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「今日はね、ノアお兄様とお昼を食べるの!」
ティア皇女が無邪気に言った。
昼食はお付きの女官と食べるのがいつもの恒例。
だけど、お客さんとかがいると邪魔にならないように数人だけ残って、後は別で食べるようになっている。
──ノアが来るのか…
前も何度かこうい機会があったけど、私が同席したことはない。
今回もそうだろうなと思っていると、ティア皇女が私の腕に抱きついた。
「だから、ミミも一緒に食べようね!」
「お?」
いきなりのお誘いに私の目を丸めた。
「『夫と妻は如何なる時も一緒にいないといけない』って!」
ティア皇女がらしくない口調をした。
私がどうしたのかと思っていると、バーリードゥ侯爵夫人が説明をしてくれる。
「昨日の授業の内容です。婚儀について知りたいと、急遽変更したのです」
「そうでしたか…」
花嫁さんに憧れる年頃なのかもしれない。
──そういえば、私って全然結婚願望なかったんだよね…
小さい頃も将来の夢にお嫁さんなんて思ったことなかった。
そんなことを思い出していると、早速ノアが到着した。
ノアは私を見つけると、ポワポワっとした笑顔を見せる。
「お兄様!」
ティア皇女はノアのところに駆け寄って、早くこちらに来るように促す。
ノアは、幼女に振り回されながらこちらにたどり着く。
「お久しぶりです」
ノアはバーリードゥ侯爵夫人に挨拶をする。
「この度はおめでとうございます。こんなに早く公子のめでたい話が聞けるなんて思ってもみませんでした」
「僕もです」
「ふふっ、公爵もさぞお喜びでしょう」
「……そうですね」
ノアがぎこちない笑みを浮かべた。
「もう孫の話までしてきますよ……」
「あら」
「!?」
ノアの発言に気が飛んでいきそうだった。
いきなり孫!
「この手で孫を抱ける機会が巡ってくるなんて思わなかったって…」
そういう話ね。
まだ婚約なのにとか色々と考えちゃったよ。
「ふふっ、子の話で恥ずかしがるなんてまだまだですね」
バーリードゥ侯爵夫人が私に笑いかける。
いつも厳しい侯爵夫人が、ちょっとだけ優しい。
確かに、こうやって正式に婚約してから他人の前で2人でいると変に小っ恥ずかしい。
私は、手と脚の位置も変じゃないかなと変にソワソワしてしまう。
私は頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。
──なんか…くすぐったい……
「約束されていないのは困りますわ。お帰り下さい」
私たちが話をしていると、ティア皇女の宮殿の入り口で揉める声が聞こえた。
1人の声は絶対コーラさん。
みんなで気になって入り口の方へ目をやる。
なんか数人がやって来ていて、コーラさんと衛兵がそれを止めている。
私は振り返って、バーリードゥ夫人に声をかける。
「ちょっと見てきます」
「えぇ、よろしくお願いします」
私は小走りで、コーラさん達の元へ駆け寄る。
コーラさんが相手しているのは、数人の侍女だ。
──どっかのメゾンかしら?
