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「あれだけ堂々と話が出ちゃったら、婚約はしなくちゃダメでしょ?」
「僕は別に構わない」
「構わないって、他所様が許さないし、批判されるのは私だよ?」
私とノアは一旦、テントのある方へ戻りながら、今後について話し合う。
何だか勢いで決まってしまった感はあるけど、きっとノアが好きになった時点で手遅れ。
ノアを好きになったら、他の人を好きになるなんて無理な話だと思う。
そして、あの話の流れ的に、私が焦らしてる感じになるのは無理もない。
──だって、ノアの親から図らずも許可を貰っちゃった訳だし…
いいのか悪いのかそんな状況になってしまった。
子爵の私的には一番の難関であるデネブレ公爵を最初に突破してしまったのだ。
「なら、ウルグス家に挨拶に行ってもいい?」
ノアが私に尋ねる。
少し不安そうだ。ノアの難関は私の両親なんだろうね。
「いいよ。反対はされないんじゃない?公爵が許可して下さって、陛下も後押ししてる状況じゃね」
「…ごめん」
私が言うと、ノアがしょげた。
嫌味のつもりじゃなかったけど、ノアにはダメージがあったようだ。
これは失敗。
今は、色々と興奮状態だから、そんなノアを抱きしめたくなる。
けど、まだ理性は働いているので、私はそれをグッと堪える。
「大丈夫、ノアは私が守るよ」
「うん」
ノアには男としての不甲斐なさは感じないのかあっさりと私の言葉を受け入れる。
素直と言うべきか、情けないと言うべきなのか。
ただ、ノアが頼ってくれている。
この感覚は嫌じゃない。
「ほら、あの2人……」
「本当なのか?」
私とノアが一緒に歩いていると、周りからコソコソと声が聞こえた。
「でも、公子って聖女と…」
「ご一緒された姿は建国祭の時だけですわよ」
「噂はあてに出来ないな」
その噂も結構出回っていたのか。
──レイナの事忘れてた…
ふと思い出されるレイナの姿。
皇帝の発言で目があったのまでは記憶している。
でも、それ以降の記憶がない。
──いや、普通に嫌な気分だったよね…
普通はそうだ。
そうに決まっている。
私だったらそうだ。
──かと言って、私が何をすることもないんだけど…
何だろう。
幸せなはずなのに、このもやる感覚…
「嫌われ者のくせに…」
ぽつりと誰かが吐いた。
そういえば、ティア皇女の女官、特に筆頭女官になってから言われなくなったなと思い出す。
昔は散々、言われ続けて、社交界の恥さらしなんて揶揄されたこともあったのに。
ただ、分かるのは、そんな事を言う人達は唯の小物だということ。
さっきのテントでよく分かった。
本当に上に立つ者達には、魔力がないのは些細な事だってこと。
いや、ただ魔力がないだけなら彼らにとって私は無価値だった。
けど、私はティア皇女の女官で、ノアの知人。
彼らには、魔力なしであっても私に何かしらの価値があったのかもしれない。
「精霊が見える人間がこの世にはいるのだろうか」
ノアが唐突に話し始めた。
──何!?
しかも、いつもの静かで穏やかな声と違って、何かを主張するかのような張った声。
私たちにをコソコソと観察していた人たちも、あからさまなノアを注目し始める。
「伝説、神話ではたびたび出てくる精霊は実在するのか、僕は疑問だ」
ノアはそんな周りなどお構いなしに言葉を続ける。
──怒ってる?
突然、ノアが提示して話題は理解できなかったが、何となくそう感じた。
どこか一線を引いたような目。
ノアの機嫌が悪い時と同じ空気だった。
「実際、この世で精霊と契約したなんて言う者がいても、笑いものにされるのが常だ。なのに魔法を使用できないだけで、『精霊の嫌われ者』と揶揄するのはどう考えても論理的ではない」
「ノア…?」
私はノアの行動に目をパチクリとさせた。
ノアは私に話しかけてるかのようで、演説をしている様だった。
──もしかして、さっきの聞こえてた?
