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その数日後、宮廷ではちょっとしたお茶会が行われていた。
「こんな分かりやすい会は初めてですわ」
コーラさんが私の横で呟いた。
それは同感。
このお茶会、実は私達と近い年齢の人しか呼ばれていない。
理由は簡単で、聖女付きの女官を選ぶため。
私は、少し離れたところで談笑しているレイナに目を向けた。
この前の式典と同じ聖女らしい衣装を纏っていた。
今日も相変わらずの可憐さで、いつの間にか周りには多くの人がいる。
「人気者ですこと」
コーラさんが言った。
確かにレイナの周りには人が多い。
前世のレイナの姿がそのまま。きっと彼女はここでも人を惹きつける魅力があるんだ。
『人には波長があるのよ』
ふと、バビィさんの言葉が思い浮かんだ。
──確かあの後…
『そ、きっとそれは意識的なものなんかじゃなくて、無意識なの。ほら、美々ちゃんの持っている物や好きなものを見たら、自然とそれがいい物だって頭が認識してフラッと引き寄せるられるのよ。だから、本人には偶然に感じるの。その子にはそんなつもりないから。きっとぶつかり合うのも、その子が美々ちゃんに惹かれてるって自覚がないからよ。人を惹きつけるタイプの波長とは違って、相手が勝手にその波長に同調してくるタイプは深層心理のどこかに引っかかってるだけだから』
『惹きつけるタイプってのは?』
『上書きするって言うのかな?』
『この紅茶が嫌いって思ってたはずなのに、ある波長を受けて、好きになっちゃうみたいな。俗に言う、『洗脳』的なものかな!』
あの時の会話が鮮明に思い出される。
それはなぜか分からない。
──いや、バビィさんのことは考えない…
私は頭を振るってそんな考えを落とす。
そしてツンツンしているコーラさんにさっきの話の返事をする。
「そりゃ、噂の聖女様ですから、みんなお近づきになりたいと思いますよ」
私は苦笑いを浮かべた。
「明らかな媚び売りは好きませんわ」
「それをコーラさんがいいます?」
「わたくしは事実しか言いませんもの」
「媚びの定義に事実かどうかは関係ないのでは?」
「細かいことはどうでも良くってよ」
コーラさんはそう言って、そっぽを向いてしまった。
そんな事を言いながら私から離れないのだから好いてくれているのだと思う。
コーラさんは私から視線を外し、あたりを見回す。
「あの人まで来ていますわよ…」
そう言われて、私もコーラさんと同じ方へ顔を向ける。
そこにいたのはマリエッタさんだった。
あの派手な姿は毒が抜けたように、以前の大人しい地味な姿になっていた。
地味と言っても、派手さがないだけでそこまでじゃない。
「謹慎が解けたのかしら?」
「期間は短かったと思います」
そう言って、私は数え直してみると、確かにすぎていた。
本来なら警戒するところだけど、あれだけ毒の抜け切った姿を見たらなんとも言えない。
端っこでポツンとお茶を飲んでいる姿は、少し不憫だ。
「噂は噂として回りますわ。マリエッタさんに好き好んで近づく人はいませんわ」
コーラさんが私の心情を呼んだかのように言った。
噂であっても、噂の立つ人の所に行きたい人なんていない。
この貴族社会は、明日は我が身。
いつ、何が起こるかわかったもんじゃ無い。
だから、あえて避ける。
ストーカーは良くない事だし許せないけど、あんな姿を見たら居た堪れなくなる。
反省していると思うし、彼女がこんな状況になってほしかったかって言われたら違う。
でもなとモヤモヤとする気持ちになった。
「まさか、不憫だなんて思ってませんわよね?」
コーラさんがじろっと私を覗き込んで聞いてきた。
すっごい疑わしそうな顔つき。
「え?」
「まさかとは思いますけど、ちょっと可哀想だな、だから声でもかけようかなって思ってませんわよね?」
コーラさんがズバリと聞いてくる。
思いっきり私の心を読んでしまっている。
なんと恐ろしい子なのだろう。
「まさかですよ。流石に、声をかけたいとか助けたいとかは思いませんね」
人が嫌な気持ちになっている事が嫌になっているだけ。
本当なら、彼女はもっと罰をきちんと受けるべきだった。
だけど、受けずに下手な対処をしたせいで、噂が噂として膨らみ、こんな状況になっている。
彼女の責任でもあるけど、あの件を有耶無耶にしたお偉いさん達の責任もないとは言えない。
反省するきちんとした場がなかったせいで、彼女はずっと罰を受けることになる。
だから、こそ不憫には思うけど、助けない。
だって、私達にはどうしようもないことだし、ここで手を伸ばせば彼女の罪が消えてしまうから。
