12
──あれが魔石だった
その事実が頭から離れない。
だって、あれは私からバビィさんの雑貨屋で買ったもの。
それが、なぜ魔石なのか。
そして、その魔石がある世界に、私もレイナもやってきた。
関連がないと言う方が難しいと思う。
──でも、何で?
だとしても、その結論は見いだせない。
前世の私には魔石が触れた。
つまり、私は魔石無しでは無かった、という事。
そして、レイナが持っていると言うことは──
──私のものなのにっ!!
またしても奪われたと思ってしまう。
だって、あれは本来、私が持ったものでレイナのものではない。
それに、あれをレイナが我が物のように扱っているのが解せない。
確かにここにいれば、向こうの世界のものは、この世界の人にとってはレイナの所有物に感じるのは仕方ない。
でも、あれは私が持っていたものをレイナが無理やり──
──いや、やめよう
私はグッと口を閉ざした。
ダメだ。
レイナと直接話して感じたあの感覚。
やっぱり、レイナと関わるのはよくない気がする。
それよりも、私はこの転生について気になってしまう。
「姫様、この魔石というものは、一度契約した者が死ぬまでそのマナを提供を受け続けます。マナの提供がなくなると、その魔石は所有者を認識できなくなり、また新たな契約者を得るのです。つまり、所有者が亡くなれば自動的にその魔石の契約は破棄される形になります」
今はティア皇女の授業中。
豊かな髭の講師がティア皇女に魔石に関する知識を教えている。
レイナと別れた私は、着替え直し、業務に戻った。
そこで、この授業。
誕生日を目前にしたティア皇女は、そろそろ魔石を持つことになる。
そうなれば、魔力制御が必要になるため、あらかじめの予備知識を習っている。
私は講師の話を聞いてふと思い浮かぶことがあった。
「あの」
私は手を挙げる。
何度もティア皇女の授業に参加しすぎて、私は後ろで見守る役ではなく、ティア皇女の隣に席を設けられ、一緒に授業を受ける役になってしまった。
所謂、ご学友もどき。
「もし、もしですけど、その魔石を持っている本人が死んだ時、違う誰かがその魔石を持っていた、それはその持っていた人の魔石になるって事ありますか?」
今の私にとっても必要な情報。
「様々なケースがあると思いますが、その可能性もあるでしょう」
最初はいい大人がいちいち質問してくるなとうんざりしていた講師もいつの間にか、私を受け入れたようで普通に質問に答えてくれる。
立派な髭を気前よく動かしてさらに情報を加えてくれた。
「ただ、魔石が元の契約者のマナを得れなくなったその時点で新たな契約とはいきません。元々、魔石というのは契約者のマナになれるまである程度の時間を有しますからね。そう簡単に他人のマナが馴染むことはないでしょう」
──って、事は私はあのブレスレットを持っていたのは精々一晩程度だから、私に馴染む前にレイナの手に渡った…、しかも契約してたとしても直ぐに死んだから…
結局、あの魔石はレイナのもの確定という事になる。
折角、魔法を使えるチャンスがあったのに、何という悲運なんだ。
私は眉間に指を当てて、その無念に浸る。
──なってこった…
「それと、魔石と契約していれば、他の魔石と契約するのは難しい事となります。マナ量、魔力量はそれぞれ人によって異なり、魔石に提供できる力には限界があり、個人差はありますが、魔石に提供できるその量によって、所有できる魔石の数は決まります」
「お兄様は2個持ってるよ!」
ティア皇女が自分の持っている情報を自慢げに披露した。
「はい。皇太子殿下も所有されている魔石の一つは皇帝皇后両陛下から贈り物で、もう一つは代々立太された方々に受け継げれているものでございます。魔石というのは、契約者本人の意思でその契約を破棄することも可能ですので」
講師も愛らしいティア皇女にはメロメロ。
口調が私の時とは明らかに違う。
「皇族は代々、魔力量もマナ量も非常に多いので、いくつもの魔石を所有していることが多いです。中には、魔石無しでも魔力を扱えるほどの人材もいますが、誠に稀なケースです」
「ノアお兄様もできないって言ってた!」
「はい。そうです。ノア卿は帝国内で3本の指に入るほどの膨大な魔力の所有者ですが、そう簡単に扱えるわけではないのです」
──え、ノア、めちゃくちゃすごいじゃん…
私は髭の講師の話に驚く。
「でもね、ミミ」
私は口を開けて講師の話に夢中になっていると、ティア皇女がこちらを向いた。
「ノアお兄様は、魔法が疲れるから苦手なんだけど、フィンお兄様は、バンバン魔法使えるし、それですぐ疲れたりしないから、ノアお兄様より、フィンお兄様の方が凄いんだよ!」
「素敵なお兄様ですね」
「でしょー!」
ティア皇女は自慢げな表情を浮かべる。
ちょっとコーラさんに似ていた。
最近まで「お兄様よりノアお兄様!」って言っていたのに、今は皇太子のアピールがすごい。
ノアはいつの間にか降格してしまったようで。
──きっとしょげるだろうな
とか思いつつ、私は少し悶々とした気持ちが晴れていった。
ティア皇女のお陰だ。
裏表のない素直が話ぶりを聞いていると心が穏やかになる。
嫌な感情を持つ自分に後ろめたさを感じながらも、私はティア皇女の女官になれて本当に良かったと心から思うのだった。
*****
その日の夕方、仕事の終わった私はノアから貰った鍵と睨めっこをしながら、ノアの研究室のドアの前に立っていた。
──いいよね?いいんだよね?使っても不法侵入じゃないよね?
