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「あら」
ヴェロニカは、何かを窓の外に見つけたようで声をあげる。
「何?」
「グリード国だわ」
ヴェロニカは先程の余裕の表情をさっと鎮めて、目を細めた。
そして外に見える異国の彼らを観察し始める。
彼らも移動しているだけで、特に何かってわけではなさそう。
「そう言えば、あれから大使館の建設許可が出たみたいだね」
私は忘れていたことを思い出す。
結局、彼らの要請に問題はないとみなされたのだろうか。
そこら辺はよく分らない。
「でも、グリード国っていいイメージないから、怪しいとか思っちゃうよね」
「そんなの、全員が思ってるわ」
ヴェロニカは冷たく返してくる。
「元老院もそこまで馬鹿ではないだろうし、何か予防線は張ってるはずよ」
「予防線って?」
「さぁね。元老院じゃない私には分からないわ」
ヴェロニカは悔しそうな表情を見せる。
いつだったか、ヴェロニカが目を輝かせて私に語ってくれたことがあった。
女性が元老院への参加が認められてなかった時代、確かデネブレの初代公爵が生きていた時、その時の1人の皇女が元老院に参加し発言した。
確か、女性の社会進出に関する話だったと思う。
今では女官を始め、文官や武官でも女性はいるが、その時は全然いなかった。
それを認めるために、貴族女性の採用を求めた。
そんな事を家庭教師から聞いたヴェロニカは、私の屋敷にいきなりやってきて興奮しながらその話を私にもしてくれた。
あんなヴェロニカは後にも先にもあれだけ。
そして、ヴェロニカが政治やら経営などに興味を持ち始めたのもその頃。
──元老院に加わるのはヴェロニカの夢の一つなのかも
本人の口から聞いたことはないけど、私はそう思ってる。
一番大きな目標は国を持つ事だろうけどね。
まだ年齢が達してなくて元老院に参加できないヴェロニカには彼らの動向が気になっても仕方はないと思う。
「どんな手を用意してるのかしらね」
ヴェロニカは何かを考え込む仕草を見せる。
そして、私をチラリと見た後、切り替えるように顔を上げた。
「その話は後でいいわ。着いたわよ」
ヴェロニカはすぐに止まったことを確認して、立ち上がった。
そうだったと私も気合を入れて立ち上がる。
今日は婚約式の衣装を早急に仕上げてもらうって目的がある。
そしてどうせならってオープンから懇意にしている、いつものあの店にやって来た。
好みの店だし、ティア皇女に紹介したこともあって融通もきく。
最高じゃないか。
「さ、入ろう」
私がそう言って、店に急ぐと、ヴェロニカは一度振り返って街並みを眺めた。
「どうしたの?」
「まぁ、ね」
ヴェロニカは意味深な笑みを浮かべて誤魔化し、また歩き始めた。
私も不思議だったけど、ヴェロニカを理解しようなんて無理な話。
そこまで気にせずに、店に入った。
「あれ…」
店に入ると、以前来た時よりも雰囲気が変わっていた。
店が大きくなっているし、また店員の数も増えている。
それに内装も前よりも派手になっていて、客の数も多い。
「あっ…ミンディ様……」
私が驚いて見ていると、店長さんが気づいて私の方にやって来た。
「お久しぶりですっ」
忙しい様子がひしひしと伝わる。
「すごく繁盛してますね」
「えぇ、お陰様で」
店長さんは苦笑いを浮かべながら、言う。
彼女の装いも前より煌びやかになったようだ。
店主らしくなったその装いに私もなんだか嬉しくなった。
「あの、今日は婚約式のドレスをお願いしに来たんです」
「婚約式ですか?」
店長は私の話を聞いて目を丸めた。
改めて言うのって気恥ずかしいなと思いながら、私はうなずく。
「私の婚約式があって…」
「まぁ!本当ですか?おめでとうございます!」
店長は驚きながらもすごく喜んでくれた。
照れ笑いをしながら、私もその反応が素直に嬉しい。
「ありがとう。あの、それで申し訳ないのですが、なるべく早めで作って頂きたいのです。婚約式を早急に執り行う運びになってしまって……」
「あ……いつぐらいですか?」
そう尋ねられて、私が答えると、しばらくして彼女は表情を曇らせた。
「……ミンディ様には開店の時から懇意にしていただいて…本当に感謝しているんです。ですが……、今はどうにもこうにもオーダーを取ることが出来なくて…」
