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「珍しいわね、ミミから私を誘うなんて」
ヴェロニカが揺れる馬車の中で私に問いかける。
私も酔わないように外に目をやりながら答える。
「いろんな情報を持っているヴェロニカに聞きたいことがあってね」
前も言ったが、ヴェロニカは大陸一の港を所有している公爵家の人間。
港には人も物もよく行き交う。
ってなわけで、ヴェロニカはめちゃくちゃ情報を持っている。
少し踏ん切りのついた私は、先を知る怖さは無くなった。
ただ、バビィさんが本当にバーバラ王女だったのか疑問をどうにか解消しようとヴェロニカを誘った。
「あら?私に喋らすなら、それ相応の対価がいるのは分かっていて?」
ヴェロニカは唇を意味ありげに動かす。
ヴェロニカって結構色気があるから、なんだかやられそう。
分かっていたよ。
ノアを紹介したことくらいヴェロニカにはそれほどの恩ではない。
尤も、あれは私がエリザベスに対する恩返しだから、主張するにもできない。
「はい、勿論」
馬車が止まったので、私は勢いよく頷いて、御者が来る前に馬車の扉を勢いよく開けた。
「こちらでございます!」
「…」
私は目の前の建物を指さす。
そこには私が最近気に入っている例の洋服店があった。
馬車を降りたヴェロニカはそれを見て、訝しむ目をする。
「私の、最もおすすめな洋服店です!」
「…帰らせてもらおうかしら?」
「ヘイ、ストップ!」
馬車に再び乗り込もうとするヴェロニカを私は止めた。
「ティア皇女も気にっている店って言ったらどうする?」
私が付け加えると、ヴェロニカが振り返った。
「ま、店に入るくらいはいいわよ?」
皇族の名前は強い。
なんだかんだと流行の真ん中にいる人々だ。
ヴェロニカが興味を持たないわけない。
私はこれ幸いとヴェロニカを店に連れて入り、今までの商品をヴェロニカに説明する。
顔馴染みになった店長さんも「あら、また新しいお客さん!」と喜んでくれた。
なんだか、私の店って気分になってくる。
「まぁ、なかなかね。最近の皇女の服装が彩豊かだと思っていたのは、貴方の仕業だったってわけね」
ヴェロニカは店の商品を手に取って吟味しながら言った。
私はそれに苦笑する。
「まぁ、式典ではあからさまに色んな色は組み合わせられないけどね。数点違うものを組み合わせるのが精一杯だよ」
別に私の功績じゃない。
他の女官の人たちが私の感覚を受け入れて、押してくれたから。
ありがたい話だ。
「そ、でもどちらにしても発案はミミでしょ?皇女のお気に入りになっただけあるわね」
ヴェロニカはチラリと私を見ると、片眉だけを上げた。
ヴェロニカも褒めてくれているのかいないのかよく分からない。
私は下唇を突き出しながら、用意されていたお茶を啜る。
カランカラン
すると、店の扉が開く音がした。
次々に客が入るなんて繁盛しているなと、私は自然と入り口へ顔を向けると──
「やっぱり、ミンディさんだ!」
そこに現れたのは、聖女らしい服装ではなく、普通の令嬢のようなドレスを纏ったレイナだった。
──なんでここに?
私はあまりにも突然で、唖然としてしまった。
まさかここでレイナに会うなんて思うわけない。
「わぁ!素敵なお店!」
レイナは洋装店に入るなり、あたりを見回して歓喜の声をあげる。
「聖女様…、なぜここへ?」
正気を取り戻した私は立ち上がり挨拶をしてレイナに尋ねる。
レイナはまんまるな目をこちらに向けて、嬉しそうに微笑む。
なぜか、その微笑みに居心地の悪さを感じた。
「ミンディさんに似てる人がいるなって思って、追っかけてきちゃった」
「びっくりした?」と愛らしく首をコテンと横にするレイナ。
びっくりしたのはしたのだが、それよりも、そのレイナの後ろで終始こちらを睨む侍女が気になる。
──なんかしたかな?
