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「それで、なんで乗馬なのですの?」
厩舎から馬を連れ出しながらコーラさんが私に問いかける。
「やっぱり、私の自慢は体を張ることだと思いまして」
私は馬に慣れていないので、コーラさん達を手ぶらで追いかける。
服装は乗馬用のパンツスタイルでやる気満々だ。
でも、この世界では脚が性的なものとして捉えられがちで、男性のような足にフィットしたズボンは履けない。
なので、特注のガウチョパンツをその代用品として使っている。
スボンも履けない、スカートで乗ることも品がないとされるなら、更なる手を使うまでだ。
ノアとの会話で、とにかく頑張ろうと決心し、一先ず、またマリッサさんみたいな人が現れても、助けられるように体力づくりから始める。
ちょっと馬鹿な考えかもだけど、実際、前から馬には乗ってみたかったから、乗馬ができると自慢していたコーラさんに頼んでみた。
「コーラさん、私ってでしゃばりでした?」
ちょっと不安になって聞いてみた。
「考えを押し付けたり、その…色々と、迷惑でした?」
今はかなり前向きだけど、やっぱり不安はつきまとう。
コーラさんは馬を撫でながら、こちらに冷たい目を向けてきた。
でた、ジャマ家の冷凍ビーム。
「あなたがお節介なのは天性のものだと思いますわ」
やっぱりそうなのか。
「でも、ギリギリなラインですわ」
「ギリギリって…」
「お節介ですけど、あなたは自分の意見を一つ提示してくるだけですから問題ないのでは?それを受け取ってどう判断するかはそれぞれの責任ですもの」
コーラさんは私から顔を背けて言った。
「無理に自分の価値観を押し付けるのではないので、でしゃばって無駄に押し売りをしてくる方よりはマシなのではなくて?」
「…コーラさん、もうちょっといい言い方ありませんか?」
「あら、一番適した表現ですわよ」
自信を持っていいのかいけないのか分からない。
一先ず、もっと考えて頑張るしかない。
「それで?ノア公子様は、結局聖女に振り回されているのですの?」
「んー、聖女ってよりは周りの大人みたい」
私はノアが少しだけ話してくれたことを思い出す。
*
「…彼女は雛鳥と同じ習性を持っている」
「雛鳥?」
再び疲れた顔を見せるノアはそう言った。
「この世界で僕をはじめに認識したからか、いちいち相談してくる」
「相談?」
「…今、彼女が魔力を扱えるように神殿や元老院が色々と尽力しているのだが、僕は専門外だと言っても聞いてきたり──」
少し質問しただけなのに、ノアはベラベラと語り出す。
これはきてるなと私も感じてしまうほど。
ノアの話では、レイナはかなりノアを信用しきっているようだ。
神殿や元老院から派遣された人々の事も一旦はノアに相談してくるみたい。
確かに、こっちの世界にきて数週間、心細いのは仕方ないと思う。
最近は少し落ち着き始めて、自分で判断するようになってきたんだって。
だけど、今度は何度も会いにきてくれと使者に呼び寄せられて、話し相手をしているらしい。
そんな具合で、ノアの意図しない形で聖女の面倒係のようになってしまい、更にノアが教国と皇族の血縁者である事から、中立的な立場として板挟み状態らしい。
こっちの言い分、向こうの言い分、レイナにノアは振り回されて、かなり疲労していたらしい。
「本当はミンディ嬢に会いに行きたかったが、宮廷にいるとすぐに呼び出されるから…」
ノアは遠い目で語る。
「領地に籠もってしまおうかと思ったが、陛下の命令を無視できないし…、元老院の反感を買うのも……」
大人しく言うことを聞いておくのが、一番なのだろう。
ノアは後の面倒にはしたくないみたい。
『僕の目標は「現状維持」だ』ってノアもいつか言ってた。
「結局、少しでも休みたくて呼び出されるまで、家にこもってた」
多分家にいても気が休まらなかったのだろう。
疲労しきったノアを見ていれば分かる。
ノアは言い終わると、また子猫を抱き寄せて、優しく撫でる。
「今更だが、こうしている方が疲れが取れる」
それは本当なんだと思う。
ノアは穏やかな顔をしていた。
ノアには癒しが必要だったみたい。
「失敗だった…」