申し訳なさそうに、胸元に手をおいて彼女は言った。
その表情にこちらも申し訳なくなっしまいそう。
「そうですよね。これだけ賑わっていたら…」
それはそうだ。
既に引き受けた案件を先延ばしにするのは信用問題になる。
こんなに流行っていたら、仕方ない。
嬉しいのに残念。
昔から応援していたアイドルが、売れて遠い存在になったのと同じ気分。
──ここで古参アピールしてもウザがられるだけだ…
イタい人間にはなりたくない。
私は肩を落としながらも、笑顔を絶やさないようにした。
「本当に申し訳ありません…。実は、2号店も初めたばかりで…」
申し訳なさそうに眉を八の字にした店長が言った。
かなり店は大きくなってるみたい。
私はここは祝福すべきだなと切り替える。
「喜ばしいことです。私の好きなお店ですから、同じ好きを共有できる人が増えて嬉しいです」
「ありがとうございます…」
それは本心だったから、すんなりと言葉が出る。
彼女はその言葉をそのまま喜ぶ事はできないみたいで、複雑な表情を浮かべる。
仕方ないと思うけど、これ以上私が言っても彼女の気持ちの問題だから何も言えない。
出来るのは、彼女に喜ぶ自分を見せるだけだった。
「失礼。以前よりも比にならないほど賑わっているみたいだけど、どうかされたの?」
ヴェロニカがいきなり言った。
「はい。高貴な方が宣伝して下さって」
にこやかに店長は答える。
ヴェロニカは「高貴な方って?」とさらに質問する。
──高貴って、もしかしてティア皇女かな?
でも、いくら皇族とはいえ、皇女がファッションリーダーになるには少し幼すぎる気もする。
私がそんな事をぼんやりと思うっていると、店長はふふっと笑って答える。
「今話題の聖女様です。以前、ミンディ様と入れ替わりに入って来たのを覚えていますか?あの時からご贔屓にしてくださって。狩猟大会にでも着用して頂けました」
国民が崇めている聖女が行きつけの洋装店となれば、浮き足立つのも無理はない。
だけど、私のその話を聞いてヒヤリとした。
──そうだ。あの服…
忘れかけていたものを思い出す。
「なるほど、そうなのね」
ヴェロニカはどこか納得した様子で店内を眺める。
私もそれに釣られて辺りを見回すと、どこか見覚えのある彩りや、デザインのものが並んでいる。
そして、私の好きなガウチョパンツも並んでいた。
「…」
私はそれを見て黙り込んだ。
すると店長が私に頭を下げる。
「ミンディ様のお陰です。ミンディ様との服がどれも聖女様に気に入っていただけて、しかもそれが評判になって…本来なら、ミンディ様のドレスだって徹夜で仕上げたいのですが……、新しい出資者の方が………」
店長は口籠る。
前にも出資者の話をした気がする。
その関連の話かなと私は少し聞いてみた。
「新しい出資者?」
「はい。ちょっと前に元の出資者の方に色々とあって、援助が受けられなかったんです。そこ方から材料を安く仕入れていたので、一時期困ってたこともあって……」
「そんなことが?大変でしたね…じゃあこの前来たときも?」
「えぇ、あのすぐ後に……」
少し寂しそうな顔をした彼女は、それを振り払うように顔をあげる。
「だから、聖女様が来て下さって、本当に助かりました。聖女様の力が分かってから、新しい出資者の方も現れて、事業も拡大出来て、聖女様の御用達だって広がり始めて…本当にありがたいことで」
ほっとしたような顔の彼女を見る限り、その時は彼女も追い詰められていたんだろうと思う。
──大変な時に力になれないくせに、レイナに嫉妬して…
彼女の話を聞いて恥ずかしくなった。
また奪われるとか思ってしまった。
グッと唇を噛み締め、自分を戒める。
「そうでしたか、大変でしたね…」
私がそう言うと、力のない笑みが返って来た。
「えぇ、元の支援者の方…、彼が問題に巻き込まれてしまって」
「問題?」
「かなり危ないことに手を出したみたいなんです」
「危ないことって?」
つい、興味から聞いてしまった私に、店長は少し躊躇ったが、私のオーダーを断った罪悪感からか事情を口にし始めた。
「詳しくは私もよく分からないんです。今も調査されているみたいで、屋敷で監視されているとか」
暗い表情の彼女を見ていると、その出資者と彼女が普通の関係ではないのはすぐに分かる。
「それは心配ですね…」
私がそう言うと、彼女は力なく首を振った。
