表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/112

4

「ノア、落ち着いた?」


私ははちみつ入りのミルクをノアに渡して尋ねる。

因みにこれ4杯目。

一気にこんな甘いものをよく飲むなとか思うけど、ノアの体力回復にはこれが一番らしい。


「うん。ありがとう」


さっきまで雨に打たれ寒さでガタガタと震えて、体力の消耗でゼェゼェ言っていたノアは、私の布団にくるまりながら呑気な笑みを浮かべる。


ひとまずノアを引きずって私のベッドまで運んだ後、タオルと毛布を渡してビシャ濡れの服を脱ぐように言うと、私は何か飲むものでもって家族にはバレないように一旦下に降りた。

ノアが来たって知ったら、みんな大騒ぎなのは分かってるから、黙って何かないかなって探した。

はちみつミルクしかなくて持って上がったら、服を抜いて体を拭いたノアは布団にくる待って待っていた。

興味深そうに私の部屋を眺めるノアに、はちみつミルクを渡すと、飲んだ途端目を輝かせた。

そのお陰で、私はさらに3往復してノアに献上した。

これが惚れた弱みなのか、我が家の血筋なのか。


どちらにしろ、今の私達は感動的な恋人達の再会なんてものは一切ない。

いつの間にかいつもの私たちだった。

それが私たちらしいって言ったらそうなんだけどね。

久しぶりに会ったなら胸キュンのひとつぐらいお土産で欲しいとか思っちゃう。

何週間もファーストキスで悶えていた私がなんだか馬鹿らしかった。


私はハンカチを取り出し、ノアの口の周りについているミルクを拭き取る。

ノアもそれ気づいて「ありがとう」とハンカチを受け取って自分で拭き始めた。


「それで、ノアはどうして来たの?」


落ち着いたノアに私は問いかける。

ノアは顔を上げると、キョトンとした顔をした。


「何か用があったんでしょ?」


でないとこんな無謀な事をするはずない。

苦手なことまでして、緊急の何かがあったに違いない。


「…」


けどノアはすぐに返事をしない。

それだけ深刻な事なのだろうか。

私は表情を引き締めて、聞く態勢になる。

けど、そんな私を見てノアは布団に包まったまま、はちみつミルクの入ったコップを見つめ俯いた。


「用がないと、君に会っちゃいけない……?」


最後の「?」はずるい。

上目遣いでチラリとこちらを見たノア。

いつの間にか彼はあざとい系に進化している。


「いや…っ、わるきゃないけど………───、え?」


つい彼の愛嬌にやられそうになって、モジモジしちゃったけど、我に返る。


「本当に用はないの?」


私が改めて聞くとノアは視線を私から外した。

どっちなんだ。

なんだか緊張して唾を飲み込んだ。


「別に…………、単に会いたいだけの時だってある」


ノアはそう言ってそっぽを向いてはちみつミルクを一気に喉に流し込む。

けど、耳が赤み帯びているのははっきりと確認した。


──え、何?今日はボーナスタイム?


ノアのどれもが心臓に直撃しまくる。

この際、さっきの色気皆無の再会は忘れよう。

私は心臓を押さえ込み、発作が起こらないよう自分に言い聞かせる。


「会いたかったの?」


私は夢か現実か分からなくて、ノアに確認する。


「会いたくなかったの?」


逆に返された。

少し不安そうなノアの表情。

久々に見えたノアの犬耳と尻。

しゅんとしょげているのがはっきりと見える。


そんなノアに私が抗えるはずもないけど、そう簡単に甘い言葉を私が言えるわけもなく、モゴモゴと口籠もりながらなんとか呟く。


「いや……そりゃ…まぁ……ね?うん、会いたかったけど………」


スッと会いたいって抱きつけないあたりが私がヒロインにはなれない要因なんだろうと思う。

でも、そういうのって勢いがないと無理じゃない?