それに本当に許しを乞うべきなのはもっと酷い思いをしたノアやティア皇女だ。
「ティア皇女のトラウマにならなかったから、彼女は命拾いしてるんです」
私は鼻で笑った。
そうだ、今だけ甘く見ているだけ。
次はない。
「どうなのかしら?あなたって意外と情に脆そうだし、また何かをやらかしそうですわ」
辛辣な言葉が返ってきた。
最近、コーラさんのデレが少ない。
このままではただのツンになってしまう。
「コーラさん、デレを忘れるようでしたら、まだまだ本物にはなれませんよ」
私が真面目な顔で言えば、コーラさんは例の目を細めた冷たいビームを放ってくる。
「わざわざ注意を差し上げているのに、また理解し難い発言を重ねる…そういうところが、わたくしを不安にさせますのよ?」
コーラさんはそういうと、付き合いきれないとばかりにお茶を飲み始めた。
私は「ごめんなさい」と小さく言葉を溢し、苦笑いを浮かべる。
──ちょっと馬鹿っぽいとは思ってるけどさ…
変にテンションを上げていないと余計な事が思い浮かんでくる。
未確定の可能性が私の頭を支配して、離れなくなりそう。
すでに離れないのだけど、私はそれを誤魔化そうとしてる。
無意味になるかもしれない期待がどこかで膨らんでいて、それが消えそうにならないか、私は恐ろしい。
それ以上何かを聞くのが怖くて、私はあの後すぐにノアの部屋を後にした。
──本当に帰れるとしたら…私は帰りたいの?
その結論が出ない疑問を永遠と繰り返される。
もう手から零れ落ちたはずなのに、なのにまた戻ってくるかもしれない。
それに悩み続ける自分がすごく惨めに思えた。
同じ17年、どちらも私は生きてきた。
生きてきたからこそ、私は──
──いや、やめよう。今は…
私はまだ決心ができていない。
弱い自分を隠すように私はそれ以上の考えを振り払い、コーラさんと同じようにお茶をすすった。
「ここ、いい?」
すると、不意に言葉が降ってきた。
顔を上げると、そこにはいつの間にかレイナ。
私とコーラさんはすぐに立ち上がり礼をする。
「そういうのやめてってば…、本当に慣れないんだよ」
無垢そうな笑顔を浮かべるレイナ。
「座るね」
レイナが空いている席に座ったので、私達も座る。
──痛い…
さっきまでレイナと談笑していた貴族からはめちゃくちゃ痛い視線を送られる。
別に私達が奪ったわけじゃないのに。
けど、この視線も前世と似たものを感じた。
「えっと、ミンディさんの友達?」
レイナが座ると、コーラさんに問いかける。
「初めまして、コーラ・ジャマですわ」
「初めまして、ピンク色の髪、とっても可愛い!」
レイナはコーラさんを褒め始めた。
「えぇ、まぁ、我がジャマ家は代々、この髪色をしてますの。お父様はもっと鮮やかなお色で、アーノルドお兄様は赤みのある──」
褒められて満更でもないコーラさんの自慢大会が始まった。
私はおいおいと思いつつ、チラリとレイナに視線を向ける。
──おっと…
すると、レイナとバッチリ視線があってしまった。
「ミンディさん、今日の服もすっごくいい」
「…ありがとうございます」
私は愛想笑いをする。
コーラさんの様に素直に喜べないのは、多分前世のせいだと思う。
本当はもっと喜びたい。
昔の服を例の店でお直ししてもらって、届いたばかりの服。
イメージ通りというか、さらにあの店長さんのアレンジが加わってめちゃくちゃ素敵。
「私の服って同じようなものばっかりなんだよね…、最初はウェディングドレスが憧れだったから、こんな綺麗な服着れて嬉しいって思ってたけど、結構苦しいし、なんだか飽きてきちゃった」
レイナの言葉に少し共感する。
なんと言っても、コルセットが辛い。
それだけ、綺麗なプロポーションになるのだけど、長時間は流石にキツい。
特に月ものの時は最悪。
「ミンディさんは良く、コルセットなしの服をお召しになるわよね?」
コーラさんが私に問いかけてきた。
流石、一緒にいるだけあって分かってる。
「少しゆったりした服で、コルセットなしでも着ておかしくない形です」
これもあのお店のおかげ。
胸元とお尻周りをボリュームのある形にして、服自体にくびれを作ることで、コルセットを付けなくてもだらしなくないドレスを仕上げている。
月に2・3日はそれで過ごすことが多い。
「へぇ~そんなのあるんだ。こっちの世界って価値観が偏っているから、服とかも一辺倒なのかと思ってた」
笑顔でこっちの世界をディスるレイナ。
悪気がないのは分かっている。
「えぇ、しきたりがあるだけで、決して、多様性がないわけではございませんわ。新しいものを好む方だっていらっしゃいますもの」
