11
私はノアに連れられて、これから狩りに向かう人たちを見送りに、テントが並んでいる場所に向かった。
出発直前まで、女性達は自分たちが刺繍した腕章を渡そうとウジャウジャ男性の方へ集っている。
こういう時、貰えない男性もいるって事が、なんとも生々しい。
──出ないくせにちゃっかり付けちゃってる人もいるのに
それを渡した本人である私は横目でノアを見る。
ノアはなんとも清々しい顔で、出発していく人達を見送っていた。
「ノアは本当に出ないんだね」
期待を裏切らないなと私はむしろ尊敬してくる。
この貴族社会でそこまで自分を貫けるノアは凄い。
「獲物を献上して喜んで欲しいなんて思わないから」
ノアは平然と答える。
ほら、やっぱりノアはブレない。
──これは腕章を受け取ってもらったから…そのせいだ
私は言い訳をしながら、ノアに問いかける。
ノアがどんな風に考えるのかもっと知りたい。
「でも、もし、ノアの好きな人が、狩猟大会の⼥王になりたいとか言ったらどうするの?」
私が問いかけると、ノアは顎を少し引いてちょっと悩み始めた。
けど、すぐに答えてくれた。
「そう思う人は、それを達成できる人と結ばれるべきだ」
「え、好きでも諦めるの?」
「そう言われても興味は持てない」
ノアは完全に言い切った。
ノアは淡白なタイプなのだろうか。
この前もそんな発言をしていた気がする。
「僕は価値観が違うならどうしようもないと思う」
「そんなものなの?」
私はそんなもんなのかと色々と想像してみる。
──ガツガツのノアはノアじゃないもんなぁ
想像しようとしても別人に見えてくる。
なんとなく私はノアの意見に納得した。
いや、納得せざる負えなかった。
それでも頭を悩ませていると、ノアがさらに畳み掛けてくる。
「ミンディ嬢も特には拘らないだろ?」
そう言って私の顔を覗き込む。
「………まぁ、そうだけど」
確かに拘らない。
別に興味がないし、憧れもない。
前世で恋なんてしなくても生きていけるなぁ~なんて思ってぐらいだし。
ヒロイン願望なんてとうの昔に枯れ果てている。
悩む私を見ていたノアは何かを確信したように頷いて、満足げに呟く。
「だから別にいい」
「?」
どこに「だから」がつくのか。
何が「別にいい」のか全く分からない。
「それに、無意味に狩りはしたくない。他の人たちには意味があるかもしれないが、僕には何の意味もない。こういう時、菜食主義者の気持ちが分かる。でも、理解できるだけで、僕は肉や魚を食べる事を拒んだりしないけど」
「あぁ、それは分かるかも。肉も魚も大好きだし、魔獣はこわいから倒して欲しいけどね」
私も納得する。
確かに、酷いのは嫌だ。
別に名誉とかそんなものは必要としないからそう思うだけ。
参加している人たちには、自分たちの力を試したり示したり色んな意味があるのだとは思う。
「うん。だからいい」
ノアはまた言った。
──だから、何がっ…………
「…!!!」
もっとその意味を聞こうと私は口を開きかけたけど止めた。
だって顔を上げたら、ノアがちょっと寂しそうな顔をしていたから。
なんていうか、出発していく彼らを眺めながら哀愁漂う物寂しい、けどどこか優しい目をしていた。
「…彼らみたいな勇気は僕にはない」
──そっか。
私は思い出す。
ノアはきっと命の責任を取るのがこわいんだ。
元々争いが嫌いな上に、責任がのしかかる。
考えすぎだと思う部分はあるけど、それを当然と思わずに考えるのがノア。
──だからノアはノアのままでいいと思っちゃうんだよね
私は未だに握られている自分の手を見つめながら思った。
既に人が多く集まっていて、私とノアが手を繋いでいても誰も気にしていなかった。
