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「ミミ!ノアお兄様と結婚、おめでとうっ!」
休み明け、ティア皇女が私の胸に飛び込んできた。
「殿下、まだ婚約の段階ですよ」
ティア皇女に指摘しながら、バーリードゥ侯爵夫人が言った。
そして、私の方を向き直ると、美しい姿勢で軽く会釈した。
「ミンディさん、お慶び申し上げます」
「あ、そんなのやめてくださいっ…」
そんな畏まった挨拶をバーリードゥ侯爵夫人にされるなんて、それこそ恐れ多い。
「将来の公爵夫人ですよ。これぐらい慣れませんと」
「まだ、ただの子爵家の小娘です!」
私が言うと、他の女官の人たちが吹き出した。
「小娘だって…」
「自分で言ってるわ」
「よく分かってるのね」
ケタケタと笑いながら言った。
「なんでそんなに笑うんですかっ!」
私は先輩方を睨みがら私が言うと、クリスティンさんが柔らかに回答してくれた。
「それはね。ミンディさんが女官なら憧れちゃうような出世街道を辿ってるのに、恨めしさが全くないから、ついつい祝福したくなっちゃうのよ」
ご丁寧な説明。
でも、それで私は喜んでいいのだろうか。
「そうよ?貴方だから仕方ないとか思っちゃうの」
「そうそう。貴方の魅力をわかる人がいてよかったわ」
「男性なんて興味ないって顔してたから心配してたのよ」
「ミンディさんを選ぶなんて、やっぱり公子は男としても人としても器が違うわね」
やっぱり喜んではいけない気がする。
「昨日、ご実家で顔合わせをされたのですわよね?」
コーラさんが私に尋ねる。
その通りで、正式に婚約の申し入れが公爵家から届き、パパさんが渋々それを承諾し、昨日になってノアが我が家にやって来た。
お互いの家の顔合わせはまた今度だけど、なんとか一大イベントの一つを乗り越えた。
「それで、どうでしたの?」
コーラさんがぐいっと顔を近づけて来た。
他の人達も興味深々なのか、期待した顔をこちらに向けてくる。
ティア皇女まで。
「どうって、まぁ、普通だと思いますよ?」
「貴方の普通が普通なわけないじゃない」
コーラさんが呆れたように言ってくる。
おい、聞き捨てならないな。
私はムッとして答える。
「お互い挨拶して、食事して終わりですよ」
「もっと詳しい話が欲しいですのよ!」
「欲しいって言われたって…」
私はせがまれて昨日のことを思い浮かべる。
特段、話すことは無かったはず。
*
「なんだ!このナヨナヨした男はっ!」
ノアにパパさんが大声を上げて叫んだ。
「あなた、公子にそんな態度だめじゃない」
ママさんがパパさんを嗜めるも、パパさんはぶんぶんと顔を横に振った。
「い~や、俺は家族の為なら、国だって敵に回したって構わない!身分ごときで大事な娘を手放すような男ではないっ」
パパさんは拳を上に掲げて叫ぶ。
いや、パパさんが構わなくても、私はすっごく構うよ?
ママさんやワイアットだって肩身の狭い思いする可能性もあるよ?
「父上、流石です!」
ワイアットがキラキラした目でパパさんを見つめる。
ここにも、後先を考えない奴がいた。
「あなたったら」
ママさんも全く止める気なし。
今更だけど、うちの家族はどこかずれてる。
「確かに、ミンディ嬢は僕には勿体ない………」
ノアもあからさまに肩を落とし、目に悲しみの影を落とす。
──あぁ!この表情よ!!