コーラさんは扇で口元を隠し強めの口調で言う。
尊厳のあるコーラさんは自分の大切なものを貶すのは最悪だと思うたち。
さっきのレイナの発言は許せないのかも。
「そうですよね。コーラさんはまた私と趣味が違いますよね」
「ふん。そうですわね、あなたのものは面白そうではあるわね」
コーラさんは相変わらず素直じゃない。
だんだんとコーラさんがくせになりそう。
「あなたは、ティア殿下にまで影響を与えるのですもの。それなりにいいんじゃないかしら?」
コーラさん、ツンデレきましたね。
でももっとデレが欲しいです。
そんな事を思っていると、レイナが口を開いた。
「ティア殿下って、あのお人形さんみたいな小さな女の子?」
式典でチラッと見たのかもしれない。
「えぇ、ティア皇女殿下ですわ。わたくしどもは殿下のメゾンに所属している女官ですの」
「女官?侍女と違うの?」
まだそこらへんが理解できていないみたい。
「侍女はお世話をする者のことですが、私達は殿下の補助を行います。服装も、ほら普通ですし」
取り巻きって言ったほうが分かりやすいかもだけど、言葉を選んだ。
私みたいな平民に近い身分だったら侍女になる事が多いから、本当にイレギュラーだと思う。
一応、貴族席で良かった。
「へぇ~、じゃ、取り巻きって事?」
レイナは選ぶ人間じゃなかった。
分かってる。悪気はなくて、自分の認識が合ってるか口に出しただけ。
でもさ…
「え、えぇ…そうですわね」
──あぁ、コーラさん、青筋が…でも、我慢してる。
分かる。
レイナはこういうところがある。
前提で、なんの悪気もない。
悪気もなくいろんな事をいう人。
例えば、レイナはサッパリした性格であると同時にいろんな事を直球に言う。
普通なら人は避けてオブラートに包んで話すこともどストレートに言ってくる。
部活で新しい技を習得しようと練習してたら「全然ダメだね」って直球言ちゃう。
こっちはできないから練習しているのに、そこらへんの事は全く考えずに、思った事を悪気なしに言っちゃう。
せめてアドバイスとかしてフォローすればいいのに、「出来てないよ?」「変じゃない?」「なんか違う」とか、ダメ出しだけするから、他の部員が泣いて帰る事もしばしば。
本人曰く、「思った事を言っただけだよ?」と全く悪びれる様子もない。
顧問に訴えても、「そういう事を部活に持ち込むな」とかいうだけ。
結局、走り回るのは、私で泣く部員を慰めて連れ戻す。
それでも、レイナは人気があった。
泣いて帰った部員も、いつの間にかレイナに懐いていることが多かった。
私の努力が報われたのか、報われていないのかよく分からない。
私はブワッと部活であったあれこれを思い出す。
──そうだよ…悪気なく無理難題を押し付けてくるんだよ…
先輩が引退する送迎会を控えたある日、台風で学校が休校になった。
その日、レイナから連絡が入った。
『明日には色紙描き始めないといけないんだけど、私、台風で出れないから準備よろしく』
私はあの時は目を疑った。
送迎会の準備はレイナが引き受けていて、私は確かに「手伝うことあったらなんでも言って」とは言った。
言ったけども、同じ状況の人間に頼むことでもない。
「私も台風で出れないよ!」と心の中で叫んだが、レイナに何言っても無駄なのは分かっていた。
だって、レイナにしてみれば本当の事を言っただけ。
ただ、悪気なく、こっちの事情を考えなかったに過ぎなくて、それを訴えても「え~、困るんだけどなぁ~」と「なんでも言ってって言ったくせに」みたいな被害者の様な顔をされるだけ。
それはなんの解決にもならないし、私に一番問題だったのは先輩たちに申し訳なかった事。
お世話になったのに、嫌な気持ちにさせたくなかった。
最後だから、楽しく送らねばと使命感に追われた。
だから、家にあるいろんな物をかき集めて手作りの色紙を作ったさ。
調べまくって、近くのお店まで母に土下座して連れて行ってもらったさ。
不器用な手で何度も作り直して納得の物を作ったさ。
だけど、レイナは「ありがとう」だけで、いつの間にかその色紙もレイナが準備していたことになっていた。
別にレイナが「私が作ったんだよ?」って言ったわけでもなく、いつの間にかそうなっただけ。
私も、わざわざ「私が作ったよ」なんて主張する勇気もなくて、有耶無耶。
正直、レイナが私が作ったことを言ってくれてもよかったのにと思う気持ちはあるけど、自分が言えないのに言っちゃダメだと押し込んだ。
先輩達を楽しく見送れたからいいかと、私が払ったお金が返してもらえなくても飲み込んださ。
──あぁ…
思い出すとキリがない。
