摘しないのか?」
僕は事前説明は一通りしたが、伝わってないのかもしれない。
彼らが笑い声を上げながら談笑しているのをみれば、誰も指摘しないのは明らかだ。
「我がジャマ家を馬鹿にしているとしか思えん」
彼の気持ちを考えれば、腹が立っても仕方ないと思う。
家族や領民が命を擲っているのに、ピクニックのように楽しまれてはいい気はしない。
「聖女は頼りにしない方がいい。まだ彼女の力が明確でない。出来るだけ僕が対応するさ」
「お前は浄化作業があるだろ?体力がもつのか?」
「命をかけてくれる騎士の前でそんな事言ってられない」
本当は嫌だけど、ここで逃げるのは人として間違っている。
「お前のそういう性格なんだろうな」
アーノルドは嬉しそうに広角を上げた。
何が言いたいのか分からず首を傾げれば、アーノルドは喉を鳴らして笑った。
「お前に人が引き寄せられる理由だ。心が弱くなると、人はお前みたいな人間に近づきたくなるものなんだ」
おそらく、アーノルドはわざと分かりにくいように言っている。
伝えようという意思のない言葉に振り回されるのは嫌だ。
僕はそれ以上聞かない事にした。
それから、僕は横目で聖女の腕にある、緑の魔石に目をやる。
ミンディが気にしていたから、余計に気になる。
そして、彼女のマナも。
「アーノルド達は聖女に近づかない方がいい」
僕がそういうと、アーノルドは嫌そうな顔をした。
「言われなくても、関わろうとも思わない。いくら美人でもごめんだ」
彼は根にもつタイプだ。
僕が言いたいのはそういう意味じゃないけど、それならよしとする。
未知な分、不安な要素しかない。
──まだ、観察するべきか…
僕は面倒ごとばかりに囲まれているようで、余計に疲れそうだった。
──ミンディなら、「でも、やるしかない!」ってやるんだろうな…
僕にない強さを持っている。
そして知らない新しい意見を持って、それが僕を救ってくれる。
だから、彼女がいい。
彼女となら、悲しみあうことも喜び合うこともできる。
そう考えると、少しだけ上を向ける。
だが、やはり何かが足りない。
いくら彼女に想いを馳せても、触ることが出来ない。
──もう少し…そうすれば彼女は全部を話してくれるだろうか…
何気なく感じていた。
彼女は僕に話せない何かがある気がする。
それは僕が頼りないからかもしれないし、彼女が勇気を持てないからかもしれない。
彼女が何を言えずにいるのか分からない。
それが彼女の引っ掛かりであるのは間違いない。
もしかすれば、彼女は言わないつもりなのかもしれない。
だとしたら、彼女がそれを忘れてしまうぐらいの存在になりたい。
彼女には一つの不安もなく笑っていてほしい。
その為に──
そう思って奮い立たせるしか方法はなかった。
それから数日間の討伐は実に順調だった。
思いの外瘴気が漂っていて、魔物は凶暴だったが、順調に討伐は進む。
アーノルドやジャマの騎士が前線で応戦している間に、僕ができるだけ浄化に回る。
時に回ってくる負傷者にもできるだけ対応していくが、全員に手が回るわけではない。
聖女も得たばかりの力でなんとかしているも、やはり普通の治癒とはどこか違うものを感じた。
「詰め込みすぎるな」
夜になると前線から戻ってきたアーノルドがやってきた。
僕は今日最後の患者の治療が終わり、これから聖女が治療した人間の健康を確かめようとしていた時だった。
「ここで手を抜いたら、ミンディにも君たちにも申し訳ない」
「そう考えすぎるな。お前が尽力しているのは誰の目にも確かなんだ。少し休憩したくらい誰も攻めやしない」
「それでも、僕が嫌なんだ」
僕がそう言えば、アーノルドは何を言っても無駄だと思ったのか、諦めたように息を吐いて、自分のテントに戻った。
僕も見回りを終え、テントに帰ろうとした。
すると、相変わらず、元気な聖女の声が聞こえた。
「こんなに酷い場所だなんて……」
悲壮感に溢れた彼女の声。
「レイナ様、そう気を落とさないで下さい。貴方様のおかげで救われる人々が大勢いるのです。貴方が私どもの希望なのです」
彼女を励ます、誰かの声。
「ノア様の力になりたくて来たけど……こんなっ…」
悲しみを堪えるかのような声とともに、彼女はそれ以上は語れないと言葉を止め、ぐすんと鼻を啜る音を出す。
その後に言葉を続けないため、彼女の伝えようとしている事は分からない。
だが、彼女に寄り添っている人は、彼女があまりに酷い現実に心を痛めているのだと思ったらしい。同情的な声を漏らしていた。
話を聞く限り平和な世界で生きてきた彼女には、負傷者を見るだけでもかなりの負担はあるのかもしれない。
でも、何も理解できていない彼女を、討伐に放り込む上の人間も理解できないが、それでホイホイと来る彼女はもっと理解不可能だ。
それにしても、観察していれば、この機に聖女に近づこうとしているものがいる。
ここ数日、何人かが彼女に接近しているのを見てとれた。
教国側と元老院側から送られた人は監察役としているも、その他に数人、気になった。
調べて貰えば、やっぱりスコットレット伯爵と関連のある人間ばかり。
「きっとノア様とお会いになれないので不安になってしまわれるのでしょう…」
僕と聖女の関連性が明確でないのに、誰かがそんな事を言った。
少し気になって、彼らを盗み見た。
やっぱり、今も聖女を取り囲んでいるのはスコットレットの人間。
何度か聖女が接触しようと此方に来たが、僕は面倒で何度か避けた。
人を避ける行為自体は後味のいいものではないが、安堵の方が勝るからそうはいかない。
何故か彼女といると、人混みに入った時のような気持ち悪さがある。
それが何に関連しているのかは分からない。
ただ可能性はいくらでもある。
今の僕は石橋を叩き割るぐらいは慎重でないといけない。
必要なら新たな橋をかければいいだけだ。
「みんなが勧めてくれたけど…私には…」
またしても言い切らないうちに聖女は言葉をとめた。
「もう少しの辛抱です。もう少しですから!明日にはっ」
──明日?
何故だ。
あと数日はかかる。
なのに、何が明日なのか。
ふと、一つの可能性がよぎる。
──スコットレットが聖女をここまで連れてきたのか?
何が目的なのか。
それが分かるとすれば明日だ。
僕はその場を静かに離れると、ジャマ伯爵のいるテントに向かった。
そして、次の日の事だった。
魔物が僕たちが治療を続けているテントに現れた。
どこで前線の部隊の目を潜って入って来たのかは分からない。
いきなりの事態にその場は混乱した。
すぐに負傷者や非戦闘員である治癒師達を非難させ、対処にあたる。
幸いなことに昨日伯爵に頼んで警備兵を増やした事で、なんとか凌げるかもしれない。
そう思った時だった──
「キャーーー!」
誰かの叫び声が聞こえた。
振り返れば、そこには非難し損ねた聖女がおり、その前で幾人かの護衛と魔物が応戦していた。
「っ!」
体力が限界に達していた僕は、それに加わることができず、一旦魔力を溜め込もうとその場に崩れ落ちた。
──一時的に魔物を拘束できれば、彼らは避難できるはず
呼吸を整えて、マナを溜め込む。
その時、微かに見覚えのある甘い香りがした。
「いやーーーーー!」
すると、再び聖女の叫び声が聞こえた。
もう間に合わないかと、焦った時、彼女のマナが一気に増幅した。
いきなり漏れ出す彼女のマナが彼女を庇う戦士に向かった。