リボンが無いから分からない。
「聖女様を阻む権利が貴方にありません!」
「先にお約束がなければお通しできませんわ」
「貴方っ、聖女様になんてことをっ」
「身を弁えなさいっ!」
彼らの会話を聞いて集団の後ろの方に目をやれば、そこにはレイナがいた。
狩猟大会ぶりのレイナだった。
「殿下の宮殿で何をしているのですか?」
私はできるだけハリのある声を出して彼らに近づいた。
コーラさんは少しホッとした表情をこちらに向ける。
「ミンディさん!」
だけど、私に声をかけてきたのはレイナだった。
レイナが兵とコーラさんの間をすり抜けてこちらにやってくる。
コーラさん達も、流石に聖女を触れるのはどうかと躊躇った。
だって下手したら皇族の冒涜にとながるかもしれないから。
「良かった………」
レイナが心底ホッとした顔でやって来る。
──えぇ……
けど、私は正直、気不味い。
いつもの気不味さに加えて、ノアとの婚約の件がある。
レイナがノアを好きだと分かっている分、私の方が悪者のような気分になる。
けど、そんな私と違ってレイナはいつも通りの表情を浮かべている。
なんの曇りのない表情に、私は余計に後ろめたさを感じた。
「さっきからお願いしているのに通してくれなくて……」
レイナは本当に困ったなと言った表情を浮かべる。
その表情には落ち着きもあって、彼女が譲歩しているのにという空気が漂よう。
「聖女様、何のご用事で?」
「そう!」
私が尋ねると、レイナは両手を胸の当たりで合わせて、花が咲き綻ぶような笑顔を見せた。
「今日はノア様がここでお食事をするって聞いて、私も一緒にしたなって思ったから」
どこから聞いたのか分からないが、当然のようにレイナは言った。
「やっぱりご飯って楽しく食べるのが一番だし、ね?」
「一番って…」
私は絶句した。
だけど、すぐに理解する。
確かに元の世界だったら、それでも良かったかもしれない。
偶々会ったり、合流したりしてそのまま一緒にってありだと思う。
思うけども、ここは違う。
数ヶ月暮らしてそれぐらいも分からないのだろうか。
「聖女様、ここはティア殿下の宮殿です。まずはティア殿下に許しを貰うことが先ではないでしょうか?」
「ティア…あぁ、あの可愛いノアそっくりの女の子」
「その言い方はなんですの?殿下に対して失礼ですわ」
コーラさんが怪訝な顔で言った。
幼女といえども皇族だ。
ただの子ども扱いはだめ。
「でも、あんな小さい子にいい悪いなんてまだ分からないよ。きっと楽しいし、一緒に食べればいいと思う!」
コーラさんの指摘を無視してレイナは言った。
「やっぱり、周りの人がいい環境を作るのがいいよ。そう思うでしょ?」
その環境を作る為に、レイナを断ろうとしているのがなぜ分からないんだ。
「ダメです」と私が言えば、レイナはまた困ったなという顔をした。
「皇族とか王様とかそんなのいつしか関係なくなっちゃうかもしれないのに、拘っていても仕方ないと思う」
「なっ…貴方、なんてことをっ……」
私も絶句したけど、コーラさんほど衝撃を受けなかった。
この前の件があるからだろうか。
それでも、やっぱり彼女はまだこの世界を理解していない。
ヴェロニカがあれだけ釘を刺したのに。
──しようとしないのか、できないのか…
「もっとみんな自由に考えるべきだよ。身分やしきたりで、仲良くなりたい人となれないなんて馬鹿らしいと思う」
「……」
どうしよう。
言う言葉が見つからない。
確かにレイナの発言は一理ある。
そうだね。身分で言えば、私がノアと婚約するなんてありえなかったもの。
大切な人と一緒にいる為には固い考えが邪魔な事もあるだろうよ。
あるだろうけど、これとこれとは別でしょ。
マナーの問題なんだよ。
もっと言えば、無闇にティア皇女が危険に晒されないように管理してるんだよ。
その為の決まりなんだよ!
まだ、身分がバンバンある時代にいう言葉じゃないからね。
考えの自由だって言って、ティア皇女が護衛も付けずに街を遊んで、刺客に襲われたらどうする?
だって、ティア皇女は皇女なんだよ!
って気持ちがあったけど必死に飲み込んだ。
「流石、レイナ様だわっ!」
「素晴らしい考えです!」
レイナのお付きの人たちの中の数人がそんな声を上げた。
「あの方達は自分の役割が分かってませんの……?」
コーラさんは驚愕の表情を浮かべる。
私も同じ気持ちだった。
何の為に異邦人のお付きをしているのか、配属されているのか。
「ね?だから、一緒に食べようよ!私、ノア様と全然会えなくて…寂しくて……」
そう呟くレイナの顔は恋する乙女そのものだった。
お付きの人たちもそんなレイナを見て「まぁっ!」ってため息を漏らす。
──あの、目の前に婚約者がいますけど?