レイナのそういう悪気のなさが正直困る。
いくら言っても、「何が悪いの?」って理解できないんだからどうしようもない。
それでも、「美々ちゃん、美々ちゃん」って話しかけてくれるし、話はそれなりに楽しいから、思うところがあってもあの時は長い付き合いの友達だったから、ある程度飲み込んでいた。
──そっか、私、レイナが苦手だったんだ…
今更思い知らされる。
レイナの性格を思い出してやっと自覚した。
レイナはみんなの中心の人間で、私みたいな端っこの人間にも声をかけてくれるから、ありがたいなんて思っていたのだと思う。
だって、人から好意を寄せられて悪い気になる人なんていないから。
でも、私がミンディ・ウルグスだから、分かる。
そのレイナから向けられる好意で自分を誤魔化していただけで、無理をしていた。
──そりゃ、嫉妬もあったかもだけど、多分そこらへんのもどかしさだったのかな…
だからレイナが真似してるって思っていたのかもしれない。
そう思うと、なんだから軽くなった。
自分に醜い部分があるのは変わらないけど、けど、今の私にはない。
──だって、私は…
そう思ってハッとした。
「でも、すごいね。ミンディさんのセンスがいいんだ」
レイナが私に問いかけてきた。
いつの間にやら、コーラさんと私の話をしていたらしい。
「好きなものを選んでいるだけなので」
私は適当に流す。
別に、自分でセンスがいいと思ったことがない。
むしろ、私にドストライクな商品を作ってくれる商人や職人さんのセンスがすごい。
そんなこんな話していると、この前の侍女さんがやってきた。
「聖女様、そろそろ他の方とも交流を」
「あ、そうだった。いろんな人と話さなきゃいけないんだった」
レイナはあまりこの茶会の意味を分かっていないのかもしれない。
レイナは、席から立ち上がると何かを思い出したのか振り返る。
「そうだ。ミンディさん、今度ノアさんの事も教えてね」
「え?」
「私、ノアさんの事もっと知りたいって思っちゃって」
レイナが頬を染めて、あからさまな恋する乙女の顔をした。
「…」
私は一旦、自分の中でその言葉を考えた。
──やっぱり、レイナはノアの事が…
気づいてしまった自分の思いと同じものがレイナにもある。
それは私をより複雑な気持ちにさせる。
レイナは言いたいことが言えたからか、そのまま立ち去ろうとした。
「聖女様」
私はそれを引き止めた。
レイナはまた振り返り、私をキョトンとして見つめ返す。
私は立ち上がって、レイナに頭を下げた。
そして起き上がり言葉を続ける。
「申し訳ございません。それはできかねます。公子の事は公子に直接聞いてください」
私は、レイナに協力するつもりはない。
私はそれだけ言うと「では」とその場を立ち去った。
ティア皇女の女官である私たちがこれ以上この場にいることはない。
聖女とティア皇女の顔つなぎできるぐらいの面識は得た。
「ちょっと、ミンディさん!お待ちになりなさいっ!」
コーラさんが追いかけてきた。
コーラさんも十分だと思ったのかもしれない。
「あなた…あんな強気な事を大勢の前で聖女に言って大丈夫なの?」
「大丈夫も何も、できない事を有耶無耶にする方が失礼じゃないですか?」
「確かに聖女はなんだか気に喰いませんから、あなたがはっきりと言ってスッキリしましたけど…」
コーラさんは困惑した顔を見せる。
しかも、やっぱりレイナの事を嫌っていた。
「コーラさんだって勝手に詮索される気持ちは知ってますよね?何度も同じことを言ってるだけです。私なりにノアの気を使った考えをお伝えしたまでですよ。後々、聖女様もノアに嫌がられなくて逆に親切だと思いますけど」
私は戯けた声でそう言った。
でも、コーラさんの表情は変わらない。
──この人もいい人なんだよね
私は恵まれている。
本当に思った。
「コーラさん」
私はコーラさんに満面の笑みを向けた。
自然と表情が、解れる。
「私、今の私が好きです」
胸を張って言えた。
「今の私に自信があるんです。前の私よりも」
「前のってなんですの?」
「ふふっ」
笑みがまた溢れる。
けど、本当にそうだった。
気づいてしまった。
私は、今の私が好きだ。
前よりも私が私らしくいる気がする。
決して、前の人生が不幸だって言わない。
そんな事、言ったら私の家族に申し訳ないから。
ただ、この生き方をする今の私が好きだ。
だからあれだけ俯瞰的に物事が見れた。
そしてあの生活はもう私の中で過ぎたもので、私は家族に会えるかどうかに未練があるだけ。
そう実感した。
「前のってなんですの?!」
叫ぶコーラさんをよそに私は軽い足取りでティア皇女の元に戻った。