私にも聞こえたんだから、ノアに聞こえていてもおかしくはない。
「僕は矛盾した事が嫌いだし、それを考えもせずに口にする人を軽蔑する」
そう言って、ノアは私の背後へ顔を向けた。
さっき、私に嫌味を言った人がいる方向だ。
いつもは丸く優しげに見える目が、鋭く光っているかの様だった。
ノアらしくない、きつい言葉。
私はそんなノアをただじっと見つめた。
「自分の為にも、考えて行動を取るべきだ」
ノアは叩きつけるかのようにいうと、無表情なその顔をさらに冷たくしていた。
刃物を持つことさえ嫌がるノアが、刃物を他人に向けていた。
「あ…っ………」
ノアの冷酷な表情に、怯えた声が漏れる。
私はもっと状況を理解しようと体を翻し、かけたが、ノアが腕を私の背中に回して止めた。
「行こう」
有無を言わせない、圧のある口調でノアが私の背中を押す。
私は後ろ髪をひかれながらも、それに従う。
正直、そこまで気にしなかった。
だって、最近になって彼女達の嫌味はどこか嫉妬が含まれている事に気づいたから。
ノアの隣にいる分、余計に嫉妬が深くなっただけ。
けど、ノアはそれを許さなかった。
許せなかった。
きっと、それは私の為で、言われたことよりもそっちの方が嬉しかった。
ノアは自分の嫌な事はしないのに、私の為にそれをしてくれた。
「あ、あの、ノア…、ありがとう…」
私はノアに伝える。
ノアに触れられたところから、熱が込み上げて、恥ずかしさで口がうまく動かなかった。
動かなかったけど、ぎこちなく私は言葉を紡がせる。
「……ん」
ノアは短く返事をしてこちらを振り向かなかった。
ただ、揺れる髪の隙間から真っ赤になった耳たぶが見える。
それはさっきの緊張なのか、それと恥ずかしさなのか分からない。
分からないけど、私は少しでも自分の気持ちがノアに伝わればいいと、ノアの手を握った。
──私、嫉妬されるほどになったんだ。偉い人達にも価値があるように見えている。
それを再確認する。
自分を好きな自分でいる為に、ノアに好きだと言ってもらえる自分になるために。
私はすでに自分の夢を掴み始めていた。
掴んで、膨らせる事もできる。
私は自分が満たされているのだと実感した。
まだ恥ずかしそうに私を引っ張るノアが余計に愛おしく思えた。
「あ」
そうやって引っ張られていると、私は1人を視界に捉えた。
ノアも私の反応に気づいて、足を止める。
「コーラさん」
私はその人物を呼びながら近寄っていく。
ノアもそれに続いて追いかけてきた。
「コーラさん、もう帰ってきたんですか?」
私は、狩りをしたにはあまりにも早すぎる期間に首を捻る。
コーラさんも私に気づいて振り返る。
「えぇ、今日の獲物は捕まえましたから」
コーラさんが自慢げに自分の手元を目で示す。
「え?捕まえったって………………え゛ぇ!?」
こんなに早くにと不思議に思いながら、コーラさんが示した方へと目を動かすと、驚きの光景に声を荒げた。
今回は驚きとかより、絶叫に近い。
ノアも私の隣で「う゛っ…」て口元を手で押さえた。
だって、コーラさんの足元には人が倒れていた。
その人の足をコーラさんが引きずっているような形で持っている。
「しっ…死体!?」
私は叫びながらも、ノアの目に手を当てる。
ノアが気絶しちゃわいないか心配すぎた。
だって、完全にその人の顔は血の気がなかったから。
「わたくし、こんな場所で人殺しなんてしませんわよっ!」
私が叫ぶと、コーラさんが叫び返してきた。
「ちゃんと生きてますわよ!」
コーラさんが死体を振り回してこちらに見せてくる。
「うっ…うぅ……」
その死体が振り回されて、唸り始めた。
──生きてた…
そう思っていると、その突き出された人物を私はやっと認識した。
「えっ!ナンパ野郎っ…じゃなくて、チェイス!!」
「ん……な、何……?」
さっきまで気絶していたようでチェイスは眩しそうに目を開かせる。
そして、私と目があって、ハッとしたように周囲を見渡す。
「あ、悪魔がっ、悪魔がっ」
そう叫びながら、チェイスは暴れ始める。
だけど、既に手足を縛られて、コーラさんに掴まれている彼は身動きが取れない。
よく見ると、チェイスはボロボロの姿になっている。
ここまでコーラさんにひきずられてきたからだろうか。
「ひぃいいっ!!!!」
そうこうしている内にチェイスはコーラさんを見つけて、さらに取り乱し始めた。
手足を縛られたまま、はって逃げようともがき始める。
だけど、コーラさんの力の方が強くて、全然逃げれてない。
成人男性にびくともしない力強さ。
チェイスは虎に捕まったネズミみたい。
「こっ、殺されるっ!たった助けて!!」
「あら、獲物が逃げそうですわ、やっぱりちゃんと仕留めないとダメですわね」
チェイスが私たちに助けを求めようとすると、コーラさんは懐に刺してあって短剣を抜いて、チェイスに目掛けて突き刺す。