もしやあの日の事がレイナの中で全て消されているのではないか。
そんな考えさえ浮かんでくる。
コーラさんも珍獣を見ているかのような変な顔をしていた。
「ミンディ嬢、何か問題が?」
そこになかなか帰ってこない私を心配してノアがやって来た。
ついでに後ろからティア皇女とバーリードゥ侯爵夫人もついてくる。
「実は──」
「ノア様!」
私の言葉を遮ってレイナがノアの元に駆け寄る。
バーリードゥ侯爵夫人とコーラさんの表情がピキって鳴った。
私も「はぁ?」って思ったよ。
「私も一緒に食べようと思って」
「?」
ノアはいきなりなんだと首を傾げる。
「約束した覚えがないが」
「約束はしてませんが、ノア様に会いたくて」
「?」
「ノア様がここに来るって聞いたら居ても立っても居られなくて……」
「??」
口元に手を当てて、可憐な表情を見せるレイナ。
自然な感じから多分無意識なんだろうけど、それに対してノアの無表情っぷりが……
「僕に何かあるなら、公爵家を通して。ティア殿下の迷惑になる」
ノアは淡々と言った。
すると、レイナはハッとして申し訳なさそうな顔をした。
「迷惑……ですか?」
「…」
ノアの顔は無表情だけど、読み取れた。
「これが迷惑行為以外の何に見えるんだろう…」って心底不思議がってる。
ノアは未知の生命体を軽蔑する前にまず観察し、自分の持った疑問を解消しようとするタイプ。
きっと、今はなんでレイナがこんな言葉を言うのか、今頭をフル回転させている。
──ノア、言葉の意味のまんまだよ
そんな助言をしたくなるが、できないので私は黙り込んだ。
「聖女様、いらっしゃるなら事前にご連絡下さい。それが貴族としてのマナーです」
見かねたバーリードゥ侯爵夫人が口を開く。
「王宮は暮らしの場でありながら、働く場所でもあります。多くの人間がいるからには規則を守り行動して頂かねば、統制できないのです。お分かりいただけますか?」
「で、でも………」
きつくバーリードゥ侯爵夫人は言った。
レイナは納得できていないようだったけど働く場所って言葉が響いたみたい。
結局何も言い返しはしなかった。
すると、バーリードゥ侯爵夫人が、少し間を置いてまた口を開いた。
「ですが、前から殿下と聖女様の話す機会を設けようとは思っていました。本来なら、断るのですが、折角の機会です。ティア殿下がお許しになるのなら、私は構わないかと思います」
バーリードゥ侯爵夫人がそう続けた。
正直、私もコーラさんも追い返す気でいたからびっくり。
「殿下、どうでしょうか?」
バーリードゥ侯爵夫人がティア皇女に尋ねる。
ティア皇女はいきなり話を振られてびっくりしていた。
「えっ…ティアは…ティアは……」
困ってしまっていた。
「今日が嫌でしたら、また日を改めてセッティングしましょうか?」
「え、また?う…うぅ………」
避けては通れないものだと知ると、ティア皇女は頭を抱える。
「分かった。いいよ。今日だけだよ?」
結局、ティア皇女は渋々了承した。
異邦人との交流がティア皇女の経験になるとバーリードゥ侯爵夫人は思っているのだろうか。
「本当に?やった!」
喜ぶレイナを見ると、私はどうしても悪いことが起こる気しかしなかった。
「あっ……」
そんなことを考えていると、レイナの侍女に肩をぶつけられた。
私が声を上げたのに、その侍女は素知らぬ顔で通り抜けていく。
何故かレイナの侍女に私は嫌われている。
『人には波長があるの』
いきなりバビィさんの言葉が浮かんだ。
レイナが人を引き寄せる波長があるって言われれば、私は納得してしまう。
──それにさっきの…
レイナの言葉に賛同する人たち。
どう見てもあの世界と同じ光景だった。
──気を引き締めよう…
私はそう思い直して、顔を上げた。




