10
そして数日後、ついに狩猟大会の日が来た。
結局、なんだかんだとありながら、無事にその日を迎えることになる。
いや、無事に見えているだけかもしれない。
──呑気な顔して…
私は横目で、やって来た二人組を見る。
一目見るだけで鳥肌が立ってくるような下手にキザな雰囲気のある青年と、ふくよかな体型の中年男性。
──スコットレット親子め
知り合いの人と平気な顔をして談笑をしている2人を私は冷たい目で見つめた。
確かに彼らは無事にこの日を迎えれた。
それがどうしても私には憎らしく感じる。
コーラさんと話した翌日に、葉巻の件が大きく動いた。
それは、葉巻の依存者が発見されたから。
なんと葉巻の流通を止めて以降、幾人かの原因不明の体調不良者が現れた。
それから宮廷医師団と宮廷研究所の合同調査が行われ、レモラの中毒症状であると発見された。
そこまでになってくると、内密に進めるのが難しいのか、結局、葉巻とレモラについて公表されることになり、そうなってくると、ミンタ男爵の罪はまだ確定せずとも、既に悪い評判が出回り始めた。
もちろん、ミンタ男爵は取り調べを受け、既に拘留されている。
けど、スコットレット伯爵家は我関せずで、沈黙を貫いている状況。
どうやら、スコットレットが関連している直接な証拠が何もないらしい。
レモラは確かにスコットレットでしか生息していない植物で間違いはないのに、それがどうやってスコットレット伯爵領からミンタ男爵領まで運ばれたのか全く形跡がないのだ。
ミンタ男爵は薬草の効果もあり、今回の葉巻の事業が成功すると見込んでいたのか、大量に製造している為、何かしらの形で分かっていてもおかしくはない。
だが、証拠がないどころか、ミンタ男爵は裏取引を斡旋している業者から買い占めたと主張し、スコットレット伯爵の関与は否定している。
世の中の反応は半分半分といったところ。
なんせ、国民に信頼されている帝国主義のスノトーラ公爵との合同事業で万能薬を開発したスコットレットの好感度は悪くはないから。
あれで、医療方面で多きな飛躍があったのは確かだし、現に私も何度もお世話になった。
その為、スコットレット伯爵を妬む誰かがミンタ男爵を利用し嵌められたのではないかという噂と、スコットレット伯爵がミンタ男爵身代わりにしているのではないかと様々だ。
はっきりとした真相が発表されず、スコットレット伯爵に関する証拠も出てこないが為に憶測ばかりが飛び交っている。
ノアのお父さん、デネブレ公爵は「下級貴族が後々生き残るためには、罪だって被る必要があるのだよ」と教えてくれた。
ちなみに、クリスティンさんの親族であるシー・ガレ商会は製造法をミンタ男爵に貸した形である為、商品開発はミンタ男爵側の責任ということで、注意勧告で収まっているも、かなりの痛手ではあるらしい。
そのせいで、クリスティンさんは最近休みがちだ。
この前まで元気だった姿が嘘のように、覇気のない様子で心配になる。
チェイス経由でミンタ男爵との仕事を親戚に渡してしまった。
その事実に心を痛めているようだ。
私たちもなんて声をかけていいのか分からず、ただ見守るばかりでいる。
そして腹立たしいのは、この件に関しても、スコットレット伯爵家は内容は知らず、頼まれただけだと主張している。
本当にどこまでもセコイやり方だ。
結局、何もないならそれでいいのにという私の希望はあっけなく消えてしまった。
それなりの盛り上がりを見せながらも、今はミンタ男爵がマリッサさんの件で名誉を回復しようとして焦った結果、なんて見方で収まりつつある。
ノアとマリッサさんの件のように有耶無耶で終わってしまうのではと私は静かに悟っている。
悟るしかない私は凄く不甲斐ない。
「ふぅ…」
「ミンディ・ウルグス、背筋が曲がっています」
私が最近の事を思い出してぼんやりしていると、バーリードゥ侯爵夫人から厳しい声がかかった。
これから始まるというのに少し油断していた。
私は背筋を伸ばし、整える。
ティア皇女は他の同年代の子達と談笑している。
いくら皇女が聡い子だとしても、同年代と一緒に遊んでいればそれなりの年齢の表情をする。
テンションが上がっているようで、ちょっと赤みを帯びたほっぺは大福に覆われてしまったイチゴのようだ。
──ノアがほっぺを触る気持ちが分かる
私はそんな事を思いながら、自分の頬を自分で触る。
──これのどこがいいの?
