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「ミミちゃん、まだノアくんに会えないの?」


ママさんが私に尋ねてきた。

私は果物を頬張っていた口を止めて、下を向く。


「…うん」


ノアが帝都に帰ってきて3日が経った。

けれど、まだ私はノアに会えていない。

もう、私のファーストキスの甘酸っぱさでは満足できなくなって、悶々した日々を送っている。



それに、私は凱旋式が始まるまで宮廷への立ち入りが禁止になっている。




それは、討伐の成功の知らせが帝都に届いた後、宮廷内に変な噂が立ち始めたから。


『ノア公子に思いを寄せる令嬢が、聖女に嫌がらせをしている』


それだけなら、特に問題はないのだけど、その令嬢の特徴がどう考えても私なのだ。


『老婆のような灰色の髪に細い不健康そうな体、雨に打たれた葉のようなじめっとした緑の目の悍ましい女官』


どこのメゾンに属しているかは言われてないけど、全部が当てはまる。

『細い不健康そうな体』ってまさか、このペチャ胸を揶揄ってるのかも。

兎に角、そんな噂が流れ始めて、人の目が厳しくなり始めた。


特にベイリーのお陰なのか分からないけど、レイナ付きの侍女なんかすれ違う度に私を睨み殺そうとしているのかってぐらい睨んでくる。

レイナの取り巻きとかはあからさまで、中にはわざと足を引っ掛けてきたり、面と向かって文句を言ってきたりなんかしてきた。


レイナの力が発現してから、ちらほらそんな事をされていたけど、それがどんどん酷くなり始めた。

全然関係ない人からもヒソヒソされる事も多い。


それでも、狩猟大会の食事会にいた人なんかは「君も大変そうだね」「噂なんてすぐに消えるさ」なんて声をかけてくれる人もいた。

いたけど、その言葉に反して、状況は良くなることもなく悪化する一方。


遂には、バーリードゥ侯爵夫人から呼び出された。


「ミンディさん、このままでは貴方が危険かもしれません。職務も全うする事もできないでしょう」


暇を言い渡されるのではと察した私はすぐにバーリードゥ侯爵夫人に縋りついた。


「夫人っ…、悪口なんて昔から言われ慣れてますっ。平気ですっ!」

「貴方が平気でも、殿下は違います」


ピシャリと言われて私もハッとする。

最近、ティア皇女は、抱っこをせがむようになった。

そして抱っこすれば、顔を私の首に埋め何かから身を隠すような仕草を見せた。


「…」

「貴方も心当たりはありますね?」


厳しいバーリードゥ侯爵夫人の声が私に問いかける。

私は何も言い返せず、黙って頷いた。


「殿下の周りをこれ以上騒がしくするわけにはいきません。私たちは殿下の女官なのですから。貴族であり、官職保有者である我々には自分の意思よりも最優先にするべきことがあるのです」

「…はい」


流石の私にも分かる。

これ以上、負けたくないなんて意地だけで続けるのは完全に自分のエゴだ。

私が俯いていると、厳しい空気を漂わせていたバーリードゥ侯爵夫人が軽く息を吐いた。


「貴方に責任がないのは分かっています。これは貴方への罰ではありません。殿下のメゾンを統括する者として私が、貴方にも殿下にも安全な場所を提供できないのが所以です。力不足である私が今、選択できる、最善の道がこれしかないのです」