つい手を差し伸べたくなっちゃうこの顔。
私はこの顔に一生負け続ける気しかしない。
「ミンディだとっ!?うちの娘を既に名前で呼んでいるのかっ!」
「父上!よくないと思いますっ!」
「ワイアット、お前もそう思うかっ!」
「こいつは僕たちから姉上を奪う悪魔です!」
「何!?」
なんだこの小芝居は。
パパさんとワイアットが2人でノアに敵対心を剥き出しにして、大袈裟な反応を見せ合っている。
正直、娘としても姉としても見るに耐えない。
「申し訳ないです……」
ノアはノアでしょぼくれているし、私はこの状況に頭を痛める。
──せめて一つでもスムーズにいけば…
そう思うのに、叶うものは何一つない。
「あなたもワイアットも元気ねぇ~。あら、お代わりいる?」
既に、カラになっているノアのティーカップをみて、ママさんがおっとりと言った。
どうやら、ママさんは仲介役をしてくれるわけではないみたい。
「あ、ありがとうございます」
「ふふっ、このお菓子は私が作ったの。よかったら沢山食べてね」
ママさんが言うと、ノアは目を輝かせてコクコクと頷いた。
相変わらず、甘いものには目がないみたい。
ノアはまだ騒いでるパパさん達を他所に、目の前のケーキを一口食べる。
「!」
ノアが目を丸めて、そしてとろけるような笑みを溢す。
「すごく……美味しいです」
「あら、本当?」
ノアがあまりにも幸せそうに呟くから、ママさんも優しい笑みを返す。
ママさんも美人だから、ノアと並んでいるとお姉さんが弟に餌付けしているように見える。
──どことなく顔だちが似てる気もするな…
そう思いながら眺めていると、ママさんはノアを見つめながら不思議そうに言った。
「ノアくんはすごい綺麗な顔をしているのね」
ママさんは美味しそうに食べ続けるノアを観察しながら呟く。
ママさんはちゃっかりノアを『くん』呼びしてる。
ノアはそんな事で怒る人間じゃないけどさ、もっと公子の婿に対して遠慮があってもいいと思う。
──ノアもノアで全然気にしないし…
そう、そんなことなんて簡単に許してしまうノア。
ノアはいつだって負けてくれる。争わずに負けてくれる。
だから、私もついノアに負けてしまう。
「ノア、そのケーキとキンキンに冷えたミルクが相性いいの。口の中がすっごくまろやかな感じになるんだよ
?」
私が勧めて、用意してあった牛乳をノアに渡す。
ノアは勧められるがまま口にすると、頬を嬉しそうに赤めてこちらを見た。
「美味しい………」
「でしょ?」
──可愛いな
幸せそうに食べるノアを見ながら私もつい頬が緩む。
確かにノアは綺麗だ。
特に、こんな嬉しそうな顔はレアもので、いつもより輝いているように見える。
目が宝石みたいに輝いていて、白い肌がほんのり赤み帯びていてついつい見惚れてしまう。
「…」
「…」
そういえば、いつの間にか静かになったなと振り返ると、パパさんとワイアットもノアに見惚れていた。
おい。ノアは男だよ?
2人して変なポーズで固まっている。
「あら、ノアくん。ミルクならチョコはどう?確かとっておきが……」
ママさんは更にノアをもてなそうと立ち上がる。
すると、ワイアットがママさんと入れ替わるようにこちらにやってきた。
「母上のお菓子はどれも美味しいですが、この焼き菓子が一番美味しいです。僕はこのブルーベリージャムを乗せるのが最高だと思います」
ワイアットはノアの横に座って、自分好みにカスタマイズしたお菓子を差し出す。
「ありがとう…」
ノアも素直に受け取って、大切そうにそれを口に運ぶ。
「!!」
ノアはまたしても目を輝かせて、さらに一口、もう一口と、上品に食べながらもいい食いっぷりを見せる。
表情だけでさぞかし美味しいのだろうと容易にわかる。
その表情に我が家全員が虜に、そして、我が家のDNAに火を付けた。
「待て、これも美味いぞ。砂糖漬けの果物だがな、これをワインで割って飲むのだっていいんだ!」
パパさんがそれに参加してきた。
「父上、それを飲んだら味がわからなくなります!まずはこのちょっとだけ塩の効いたお菓子を食べて。余計に甘さを感じられて──」
「待って、ワイアット。私はもっと甘酸っぱいものから攻めるべきだと思うわ」
「あら、ならこのチョコは後の方がいいかしら?」
「チョコレートフォンデュなんてどうだ?」
「父上、母上!それなら休憩に、紅茶でスッキリさせるべきです!」
「それなら、生ハーブの紅茶がいいよ!スッキリしていてリセットできる!」
「ミミ、それはいい考えだ!」
「すぐに用意するわね。貴方、果実酒はどこだったかしら?」
「お、そうだ。あ、待て、この前届いた果物があったはずだ」
「僕、どこにあるか分かるよ!」
そう、これが我が家の真骨頂『喜んでくれるのなら全力でもてなす』!