けど、それはチェイスには刺さってなくて、彼の顔のすぐ横の地面に立っていた。
「あら、外してしまいましたわ」
「ゆ、許してっ、許してくれっ!!」
チェイスは気絶寸前の青白い顔で、目を白黒させながら必死に懇願し始める。
コーラさんがチェイスの上に跨っている状態なので、完全にコーラさんがチェイスを襲っている状態。
誰かに目撃されても、決して誤解はないこの状況。
私も、ノアも呆然としてそれを眺めていた。
「乙女の純情を弄んだ罪は死ぬまで償いきれませんわっ!」
「ひぃっ!」
「なぜ避けるのですの!?貴方は己の罪さえも理解できない馬鹿者なのですわねっ!」
「やっ、やめてくれ!!」
コーラさんが短剣を振り回す。
チェイスはそれを首を振ってギリギリのところで躱している。
「すごい。彼にはあんな特技もあったんだ」
ノアなんて感心しちゃってるよ。
「コーラさん、落ち着いて。落ち着いてください!コーラさんが殺人になっちゃいますって!」
「殺しはしませんわっ!簡単に殺してなるものですかっ!」
コーラさんの目がいっちゃってる。
恐ろしくて、私は近づけもしない。
──こわすぎ!!
私が怯えていると、ノアがさっと手をかざす。
「な、止めないでくださいませ!!」
コーラさんの動きが止まった。
しかも、コーラさんの短剣の先がチェイスの鼻の先につきそうだった。
危なかった。
ノアが魔法で動きを止めてくれている。
やっと普通に呼吸ができる。
「あぁ…よかった」
「全然よくありませんわっ!」
コーラさんが噛み付いてきた。
「気持ちは分かりますが、コーラさんが手を汚したらダメですよ!」
「この日の為に私は訓練してきましたの!」
「最初からこれが目的でしたかっ!?」
そういや、目的は果たしたっていってたな。
どんな恐ろしい計画を立ててたんだよ。
「こんな奴がのうのうと生きてるなんて許せませんわっ!」
「それは、そうですけどっ!」
「ミンディさんだって、彼に迷惑していましたわよね!」
「そうだ」
興奮するコーラさんをなんとか落ち着かせようとしていると、いきなりノアが口を開いた。
「あの紙…」
ノアは香り付けされた紙切れを思い出したらしい。
また手をかざして、コーラさんをチェイスから退かさせて、代わりにノアがチェイスの目に前に立った。
「あ、ノアくんじゃないかっ!た、助けてくれっ」
このチェイスの野郎は、ノアが争い事が嫌いな性格なのをよく知っているんだ。
確かったと言わんばかりにノアに話しかける。
──こいつ…
その態度に腹が立って、私は拳を握りしめる。
ガッ
すると、ノアが、チェイスの顔を鷲掴みにした。
「えっ!?」
「まぁ♡」
私がびっくりしたのに反して、コーラさんが嬉しそうに声を上げる。
いつからコーラさんはサディストになったんだ。
「なっ、何をするんだっ!ノアくん、僕だよ!チェイスだよ!チェイス・スコットレットだよっ!」
喚くチェイスにノアが口を開く。
「分かってる」
「分かってるなら離したまえよっ」
「僕のマナが膨大なのは知ってる?」
「は?そんなの有名な話じゃなか…」
いきなりのノアの質問に、チェイスは困惑しながらも答える。
私もなんだろうと黙って見ていた。
「僕は、今まで、マナ切れを起こした事がない。疲れるから、試したことがないんだ。必要もなかったから」
「あ、あぁ…そうだね。君は平和的な人間だ。そんな君を僕は素晴らしいと思うよ?そうだろ?友よ」
チェイスはなんとかして逃れようといろんな胡散臭い言葉を並べる。
彼は口を開けば開くほど残念になる生き物だ。
すると、ノアの次の一言でチェイスの笑顔が固まった。
「唐突に、全力を出したらどうなるのか興味が湧いた」
「え?」
「どうなると思う?」
「っ~~~~~!!!!!や、やめ、やめてくれ!!!!!」
再び、血の気のなくなったチェイスは、ガタガタと震え始めた。
本当に怖いとここまで震えるんだ。
初めて知ったよ。
「なっ、なんでもするからっ!なんでもしますからっ!助けてくださいっ!僕はまだ、死にたくなんだぁああああああ!!」
「何をしているの?」
チェイスが取り乱しすぎて、情けない声を出していると、私たちの背後から声がした。
その声に聞き覚えのある、私とコーラさんは一斉に振り返る。
「クリスティンさん…」
私が呟くと、クリスティンさんが怪訝そうな顔で近寄ってくる。
そして、クリスティンさんは喚いているチェイスを見つけた。
クリスティンさんは眉間にシワを寄せて私達に尋ねる。
「これは、どういうこと?」
「いや、これは…」
「コーラさんが捕まえてきました」なんていってもいいのか、この状況はどう整理するべきなのか分からず、私が吃ると、コーラさんが口を開いた。
「私が捕まえたのですわ!全く反省していない彼に、制裁を加えるために!」
この人、堂々と言っちゃったよ。
これ、下手したら犯罪なんだけど?