顔を上げれば、バーリードゥ侯爵夫人は眉間に皺を寄せ、自分を戒めているようにも見えた。

なんていい上司なんだ。


つくづく思う。

私は周りの人に恵まれていた。

魔力なしだったり色々とあったけど、それでも私は人に恵まれていた。

ママさんの言う私が守りたい自分の世界には、いい人ばかりだ。

ノア流に言えば、尊敬できる人たち。


「ありがとうございます」


私はそんなバーリードゥ侯爵夫人に深々と頭を下げた。

バールードゥ侯爵夫人は険しい顔のまま笑顔を見せることはなかった。



そんなわけで、当分の間、私は宮廷への立ち入りが禁止されている。


コーラさんが一度、私を訪ねてきて、「凱旋式の夜会には必ず参加するように」とデネブレ公爵の伝言を伝えにきてくれた。

なんで公爵が自ら来ないのかと聞けば、「今はデネブレ公爵家とミンディさんの接触があると思われるのはよろしくないって言ってましたわ」と。

デネブレ公爵とノアの言っていた、裏があるって話に何か関連があるのだろうか。


もしかしたら、ノアから返事が来ないのもそこに関連があるのかもしれない。

無事な姿を一目みたいだけなのに、何度も手紙を送っても返事が来ない。

返事が来ないのに、公爵家に突撃もできない。

宮廷には迷惑がかかるから行けないし…私の手段は断たれている。

多分、コーラさん伝てで連絡したのも私に大人しくしておいて欲しいってことなんだと思う。


──思うんだけど…


「元気に帰ってきたってくらい教えてくれてもいいじゃんか!」


私は抱きしめていたクッションに拳を押し付ける。


「あらあら」


ママさんはそんな私を眺めながら微笑むばかり。

そして窓の方へ顔を向けて、さらに笑みを溢す。


「ふふっ、雨のせいで余計に気分が凹んじゃうわよね」


久しぶりの雨は、まるで私の気持ちを代弁しているかのようにざんざんぶりだった。

このもどかしい状況は、日に日に私の精神を削っているのは確か。


「そんなに悲しい顔はしないで、ノアくんが元気だって便りはたくさん来てるじゃない。昨日も街では賑やかに、ノアくんの話をしていたそうよ。ねぇ、ワイアット」


ママさんが後ろで本に夢中だったワイアットに声をかけた。

ワイアットは不機嫌そうに顔を上げた。


「そうですよ。姉上を放って置いて、聖女と仲がいいって…姉上が婚約者なのに……、凱旋式でも兄上が聖女をエスコートするって…」


ワイアットはそう言って、本に目を戻す。


「アカデミーの奴らも……、僕が嘘つきみたいに…」


もう暑いと思っていた季節はいつの間にか終わりを迎え、肌寒さを感じてもいい時期になっていた。

ワイアットは背丈が私に迫るまでになり、アカデミーに先月入学した。

周りも季節も変わったせか、この数ヶ月間がもっと長い月日のようにも思える。


「ワイアット、ごめんね」


私は申し訳なくて、声をかける。

するとワイアットはさらに不機嫌な顔をしてこちらを向いた。


「姉上は悪くないのですから、謝らないで下さい」

「でもさ…」

「姉上は、兄上との婚約式の方を心配してください。立派な婚約式が行われれば、僕は馬鹿にした奴らをギャフンと言わせられるのです」


ワイアットはそう言って、自慢げな表情を見せる。

背だけではなく、中身まで大人になっていたみたい。

アカデミーに通うようになって、ワイアットはかなり成長した。


──実家通いのくせに…


ノアの時とは違って、アカデミーでは寮暮らしか実家通いか選べるようになり、ワイアットは家から通っている。

きっとノアが聞いたら羨ましがると思う。

けど、今はそんなどうでもいい話まですることができない状況。

私はまた、クッションに顔を埋めた。


「ふふっ、そうね。これでもかってぐらい見せつけないとね!」


ママさんも私を元気づけようとワイアットに賛同する。

けど、私はどうもそれに乗っかる事が出来ない。

精神的にキツくなると、相手を思いやる行動もできなくなるみたい。


──ノアよ。私はどうやら愛に溺れるタイプの人間だったみたい…


そんな事ないって思ったけど違った。

ノアに会えないだけでこんなにもなるとは思いもしなかった。


「でも、婚約式は延期になるかも。凱旋式のおかげで、いろんな人達が出入りするから、多分落ちついてからじゃないと無理だよ」


こういうイベントが始まる時は治安が悪くなる。

それはどうしても仕方のない事だ。


「あら、もうドレスは出来上がってるのに?」


ママさんがそう言って、部屋の端に飾ってあるドレスに目を向ける。

今日届いたドレス。

出来立てほやほやで、このドレス仕舞っておく場所を開けるまでひとまずここに飾ることになった。


