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ヴェロニカの発案で、結局2人で私の家に戻ることになった。
ママさんは「ヴェロニカちゃん!久しぶりね!」と喜んでいたが、その背後でワイアットは威嚇していた。
けど、ヴェロニカが「相変わらず、威勢のいい猫がいるわね。最近、丁度暇だったの」と言えば、ワイアットは自分の部屋に逃げ帰った。
いつか「あの悪魔から姉上を守ります!」と言ってくれた頼もしい弟は消えてしまった。
──ま、気持ちは分かる
自分が女でよかったと思う。
男だったら、ヴェロニカは手加減無しで向かってくるから。
「そうだ、ウルグス夫人もご一緒してくださいませんか?」
ヴェロニカがママさんに提案する。
なんでわざわざなんて思っていると、ヴェロニカがこちらを向いた。
「夫人の方が当時の事をよく知ってるかも知れないでしょ?」
そっかと思い出す。
私たちの生まれる前の事だけど、ママさん達はその時を過ごしてきた人。
それは参考になると納得する。
「当時って、なんの事かしら?」
ママさんはいつものおっとりとした声で問いかける。
「実は、ミミがグリード国のバーバラ王女について気になるみたいで」
「あら、突然どうしたの?」
ママさんが不思議そうに尋ねてくる。
「えっと、この前からグリード国についてよく聞くし、『異世界の聖女』に何か関係することがあるかなって思って」
「あら、ミミちゃん、好奇心旺盛なのは昔から変わらないわね」
ママさんが上品に笑う。
「小さい頃は剣を振り回したり、大変だったけど、随分知的な好奇心に変わって安心しちゃうわ」
また恥ずかしい過去が掘り起こされた。
私に何かチートがないか必死で模索していた幼少時代です。
私がちょっと照れていると、ママさんは嬉しそうに笑う。
「夫人、話していただいても?」
ヴェロニカがママさんに確認する。
ママさんは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「えぇ、構わないわ。どうせなら私が教えるわ」
そう言うと、嬉しそうに笑った。
「久しぶりに3人で女子会ね!嬉しいわ!」
ママさんは相変わらず少女のようなはしゃぎ方をした。
それから、私たち3人は客間に移動して、お茶をしながらお話をすることになった。
ワイアットはまだ部屋から出てこない。
まぁ、女子会だから放っておく事にする。
「あれって、もう20年も前なのよね」
ママさんは懐かしそうに語る。
「バーバラ王女が失踪したのが?」
「えぇ、そうよ。いろんな噂があってびっくりしちゃったわ」
ママさんは口元に手を置いて笑う。
「えっと、処刑説とか逃亡説の事?」
「そうそう、処刑したなら、もっと堂々と公表するに決まってるのに。ねぇ?」
「ねぇって…王家の恥を隠すとかさ」
尊厳を保つ為にありそう。
けど、ママさんはそれはないと手を振って否定する。
「だって、歴史の中で同じ王族を処刑するなんてよくある話でしょ?寧ろ、一つのパフォーマンスとして処刑っていいと思うんだけど。公平性を示すって事でね?だから、わざわざ暗殺とか内密な処刑とかおかしいと思うのよ」
ママさんはそんなにおかしいのか笑う。
もしかしたら、私たちには縁のない話だったから知らないだけで、当時を知っているママさん世代の人たちにはとんだ笑い話なのかもしれない。
「でも、それってバーバラ王女が悪女だって前提だよね?」
私はママさんに確認する。
「あら、ミミちゃんはそこから疑ってるの?」
「疑ってるっていうか、ただどうなのかなって気になるだけ」
私がそう言うと、ヴェロニカが口を挟んだ。
「ま、噂なんて真実が1割程度って思ってた方が賢いかもしれないわね」
ヴェロニカはゆったりと紅茶を啜る。
そして続けて語る。
「私が聞いた一般的なものなら、王位継承権第一位だったバーバラ王女はそれはそれは悪評の塊だった。気に入らない人はすぐに処刑にするし、お遊びで人をペットとして飼ってたとか、我が儘、贅沢三昧で民の事など顧みないってね。これが、夫人も聞いていた噂ですか?」
ヴェロニカがママさんに問いかけた。
ママさんはそんなヴェロニカにちょっといたずらに笑いかける。
「そうね。確かにそう聞いたわ。ふふっ」
また、ママさんは笑いを溢す。
「それって事実なのかな?」
「さぁ?けど、姉の評判が悪くなればなるほど名を上げたのは今のリリアーヌ女王よ」
ヴェロニカが答えた。
──それが女帝の名前
バーバラ王女の妹、リリアーヌ女王。
「そうですわよね?」
ヴェロニカがママさんに確認する。
「えぇ、ヴェロニカちゃんの言うとおりよ。そうね。それなら、一番真実に近いかもしれない噂を教えてあげるわ」
ママさんがウィンクした。
精神年齢的に同じぐらいのママさんなのに、少女に見えて仕方ない。
