8 ノア視点
──やってしまった
僕は、いきなりミンディ嬢が駆け出して行ってから頭を抱えた。
これは僕が望んでいる形ではない。
あんな攻撃的に言いたかったのではなく、少し矛盾を感じて──
自分のコントロールできない何かに僕は気持ち悪さを感じた。
俯いて唇を尖らせたミンディ嬢。
あんな表情をさせたいわけではない。
──追いかけよう
僕はそう思って立ち上がり、走ろうとしたが体力を使い切っていて、へなりとその場に崩れた。
「おい、ノア、どうした?」
そこに乗馬を楽しんでいたはずのアーノルドがこちらによってきた。
アーノルドが僕の顔を覗き込むが、ミンディ嬢のことが過って何故かまた気持ち悪さが込み上げた。
「……別に」
「別にって事はないだろ?」
そう言って、グイグイと来る。
それが今日は何だか煩く感じる。
「…今日のアーノルドは嫌いだ」
「は?」
「僕は君が嫌いなのかもしれない」
「お前な…」
僕がそういえば、アーノルドは理解するのを諦めたように頭を掻いた。
「ところで、ミンディ嬢は?」
アーノルドが周りを見渡して問いかける。
それが気に入らない。
「……ルグ……嬢」
「あ?」
「ウルグス子爵令嬢だ」
「は?お前もミンディ嬢と呼んでいたろ?」
「ウルグスだ」
「はいはい。ウルグス子爵令嬢は?」
「…」
追いかけたかった。
けど──
「はぁ…」
今日の僕はどうかしている。
制御の効かないもう1人の自分がいるみたいだ。
「おい、どうした?」
「僕はもっと大人になるべきだ」
「お前は十分大人だ。20歳だろ?」
「…そうじゃない」
僕はアーノルドを煩く思いながらも答える。
元々の要因には彼だって関わっている。
──いつの間に知り合いに…
父もチェイスもだ。
ティア皇女も彼女を独占すると言っていた。
知らない間に彼女が他の人と──そう考えるとまた肺のそこら辺がギュッとする。
──彼女が僕の他に人間関係があるのは当たり前だ
「いや、僕がとやかく言う話ではない」
「そうだな。歳は、勝手にとるもんだ。お前がどんなに足掻こうと関係ない」
「…」
今日は、アーノルドのこんなところが余計に嫌だ。
「僕は、寛容な部類に入る人間だと思うが、君のそういうところが許せない時だってある」
「私が何を言った?」
僕がそう言えば、アーノルドは目を細めてくるが、僕はそれに答える余裕はない。
「お前も、前置きをしておけば許されると思うなよ?」
アーノルドはそう言った。
確かにそれはそうだ。
僕が悪いのかもしれない。
ティア殿下の所に行ってから、何だか落ち着かない。
*
「ティアがミミを貰うから!ノア兄様は見てればいいよ!」
ティア殿下は僕に会うなりそう言った。
「ずうっと、ミミにもティアにも会いに来なかったから仕方ないからね!」
仁王立ちでティア殿下は宣言した。
バーリードゥ侯爵夫人は「殿下、公子にも事情があるのですよ」と窘めるも、ティア殿下は頬を膨らませ僕を責めようと意気込んでいた。
「好きって言ったくせに、お兄様なんかダメ!ミミにあんな顔させたからね!」
どんな顔をさせたのだろう。
そんな事が気になっていると、ティア殿下は言葉を続ける。
「だから、私のお兄様にするの!」
「……フィン?」
「そうだよ!ミミをお兄様のお嫁さんにするの!」
僕がその言葉に驚いていると、バーリードゥ侯爵夫人がそこに割り込む。
「殿下、勝手に物事を進め、言いふらすことはよろしくありません。結婚はお遊びではないのです」
「ティアがミミを貰うって言ったら、いいって言ってくれたのに!」
「それとこれは別です」
「何で!だって、ミミがね、いらないって人が捨てたものでも欲しいなら貰うって──」
「殿下、話が違います」
バーリードゥ侯爵夫人がティア殿下にそう言った後、僕にそっと告げる。
「殿下は最近ミンディさんの言動に憧れてしまっていて…」
「そうでしたか」
それは理解できる。
だが、フィンとミンディ嬢が──
*
それから、どうもおかしい。
思考の全てが一方へ導かれていくようにどこかへ辿り着く。
その結果、正論だと思うも何か棘のある言い方をしてしまった。
──大体、彼女が懸命でいれば恥は何もないと、自分で言ったんだ…
何がそこまで彼女を追い詰めたのか。
久しぶりに会った彼女は、今にも消えそうな表情をしていた。
ティア皇女に、カラッとしたした笑顔を向けていた彼女らしくなかった。
それでも笑ってくれて、それで僕も安心したはずなのに──
なのに唐突にあんな言葉を言ってしまった。
正しい事を言ったつもりだ。
ただ正しいことを言ったつもりなのに、何故か後悔する。
──何で言ってしまったんだ…
後口が悪い。
僕はこんな気分になるのがいつも嫌だった。
だからずっと避けるようにしていたはずだ。
「…アーノルド、君は妹に厳しい言葉ばかりをかけると言っていた」
「あぁ、言ったな」
アーノルドはゆっくりと頷いた。
そして、「やっとまともに話す気になったか」と細めた目を開く。
「なぜだ?」
「心配だからだよ。何度も言ってるじゃないか」
「心配……」
──そうなのだろうか。心配なのか?ティア殿下や、フィン皇子、父やアーノルド達と親しくなる事が?
何か、違う気がした。
「僕は彼女に謝るべきだ」
僕がそう呟くと、アーノルドは首を傾げる。
「私ではないのか?」
「…」
「今日のお前はより考えが読めないな」
「読んで欲しいわけじゃない」
「それに、口が悪い」
それは事実なのだと思う。
こんな攻撃的な感情は初めてだ。
それでも謝りたいと思った。
僕は彼女を責めたいわけではなかったから。
彼女があんな顔をするのは、僕の望みではない。