ヴェロニカが婚約祝いだと、色々な贅沢品を盛り沢山に使って、今まで高額になるからとあえてしなかったデザインを盛り込みまくってくれた。

そんな借り恐ろしくて最初は断っていたけど、今回は純粋な祝いだと言われた。

「ついでに、大きすぎたレモラの借りよ。早めに分かって助かったわ」とも。


袖はロングバルーンのシースルー、胸元から腰にかけてと袖の終わりには白と金の糸の特注で作り上げたレース生地をふんだんに使って、宝石を散りばめたエアリードレス。

チュール素材をふんだんに使ってふんわりとさせているスカートには白とエメラルドグリーンを交互に使って、ポイントに宝石が施されている金の造花を施している。

前世の憧れを盛り込みまくった完成形。

正直、これを婚約式に使うのは勿体無いぐらい。真っ白にして結婚式にしてもよかったと思う。


「本当に素敵ね」


ママさんがドレスを眺めながら呟く。


「うん」

「楽しみね」


ママさんも嬉しいのか柔らかい笑みを浮かべると、ふと私の方へ顔を向ける。


「でも、今度の夜会は?何を着るつもり?」

「持ってるドレスでどうにかするよ」

「まぁ、それはダメよ」


ママさんはメッと幼い私を注意する時と同じ表情を浮かべる。


いや、本気モードのママさんはこんな茶目っけは一切ない。

ママさんの叱り方は抜け道などないかのような追い詰められ方。

怖くて足が震えて動かなくなる、前世のお母さんより遥かに恐ろしいあの感じ。

なんだろう、あれが貴族の威厳とかなのかな?


「ほら、聖女さんも来るのでしょ?舐められないように張り切らないと」

「張り切るって…、別に張り合いたいわけじゃないけど」

「あら、それなら、ノアくんにお似合いなのは聖女さんだって言われてもいいの?」

「よかないけど…」


みんな、なんで痛いところをついてくるのだろう。


「…4日後なのにどうするの?」

「そうよね。そこよね」


私が尋ねれば、ママさんも困った顔をした。


「どうしましょ…。私にもドレスがあればいいけど、ないからね。昔のはあるけど古臭くないかしら?」

「流行は気にしないよ」

「ん~…」


私は言ったけど、ママさんは考え込む素振りを見せる。


「他国のお客さんも多いでしょ?ほら、例のリリアーヌ女王とか」


ママさんが話題を振ってきた話に頷く。


そうだった。

今、聖女の次に話題に登る話は、グリード国の女帝が我が国にやってくるってことだ。

聖女の誕生を祝いに様々な国からお偉いさんたちがやって来るが、数百年ぶりに帝国との国交を回復を進めているグリード国からその長であるリリアーヌ女王がくるなんて驚きだった。

まだ完全に国交を復興させてないのに、大使館ができただけでおも驚きなのに、急な展開に誰もが不思議がっている。

それだけ国が緊急事態なのかもしれない。


「でも、それとドレスとどんな関係が?」


私が尋ねるとママさんはふふっと少女のように笑う。


「ドレスって流行もあるし、国によっては田舎くさいものだったりするでしょ?未来の大公妃

がそんな姿してたら、舐められちゃうじゃない。やっぱり、最初のお披露目は大切でしょ?」

「はい!姉上の素晴らしさを世界に知らしめるべきです!」


ママさんが言うと、ワイアットが立ち上がる。

さっきのしおらしい姿はどこに行った。


「お母様のドレスはどれも素敵じゃん。小さい頃はすごく憧れてたよ?」


ママさんの数少ないドレスも独特のデザインだった。

今回のドレスのデザインだって、ママさんのを見て憧れてたものを詰め混んだのもある。

それのせいかは分からないけど、ちょっとどことなく異国の空気が流れているのは、何気にいいなとか思っている。


「そう?んー、でもね。今じゃないわよね」

「今じゃないって?」

「ミミちゃんがもっと大きくなってからあげるつもりだったから」

「もう十分大きいよ。17歳だよ」

「ふふ、もうちょっとね」


結局、ドレスをくれるかくれないかはいいように誤魔化された。

こういう時ママさんから詳しく話を聞けた試しがない。

いいようにかわされてしまう。



結局そのまま、うだうだと雑談をして夕食を食べ終わった私は自分の部屋に戻った。

もう外は真っ暗で見えなかったけど、音が聞こえるから雨はまだ土砂降りなんだと思う。

きっと凱旋式の準備をしている人たちは大慌てだろうなとか思って、ベッドにドスンと体を投げ出す。


そして、私はさっき夕食でパパさんに言われた言葉を思い出す。


『ミミ、不安なら婚約を白紙に戻したっていいぞ。この世にはいくら好きでも縁というのがあるからな』


愛は貫くものだとか言いそうな程、ママさんにデレデレなパパさんからそんな言葉が出るとは思わなかった。


──不安ならやめるべきなのかな?