最近のノアの癖になりつつある、ほっぺぷにぷに。
私の頬のどこにノアは面白みを見つけたのかよく分からない。
断然、ティア皇女の子どもらしいほっぺの方がもちもちのぷにぷにに違いない。
私が「むー」と悩みながらそんな事を考えていると、後ろから声がかかった。
「最近の事が嘘みたいですわね」
その声は絶対コーラさんで、私は振り返りながら「どこ行っていたんですか」と攻めようと口を開く。
朝から姿を見せないコーラさんを私は探していたのだ。
「え、コーラさん、その姿…」
振り返ると、私はコーラさんの姿に驚いた。
いや、服は問題ない。
問題どころか、いつものド派手でごちゃごちゃしたものよりちょっとシンプルかなーってぐらい。
シンプルなドレスの上に、動きやすそうな少し男性的にも見えるジャケットを羽織っていて、それはまるで、貴族の女性が乗馬を嗜なむ時の姿そのもので──
「大会に参加するのですわ!」
コーラさんはペタ胸を突き出して言った。
私の心の中での予想が的中してしまった。
「え、女性も参加できるんですか?」
「特に、ダメってないわよ?確か、昔に女性が参加した事もあるらしいですし、馬に乗って駆け回らなければ大丈夫ですわよ。アーノルドお兄様も勧めてくださってますし」
「えぇ…、本当ですか?」
自信満々に言うコーラさんに私は疑いの眼を向ける。
だって、アーノルドさんはコーラさんに対しては激甘だから信用できないよ。
「遠くに行かないと魔獣とも遭遇しませんし、そこら辺の下級の獲物で我慢しますわ」
我慢しますわって、本気を出せば、普通の強い奴とも戦えるって認識してもいいの?
私が首を捻らせていると、コーラさんは自慢げに、背中にかけてある弓を見せて来た。
「ねぇ、ミンディさん。わたくし悩んでいるのですけど、この弓とクロスボウどちらがいいと思います?アーノルドお兄様は、クロスボウの威力より、わたくしが弓を引く方が威力が出るっていうのですけど、もし怪我人が出た時が困りますし…」
そんなの聞かれても分からない。
私は戸惑いながらコーラさんに質問する。
「……クロスボウでも十分殺傷能力ありますよね?」
「そうですわね」
コーラさんが認める。
「なら、それを超える力ってどんなのだよ!!」って叫びを飲み込んだ私を誰か褒めて欲しい。
弓を手にしたコーラさんに私は余計な事は言わまいと口を固く結ぶ。
──コーラさん、あなたは何者?
この前の重りの事といい、私の中で謎が深まるばかり。
なんで私の周りにはもっとわかりやすい人はいなんだとちょっと泣けてきた。
「それなら、今日はティア殿下のお付きはせずに、獲物を仕留めに?」
「えぇ、そうですわよ。殿下の為にも、功績は残してみせますわ!」
意気込むコーラさんに、私は「頑張ってください」とエールを送るだけだった。
その後、コーラさんと別れて、私は一度、お手洗いにその場を離れる。
──コーラさんはもう渡したって言ってたな…
賑やかな会場から少し離れると、静けさが突然と濃くなった。
そうなると、すぐに考え事をしてしまう。
私はポケットの中に閉まっていた腕章を取り出す。
──コーラさんが参加するなら、コーラさんにあげればよかったかな?
