12
嫌な予感をしながら、私は誘われるがまま着席することとなった。
複雑な心境のまま私はレイナ達の会話を聞いているのみ。
「今日の服装もとても素敵ですわ」
令嬢達がレイナをまた褒め始める。
レイナの服装は今日もどこ見覚えのあるもの。
──なんで、私の持ってる服ばっか…
この世界には大量のデザインがある。
なのに、レイナはわざわざ私の持っている服ばかりを選ぶ。
「あら、もしかして…レイナ様はコルセットをしてませんの?」
「そうだよ。苦しくって苦手なの」
レイナは苦笑いで言った。
私はハッとしてレイナの服を改めて眺める。
ゆったりとしている服だが、腰部分に切り替えを作りリボンで締めてある。
コルセットでガチガチで締めるより、ベルトでちょっと止めてる程度だからリラックスできるもの。
「…」
私には覚えのあるデザインだった。
コルセットが主流になる前のデザインだから、きている人がいてもおかしくない。
おかしくはないけど、私に覚えのあるものばかり着ているレイナに疑いの目を向けてしまう。
じわじわと迫り来るものを感じてしまう。
「素敵ですわ」
「コルセットなしでそんな美しくなるなんて…」
「さすがレイナ様ですわ」
レイナへの賛辞は止まらない。
「あ、そうだ。今日はいいものを用意したんだ」
レイナは立ち上がる。
「ベイリー、用意できてる?」
レイナが例の侍女に声をかける。
「はい。こちらです」
侍女はレイナに満面の笑みを向けて、奥の部屋に目を向けた。
レイナは「みんなちょっと待っててね」と声をかけると侍女と共にその部屋に入っていく。
令嬢達はレイナを愛しそうな目で見届け、レイナが姿を消すとまた話を始めた。
「動物にまでもお優しい方ですのよ?この前なんてね──」
レイナの誉め殺しの会。
私だけ蚊帳の外でそれを無表情で聞くだけ。
誰も私に目を向けたりはしない。
まるで透明人間にでもなったような感覚。
──そうだ。私はこの輪に入れないんだ…
入りたいわけではないが、前世でも自分が透明人間化した事を思い出す。
「でも、中には人と同じでレイナ様の良さを理解できない動物だっていますの」
誰かがそう言った。
すると、今まで放置されていた私の方へ幾つかの目が向いた。
──え…何?
私は体を強張らせる。
こんな一度に敵意を向けられることなんて…あの日以来。
「ほら、楽団で飼ってるって猫。あの猫はレイナ様の手を引っ掻いたのですよ?」
「まぁ!」
「レイナ様を傷つけるだなんて…」
「えぇ、噛み付くかのような勢いで、処分すべきだと楽団に抗議しましたわ」
そんな話で盛り上がり始める。
処分という言葉に私は胸が痛くなる。
──そんな凶暴な猫じゃないのに…
まさか本当に処分されていないだろうかと私は不安になる。
最近会ったのは2・3日前だが、その間に何かあってもおかしくはない。
「猫は言葉も理解できないから仕方ないとして、人ならどうしようもないと思いませんか?」
1人がそんな事を言い出した。
「そういえば、この前のお茶会でもレイナ様に意見した不届き者がいましたわ」
目が私を殺そうとしている。
私だとはっきり言ってくれればいいのに、周りから攻められてくる感じが余計に居心地の悪さを感じる。
この人たちにとって私は敵なんだ。
あのお茶会での件がダメだったみたい。
──意見するだけもダメってこと?
彼女達はどう見ても盲目的にレイナを支持している様に見える。
チラリとマリッサさんを見れば、マリッサさんは笑顔のまま彼女達の話を聞いていた。
「私、あのお茶会でレイナ様に声をかけていただいて、本当に救われたんです」
マリッサさんがそう言って、彼女達の輪に加わる。
確かにあの茶会にはマリッサさんもいた。
また彼女達はレイナの話で盛り上がり始める。
こうなれば、笑顔で頷く事もできない空気なので、私はやっぱり押し黙るだけ。
しばらくすると、レイナが戻ってきた。
「これ、私が見つけたの!」
レイナがワゴンを押してやってくる。
ベイリーと呼ばれた侍女が「私がしますっ」と追いかけてくるも、レイナは「いいのいいの」と運ぶ。
──この匂い…
レイナが推してきたワゴンにはティーセットが載っていて、そこから漂う匂いに覚えがあった。
爽やかなスッキリとした香り…
「これ、私の世界ではミントって言ってね、こうやって煎じて飲むんだ」
レイナはそう言って、ティーカップにそれを注ぐ。
さらにその香りは引き立って、部屋中がその香りに包まれる。
リフレッシュにはもってこいのその香りに皆が誘われる。
「まぁ!ミンタの香りですわね」
「香料としてはよく使いますけど、食べれるなんて知りませんでしたわ」
「えぇ、食事で使うなんて聞いたことがありませんでしたわ」
令嬢達は興味深々で口々に言った。
「そうなの!」
レイナは彼女達の反応に満足げな様子で、嬉しそうに説明を始めた。
「私の世界では香りでも使ってたけど、食べたり飲んだりしてたんだよ?チョコミント味とかあってね。お城に沢山生殖してて、見つけたの」
レイナがそういえば、令嬢達はすぐさまレイナを褒め称える。
「まぁ、レイナ様は博識ですのね」
「さすがですわ」
「レイナ様のおかげで、我が国の文化が発展しそうですわ」