あまりにもその目に居心地の悪さを感じて私は記憶を辿ってみる。
──あ、あったわ
つい先日の話だった。
レイナの頼みを私は断った。
ノアの事だ。
数度しか会っていないが、この侍女はレイナに仕えている意識がかなり高い。
憶測に過ぎないけど、この数回で私は侍女に敵認定されているのかもしれない。
勘弁してくれと思うも、こういうことは何度かあった。
レイナの周りにいる人間はなぜか私を敵認定する。
それは特に何かあったわけでもなく、ただ変な目つきになるのが通例だ。
嬉しそうなレイナとその後ろで恨めしそうな侍女。
相まみれない二つの顔が私の視界に同時にある。
昔の私にはよくある光景だった。
「あれ?ここ、服屋?」
店内を見たレイナが呟く。
「あ、もしかして、この前教えてくれた店?」
教えた覚えはない。
まぁ、確かに話題に出たお店だ。
少しもやる気持ちを抑えて私は返事をする。
「えぇ、そうです」
「なら、ミンディさんの行きつけだ」
「はい」
「そうなんだ!」
レイナはこの店が気になっていたのか、さっきよりも気合の入った目で服を見始めた。
──なんだろうこの気持ち…
なんだかとっておきのお店がバレてしまったからだろうか。
すっきりしない何かがある。
いや、とっておきと言っておきながら、多くの人に勧めてきたし、特にどうこうな話でもない。
「……」
その説明できない気持ちに悩まされながら、私は服を見て回るレイナをぼんやり眺める。
すると、さっきまで席に座っていたヴェロニカが立ち上がる。
「聖女様、お初にお目にかかります、オリエンス家のヴェロニカでございます。以後お見知り置きを」
レイナの目の前に立って、ヴェロニカが挨拶をした。
レイナはそれにペコリと返すだけで、顔はキョトンとしていた。
「オリエンス…」
「聖女様、帝国の三大公爵の一つでございます」
「あぁ!昨日習ったところね」
侍女の助言でレイナは思い出す。
どうやら、勉強の方はそれなりに進んでいるみたい。
「会えて嬉しいです。私、レイナです」
レイナが手を差し伸べる。
「…」
だが、ヴェロニカはそれを見つめた後、笑顔だけをレイナに返す。
「宮廷から出られるのは初めてですか?」
ヴェロニカが質問すると、レイナは自分の空っぽを手に少しためらったが、すぐに言葉を返す。
「そう。たまには息抜きもするといいって、友達に教えてもらったの」
「友達?」
「この前、知り合った人で、みんな親切にしてくれて」
もしかしたら、この前のお茶会のことだろうか。
「それで、偶然見かけたミミを追いかけてきたのですね」
ヴェロニカは余裕そうな笑みを見せる。
すると、レイナが首を傾げる。
「ミミ?」
「あぁ、ミンディの愛称ですわ。私は、小さい頃からの知り合いですので、そう呼んでいます」
「ミンディさんってミミって言うの?不思議、私の友達にも『美々』って子がいてね──」
レイナが私を振り向く。
私はすごく居心地が悪かった。
なんだか、彼女から前の私の話を聞きたくない。
「あ、申し訳ございません。私達これから他の所に用事がありますの。もっとお話を聞かせてほしいのですけど、外せない重要なものですので」
ヴェロニカが、語り始めるレイナを止めた。
「また、機会があれば、ご挨拶に伺いますわ」
ヴェロニカはそう言って、にこりと笑う。
彼女の特に意味のない笑顔は一番怖い。
意味がなさそうに見えて、何か意味があるから。
「それは残念…、またね」
レイナは特に引き止めることもなくそういった。
侍女は相変わらず、怖い顔をしていた。
そのまま私とヴェロニカは店長にも挨拶をしてその場を離れることになった。
少しほっとしている自分がいる。
「あれが聖女ね。近くで見ると余計に子どもみたいね」
店を出るとヴェロニカが言い放った。
「子ども?」
その言い方が何か気になる。
ヴェロニカは特に表情を変えずに、言葉を続けた。
「向こうの世界では、17歳ってまだ子どもの扱いなのでしょ?責任も何もないって聞いたわ」
「そんな話どこから…」
「私に知らない話なんてこの世にはないの」
ヴェロニカは笑顔で言い切った。
「いつ、どの地点に山賊や海賊が現れるか。どこの領主がどれだけのお金を横領しているのか。全部、私は知っているの」