「バーバラ王女は人形みたいな子だったの。表情も石の様に硬くって、笑顔も感情の薄い貼り付けた物みたいだった。だって、彼女は次期女王として、幼い頃から色んな教育を受けてきた。君主としての振る舞いは勿論、弱みなんてものは決して見せてはならない、統治する者の威厳を持てってね。がんじがらめにされた王女は、王らしく動く人形みたいだった」
別にバビィさんがバーバラ王女って確定したわけじゃない。
なのに、バビィさんが人形の様に操られる姿を想像して苦しくなった。
──あんなに素敵な笑顔をしているのに…
それができないなんてと目頭が熱くなる。
「すると、周りは王女を、冷たい人間だと非難した。罪あるものは問答無用に罰し、失敗も決して許さない。王女は自分がそう教育されて当たり前だと思っていたから、人々にそう非難される理由が分からなかったの。彼女には国のルールが全てだったから。そこに感情を入れ込む人々が理解できなかった」
「誰も彼女に教えなかったの?1人くらい彼女に情を持って寄り添う人とかいれば、彼女だってそうは…」
私はママさんに問いかける。
ママさんは苦笑いを浮かべる。
「彼女には誰もいなかった。彼女に情を与えることは父である王が許さなかった。そして、母である王妃も同じ考えで、彼女と母が対面する時、母は…必ず鞭をもっていた」
ママさんがどこか寂しげな表情を浮かべる。
私は、鞭がどんな使われ方をするのか容易に想像できた。
少し怖くなってヴェロニカを見れば、ヴェロニカも同じ気持ちなのか、表情を暗く固めていた。
「ただ、そんな事情を周りが考慮するわけがない。知ることもないから。人を躊躇わず罰する彼女を悪女だと言い続けていた。王の思惑通り、王女は人々を恐怖で支配できる様になった」
「…」
それが国を支配する一つのやり方であると分かっている。
分かっているけど、それが正しいかどうかは分からない。
私の理解できない正しさがあって、その正しさは私の納得できる道徳では説明できないから。
「そして、彼女が恐怖で人々を支配し始めると、妹であるリリアーヌが人々の安らぎになったの」
「民に慕われ太陽神に愛された王女、リリアーヌですね」
ヴェロニカが言った。
その恥ずかしい呼び名はなんだ。
「残酷非道なバーバラ王女に代わって、民の為に祈り続けたリリアーヌ王女。民はそんな彼女を太陽神からの贈りものだと喜んだそうよ」
ヴェロニカは興味がなさそうに言った。
同じ王女でありながら扱いの違いに私は驚く。
するとママさんも頷いた。
「そうなのよ。でも、そこまではまだいいの。自然な流れでもあるし、寧ろ、自分の過ちに気づけなかったバーバラ王女の責任だわ」
ママさんはそう言い切ったけど、本当にそうなのだろうか。
なんだかすっきりしない。
だって、祈り続けただけのリリアーヌをそこまでいいと思えない。
本当に思うなら、姉を止めるべきだったのではと思う。
「それでね、実はバーバラ王女には婚約者がいたの。けど、悪女と聖女が同時にいたら、普通の男なら、聖女に想いを寄せるでしょ?」
「え?婚約までして、リリアーヌが好きになったとか言わないよね?」
「そう、ミミちゃん。鋭いわね。婚約者はあっさり恋に落ちちゃったの」
私は登場人物の薄っぺらさに口が開いてしまった。
ママさんは「女子会らしく恋バナになったわね!」なんて浮かれている。
そのテンションで話す内容ではない。
「民衆はリリアーヌの恋を応援したわ。王にならバーバラよりもリリアーヌの方がふさわしいってね」
「愚かな民衆ね。こっちがダメならこっち。目の前にある二つの船にしか目がいっていないわ。その脇や後ろにだって逃げ道はあるかもしれないのに。最初から全てを国に任せっきりで自分たちでどうにかしようとしないから、船に乗ることしかできないのよ」
ヴェロニカは冷たく言い放つ。
確かにヴェロニカなら、自分が王になろうとするかもしれない。
バーバラ王女よりも酷い独裁政権が想像できる。
きっと気づかないうちにヴェロニカに洗脳されて操られる。
すると、ママさんは頬を膨らませて、ヴェロニカに反論した。
「あら、ヴェロニカちゃん、そんな事ないわ。自分の世界が幸せならそれでいいのよ。余計なことまで考えていたら手が回らないわ。だから、自分の世界が正常であるように、他人の船を借りるぐらい必要なことよ?」
前に私にも似たような事を言った。
確かにそうなのかもしれない。
もしこの国が恐怖で支配されていても、大切なのは自分の周り。
まずは周りを守ことが優先される。
「それでね、婚約者とリリアーヌの恋物語で国の雰囲気はガラッと代わったの。きっと王も驚いたでしょうね。理想とかけ離れた現実に、バーバラの責任だと責め立てたかも」
お門違いもいいところだ。
この話で婚約者も腹立つけど、王に一番腹が立つ。