って、思ったけど、まだじっとこちらを見るノア。

多分、はっきりと言わないとノアはダメなんだろう。

うっとなったけど、私は意を決して言う事にした。


「っ──…会いたかったよ!迷惑考えずに突撃しちゃおうかってぐらいにはね!!」


何故か、キレ気味に言ってしまった。

これ、いつか思い出して倒れちゃう系。

また増えたよ。


私が思い切ってそう言うと、ノアはその勢いに一瞬目を丸めたが、私が言い切るころには目を輝かせて、私の好きなゆったりとした笑みが浮かんできた。


「…そっか」


噛み締めるようにノアは言った。

そして、空になったカップをサイドテーブルに置いて、私の方を見て星が弾けるような笑みを見せる。



「一緒だった。僕も我慢できなかった」

「~~~っ!!」


少し大人びたようにも見える彼の顔はやっぱり私の心臓を鷲掴みにする。

どこかはにかんだようなその笑みも愛おしいとか思ってくる。

雨の夜だからだろうか、彼の笑顔が余計に眩しい。


「もっと頑張れるって思えたけど、違った。今更、あの意味が分かる」


ノアがフッと笑う。

なんだか楽しそうだ。


「あの意味って?」

「愛に溺れる、恋に落ちる、恋は盲目……」


ノアが前におかしいと言っていたもの。


「僕も同じだった。側にいてくれないと、目の前が暗くなったように感じる。抜け道のない洞窟に入ったみたいだ」


マイナスな言葉のわりにはノアの表情は穏やかだった。

その表情につい見入ってしまう。

多分、その気持ちが分かるから余計にのめり込んでいった。


──ノアも同じだった?


ノアと重なる想いを彼の何かから見出そうとしていた。


「あの意味がようやく分かった。きっとこわさを表したものなんだ。相手を失った時の恐怖の意味も含まれているのかもしれない」


そう言うと、布団から出ていたノアの手が私の手を掴んだ。

もう一度触れられた手が暖かく、心をくすぐってくる。

だからもっとって求めてしまう。


「ノア…も、こわかったの?」


私は問いかけた。

さっきの私みたいな気持ちだったのだろうか。

ノアは私の言葉に少し目を丸めた。

だけど、また穏やかな春風のような笑みを見せて頷く。


「……うん」


私はそれに目を細めて、この穏やかな空気感の中に弾けるような気分を感じた。

ノアといるときはいつもこうだ。

穏やかで沈黙させも心地よいのに、常に何かが弾んでいて私は期待している。

何もないことでも期待して、浮かれてしまう。


「同じだったみたいだ」


ノアは私の言葉を汲み取ってそう言い直した。


──なんだ。そうだったんだ。


私がダメな人間だから囚われていたんじゃなかった。

ノアに否定される人間じゃなかった。


ノアも同じだったんだ。


やっと訪れた安堵は、自分の情けないと思っていた部分に染み渡る。

嬉しくて私は唇を噛み締める。

鼻の奥がツンとなって言葉は出てこない。

涙は出てこないけど、気を緩めたら溢れそうだ。


「髪が口に…」


私が嬉しさを噛み締めていると、ノアが空いている方の手で私の顔にかかっている髪を退けてくれた。

その動きに、やっぱりあのこの2度の人生で初めてのあれを思い出しカッと熱くなる。

しかもちょっと前がはだけて半裸であるノアの胸元の肌がチラチラと…

色々と爆発しそう。


──あ、処女か!いや処女なんだけど!乙女かっ!


こんな自分になれない。

ニタニタ笑って眺めている方が何倍も楽。


「ぷっ」


そんな事を思って視線を彷徨わせていると、ノアがいきなり吹き出した。

顔を上げれば、ノアが肩を震わして笑ってる。

それは中々落ち着かないから、一気に恥ずかしさがどっかに吹っ飛ぶ。


「…なんで笑ってるの?」


私は冷めた声でノアに尋ねる。

いや、別にキス待ちしてたんじゃないよ?

ないけどさ、ちょっとあの穏やかな空気感さ、期待がなかったわけでもないのよ。

なんだかんだムズムズしてたからさ、構えてはいたのよ。

このまま甘い空気でもってさ。

なのに、そこで爆笑する?

珍しいノアの姿だけど、私はそんな気持ちの方が大きくてノアに冷めた目を向ける。

今ならジャマ家の冷凍ビームが使えるかもしれない。


「いやっ…なんだかっ……ははっ」

「何さ」

「はははっ、嬉しくてっ」


嬉しくて大爆笑。

そんなの聞いたことある?

ひとしきり笑ったノアは、ヒーヒー言いながらもなんとか立て直す。

私の冷めた目を見ても、尚笑顔。


「可愛いと思って」


ノアはふにゃって笑顔を見せながら私に笑いかける。


──その顔、なんだ


リラックスしたノアの笑顔にふにゃってこっちもなる。


──可愛いのはどっちだ


絶対のノアの方が可愛い決まってる。

そうなのに、そんな言葉に浮かれる自分がいる。

浮かれてバカみたいに落ち込んでいたのに、今ではそれでもいいと思える。


──私も…


私も思う。


「私もノアと一緒にいて欲しい」


ノアに掴まれた手を握り返す。

ノアもそれに返して少しだけ握る力を強めた。


「うん」


そう言って、ノアの顔が近づく──


──この空気は違うな!