──手汗とか気にするのはノアだからだよね…
私は自分の中で高鳴るものを感じながらじっと繋がれている手を見つめた。
少し前までは、この手の中に腕章を持って恥じらいしかなかったのに。
もう既に平気になってしまっている。
──私も現金なやつだなぁ
そう思いながら、それでも今を手放したくないとか思っている。
どこまでよく深いのだろうと思いながらも、私は黙ってノアが離すまでそのまま繋ぎ続けてようと思った。
だけど、そういうわけにはいかない。
「ごめん、そろそろ戻らなきゃ…」
私は自分の職務を思い出す。
今日は、ティア皇女と一緒にいるようにしないといけない。
幾人かの女官の先輩達がいるのだが、今日は他の方々の交流があって席を外すことが多い。
なんでもこの狩猟大会は婚活には欠かせないものらしい。
あんまり知りたいと思ったことないから、詳しいことは分からない。
ともかく、そんな先輩達や弓を持って走り回っているコーラさんに比べて私は暇人なので、ティア皇女のお付きを一日引き受けることになった。
基本的に見ているだけだし、特に苦労はない。
けど、ちょっと今が終わってしまうのが少し寂しい。
「わかった」
私が言うと、ノアはそっと手を離す。
名残惜しいと思うけど、これ以上はただの我が儘。
私にはもう十分だった。
「うん。また後でね」
「うん」
私が言えば、ノアも軽く表情を崩して返事をしてくれた。
こんな表情をしてくれるだけで十分。
そう十分なんだ。
「今日のシャンパンは美味しい」
ノアがついでに言った。
「父が張り切って準備していたものだ。彼らの勇気に応えたいって」
「ふふっ、公爵らしい」
私は笑った。
「うん、だからじっくり味わって」
大会を楽しんでの代わりにノアはそう言った。
この大会はノアには楽しめないものなのに。
私はそのノアの優しさに心を完全に掴まれていた。
ノアなりの楽しみを教えてくれる。
「うん、ありがとう!楽しみ!」
私が笑顔で返すと、ノアは安心したように弾けた笑みを見せた。
それが嬉しくて、私は余計に笑ってしまう。
周りの事をあまり気にせず、私はノアに手を振った。
──ノアの所のシャンパンか!
少し晴れた気分になりながら、そのままノアと別れ、足早にティア皇女の元へ向かう。
「ミミ!」
合流すると、ティア皇女はすぐに私に抱きついてきた。
私はティア皇女を抱き止めて尋ねる。
「殿下、どうされたんですか?」
「さっき、ノアお兄様といたでしょ?」
おっと、目撃されていた。
いや、されるとは思ってたけどね。
──これは、色々とありそうだな
これまでの経験上、これから令嬢達の目が厳しくなるのは目に見えている。
だが、そんなのはノアと付き合っていくなら覚悟の上だ。
覚悟の上で、私はノアと一緒にいたい。
そう思うだけ。
「殿下は、いつの間にか公子と仲直りされたのですね」
私はティア皇女と手を繋ぎながら歩く。
ノアの大きなてからティア皇女の小さな手に代わり、全然違う感覚に何だか心がモゾモゾした。
愛らしいこの小さくて柔らかい手も私の心をくすぐってくる。
「ノアお兄様がね、謝ってくれたから許したの」
子ども相手に真剣に謝るノアの姿が思い浮かぶ。
──謝ったって事はノアに落ち度があったのかな?
私はそう考えながら、自慢げに語るティア皇女を見守る。
「ミミは、まだノアお兄様が好き?」
ティア皇女が私に尋ねてきた。
子どもは正直で直球でこわい。
ここで「好きだなんて…」と濁せば「嫌いなの?」なんて涙目になられるのはちょっと予想できた。
「はい。好きですよ」
私は開き直って答える。
すると、ティア皇女は愛らしい目をさらに輝かせる。
「フィンお兄様よりも?」
──え、どう答えるべき?