さも当然のように言い切るヴェロニカ。
それはそうなのだろうとこっちも納得するしかない。
「で、ミミは何が知りたいの?」
ヴェロニカが切り替えるように言った。
レイナの登場で少し忘れかけていたが、私も本来の目的を思い出す。
「え、教えてくれるの?」
「えぇ、今日は面白い収穫もあったから」
ヴェロニカが意味深な表情を浮かべる。
レイナのことだろうか。
「そういえば、ヴェロニカって、この前のお茶会にいなかったよね」
ノアもいなかったが、ヴェロニカもいなかった。
近い年代は集まっていたはずなのにおかしい。
ヴェロニカがあんな機会を逃すはずがない。
「別に、聖女の利用価値はそこまでないと思っただけよ。私が欲しいのは聖女の特別な力でも、聖女の存在でもないもの」
ヴェロニカは断言した。
「意外と、偶然の出会いの方が有益になることが多いのよ」
彼女の考えている事はわからない。
何に関する有益なのかも分からない。
ただ彼女の底知れぬ野心は、本当に一国を手にするのではないかと考えさせられる。
──だとしても、私には関係ないか
ヴェロニカはヴェロニカで勝手にやる。
それは昔からよく知ってる事。
「ねぇ、この前話した『太陽の儀式』のことなんだけど…」
私は本題に入る。
すまし顔だったヴェロニカは眉を動かして反応を見せる。
「あれってさ、意図的に時空を歪ませるって話を聞いたんだけど」
「ノア公子から?」
「そう。それで、時空を歪ませて新しい力を得るって事は、レイナ──じゃなくて、あの聖女のように、違う世界から人を誘き寄せてその力を利用するって事だよね?」
私が確認すると、ヴェロニカは表情を変えずに乗ってきた馬車に向かう。
私もそれに続いて歩く。
「えぇ、そうね。そう聞くわ」
「それって、逆もあり得る?」
私がそう尋ねると、ヴェロニカは歩みを止めて、やっと私に顔を向けた。
「逆に、違う世界に人を送り込むって事も出来る?」
「…何を聞きたいの?あの聖女を元の世界に返したいって事?」
「いや、そうじゃなくて……」
逆に聞かれ、私は口籠もってしまった。
聞き方を間違えただろうか。
「あのさ、聖女が魔石を持ってるのは知ってる?」
「えぇ、聞いたわ」
「でも、彼女の世界は魔法のない世界。しかも、魔石なんてものは存在しない。なのに彼女はそれを持ってた。おかしいと思わない?」
「…」
ヴェロニカは私の問いかけに反応を示さない。
「それにノア曰く、あれはグリード国のものだって言うの。余計におかしいと思わない?だとしたら、違う世界からこっちに人が来るように、こっちからどこかの世界へ行くって可能性もないはずないと思う」
私が付け加えるとヴェロニカは鼻にかかった笑みを漏らす。
「公子は随分と鼻が効くみたいね」
やっぱりヴェロニカは褒めているのかいないのか分からない。
ただ、犬っぽいノアにその言葉はぴったりすぎる。
「でも、魔石って貴重なものでしょ?もし、物だけが移動するってなったら別だけど、今回みたいに人と一緒に来るってなったら、それを持ってる人ってなれば、かなり身分の高い人なんじゃないかなって思うんだよね」
私が説明すると、ヴェロニカは一呼吸を置いて言葉を返す。
「それで?」
「それで…グリード国の高貴な行方不明者っで有名なのってさ…」
「バーバラ王女の事?」
口籠る私にヴェロニカが答えた。
その答えが出たということは、ヴェロニカもそう思うのだろうか。
私は少し期待を持ってヴェロニカを見る。
バビィさんとバーバラ王女の関係性が見えるかもしれない。
「いきなり、彼女の名前を出すのね」
ヴェロニカは探るようにこちらを見る。
どうやら、私の思っていたのとは違う。
「行方不明の王女なんて気になるじゃん」
ごまかしながら、私は呟く。
「悪女のバーバラ王女ってどんな人なの?そんなに悪い人なの?」
バビィさんはそんな人には見えなかった。
「…」
ヴェロニカは唇に指を当て考える仕草を見せると、ゆっくりと口を開いた。
「喉が渇いたわ」
ヴェロニカが言った。
「折角だから、久しぶりにミミの家に行きましょうか?」
何故か私の家に誘われた。




