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6歳の誕生日にパパさんが「そろそろミミも魔法を勉強していい頃だからね」とプレゼントしてくれたのは魔鉱石だった。
この世界で、普通に魔法を使える人ってすごく限られた一部の人なんだって。
魔力ってのはそれぞれにあるけど、それを引き出す力のある人はごく僅か。
そういう人は神殿とか国に保護されて手厚く指導して、国に貢献しているらしい。
だけど、ほとんどの人はそれを引き出すほどの能力がないから使えない。
昔は、魔法を使える人を魔法使いとか言って崇めてたりしてたけど、この百年前後で魔鉱石ってものが発見されて以来、誰でも魔法を使えるようになって、その言葉は廃れていった。
なんでも、魔鉱石ってものが体の魔力の循環をよくしてくれる機能があるらしくて──いわゆる魔法使いの杖ってところだと思う。
それでも、それぞれの魔力の大小や、得意不得意があるらしくて、みんながみんな魔法をバンバン使えるわけじゃない。それに魔力を使うのってのは走るのと一緒で体力も消費する。
歩いても大丈夫なところをわざわざ走る人はあんまりいないし、魔鉱石ってのは宝石と一緒で高価。裕福な家庭でしか持てないから、貴族社会でくらいでしか普及してない。
だから、魔法を使えるかどうかってのが貴族の指標の一つになってるし、有能な魔力同士の婚姻も勧められてきたから魔力の強い人ほど身分が高いって言えなくもない。
そこは遺伝的な話もあるみたいで、例外はあるんだって。
そして、私はまんまとその例外になちゃった。
パパさんがくれた魔鉱石を手に取って見ようとした時──パチッという音と共に光る何かが魔鉱石から弾けて飛んできた。
私の手もそれに恥かれて、指先がすごくヒリヒリとした感覚。
静電気が走った様なあの感覚だったと思う。
──何…?
私は手をさすりながら、魔鉱石を見つめるけど、魔鉱石に異変はない。
変だなと思っていると、飛んできたのはママさんだった。
「ミミ!!」
私を抱きしめてサッと魔鉱石から離した。
まだ小さい私はママさんに抱きしめられるとすっぽりと入ってしまった。
視界は遮られているけど、ママさんの体は凄く震えているのはよく分かって──
やっとママさんの腕の中から顔を出せば、目の前にはパパさんの驚いた顔があった。
「これは……」
最初は信じられないという表情をしていたパパさんだったけど、次第に切ない表情に変わった。
そして、震えるママさんに抱きしめられている私の頭を優しく撫でた。
「すまないね。こわかったな…。痛くなかったか?」
パパさんがあまりにも優しい声で聞いてくるから、私は黙って頷くしかなかった。
そんな私にパパさんがゆっくりと説明してくれた。
何が起こったのか、何が原因だったのか──
魔鉱石は魔力の循環をよくする為にある。
まるでパワーストーンみたいに、それを身につけるだけで効果があるんだって。
魔鉱石は持ち主の魔力に反応して循環を促し、そして持ち主に馴染んでいく。
魔鉱石は人間に魔力があるから馴染む。だけど、もし、その人に魔力がなかったら──
それは簡単で馴染むことはできないし、逆に反発してしまう。
さっきの私みたいに。
つまり、私は異世界の特典であるはずの魔力を持ち合わせていなかった。
けど、その事は確かに残念だったけど、私はそこまで落ち込む事は無かった。
気分的にはせっかく遊園地に行ったのにジェットコースターに乗り損ねたぐらい。
だって、転生できただけでも奇跡だから、絶望なんてしない。
──そっか、私、ここでも脇役かぁ~
こういう時って聖女様の力とかあるものだと思ってた。
それで、こっちではめちゃくちゃ重要視される人物ですってのが王道でしょ?