私は実の兄と、従兄弟のお兄さんがティア皇女の中でどんなバロメーターか考える。
けど、正解は見つからないので、私は誤魔化す事にした。
「皇太子殿下も素敵な方ですよ」
「なら、どっちが好き?」
「えぇ………」
逃げ場がなくなった。
ド直球な質問に私は困惑する。
「ねぇ、どっち?ミミはどっち?」
「えっと、殿下はどちらが好きですか?」
「ティアはいいの。ミミはどっち?」
どうやら答えるまで離してくれなさそうだ。
「そうですね。私は皇太子殿下とお話しした事が少ないので、殿下の人柄をよく存じ上げません。でも、公子やティア殿下を心から慕っておられるのはよく分かります」
私はゆっくりと語る。
ごまかしは効かないから本心を言うだけ。
ティア皇女はそれを興味深そうに聞いてくれている。
「それに殿下や公子も皇太子殿下の事が好きですよね」
「うん!ティア、いじわるだけどお兄様が好きだよ!ノアお兄様もきっと好きだよ」
ティア皇女は元気よく教えてくれる。
私はその純粋な愛らしさに目を細める。
眩しいし、愛おしい。
「私の好きな人がその人の事を好きで、その人もまた私の好きな方々を愛してくれる。それだけで、皇太子殿下が素敵な方だと私は十分理解できます」
私がそう言うと、ティア皇女はその先を期待する顔でこちらをじっと見つめる。
懸命になっているティア皇女はまたしても眼福。
この世にこれを残せる物が何もないのが本当に悔しい。
「ですが、私は公子とはお友達で、よく知っています。公子とは、皇太子殿下とお会いした回数よりも沢山お話ししました」
「うんうん!」
「私の知る限り、公子は大陸一、よく考える方です。考えて、考えて、人の事まで考えて、本当に尊敬します。でも、公子はとても放っておけないです」
「放っておけないって?」
コテンとティア皇女が首を傾げる。
その仕草はノアにそっくりだった。
「ついつい、気になってしまうのですよ。困ってたら助けたいし、笑ってたら一緒に笑いたい。一緒に色んな事をしたいって思う方です」
「それってずっと一緒にいたいって事?」
「そうですね」
「寝る時も?」
「え?あ、はい…、そうですかね?」
幼女相手にダメな想像を一瞬してしまった。
ティア皇女がそんな事知ってるはずがない。
多分、『ずっと』って表現に釣られて出た言葉だと思う。
こういう時、無駄に正直に返事をするのはよくない。
ワイアットでよく知ってる。
だから、ティア皇女の求める表現を私はそのまま使えばいいはず。
「そっか!そうなんだっ!!」
私が肯定すると、ティア皇女は顔から星々を生み出す。
銀河が一瞬見えたよ。
──かわいいなぁ
喜ぶティア皇女に私は目を細めた。
「ティア?」
そうしていると、皇太子がいきなり現れた。
これから、皇族やお偉いさん達の小さめの食事会が始まる。
私達もその会場に向かっていた途中で皇太子も同じなのだと思う。
「お兄様!」
ティア皇女はすかさず、皇太子の方へ向かう。
私も追いかける。
「おいおい、ドレスで走るなよ」
「お兄様、残念ね!可愛そうだから、ティアが慰めてあげる」
「何だって?」
ティア皇女は皇太子に抱きあげてもらうと、ケタケタと笑って皇太子の首に抱きついた。
「ノアお兄様に、お兄様はまだ勝てないよ!」
「なんの話だ?」
ティア皇女は皇太子の首に抱きつきながら楽しげに揺れている。
皇太子はちょっと苦しそうに、困った顔をしていた。
何だか、申し訳ない。
「殿下、皇太子殿下が苦しそうです…」
申し訳なさで、降りてもらおうと声をかける。
すると、皇太子も私に気づいた。
「あぁ、ウルグス嬢、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「今日は──」
ワァアア!!!!
皇太子と雑談を始めようとした時、近くで歓声が上がった。
私たちもそれに釣られて振り向く。
「聖女様よ!」
誰かが叫んだ。
どよめく視線を辿れば、そこにいたのはレイナ。
私はレイナの姿を見た途端、固まった。
──何で…
私は何度、レイナにそう思うのだろう。
何度思わされるのだろう。
「あれは…スカート?」
「ズボンみたいだけど、なんか違いますね」
「でも何だか素敵…」
「色も鮮やかで」
人々が口々に言った。
レイナは、乗馬用にと私が特注していたパンツと同じデザインのものを履いていた。
それは、ボーイッシュに見えるまだこの国では短いレイナの髪型をより引き立てるような、クールさがあって、可憐なレイナが少し謎めいているように見えた。
彼女の服の配色も、スタイルも私には見覚えがあった。
確か、私が頼んで作ってもらったものばかり。
──自惚れ?
いや、違う。
確かに店の店主と相談して、「面白いですね!」と言ってもらった。
そう、あの店で私が頼んで作ってもらったもの。
レイナは会場に現れて皆の視線を奪っていた。
笑顔でいるレイナはそれに嬉しそうに答えている。
──何で、また…
心がざわつく。
嫌な予感がした。
私は足元から何かが絡み付いてくるような感覚に、呆然とするしかなかった。