ノアは心底後悔しているのか、さっきまで煌めいていたはずの目の奥は淀んでいた。
なんかかわいそうにも思えてくるから、私もノアに感情移入しすぎてる気もする。
*
「お立場上、難しいでしょうね」
コーラさんは同情的な顔をする。
「元老院や神殿となると、お助けするのは難しいですわね」
「どっちにも目をつけられたくはないですよね」
「それはそうですわよ。いくらデネブレ公爵家でも、対抗するのは大変ですわ」
絶対的な力なんてないものね。
コーラさんは馬の扱いに慣れているようで、外に出ると馬を優しく撫でて落ち着かせる。
「さ、ミンディさん、この子と散歩しますわよ」
コーラさんが振り返って、持っている手綱を私に渡してきた。
「え、もう乗るんですか?」
「馬鹿ね。まずは一緒に歩いて、乗ってもいいぐらいの関係を築かないと、すぐに振り落とされましてよ?」
コーラさんは馬鹿にしたように眉を上下に拗らせる。
「コーラさんはスカートで乗るんですか?」
いつもと変わらない服装のコーラさんに問いかける。
「そんなわけないでしょ?ズボンを履くけど、私は騎士でもないし、ここは宮殿だもの。乗馬なんてはしたない事しませんわ」
「今から乗馬する人に言います?」
「令嬢は殿方が操る馬の上でお淑やかに座っているのがマナーですわ」
コーラさんはそう言うけど、なんで乗馬が得意だって自慢したんだ。
きっとマウントをとりたかっただけなんだろうけど、騎士のようにズボンを履きこなしたコーラさんを見たかったな。
「ま、ミンディさんみたいなお召し物なら、とやかく言う方は少ないかもしれませんわね」
コーラさんは少し羨ましそうな顔をした。
「あ、特注で作ります?最近お気に入りのお店なんです」
「もしかしてあの髪飾りの?」
「そうそう、新しいお店で小さい所ですけど、すっごく洒落てるんです」
結局、新しく見つけたあのお店は私の御用達のお店となった。
なんだかんだとあの美人な店主であるお針子さんとは顔馴染みになって仲良くしてもらってる。
店の中の商品も揃い始めて、店自体が賑やかになってきた。
なんでも出資者の人の資金繰りが良くなって、材料に困らなくなって、他のお針子も雇えるようになったとか。
お陰で、オーダーメイドでも引き受けてくれるようになった。
「まぁ、考えて差し上げてもよくってよ?」
コーラさんは相変わらずだ。
けど、認めるところは結構認めてくれるから、コーラさんもいい奴なんだと思う。
コーラさんとそんな雑談をしながら、私はお馬さんを連れて、練習場を歩いた。
心地よい風と、芝生の柔らかい感覚が気持ちを穏やかにさせてくれる。
その感じは、この前ノアと過ごしたあの空間が思い出される。
*
ノアは続けて私に言った。
「あの件も、うまく処理できなくてすまない…」
ノアも私と同じで、嫌なことを思い出すとどんどん記憶が蘇るタイプみたい。
多分、マリッサさんとの一件だと思う。
あの件は釈然としないけど、別に私はなんともない。
一番こわいのはノアだと思う。
「呪術を使用している事を何か立証できないかと調べたけど…、なかなか見つからなくて」
「呪術?」
「あぁ、己の髪を使用するものは無くて…」
「髪の毛?」
ノアの言おうとしている事がいまいち理解できなくて、詳しく掘り返して聞いてみた。
だって、呪術や髪の毛なんていきなり出てきても分かんないよ。
そして、聞いた結果、驚くべき事が判明しました。
「ノア……令嬢方が言い寄ってくるのは嫌がらせだと思ってたの?」
私は驚愕すぎて、まんまるに空いたままで口が塞がらなかった。
「え?」
「あぁ゛───…ノアの馬鹿!!」
私は顔を覆って叫んだ。
流石に気づけよと思ってしまう。
ノアは私には自分を大事にしろとか言うけど、ノアこそもっと自分の凄さを理解するべきだよ。
「それは立証できないから」
「何か理由を知って──」
「知ってるよっ!!」
つい、被せて大声をあげちゃったよ。
楽団の人たちも驚いたみたいに一瞬音が止まった。
ノアはなんで知ってるのって、興味津々な目を向けてくる。
──ノアの期待してるものじゃないんだけど…
決して学術的なものじゃない。
だってこれは単なる思いで、むしろ、ノアはちょっとダメージを受ける可能性がある。
──伝えないのも優しさ?