まさかここでも脇役になるとはなと、苦笑いが溢れた。
この時は半分吹っ切れていたと思う。
精神年齢23歳舐めんなよ。こっちはさとり世代の後継者組だったんだ。
17年も続けてきたんだ、今更、脇役がなんだって気分だった。
転生してから本当に楽しかったし、恵まれていた。
私はもっと気持ちが落ち込む事をよく知ってる。
元々魔力ない世界に生きてたんだって、魔力がないくらいどうしたって思ってたけどさ──
「あら、見てくださいなあの方」
「どちらです?」
「ほら、あの埃っぽい髪の──」
くすくすと笑う令嬢たちの声が聞こえる。
彼女達の目の前には豪華なダンスホールが広がり、そこには煌びやかに着飾った人々が踊ったり談笑したりしていた。楽器の音色や、貴族達の談笑の声が響く。今日は有名な公爵家が主催する夜会。私は付き合いでその夜会に参加していた。
6歳の誕生日からさらに11年が経って、私は17歳になった。
前世と同じ歳。なんだか不思議な気分。
私は付き合いだけの参加ともあって、壁の花になってゆっくりと食事を楽しむ。
──おぉ。今日の食事は美味しい
私は呑気に頬張っていた食事に感動するばかり。それぐらいしかする事がない。
別に男性と踊りたいわけではないし、私を交えて会話しようとする人なんていない。
「あれがウルグス子爵家のミンディ様よ」
ねっとりと纏わりつく視線と声は私に向かってきた。
──きた、きた
私は食べ物を咀嚼しながらさりげなくその話を聞いた。
話しかけてはこないが、私にはっきり聞こえる会話は先程の令嬢達は続ける。
別に聞くつもりはないど、逃げるのは悔しい。
「あの『精霊の嫌われ者』っていう子爵令嬢の…?」
令嬢達の中で私を知らない人がいたみたい。
驚いた声を一人が上げた。
『精霊の嫌われ者』
6歳の頃に魔力がないことが発覚して言われるようになった。
この世界はまだまだ神話とか伝説とかが結構信じられている時代。
まぁ、根拠のないものって見えない何かで解決するもんだよね。
それで、伝説の中には魔力の根源は妖精の力ってものがあって、もし魔力を持たない人間がいれば、それは精霊に嫌われた者、つまりは罪を犯した者って事になっている。
罪深い人だから精霊はその人物に力をかさないって判断する。
魔力のない私もそう判断された。
パパさんもママさんも気にする必要がないと、毅然と接するように言った。
決して私を囲んで人目から遠ざけることは無かった。
だけど、何かある時は必ず2人が小さい私の代わりに矢面に立ってくれる。
2人も不安だったろうけど、いつも笑顔で堂々としていた。
私もそんな2人に応えたくて、動じないようにした。
魔鉱石なしじゃ私と同じくせにって毒づきながら対応してた。
けど、世間は甘くない。バビィさんの言った通り。
噂話をする人はどこにでもいるし、それに歯止めをかけることなんて出来ない。
私は結局、なかなかに可愛い容姿をしてるのに、精霊の嫌われ者として敬遠されている。
おかげで、今でも婚約者は不在の身だ。勿論恋だのなんだのとは遠い。
「恥ずかしくないのかしら?私だったら顔を見せるのさえ嫌だわ」
先程の令嬢達は反応を示さない私をどうにかしてやろうとさらに声を重ねる。
──反応したら厄介だからしないだけですぅ~。それに義務だから仕方なくいるんですぅ~
これぐらいなら神様も許してくれるだろうと私は心の中で毒付いた。
大体、こなくていいなら来ていない。
「あら、お気持ちは分かるけど、そんな事言ってわダメよ。私たちまで呪われちゃうわ」
──なるかよ。証明してから言ってよね。めちゃくちゃに呪ってやりたいわ
散々言っておいて今更感が凄い。
呪われると思って噂ができるなんて、そんな勇気があるなら御伽噺に出てくる魔王とでも戦えると思う。能無しなんて放っておいて、世界の瘴気でも浄化してくれ。
「本当に嫌よね。『精霊の嫌われ者』だなんて。平民でも魔力はあるのにねぇ~」
──偶然ってあるらしいよ?平民出身で魔力が王族級に高い人間連れてきてやろうか?歴代の大魔道士の中にも多いですよぉおおお!!!!!
「んだ!」
心で毒付き過ぎて、皿にフォークを突き刺しかけた。
突き刺さりはしないけど、勢いが良過ぎて、音を立ててしまった。
幸い、悪口に夢中で令嬢達は夢中で気づいていない。
そんなこんなで、私はモブからいじめられっ子モブへジョブチェンジしました。