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結果、わたくし、美々は転生いたしました。
──なんでやねぇええええええええええん!!!!!
「うわぁぁぁああああああああああああん!!!!!」
まだ生後数ヶ月後の私はこうやってうめき声を上げるしかない。
ついつい、大阪弁で突っ込んでしまった。
でも、私の人生史上最大級にこの言葉が似合う状況。
「あらあら」
椅子でうたた寝をしていた綺麗な女の人が私の呻き声を聞いて、立ち上がる。
私と同じ白銀の細い髪を揺らしてこっちにくる。
この人が今世の私の母親──らしい。本当に美人さんで良い匂いがする。
「ミミ、どうしたの?」
現母は私を抱き上げ、あやし始めた。
何人かの大人の女の人がこちらの様子を窺っていた。
多分、彼女たちはメイドとか使用人とかいう人たち。
私は俗にいう異世界転生をしてしまったようだ。
周りの人が科学的に説明のつきようがない、魔法としか思えないものを使っているのを見た。
中世か近世かはわからないけど、キラキラ目の迫力満載のバラ様の漫画のような──あのヨーロッパの世界感の屋敷に私は生まれた。
多分、まぁまぁ裕福な貴族の娘に生まれたのだと思う。
そして、偶然か運命か、私の名前はこの世界でもミミ。
正式にはミンディって名前で、愛称がミミ。
慣れ親しんだ名前でよかった~なんて思いながらも、着々と私は現状を理解し始めていた。
「あうあうあ、うう」
──お休み中、申し訳ございません
あやしてくれる現母に私はお辞儀をする代わりに、赤ちゃん語で伝える。
現母が疲れて寝てたのは知ってた。
けど、一人になってぼんやりしてたらいろんな考えがブワッと湧き起こって…
感情が爆発してしまいました。
「ミミはなんでぐずるのかしら?ミルクもオムツも泣かないのに…」
現母は困ったような顔をする。
──いえいえ、現お母さん。私、実質18歳目前なのです。
17歳を一回迎えてしまった私が、オムツやミルクで泣くのは少々勇気がいる。
何より、現母のおっぱいを吸ったり、おむつにそのまま放出するって──恥ずかしいにも程がある。
なので、私なりにルールを作った。
おむつ替えの時は、勇気を振り絞って放出した後、左手を上げる。
お腹すいてしまった時は、勇気を振り絞って、右手を上げる。
赤子が神妙な面持ちで、スッと静かに上げる姿は異様だったようだ。
何度が重ねるうちにメイドのお姉様方と現母がそれとなく気づき始めた。
「賢い子だわ」と喜ぶ現母。
「既に貫禄ある顔をされますね」と私を怪しみながら見るメイドのお姉様方。
まだ成人していないピチピチのJKなので、『貫禄』なんて言葉使わないで欲しい。
それでも、ふとした瞬間にこうやって私が赤子らしく泣けば、みんなほっとした表情を浮かべ、可愛がってくれる。
別に私も泣きたくて泣いているわけじゃない。
ただどうしようもない気持ちになる。
だって死んだとか──そう簡単に受け止め切れない。
しかも、死に方が偶々電車に轢かれるだなんて…不幸が重なった最悪の事態だ。
お母さん達悲しんでないかなとか考えたらさ、感情が止まらなくなった。
「君にそっくりな綺麗な子になるぞ」
現父は1日に1回はそれを言う。すこぶる嬉しそうに。
私にそっくりな緑の目。現母は翡翠の様だと言ってた。
中々ダンディーな人で胸板がすごい。抱かれる安心感が半端ない。
現父はそれなりに忙しいみたいで、顔を合わせるのはいつも昼を過ぎてから。
忙しいって言っても、貴族様って現代の日本人程じゃない。
陽が落ちないうちから、お仕事を終えて、家族との時間を楽しんだりしてる。
しかも現父は現母が大好き過ぎる。
「君のような女性に巡り会えた奇跡を心から感謝するよ」
「君に何度愛を告げても足りないぐらいだ」
だなんて赤子を挟んで言ってる。現母も嬉しそうに頬を染めてるし。
やめてくれ。娘の前でイチャイチャはなしよ。
思春期真っ盛りだった私の前でしないで。
2人は愛し合ってる分、2人とも私が大好きみたい。
「生まれてきてくれてありがとう」
現父も現母も寝る前に必ず私にそう言って、おでこにキスをしてくれる。
ある日眠気に負けてうとうとしながらも、なんとか目を開けた時、私を見つめる現母の顔を見ちゃった。
私を見つめる現母の顔が、お母さんの顔と重なっちゃったんだよね。
お母さんより美人な現母だけど、一緒だって思った。
浮気なのかな?2つの家庭を掛け持ちしている悪い亭主。
そりゃ、17年ずっと育ててくれた前世の両親との絆は絶対消えない。
消えないけどさ、この人たちも同じなんだって思ったらさ…
段々と月日が経過していく内に、爆発しっぱなしだった感情は落ち着き始めた。
あんな顔を見ちゃって、気づいちゃったら仕方ない。
「ミミ、ほらパパだよ」
「あなた、その手で触らないで」
「お、おうそうだな」
帰ってきてすぐ私を抱き上げかけて焦るパパさん。
パパさん、私が可愛くて仕方ないんだね。
「あーう」
わたしが手を伸ばすと、しょんぼりしていたパパさんは嬉しそうだった。
──パパさん、ママさんよろしくね
「あうあうああああうあ」
そして私のミンディ、ミミとしての人生が始まった。
──が、現実はそこで終わりとはしてくれない。
異世界のエンジョイライフがあると思いきや、私には最大の欠点があった。
予想通り、まぁまぁ裕福な子爵家の長女として生まれた私。
提示されたものはこなしましょう──な義務教育をこなしていた私には貴族の教育なんてなんのその。
天才ではないけど、それなりにこなしてきた。
容姿も美形のパパさんママさんのおかげで前世よりは格段に可愛い顔つき。
周りの人にも恵まれていた。
愛情一杯の両親は勿論、屋敷の人も領地の人もみんな優しかった。
可愛いく懐いてくれる弟も生まれて本当に恵まれていた。
子どもらしくは振る舞えなかったけど、それでも楽しかった。
2度目の人生だからか、確実に要領はよかったと思う。
何より、れいなのような存在がないから、自由な日々が続く。
好きなものに思いっきり身を包んで、楽しんでいた。
周りの目を気にすることもなかった。
正直、異世界転生した主人公を夢見ていたのかもしれない。
だけど、神様はそれ以上のチートはくれなかった。
もしかしたら、段々と前世で親孝行できなかったツケが来たのかもしれない。
れいなに対して、他の人に対してよくない気持ちが良くなかったんだ。
幸せの代償に──神様は私に魔力をくれなかった。