「いいえ、心配だなんて……そんな関係ではないんですよ。彼には奥様もいますかろ。ただ、小さい頃からの付き合いで……申し訳なくは思います」
それ以上は言えないのか、複雑な表情のまま黙り込んだ。
私もそれ以上聞かなかった。
「ミンディ様、本当に申し訳ございません」
店長は再度私に頭を下げる。
「店が繁盛しているのもミンディ様のおかげなのに…」
「そう言って頂けるだけで十分です」
私もそれ以上言うことがなくて、彼女が気にしないように笑うだけだった。
私が役に立っているって言ってもらえた。
レイナじゃなくて、私が彼女と作ったものだって分かってくれている。
結局、そこでのオーダーは諦めて店を出る事にした。
店長は私に気を遣って、新作のハンカチをプレゼントしてくれた。
なんだか申し訳なくて、何度か断ったが、彼女も引き下がってはくれない。
収集がつかないので、結局、彼女の気持ちが収まるならとそのを受け取ることにした。
レイナにお気に入りをまたしても奪われた気がしたけど、私は前世より気が落ち込んでいなかった。
「服なんて結局沢山に着てもらってなんぼよね」
店を出てから、私が呟くと、ヴェロニカは周囲を見渡した。
「本当にそうかしら?」
意味深にヴェロニカが言った。
私はヴェロニカへ顔を向けると、ヴェロニカは顎で前の方を見るように私に促す。
私は指示されるがまま顔を向けると、目に入ったのはガウチョパンツを履いている女性たち。
「最近、聖女ファッションだなんて、彼女の服装が流行ってるのを知らなかった?」
「全然…」
前よりも色とりどりの服を来た人々が街を往来している。
それだけでも街に活気が溢れている。
確かに最近は、単色でコーディネイトしがちだった人たちが様々な色を組み合わせるようになったんとかは思っていた。
思っていたけど、時代の流れかな的な感じで受け流していた。
「まさか、店でヴェロニカが『なるほど』って納得してたのって、これの事?」
「そうよ。ミミが着ていたのと類似してたから、どこかで繋がってるとは思ったけど。まさか、あの時のがきっかけだったとはね」
「…」
「聖女は形式のように定着していた流行さえも変えたって言われているわよ。彼女の新しい感性はこれからも我々に新たなものを与えるだろうってね」
私が黙っていると、ヴェロニカは更に追い討ちをかける。
その言い方はいつもの揶揄うものとは違って、アナウンサーみたいにただ情報を読み上げているようだった。
──嘘だ…
既にそれはレイナのものになっている。
ただレイナが行きつけの店だってだけで評判になっていただけではなかった。
彼女の服装そのものが評判になっていたんだ。
その事実に愕然としていると、ヴェロニカがそんな私を見て尋ねてくる。
「ミミ、貴方、聖女に何か恨まれるような事をしたの?」
「え?」
「ノア公子に、この件、まるでミミを狙ってるようにしか思えないわ。それに、ミミの話を聞いてる限り、聖女は貴方を目の敵にしているように見えるし」
やっぱりそう見えるのか。
私が思うだけじゃなく、他人からもそう見えるって事に少しだけ安堵する。
でも、やっぱり得体のしれない嫌な感じは残る。
「…さぁ、分からない。聖女はノアが好きだから…とか?」
「それだけ?恋敵だからって、服装を真似る事あるかしら?」
「ノアの好みだと思ったとか?」
「ミミは想像力が豊かなのか、乏しいのか分からないわね。あぁ、偏ってるって言えばいいのかしら?」
ヴェロニカは、私を白い目で見る。
そこまで馬鹿なことは言っていないのにと私はヴェロニカに噛み付く。
「何よ」
「ミミの話を聞く限り、聖女はプライドが高いのは明らかでしょ?」
「プライド?」
いや、レイナはそんなタイプじゃない。
みんなから愛されるカリスマって感じで──そう思っていると、ヴェロニカが呆れた顔をする。
「彼女、自分の意見が曲げられないタイプの人種よ。きっと自分の過ちは認めることが出来なくて、何かあれば全部人のせい。自分は正義だって信じて疑ってないのよ」
ベラベラとヴェロニカが分析を語る。
その内容はどれも思い当たることがあって、私は目を丸めて聞くだけだった。
「そんな彼女に惹かれる人達は全く理解できないけど、その考えに汚染されてるなら、周囲の人間も厄介なのは仕方ないわね」
そう言われて、私は納得した。