このまま捨ててしまうのはなんだか自分を粗末しているかのような気分になる。
──いや、どう見てもデネブレ公爵家の紋章じゃないか
そんなのをコーラさんにあげてどうする。
コーラさんが困るに決まっているじゃないか。
──しかも、コーラさん私がノアに作ったの知ってるし
失礼な事を考えてしまったと、1人で反省する。
「でもなぁ…」
だったら、これはどうするのか。
私は手元の腕章を見つめながら、ため息を吐いた。
すると、近くを通り過ぎていくご婦人たちの話し声が聞こえた。
「聞きまして?聖女様の事」
「あのお話ですわよね。ノア公子と聖女様が思い合ってるって」
「ノア公子が聖女様のところに頻繁に通われているとか?」
「聖女様も公子には心を許されているそうですわ」
「まぁ、公子は誰にも興味をお示しにならなかったのに…」
「これが運命というものかもしれませんわね」
ご婦人達の話を聞いて私は思わず振り返った。
彼女達はキャッキャッと話を咲かせて歩いて行く。
──ノアとレイナが…
ノアからそんな話は聞いてないし、むしろ面倒がっていた印象がある。
けど、そんな話がいつの間にか広がっていた。
──いや、私もそう思いそうになってたりしたっけ…
状況的にそう思われても仕方ない。
人の内面なんて分かるわけないから、心と行動が一緒だとすぐに思ってしまう。
レイナがノアを頼っているのは確か。
だけど、ノアはその呼び出しを快くは思ってなかった。
──けど、そんな噂が流れてたなんて…
全く知らなかった。
もしかすると、コーラさんは知っていたのかもしれない。
知っていたのかもしれないけどわざと耳に入れなかった可能性もある。
──にしても、今更…
そんな事、もっと前からそうだった。
寧ろ、今の方がレイナの周りには人がいて、ノア以外にも頼る人間はできているのではと思う。
それこそ、侍女なんて少し話だけの私を敵視すぐぐらいレイナを大切にしていた。
そんな状況になってから、ノアとの話が出てくるなんて、今更感が否めない。
私は自分の掌に視線を戻す。
そして、その中にある腕章をもう一度見る。
──私、浮かれるなとか自分に言い聞かせながら浮かれてたんだ…
情けない。
何が、振られるのを覚悟しているだ。
──私も恋を楽しんでたんだな…
片想いが一番楽しいと聞くがそうかもしれない。
勝手に想像して、勝手に凹んで、また勝手に解釈して浮かれる。
選ばれる自信なんてないのに、勝手に思考がいい方ばかり行ってしまって、後戻りができなくなってる。
──フラれた後…その後はどうなるんだろう…
そう考えると、隙間に冷たい風が吹き込んでくるようだった。
夏に向かっているこの時期に、私は肌寒さを感じる。
「ミンディ嬢?」
すると、いきなり視界いっぱいにノアの顔が現れた。
「うわっ!」
驚いて、一歩下がると、ノアも驚いた顔をこちらに向ける。
「大丈夫?」
「あ、いや…うん、び、びっくりしただけ」
私は前髪をさっと下ろして、顔を隠そうとモジモジする。
いきなりだったからすごく変な顔をしていた気がする。
鼻の穴とか広がってなかったかなとか変に気になってくる。
ノアがこちらをじって見ているのがなんとなく分かる。
余計に恥ずかしさが込み上げて、私は顔を俯かせて口を開く。
「あ、の……ここで、どうしたの?」
「それは僕が聞きたかった。君がいたから来ただけだから」
ノアがいつもの覇気のない穏やかな声で言う。
確かにそうだなと私も妙に冷静になる。
「それは、ちょっと考え事を」
「考え事?」
「え、うん。あー、うん。あっ、そう!た、大会!!」
「大会」
「うん……だ、誰が優勝するかな~……とか?」
「?」
ノアがこちらを不思議そうな顔で見てくる。
長いまつ毛で縁取られた目はいつもより余計に丸い。
私はなんだかドギマギして言葉が出てこない。
「あ」
ノアが何かに気づいて様な言葉を発しながら、全く驚いてない声を出す。
「それ」
「あっ!」
ノアが指さしたのは私の手の中のもの。
私はお手本のような声をあげてさっと両手で包んで隠す。
「見せて」
「や、ちょっと、無理」