茶番劇が目の前で繰り広げられる。
──確かに私もミントとミンタは似てるって思ったけど…
それを考えながら、ノアと話したことあるなと記憶を辿る。
──なんだっけ…あ、そうだ。香料としてしか使えないって…
そこまで思い出せば十分だった。
私はハッとしてミンタ茶が注がれたティーカップを配り始めたレイナを止めた。
「それを飲んではいけませんっ!」
立ち上がって、レイナに叫ぶ。
レイナも突然私が立ち上がった事に驚き動きを止める。
「どうしたの?ミンディさん」
レイナは不思議そうに私に問いかける。
私はできるだけ冷静に話そうと一旦深呼吸をした。
「…それは毒です。ミンタは香りだけを楽しむことしかできません。触れるのも危険なものです」
「「「!!」」」
ノアがそう言っていた。
だから香料でしか使っちゃいけない。
「危険なのですぐに処分したほうがいいです」
私がそう言ったら、レイナは驚いて持っていたティーカップを見つめる。
「でも…これは絶対ミントだよ?見た目も香りも間違いないし、私の世界ではミントは普通に食べ物として扱ってたもの」
レイナは私の言った事が信じられないようでそう言い返す。
「聖女様の世界ではそうだったかもしれませんが、この国では有毒なんです」
ここで引っ込んでいたら人命に関わる。
私はレイナがなんと言おうと引き下がるつもりもなかった。
私はツカツカと歩いてレイナからティーカップを取り上げる。
「これを早く処分して。食器も危険なのでこのまま捨てて」
私はレイナの後ろに控えていたベイリーに言った。
だけど、ベイリーはそんな私を鼻で笑った。
「田舎の下級貴族如きが命令なしないで。私はレイナ様の侍女よ」
私を睨みながら言った。
彼女はいいところの出なのかもしれないけど、侍女が女官にそんな口を聞いていいのか。
「だいたい、貴方が言ったのは本当なの?レイナ様の言っている事が間違いだとでも?あ、そうでしたね。貴方はティア皇女との食事の席でもレイナ様を批判していましたね」
ベイリーが私を睨みつけながら言った。
すると、ベイリーの言葉に反応して驚いていた令嬢達の表情も変わる。
「まさか…レイナ様に恥をかかそうとでも?」
「自分がなれないからって人を陥れる、そういう人っているのよね」
令嬢達は口々に言い始める。
先ほどから繰り返され続ける光景に私はうんざりしてくる。
「今、聖女様の勧めたものが本当に毒ではないって確証もありません。正確にどんな毒なのかは分かりませんが、毒である可能性があるんです。とにかく、確認してから飲むかどうか決めたほうがいいです」
私を信じて欲しいわけじゃない。
ただ、これを飲んで欲しくないだけ。
きっと丁寧に言っても彼らに伝わらないと察して、私は苛立ちながら言った。
下手にでて話しても、結局こうやって舐められた態度を取られるだけだ。
「でも、私の世界じゃ、本当にっ──」
「貴方の世界とこの世界は別物でしょ!?」
レイナはそれでも反論しようとしてくる姿勢に私の意図がプッツンと切れた。
「なら、どうぞみなさん飲んでください」
私はそう言って、自分がレイナから取り上げたティーカップをベイリーに押し付けた。
「私は忠告しましたし、毒である可能性は十分あるって皆さんは認識しているはずです。それでも、飲むと言うのなら仕方ないですよね。だって、毒を飲んで症状が出たり…もしくは死んだとしてもあなた方の責任ですから。あぁ、レイナ様も責任はありますよね」
自分でもよくこんな非情な言葉が出るなとか思った。
けど、一回プッツンと来たら口がどうにも止まらない。
悪い癖だと思うけど、今はそんな事考えている余裕なんてない。
レイナの自分の考えを曲げない行動にはうんざりだし、そのレイナを盲目的に信じすぎている彼女達にもうんざりだ。
なんでもっと考えられないのか。一度立ち止まって人の話を聞いて考えればいいだけなのに。
それができない彼女達がバカらしくてならない。
そしてそんな彼女達に振り回されている事に一番の腹立たしさを感じる。
そう言うと、幾人かの令嬢達はためらいを見せた。
彼女達はさっきから笑顔で話を聞いていただけで、あとは穏やかじゃない会話に表情を曇らせていた人たち。
よく見れば、レイナのすぐそばを取り巻いている令嬢はさっきから私に攻撃的だけど他の人たちは状況によって違う表情を見せている。
──それでも、多少は私にいい印象を持ってない人が多いみたい
彼女らを観察しながら思う。
中にはこの人たち変じゃない?って顔の人もいるけど。
──人って好きなものより嫌いなもののを共感するほうが結束力が強まるとか聞いたことあるな…
それは自分の嫌いって感情を正当化できるから。
嫌うのは自分が嫌なやつだからじゃない、皆んなそうなんだって肯定できれば悪いのは自分じゃないくてその嫌っている対象になるから。
──でも、ただ嫌いってだけで考えるのさえ止めるのは違うでしょ…
苛立ちで、その場に流されている人たちにも怒りが込み上げる。
そんな怒りを噛み締めていると、レイナがつぶやいた。
「…まるで我が儘な子どもみたい」
「は?」
突然の言葉に私は開いた口が塞がらなかった。
──今、なんて?