誰もがレイナを前にして否定したことがなかったから、そんなの思ったことがなかった。
確かにあの時、私はレイナが間違いだと思った。
でも、それに誰も気づかなくて、それがもどかしかった。
──私もレイナが正しいってどこか思ってたのかも…
前世では自分はそれに反発する意見だと自覚していたけど、世間的にはレイナが正しく見えることに違和感を覚えたことは僅かだった。
「ミミは素直すぎるわ。質の悪い人間を知らないのよ」
そう言われて、私も流石に言い返す。
「そんなことないよ。小さい頃から私が嫌われ者だったのは知ってるでしょ?」
「えぇ、でも考え方がまだミルク臭いわ」
ヴェロニカはそう言って、私に向かって扇を仰ぐ。
腹たつなと思いながらも、何も言い返せない。
さっきまでヴェロニカの言うことに気づけなかったから。
「…」
「だって、さっきの店の人間との会話で、ミミは何も思わなかったでしょ?」
「何もって?そりゃ、力にはなれないとか思ったけど──」
「そこじゃないわ」
クスリとヴェロニカは笑って、馬車に乗り込む。
「ここで例の新しい投資家に見つかったらいけないからいきましょう」
「見つかったらいけないって?」
「いいから乗りなさい」
ヴェロニカに言われて、訳が分からないまま私も馬車に乗り込む。
ヴェロニカの家の馬車は最高だ。
フカフカのクッションでお尻が痛くない。
「それで、何?」
私は馬車が動き出すとヴェロニカに尋ねる。
ヴェロニカは意味深に笑みを見せてきた。
この表情には腹が立つけど、ヴェロニカの言う事には間違いがないから、何も言い返せない。
「ミミ、婚約式はいつの予定なの?まだ招待状は届いてないけど」
ヴェロニカが私に尋ねる。
私は話を逸らされた気分になりながらも答える。
「ノアが討伐から帰ってきてから、1ヶ月後ぐらいかな」
「そう…」
ヴェロニカはそれを聞いて少し考える素振りを見せる。
「何にしろ時間がないわね。2週間で仕上げてくれる店を探すわよ」
ヴェロニカはそう言うと、従者に指示を出し行き先を決める。
「私の懇意にしてる店に行きましょう。素材も最高級品だから文句なしよ」
「え、ちょっと待って。それ、予算オーバーの可能性があるんだけど!」
「あら、デネブレの公爵はそんなにケチなの?」
「違うよ!安く抑えれるものは抑えたいだけなの!必要最低限で十分だよ!」
私がそう言うと、ヴェロニカは私を訝しむような目を向ける。
「前から思ってたけど、ミミって本当に貴族の生まれ?自分の婚約式ぐらいはマウント取らないとこの先やっていけないわよ?」
「別にそんなマウントに興味ないよ」
「貴方、自分が公爵家の顔になるのを忘れてない?」
「う゛っ…」
「結論は出たわね。行くわよ」
ヴェロニカはさっさと結論を出すと、素材の種類についてベラベラと話し始めた。
卒倒しそうな素材ばかりで、私は頭が痛い。
そんなのティア皇女の衣装部屋でも奥の方で厳重に管理されてるやつだよ。
「てか、そんな急ぐ必要ないんだけど」
私がそう訴えると、ヴェロニカはまたしても意味深な顔をした。
「あら、人生何が起こるか分からないわよ?」
「分からないって?」
「例えば、婚約式の前に早急に何かしらのパーティーが行われるとかね」
「何それ?それなら今までのをリメイクすればいいじゃん」
「言ったでしょ?マウントは取れる時に取るものよ」
そう言って、ヴェロニカは事業の資料なのか、何かを広げでそう語り始めた。
──なんなのよ…
ヴェロニカの言い分は全く分からない。
早急に作りたいとは言ったが、ヴェロニカの言う2週間はあまりにも短い。
何を基準に算出したのか私にはさっぱりだ。
だから、私は首を傾げながら、結局ヴェロニカはあの店で何に気づいたのか考えた。
今はそっちの方が気になった。
──え?あの会話、何かあったけ?
前の出資者の話だろうか。
そう考えているうちに、ヴェロニカのオススメの店に着いてしまった。
それ以降は、超高額の煌びやかな服ですっかり忘れてしまった。
そして、数日後。
ヴェロニカが言っていた2週間の意味が分かった。
『聖女レイナが持つ新たな力、能力強化によって、魔物の討伐に成功』
そんな情報が帝国中に回った。
自分たちを新たに守ってくれるその力で人々は更に沸き上がる。
タダでさせお祭りモードの帝都で、討伐成功を祝う凱旋式が行われるようになった。