流石に今度は騙されないぞって顔面に気合いを入れる。

目はガン開き。


「…」

「…」


すっごい間近で私がガンつけていると、ノアもこっちを見つめて固まってる。


「目、閉じないの?」

「閉じない」

「…」


私が意思を固めて言うと、ノアは複雑な表情をし、コツンおでこをくっつけてきた。

けど、私は閉じない。

ノアは諦めたのか、ムニッと私の頬をつねった。


ほらね。目は閉じなくて正解だった。

私の頬をプニプニし続けるノアを見ながら、私は尋ねた。


「ノア、まさか私よりほっぺが恋しかったの?」


するとノアはたちまち真剣な表情を浮かべ、神妙な面持ちで口を開く。


「……違うと断言はできない」

「ちょっと!」

「痛い…」


私がノアの肩を軽く突くとノアがそこを押さえて呟く。

ノアは軟弱すぎる。


ノアはそのまま立ち上がって、自分の服を見る。

体力が回復したのか、何やら魔法らしきものを使うとばさりと布団を脱いだ。


「ちょっ、ノア!」

「?」


私は手で前を隠しながらも、ノアの表情が見えるぐらいには手に隙間を作っていた。

ノアは慌てる私に不思議そうな顔をする。


「い、いきなり脱がないで!」

「あ、ごめん」

「いいから早く着て!」


そう言いながらも、ちゃっかり見たから私は変態なんだと思う。

ノアの体はパパさんのとは違ってた。

細い線に、凹凸のない色々なつるんとした肌。


鍛えてないのは丸わかりだけど、余計な肉は全くない。

なんてこった。


もう一回ノアの裸を思い出していると、ノアが声を上げた。


「あ」


何かに気づいたみたい。

既に着替え終わったノアが何かを見つめる。


「婚約式のドレス?」


じっと、クローゼットに飾ってある例のドレスを見つめてノアが私に尋ねる。


「…うん」


なんだか、浮かれたデザインで恥ずかしい。


「綺麗でしょ?」


それでも、なんだか浮かれた気分だからノアにそう言った。

けど、ノアは暗い顔をして俯いていた。


「ごめん…」


そう呟く。


「君の希望を踏み躙る形になって…」


──あっ…


そう言われて私も自分が婚約式はやりたくないって言ったことを思い出した。

浮かれていた自分がまた恥ずかしい。


「あ、いや…あのさ。そう言ったけどさ…実際、準備を始めたらそんな事ないっていうか…」


忘れていた分、余計に立場がない気がした。

ノアの不安そうな横顔が見える。


「結構、楽しみにしてるんだよ!」


私は半分叫ぶようにして言った。


「ノアは私のだって自慢できるって結構浮かれているからね!」


こんな状態になったら余計にだ。

私がそういうとノアは驚いた顔をしていた。


「楽しみなの?」


驚きながらノアが私に問いかける。

私は少し拗ねた状態で言った。


「…ノアは楽しみじゃないの?」

「……」


沈黙。


ノアが何を思っているかは分からない。

けど、本当に私は楽しみなのだ。

なんだかんだと、嬉しくて仕方がない。


するとしばらくしてノアが口を開いた。


「楽しみだね」


ノアは噛み締めるように言った。


「君はどんな風に笑うかな…」


ノアも少し恥ずかしそう。

はにかんだその表情に胸がグッとなる。

私は本当にノアに弱い。


けど、それを素直に嬉しいとは言えないのが私。


「そこ?」

「うん。それが全てだから」


優しい響きの声が私にやってくる。

ノアの言葉の全てが贈り物のように思えてきた。


──私が単純なのかもだけど…


それでも、ノアの言葉は嬉しくなる。

いつも私を強くしてくれる。




「ミミ」



ノアが私の目の前に跪いて、私を呼んだ。

申し訳なさそうな頼りない声。


ノアは長いまつ毛で瞳を隠している。




「側に居れなくてごめん…」



ノアはそう言って私を見た。

まつ毛から解放された目はやっぱり輝いていて、私をときめかせる。

誠実さのある目。


ノアは続けて言った。




「……待ってくれてありがとう」



さっきと明らかに違うノアの真剣な表情。

でも、優しくて微笑んでいるようにも見える。


──ノアは強い


私は思った。

頼りないと思っていたけど、ノアはしっかりしている。

そして、嘘偽りのない彼の言葉、行動に私が救われる。


──私もノアにとってそうでありたい


そう願う。

だから、私はノアの顔を両手で包み込んだ。





「…来てくれてありがとう」





私はノアの額に自分の唇を押し当てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