ただ恨まれていると思い込んでいるのと、歪んだ愛を知るのとどちらがいいのだろうか。
そう思いながら、こちらを見つめるノアを見た。
誤魔化しても碌なことはないと良く知ってる。
「あのね、多分、どの人もノアを嫌ってんじゃ無くてさ、好きすぎるんだと思うんだよね」
私は小さい子供に言い聞かせるかのように言葉を選んで話す。
「憧れとか、好きだなとか純粋な気持ちにさ、色んなスパイスがかかって──」
できるだけ分かりやすく、ノアが勘違いしないように私は説明した。
時間をかけただけ、ノアは納得したみたいで頷く。
「成程」
「…分かった?」
「疑問だったものが全て裏付けられます。呪術について調べても分からなかったわけだ…」
本気で調べてたんだろうな。
だから白魔術とか黒魔術とか古代魔術の事を言っていたのか。
こっちも納得したよ。
ひとまず、ノアが納得する点が多かったようで変に傷つかなくてよかった。
流石にストーカーの概念を間違えて捉えていたのは酷すぎる。
マリッサさんは告白してたんだけどね。
ノアは気づかなかったみたい。
「だから取り合ってくれなかったのか。父の言葉が今更分かった」
「ショック?」
「別に…むしろ嫌われてなかったのは理解できてよかった。変に期待されているって事も知ってしまったけど」
安心とプレッシャーが両方あるのだろう。
私も複雑な気分だった。
「だが、古代魔法の事を調べれたのは運が良かったのかもしれない」
「なんで?」
「『太陽の儀式』の記載があって『異世界の旅人』についていくつかの知識があったから」
──『太陽の儀式』?
「あ、ヴェロニカが言ってた。えっと…グリード国の奴だよね?」
私が思い出して言うと、ノアが頷いた。
「それって何?」
「『異世界の旅人』を強制的に連れてくる儀式らしい」
「え?」
「本来、彼らがこの世界に来ることになる時空の歪みは、自然発火のように様々な条件が重なり偶発的に起こるもの」
ノアが子猫を使って説明してくれる。
子猫はじっとされるがまま。
ノアは自分の顔の前に子猫を持ってきて、子猫の手をクイクイと動かす。
なんだこの組み合わせ。可愛いじゃないか。
マイペースさが猫とノアは合ってる気がする。
「だけど、その時空の歪みを強制的に引き起こすのが『太陽の儀式』」
ノアは顔色を少し険しくさせた。
『太陽の神が彼らに慈悲を与えるためにやる儀式』とヴェロニカも言っていた。
「そんな事できるの?」
「うん。膨大なマナが必要だけど、街一つ分の命を犠牲にすればね」
「え?」
ノアが平然と言い放った言葉に足元がら冷たい風が舞い込んでくるかのようだった。
「旧ソレイユ国の民はその犠牲に他国の民を利用してた。排他的な思想はそのためなのかもしれない」
「待って、グリード国でもしてるって…」
「その国が過去に実施したって記録はないけど、引き継がれてもおかしくはない」
今は歴史的にも比較的争いのない平和な時代。
いくら、私の生きていた時代よりも血生臭い世界だとしても、戦争は私にとって遠い存在だった。
「もしかして…レイナが来たのもその儀式が関連してるってあり得るの?」
私が尋ねると、ノアは一度首を捻らせた。
「レイナ?」
「あっ…聖女の」
「あぁ、彼女か。そこまではまだなんとも言えない。ただ、教国側の調べではその可能性は低い」
ノアはそう言って、少し考える素振りを見せた。
「あの時、歪みを誘発できる条件がいくつか揃っていた」
「あそこに?」
なんなんだろう。
私は頭を回らす。
ノアは少し困った顔をしていたけど、すぐに口を開いた。
「おそらく僕だ」
「ノア?」
「マナの制御ができなかった。僕のマナは街一つ分に相当するらしい」
「……そうなの?」
「僕も知らなかった」
まじか。確かにマナの量は多いって言ってた。
「神殿で調べ尽くされた…」
ノアは自分の体を抱きしめる。
なんでかめちゃくちゃ艶っぽい。
──何されたんだ…
なぜか私は唾を飲み込んだ。
*
「いやぁ~…、男性にも色気ってあるんだね」
「あなた、何を言ってますの?」
思い出しちゃってつい呟くと、コーラさんがまた冷凍ビームを放ってきた。
おっと、コーラさんといるとついぼうっとして気が抜ける。
私の代わりにコーラさんが気を張ってるからかな?
「さ、そろそろ馬に乗ってみますわよ!」
教師役が楽しいのか、コーラさんは結構張り切っていた。