「なんで?」
まともに聞いて欲しくない時に、ストレートな質問が向けられる。
「諸事情」
「でも、デネブレの紋章が見えた」
──見えてたか…
それはどうしようもない。
下手に隠したところでと思いつつ、私は恥ずかしさを堪えながら手を開く。
ノアはそれを覗き込んでくる。
「~~~~~~~!!」
なんだろう。
恋文でも見せているかのようなこの感覚。
いや、これは恋文みたいなものなのかも。
既に白旗をふりたい気分だった。
「やっぱり、デネブレ狼だ」
ノアはフッと笑みをこぼす。
それは反則だ。
いきなりその甘い笑いはなしだ。
だが、ノアはすぐにその笑みを消して私に顔を向ける。
「これ、もしかして父に渡すやつ?」
ノアは眉間にくっきりと皺を刻ませている。
なんでそんな不快そうな表情なのか分からなくて私は聞き返す。
「え?」
「父がまたミンディ嬢に会ったとか自慢してきた。また変なお願いをしたんじゃ──」
「いやいや。違う!私が勝手に作っちゃって!」
私のおかしな行動のせいでデネブレ公爵が冤罪になってしまうと、焦って主張する。
「気分が浮かれすぎて、ノアが参加しないのを忘れて作っちゃっただけ!」
「僕?」
「あ゛~~~~………」
やらかしたと私は死にそうな恥ずかしさに悶えた。
これ以上下がらないぐらいに頭を垂らし、それを抱える。
最近は冷静さをすぐに失う。
「そっか、僕のだ!」
私の反応にノアも確信したようで、ひょいっと勝手に私の手からそれを取ってしまった。
隠す暇さえ、いや、そんなのを考える余裕さえ私にはなかった。
「ミンディ嬢にそっくりの白銀だ」
ノアが腕章をマジマジと見つめて、言った。
私はもう片手で顔を追って、何も言えずにいる。
喜ぶノアの声に歓喜する余裕はまだない。
まだ恥ずかしさが勝っていて、こんなにも人は壊れるんだ、もう馬鹿なことはしまいと心に誓った。
「私の髪なんて埃色だよ」
落ち着い始めた私は、感激してくれているノアに言った。
──なんだ喜んでるのよ…
嬉しいけど、まだむず痒い。
ただ横目で見ると、目を輝かせているノアを見ると「まぁいいか」と思えてくる。
「埃は輝かない」
ノアが事実を口にする。
それは私の髪が輝いて見えるということだろうか。
──ノアにはそう見えるなら…
そう見て欲しいと思う人に、見てもらえる。
違うかもしれないけど、その一言で簡単に私は満たされる。
「これくれるの?」
既に持っているくせにノアが聞いてくる。
もらってくれる気があるのならと私は頷く。
するとノアはおもちゃを買ってもらった子供のようにそれを嬉しそうな表情を浮かべる。
──なんて顔するのよ
いつもの尻尾が見えてきた。
ノアは牙のない狼だ。
「初代公爵夫人も白銀だったらしい」
ノアが私の腕章を付けながら言った。
つけてくれるんだと思いながら、ノアが不器用に「あれ?」とか言いながら全然付けれてない姿を見て、仕方なく私が手伝う。
「そうなの?」
「うん。曾祖父は、曽祖母に昔から想いを寄せていたとかで」
「へぇ~、確か、デネブレの初代公爵夫人ってどっかの王族だっけ?」
私はノアに腕章を付けてあげると、ノアは隠しようもな満足そうな顔を見せながら私の質問に頷く。
「確かに、この国って白銀の髪色って少ないよね?いるけど、そんなに一般的じゃない気がする」
「グリード国の使者には白銀の髪色が多かった」
ノアに言われて私も思い出してみる。
確かにその通りだ。私よりお母様の様な髪色がよく見えた気がする。
「え、ってことは私もそっちの血が混じっているのかな?」
「どこかで混じっていてもおかしくはない」
それならママさんの方の血筋かなとか考えていると、ラッパの音が聞こえた。
「そろそろ、出ていく時間だ」
もう大会が始まる時間らしい。
これから夕方まで、男性陣は力を振り絞って狩りをすることになる。
乙女達はラストスパートで、アピールをしまくっている頃だろう。
「見送りに行こう」
当然のように私の腕章を付けてくれているノアは私に手を差し伸べる。
私は躊躇うことなく、その手を握った。