なぜか、この鍵を使う事に躊躇いがある。
ノアのプライベートゾーンにズカズカと入っていいのだろうか。
──何だろう…これを使ったら、何だかもう戻れない気がする
そんな気がした。
ノアに受け入れられてしまいすぎる気がする。
そのことは式典に感じてしまったあの気持ちをまた大きく膨らませてしまう気がする。
──そうなったら、絶対、後戻りできない…
そんな確信があった。
だって、ノアはコーラさんの言う通り完璧な人。
確かに気弱で、想像通りの性格じゃないけど、あの人に想いを寄せてしまったら──
──いやいや、考えるな!
私は顔をあげて考えを振り払う。
だけど、明らかに友へ感じるものと違う感覚に私は項垂れる。
いくら色んな事を並べても、34年間で初めてのこの感覚を結論づけるものは一つしかない。
だって、ノアは最初からどこか不器用で、放っておけなかった。
だって、ノアはいつも私を認めてくれて、怒ってくれて…
だって、私だってそれに安心しちゃって、色々と話しちゃって…
何より、他人への興味は薄いくせに、私には懐いてくるようなあの感じは──
──男女の友情はないのかもしれない…
私はまだ熱っぽいおでこに手を当てる。
──私も、マリッサさんと変わらないのかも…
また、後ろめたさを感じた。
きっとノアはそんなもの求めてないと思う。
ティア皇女に似たあの純粋無垢な眼差しはきっとそうだ。
だからあえて避けていたのかもしれない。
なのに、絆されあっけなく……
私はそんな自分を情けないと思いつつ、やっぱり気になるあの魔石の事が思い浮かぶ。
──別に今更知ったから何だって事はないけど…
一度持ってしまった疑問はそう簡単に消えない。
これでずっとモヤモヤし続けるのかと考えれば、重たい気分なる。
こんなにうじうじ考えていても仕方ない。
「ええい!いざ!!」
──使っていいって言ってのはノアだ!
私は勢い半分で、結局ノアの部屋の鍵を開けた。
「の~~~~~~ん」
ところがどっこい。
私はノアの机の上で突っ伏した。
何一つ、目的のものは見つからない。
唯一、関連がありそうなのは旧ソレイユ国やグリード国に関する『太陽の民』の資料。
ただ、難しくて読めない。
難しい話が続くし、知らない言語も出てくるしで、私はお手上げだ。
──そう簡単には分からないか…
私はため息をつきながら、ベラベラとページを無意味に捲る。
けど、わざわざ部屋を借りて、だらだらするのもなぁと、また気合を入れて読み始めるのだった。
*****
──ん?
何だか首のあたりにむず痒さを感じて私は目をあけた。
いつの間にか眠っていたようで、ぼんやりとしていた視界が次第にはっきりしてくる。
「ん?」
そして、私は自分の見た光景にキョトンとした。
私は間違いではないのかとそれを確認するために声をかける。
「ノア?」
ノアが私の横に座ってる。
私が声を掛ければ、ノアも気づいたようで、チラリとこちらに視線をやる。
「起きた?」
「起きたけど…」
──この状況は何?