「だってそうでしょ?皆んなに自分の意見が受け入れられないからって、そんな風に言って…。ただ、自分が間違ってないって認めたくないだけじゃない」
レイナは勇気あるヒロインのように私に訴える。
「ノア様の事もそうよ。相手にされないからって、いろんな男の人と話して気を惹こうとしてるんでしょ?」
「はい?」
さらに口が開いた。
もう、なんの話か分からない。
「とぼけても無駄よっ!」
ベイリーが私に喰ってかかるかのように叫ぶ。
「この前見ましたわ。狩猟大会では皇太子殿下の気を惹こうとティア殿下を利用して近づいてたわ。それに、最近もわざと荷物運びを手伝わせて、騎士の方に近づこうとしていたわっ!」
ベイリーが勝ち誇ったような顔で言ってのける。
周りの令嬢体は「まぁ!!」って驚愕の表情を浮かべていた。
──おい、おい…
皇太子はティア皇女目的に近づいてきたし、きっと騎士の話はアーノルドさん。
てか、まさかあの時の人影はお前かいってツッコミたくもなった。
「いや、それは普通に誤解です。皆さんに聞いてみて下さい」
「誤魔化したって無駄よっ!」
さっきから無駄無駄と言い続けるベイリー。
盲目的にレイナを信じているのはいいけど、頭から話を否定されては進みようがない。
キレていたけど、頭がクールダウンしてくる。
──何なのよ…
そんな話はミンタと何も関係ない。
もう、後味は悪いけど彼らが死のうがどうしようか関係ないかとか思ってくる。
──このまま退出してしまえは終わるのならそれでいっか。
人命よりも、面倒のほうが優ってくる。
すると、大人しく動向を見ていたマリッサさんが「あっ!」と声を上げた。
「そういえば…さっき私が会う前、ミンディさんが何人かの男性と話している姿を見ました……」
マリッサさんは申し訳なさそうに口を開いた。
マリッサさんの言葉で一瞬固まったが、私はすぐに正気を取り戻す。
──いやいや、あの時話してた人は違うでしょ
「それはデネブレ公爵です。ノアのお父さんと話して何が悪いのでしょうか?」
勢いのままノア呼びにしてしまったけど、ここはよしとしよう。
「それはそうよね…」
「婚約者だもの…」
複雑な表情を浮かべていた人が少しだけ呟く。
だよね。
私をレイナと一緒に攻めてる人たちはそれを忘れてない?
てか、知ってるのかな?結構話題になってる自覚はあるんだけど。
──いや、それでも、マリッサさんは知ってるじゃん
そう思ってマリッサさんに目を向けると同時にマリッサさんも私に問いかける。
「いえ、その…私が聞きたいのは、その前にも誰かと話してませんでした?」
「え?」
「公爵の前ですよ。その前に誰かと話しているのをみたきがするのですが…」
「あぁ…それは……」
そう言いかけて言葉を詰まらせた。
ここでチェイスの名前を出していいのだろうか。
ざっと令嬢達を見る。
どこからスコットレット伯爵に話が伝わるか分からない。
──確かに、無闇に話しかけるべきじゃなかった…
つい声をかけたのは失敗だった。
「貴族の御子息のようでしたが、私は存じ上げない方ですので分かりません。道を聞かれただけです」
私はチェイスの名前は出すべきじゃないと思って誤魔化すことにした。
「道を?でも随分親密そうでしたけど?」
マリッサさんが聞いてくる。
──この目…
マリッサさんの目には底知れない何かが渦めいているように見えた。
やっぱり警戒するべきだった。
あの直感は正解だったと再認識する。
「嘘を吐けば吐くだけボロが出るわよ」
すると、ベイリーの蔑んだ目が私の方へ向く。
「貴方が阿婆擦れなのはよく分かってるのよ。さっきからレイナ様を批判するのも、公子と親しいレイナ様に嫉妬してるからでしょ?」
私を馬鹿にしたように顎をぐいっと上に向ける。
そして、最後の締めくくりをするかのようにレイナが一歩出てこちらに顔を向ける。
「そんな事をしても無意味だと思う。いくら自分の望まない状況でも、思い通りにならない事はたくさんある。ミンディさんはそれを知るべき。知らないと、ミンディさん自身が苦しむ事になるよ」
レイナはまるで私を諭すかのように語る。
その目は純粋で、自分は正義を貫いていると疑っていないものだった。
そして、それを歴史的な素晴らしい瞬間でも見ているかのようなベイリー達の表情。
彼女達の目に私を非難する色が濃くなった。
──本当に来るんじゃなかった…
私は再び後悔した。