「そんな時、太陽神からもう一つの贈り物がその国にやってきたの。それは、この世界とは別の世界から来た異邦人」
「『異世界の旅人』ですね」
ヴェロニカが言った。
「そうよ。だけどね、その時は勇者だったの」
「男…?」
その言葉にどきりとした。
勇者の話は、異世界から来た人の事だった。
「バーバラは父に見放されかけていたの。彼女はやっと自分が道具でしかなかったことに気づいたわ。自分は利用されたんだと絶望していたの。そんな時に大きな力を持つ勇者が現れた。彼女はすぐに気づいてしまったわ。膨大な魔力のある彼は、また国の為にと利用されてしまうってね」
その王ならやりかねない。
そして異世界の人間なら尚更、簡単に切り捨ててしまう。
「彼女にも、彼女に寄り添ってくれた人は僅かにいたの。その人達のお陰で彼女は自分の過ちに気づいたし、勇者と触れ合って彼が普通の人である事を知ってどうにかして救いたいと決心したの。しかも、彼女の侍女はとくに優秀でね、浄化能力も持ってたの。
彼女の作る紅茶はとっても美味しくて、バーバラ王女は癒されたみたい」
「それで?」
「そこからは簡単よ。彼女はどうにか彼を元の世界に帰したいといろんな手段を探したわ。彼もそう望んでいたし、彼女だって、自分がこの国で生きる事を苦しく思っていたの…」
ママさんは一回目を閉じた。
ママさんもバーバラ王女に同情しているのだと思う。
そして再び、話し始める。
「そんな時、新たな協力者が現れた。それは突然で、彼女には願ってもない事だったわ」
そう言って、ママさんはヴェロニカを向いて優しげに笑う。
ヴェロニカはそれに頷いた。
「よかったですわ」
ママさんは嬉しそうに言葉を続けた。
「えぇ、本当に幸運な事だったわ。お陰で、彼女は勇者と共にその国から脱出できたの。国は突然消えた王女と勇者にびっくりしたでしょうけど、王も病に倒れた後は、民に支持されたリリアーヌは恋を成就させて王になったから結果オーライだと思うの」
そこで、ママさんは話し終わったようでティーカップを持ち上げる。
私はたまらなくなってママさんに問いかける。
「それで?それで勇者は元の国に帰れたの?王女も一緒に?」
正直、何もしてないリリアーヌとあっさり乗り換えた婚約者は腹が立つけど、それよりもバーバラと勇者の方が気になる。
──だって…
バビィさんの話では、バビィさんの国にやってきた彼女の旦那さんと恋に落ちて、2人で日本に帰ってきたという事だった。
もし、帰る事ができたのなら一致する。
ママさんはご機嫌そうに紅茶を飲むと、答えてくれた。
「どうかしらね。でも、それ以来静かって事は、いい知らせなんじゃないかしら?きっと自分達の世界を守って生きてるのよ」
「そうなの?」
「そうよ。幸せは誰にも邪魔されたくないでしょ?」
その意味は分かるけど、なんとも言えない。
帰ったかどうか分かればもっとはっきりするのに。
完全には分からないけど、可能性は高まる。
「そうだ、ミミ、あの魔石の話をしてくれる?」
いきなりヴェロニカが私に言った。
さっきの事だろうか。
「えっと、今回の聖女が持ってきたものの中にね──」
私は、魔石の話をママさんにした。
ノアの証言もまとめて伝える。
すると、ママさんは目を丸くして、驚いた顔をした後、にこやかに笑った。
「まぁ!そうなの!なら、勇者は帰れたのね」
またしても少女の様な反応をする。
ママさんは昔から色んなことにすぐに目を輝かせる。
まるで一緒に成長していくような感覚があった。
なんだろうと思いながら私は紅茶を口にする。
──そういえば、バビィさんって紅茶を入れるのが上手だったよね…
この世界の人なら紅茶には煩そうだ。
あれもこれも、バビィさんがバーバラ王女に思えるものばかり。
一度疑ってしまったことはなかなか晴れないものだ。
けれど、余計に重なるものだからこれはどうしようもない。
──けど、バビィさんがバーバラ王女なのかも
ほとんど私の中で確信になっていた。
あんな幸せそうな2人、絶対に崩したくないのは理解できる。
「でも、納得だね。結局、恋に落ちて結婚したくせに、その婚約者は王配になって妾さんを作るなんてさ。いつ追い出されても仕方ないし、祈るばっかりのリリアーヌ女王が国を落ちぶれさせたのも納得」
「ミミは酷く、バーバラ王女に肩入れするわね?リリアーヌ女王だって努力してる可能性はあるでしょ?」
ヴェロニカが付け加える。
そこら辺はどうだか知らない。
けど、バビィさんを追い詰めた事が腹立たしい。
「国政が良くないのは事実だもの」
「そうね。このピンチ、悪役がいないのにどう乗り切るのかしらね」
ヴェロニカが言った。
確かにリリアーヌ女王はバーバラ王女のお陰で引き立てられた感がある。
──つまりバビィさんを踏み台に…
余計悔しくなった。
「ねぇ、そんな事より、2人の恋バナってないの~?」
ママさんは呑気にそんなことを言っていた。