いろんな事を考えてみる。


この先、きっと不安になる事は多いと思う。

それはノアの身分も外見も性格も全部が羨まれるものだから。

私なんかより他の人の方がお似合いだって何度だって言われるかもしれない。

色んな噂が流れていくようになるかもしれない。


──その度に私はただ待つだけ…


解決するまで、この不安が何度積み重なっても終わることはない。


それがノアと一緒になるって事。


──待つだけ…


このもどかしい時間は、どうやって優しい言葉をかけられてもどうにもならない。


──それは嫌だな


それを考えれば考えるほど憂鬱になる。

私はもぞもぞと動いて、居間から私の部屋のクローゼットに移動した婚約式の服を眺める。

煌びやかで、夢のようなドレスは、この憂鬱な天気も私の気分とも正反対で、余計に虚しくなった。

ノアが見えない今、私だけがノアに依存している象徴のようでもある。


──モブが浮かれてたから、バチが当たったんだ…


そんな気分にもなってきた。

私は今度は真正面からベッドに倒れ込んだ。

顔をまだ洗ってなかったって気づいたのは後。

けど、それをいけないと思う余裕さえもなかった。


──恋に溺れた人間なんてノアは嫌いになるかな…


自分がこんな風になるなて全然想像できなかった。

心配で何も手につかないなんて。

女官の仕事さえこなせない私をノアは好きでいてくれるだろうか。


ノアが信じてくれる自分に自信があったのに、そんな自分はどこにもない妄想だったのではと思えてくる。


──まだ好きでいてくれるのかな


なんの自信も残ってない。


土砂降りの雨の音が私の体にぶつかってくるようだった。

夜のせいか雨のせいか悪い考えが余計に膨らんでくる。

前に決めた事させもふにゃふにゃと崩れていく。

1人だと相手に映る自分が分からないから、全てが間違っていたのではと思えてくる。


──馬鹿だな…


かつての決断が間違いか正解かなんてどうでもいいはず。

だって、もう今は今でしかないから。

そこを何度考えても無意味だし、結局、ノアが私を求めてくれるのなら同じ決断で納得してしまうだけ。

なのに無駄な考えを巡らしてしまう。


「…」


コンコン


自分の薄っぺらさや、弱さをどうしようもない気持ちで思っていると、バルコニーの扉を叩く音がした。

けどそれはすごく控えめな音で、私は屋根か木の溜まった雨粒がぶつかってきたのかなとか思い、もぞもぞとベッドの中で動く。


コンコン


同じリズムでまた聞こえた。


コン…コン


さっきよりも躊躇いのある音が聞こえる。

なんだこの音って思っていると、ふと思い浮かぶものがあった。


……コン…コン


最後の一押しのように自信なさげな音がなると、後は静寂に包まれた。

ただの思いつきが確信に変わる。

私は立ち上がって、扉の方へ向かう。

焦りすぎて、足が絡まったりして、倒れ込むように扉を開ける。


「わっ」

「あ」


私もこけるとか思っていると、声をあげてそれを抱きとめてくれた人がいた。

大きくて、優しくて、そして不器用なその手。

恋しいとまで思ってしまった私は顔を上げて、その人物を呼ぶ。


「ノア!」


家の光がノアの顔を朧げに照らした。

目も鼻も口も全部ノアだった。

端正なのにちょっと覇気のない彫刻のような顔。

間違いはない。


もう何年も会っていないかのような気分になり、私は高ぶる感情のままノアに抱きつこうとした。


「ノア!!」


もう一度叫んで、腕を広げると、その前にノアが私の方へ倒れ込んだ。


「…ごめん、ちょっと休ませて」


ノアがそう言ってだらんと体の力を抜いた。

完全に私に身を任せているノア。


「えっ…大丈夫?」


私の中で感情が昂って何か怪我でもしてるのかと焦った。

だってドラマとかならそうでしょ?

でもどこか頼りない呑気な声が聞こえる。


「いや……ここに来るのに走って、魔力使ったら疲れた…」


どことなく頼りないいつものノア。

気が抜けた。


──あ、ノアだ


私はノアを抱きとめながらもう一度思った。


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