「制裁?この人に?」
クリスティンさんは戸惑っている。
すると、クリスティンさんを確認したチェイスがガバッと体を起き上がらせた。
「あっ…」
ノア、迫力があったけど力が弱いのかチェイスに簡単に逃げられる。
「クリス!助けてくれ!彼らが僕に暴行するんだっ!」
「……」
婚約直前になって別れた恋人をまだ愛称で呼ぶチェイス。
瞬時にクリスティンさんの目の温度が氷点下に下がる。
「助けを乞う相手を間違えていませんか?スコットレットさん」
「間違えるだなんて…、僕たちは愛し合っていた仲じゃないかっ!」
必死すぎて、チェイスは自分の過ちを分かっていないみたい。
──あーあ、これはコーラさんに処刑されても仕方ない
この人がどこでのたれ死んでも無関心でいられるなと私は確信した。
チェイスはその後も寒い言葉を重ねるが、氷点下になった空気にやっと気づき始める。
「ま…、ま、まさか……これを仕組んだのは君かっ!?君が僕を恨むあまりにっ!君は一度愛した人間によくこんな事をできるなっ!」
「愛した人を先に裏切ったのは貴方ではなくてっ!?」
コーラさんが仁王立ちで、クリスティンさんとチェイスの間に立った。
チェイスはさっきの恐怖があるからか、コーラさんを見るだけで悲鳴をあげる。
コーラさんをちょっとかっこいいとか思っちゃった。
「クリスティンさんを利用して、名誉を傷つけた。そんな貴方が、軽々しく彼女に話しかけなんでくださいましっ!土下座したって許せませんわよっ!」
おっと決まった。
ノアははっきり言ってるコーラさんを見て「おぉ…」と感嘆している。ノアの素直さは素敵だけど、今はそれじゃない。
「な、何が目的なんだっ!僕の家があの件に関わった証拠なんて…ないだろっ」
「証拠がないだけで、疑いが晴れているわけではありませんわっ!全く関与してないって証拠でもありますのっ!?」
「そ、そんなっ…、僕はっ…」
コーラさんの言葉にチェイスが怯んだ。
「おや?」と思った私が付け加える。
「無事に帰りたいなら、白状した方がいいですよ。戊戌でコーラさんに勝てますか?魔力でノアに勝てますか?」
「っ……」
私が追い討ちをかけると、チェイスは顔を歪ませた。
「そんなの……、しゃべったら、父上が僕を許すはずないじゃないか…」
苦しそうにチェイスが吐いた。
それは今までの気取った言い方ともただ逃れようとする声とも違っていた。
チェイスはチラリとクリスティンさんを見る。
そして、何かを争うように鼻に皺を寄せた。
「僕だって…あれが薬物だなんて知らなかった…。ただ、女性が好む匂いだと聞かされたんだっ…あんな事になるなんて……」
チェイスはモゴモゴと話す。
どうやら罪悪感がないわけではないようだ。
ただ自分が一番可愛いだけの人間なのかも。
「はっきり話しなさいっ!」
「ヒィっ!」
コーラさんが足をドンと鳴らすだけで、チェイスが縮こまる。
「ぼ、僕は、自分を守るためにしただけだっ!父上のいう通りに行動しただけだっ…、あんな、あんなことになるなんて……僕は……」
そう言って、チェイスは頭を抱えて丸め込んだ。
「僕は自分が生きるためにしたんだっ!そうでもしなきゃ、僕はあの家に居場所なんてないんだっ!!」
小さな子どもが何かに耐えるように、地面に縮こまって叫ぶチェイス。
「僕にどうしろってんだっ!少しでも楽に生きたくて何が悪いんだっ!!!」
そんな姿を見て、私たちは複雑な気分になって見つめあった。