ノアも断ることなく、「ありがとうざいます」と言いながらパクパク食べてくれる。
そして期待通りの反応を見せてくれる。
これほど我が家のおもてなし精神をくすぐってくるものはないだろう。
我がウルグス家は昔から社交界で付き合いが広いわけではなかった。
来客も普通の貴族よりかなり好きな方だ。
だからこそ、おもてなしをするとなると溜まっていた精神が暴走する。
ついつい、手をかけたくなっちゃう。
そして喜ばれることにめっぽう弱い。
来てもらったからには、来てよかったと言ってもらいたい。
喜んでもらえるようにしたい。
ヴェロニカは「貴方の家は義理堅いっていうか…親切っていうか…」と呆れられたことだってある。
私のお節介と言われる性格もここからきているのかもしれない。
そしてそんな精神の人間と、ノアのようにそんな気持ちを素直に受け取る人間の相性は抜群。
おもてなしの心が更に増幅され、無限ループが完成。
家族総動員で、好きならどうぞって、山盛りで持ってくる。
律儀にノアも食べ切ろうとするから、そんなに喜んでくれるならってついついまた出しちゃう。
私もノアの顔を見ていると、もっとしてあげたくなってしまった。
そして、いつの間にか我が家に馴染んだノア。
「…君なら娘を頼めるだろう。君のような息子ができて嬉しいよ」
「僕も、ノア兄上のような方なら姉上を安心して渡せます」
「そうね。2人がいいなら、いいと思うわ」
いつの間にか、ノアとの婚約が受け入れられてしまった。
まぁ、ノアの性格の穏やかさは少し話せばすぐに分かる。
ただ、こういう時って私とノアが両方頑張って認めてもらう感じだと思ってた。
思ってたのに、私のもてなす精神を爆発させている間に、終わってしまうなんて聞いてない。
手こずるのは嫌だから、難なく終わって良かったけどね。
ただ、その帰り道、夕食まで食べたノアが「お腹痛い…」って食べ過ぎで倒れてしまった。
家族全員で反省会をしたのは、初めてのことだった。
*
「まぁ…無事に済みました。家族総出で、デネブレ公爵家にお詫びをした事以外は…」
私が言うと、周りは一斉に吹いた。
「なんで挨拶でそんな事態に?」
「一体何をしたの?」
「ウルグス家ってあまり目立たない家だったけど、中々面白そうね」
「俄然興味が湧いたわ」
みんな好き勝手言って楽しんでいる。
当事者になれば、そんな事言ってられないのに。
「でも、ミミはノアお兄様のお嫁さんになるんでしょ?」
「殿下、まだ気がはやいですよ」
「え~、早く結婚すればいいのに」
「結婚にだって準備はありますから」
ティア皇女は残念そうに言った。
結婚式については一年後ぐらいに挙げれたらいいな程度でしか考えていない。
ノアも「ミンディ嬢の負担にならない時がいい」って慎重にしようとしてくれている。
その気持ちが本当に嬉しい。
その後も、わいわいと質問攻めにあって、やっと解放された。
あんまり聞かないのがルールよなんて言ってたのはどこに行ったんだ。
バリバリに聞かれてしまった。
「あ、クリスティンさん。ちょっといいですか?」
私はノアに頼まれていたことを思い出し、クリスティンさんを呼び止めた。
「あの、これ、報告書が入ってます」
私はノアに頼まれた封筒をクリスティンさんに渡す。
「調査は一旦終了です。例の女性と男爵の仕業って事で発表されることになりました」
私はノアに聞いたことをそのままクリスティンさんに伝える。
結局、チェイスの自白が望めない今は調査は打ち切りという形になった。
公にできる情報を繋げれば、もう解決したと言ってい事件だから。
いまだに中毒症状で悩んでいる人たちはいるし、何より悪の根源であるスコットレット伯爵がのうのうと生きているのは気に食わない。
けど、今はこれ以上打つ手がないのだ。
ただ──
「まだ、解決という判断は出ていません。男爵達の裁判はこれからです」
「僕は初めて、この地位を持っていて良かったと思った」と言ったノアを思い出す。
チェイスを連れて行ったノアはあの後、彼と話していろんな情報を聞き出したらしい。
けど、それはどれも決定的な証拠になるものではなかったと。
それでも、それをノアはデネブレ公爵に託した。
彼の力で、この件を完全に終わりにしてしまうのを止める為に。
「ミンディさん菌がまたうつったのね」
クリスティンさんは私の報告を聞くと、弱々しく笑った。
「ここから先は私も分かりません。けど、デネブレ公爵が引き受けられ、内密に動くらしいです。けど、きっと……」
「うん、ありがとう。私、諦めないわ」
クリスティンさんが私の手を包み込んで言った。
そして私が渡した封筒を抱きしめる。
「だから、貴方もそんな顔しないで。幸せな時は笑わなきゃ勿体無いわ」
優しく微笑むクリスティンさんの笑顔はどことなく力強くなった。
好きな先輩が憧れの先輩へと変わっていく。
──なんで、小説みたいにズバッとできないんだろう……
いろんな人の立場になって余計に複雑になった。
スッキリしないこの件について私はなんとも言えない気分になる。
『君がいたから、僕も見て見ぬふりができなくなってしまった』
ノアがこの話をする時に私に言った言葉だ。
少し悲しそうなのに、言い切った堂々とした彼に私は単純に嬉しくなった。
ノアは何度私を喜ばせるのだろう。
ノアのせいで天狗になっちゃいそうだ。
──けど、もっとノアの自慢になりたい。ノアと一緒に…
私は彼の負担を一緒に背負いたいと思った。
どうやっても、この負担からノアが逃れることはできない。
だってノアが悩むのはいつだってどうしようもないことだから。
だから、私はそれを一緒に背負って、少しでも彼の気分を紛らわしたいと思った。
それはノアだけじゃない。
他の人にも思うことだった。
クリスティンさんの負担をどうにか軽くしたい。
ママさんの言う通り、私は私の世界を大切な人を守る力が欲しいと思った。