ノアは私の方を向いてせっせと何かをいじっている。
そのいじっているものは私の白いおばあさんみたいな髪で──ノアは、私の髪を三つ編みにして遊んでいた。
何がどうなってこんな事になっているのか分からなくて私はフリーズ。
しかも意識しちゃってる相手がいきなり真近にいるから余計に固まってしまった。
しばらくして私はおずおずと問いかける。
「何してるの?」
「待って、もう少しで出来る」
「……」
だからそれは何なのか問いかけたかったけど、聞くのも無駄な気がして黙ってそれを見守る。
「できた」
少ししたら本当に三つ編みが完成してノアが満足げな表情をこちらに見せた。
そして「どう?どう?」と目が私に感想を求めていた。
私は体を起き上がらせ、丁寧に編み込まれた三つ編みを眺める。
アップにしていた髪はいつの間にか解かれ、一つの束となっていた。
「あ、これを忘れてた」
ノアは外してしまっていた私の緑のリボンを結び目のところに飾り付ける。
だけど、ノアはリボン結びが下手なのか、不恰好な縦型になった。
「なんで……三つ編み?」
私はもう一度ノアに尋ねる。
「ミンディ嬢が寝てたから」
答えになってない。
「バーリードゥ夫人がティア殿下の髪を結んでいたのを思い出してやりたくなった」
ノアが言葉を続けた。
それでも正直答えになってない気はする。
そんな私の思いに気づいたのか、ノアがさらに付け加える。
「いきなり触るのはダメだというから」
「触ったじゃん」
許可なく、髪に触った。
するとノアはしゅんとする。
「髪もダメなのか…。いきなり触ると驚くと言っていたから、触覚に影響なければ大丈夫なのかと……」
どういう見解だ。
「これもダメだった……」
見当違いな解釈をしてノアは項垂れる。
その仕草が20歳の男の行動に見えなくて、私はつい吹き出した
「ぷっ!」
ツッコミどころ満載でおかしくて仕方ない。
「ははっ、何で髪はOKだと思ったのよっ…、ふふっ、何でっ…はははっ」
何だかツボってしまった。
真剣な反省した顔をして、的外れな事を言い出すノアが何だかおかしい。
「あ~、もうだめだ」
私がひとしきり笑い終わると、ノアはむっすりとした顔をしていた。
何だか、最近のノアは表情が豊かだ。
「気持ちよさそうに寝ている君が悪い」
「え?気持ちよさそうな人の髪をいじるたくなる性格なの?」
私は少し揶揄うと、ノアは余計に眉を寄せて拗ねた顔をした。
「疲れて帰ってきたら君が寝てるから、つい触りたくなった」
むっつりとしたままノアが言った。
「君だって、猫やティアを見れば癒されると言ってた。ティアの頬を触りたくなるって、僕も同じだ」
ノアは機嫌が悪くなると、ティア皇女を呼び捨てにする。
昔の癖が出るのだろうか。
何だか余計に可笑しく思える。
──ノアも私と同じなんだ
確かにノアの秘密の隠れ場所で、猫を撫で回しながらのんびりしているノアの姿を思い出す。
あの猫で癒されていたようだ。
私は溢れてくる笑みを隠すこともなく言葉を続けた。
「何?ふふっ、ノアも私のほっぺに触りたくなったの?」
私は冗談まじりに言ってみると、ノアがコクリと頷いた。
「そういう意味じゃない」って返がくると思っていた私はもちろん意外な返答に「ん?」って言葉を返す。
──え、触りたいの?
「ダメだと言うから我慢したのに…」
ノアは机にうつ伏せになった。
なんだこの生き物は。
胸の奥がキュッとなってしまった。
──あぁ…ダメなのに…
そう思いながらも、その胸の感じは治らなくて、私は自分に負けて、ノアと同じようにうつ伏せになった。
この顔は見られたくない。
「…」
「…」
2人でうつ伏せになって沈黙が訪れる。
しばらくして、モゾモゾとノアが動く気配がした。
音さえも不器用に聞こえる。
ツン
「!!!」
すると、私の腕に隠れきれてない、頬をノアの指がつついた。
私はもう、心臓が跳ねて飛んで、一瞬止まりそうになる。
すると、私が固まって反応しないのをいい事に、ノアが再び触る。
──っ~~~~~~!!!
もうむず痒くて、その優しいのあの触り方が焦ったくて、私はうつ伏せになりながら拷問を受けているかのようだった。
──何だこれ!!
堪らなくて、押さえ込もうとするものが全部出そうになる。
──全然、言ったこと守らないじゃん!
触るなと言って、何度もノアはそれを乗り越えてくる。
私が張る予防線はなぜかいつも無意味だ。
このツンツン攻撃は何だ。
甘酸っぱい青春漫画でもやっているのか?
何だか、色々と限界を超えそう。
「ミンディ嬢のほっぺ柔らかい」
ノア独特ののんびりとした声が聞こえた。
──~~~~~~~~~!!!
言い方とか全てが、私の胸を鷲掴みにする。
もう許されたと思ったノアは今度は私の頬をムニムニとつまみ始めた。
その触り方は優しくて、少し焦ったい。
けど、心地良くて嫌じゃないとか思ったりして──
私はうつ伏せの状態で、のっそりとノアのほうへ顔を向けた。
すぐ目の前でノアが無心に私のほっぺを触り続けている。
触れている感じはしても痛くはない。
ノアをじっと見つめて私は降参した。
これ以上抗っても意味がないのだと思う。
何度も、こんなことに悩まされるぐらいならと私が先に負けてしまった。
──もうこれはダメだな…
私は観念する事にした。
逃げ回っていてもダメなんだろうと悟る。
もう既に引き返せないとこまで来ている。
「ノア、私も好きだよ」
私の口から自然と言葉が出た。




