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──やっぱり、レイナはあの時から来たんだろうか…
ずっと考えていた事。
あの時のレイナの発言。
『電車は?ミミちゃんは?』
そう考えれば、あの時、私と一緒にレイナの身にも何かが起きたのかもしれない。
レイナはこの国に迷い込んだ転移者、私は一度死んで来た転生者。
私達がこの国に来たのならそこには何かしらの意味はあるはず。
「あの時も光った?いや、どうだっけ?」
薄くなりつつあの時の記憶。
レイナの存在で色濃くなった昔の私。
生まれ変わって17年も経てば、私はここの世界の人間だと完全に認識していた。
前の世界で生きていたのも全てちゃんと分かっているのだけど、ここにいる私が現実であの世界が夢だったようなそんな気分にもなっていた。
けど、レイナがいてあの美々としての自分を感じると、改めてあの世界で生きていた事が思い起こされて、ここが夢のようにも思えてくる。
レイナが来てから少し、フアフアしている。
どれも自分なのに、どれも他人のようにも思えて──
「ミミちゃん、どうしたの?」
ママさんが私の顔を覗き込んだ。
なんだかんだあって、やっと得られた休日。
疲れを取ろうと、今日は家でゆっくりとしている。
ママさんが刺繍していた横で、私はワイアットとパパさんが剣の稽古をしていたのを眺めていた。
「まだ、変な人がうろちょろしてるの?」
「「何っ!?」」
ママさんが尋ねると、パパさんとワイアットが顔をこちらに向けた。
マリッサさんの事は一応、みんなに報告している。
パパさんはいろんな手続きの為に宮廷に来てくれた事もある。
「お姉様に無礼を働く者は誰ですかっ!」
「愛娘を傷つけるなど許さん!!」
2人は勝手にヒートアップさせる。
2人もあの件について納得してないみたい。
「違う、違う。いろんな事を考えてただけ」
私は苦笑いで答える。
「何?恋?」
ママさんがキラキラした目で問いかけてくる。
ノアのお父さんもそうだけど、うちのママさんも少女のように浮かれた表情を見せる。
ママさんも40手前なのに、美貌に陰りが一切見えない。
皺一つもなく、白銀の髪色は私のよりも輝いていて透明感があって綺麗。
ママさんみたいな髪だったら、私もほこりの塊なんて言われないのかも。
「なんだって?!」
「相手は誰です!」
「まさか、あの公子かっ?!」
うちの男達はいちいちママさんの言葉に踊らされる。
パパさんはノアのせいで巻き込まれたって印象があるみたいで余計に食いついてくる。
心配してくれているのは分かるけど、そうじゃないから私は苦笑いを浮かべる。
「違うよ。聖女のことが気になるだけ」
私はソファでくつろぎながら言った。
ここにポテチがあったら最高なのに。
「聖女!お姉様会ったことがあるのですか!」
ワイアットが目を輝かせながら言った。
「…そうなのか?」
パパさんが眉間に皺を寄せた。
最近、話題の事だからみんな気になるのだろうか。
「あ~、会ったって言ったって、一瞬だよ?たまたま、聖女が現れた時に会っただけ」
「あら、異世界からやってくる瞬間を見たの?」
ママさんが驚いたかおをした。
言ってなかったけ?
「ん?うん」
「そう、どうだったの?」
「どうだったって…」
別に変わった事はない。
ありきたりな登場といえばそうだった。
「光がバッと現れて、そんでいつに間にか、そこにいたって感じ?」
「あら、そんなもの?」
「そんなものだったよ」
私が言うと、ママさんは少し残念そうな顔をした。
「神々しい光でしたか?」
ワイアットが聞いてきた。
「う~ん、眩しかったけど…どうだろ?」
「…若い女が来たんだろ?」
「そうだよ。黒髪の、異国だって良くわかる顔立ち」
パパさんの問いかけに、日本人らしい顔なんて言えない。
貴族の生活をしてきたおかげか、あやふやな物言いが上手くなった気がする。
はっきり言い過ぎないのもまた美徳なんて考えもある。
「貴方、顔がこわいわよ」
ママさんがパパさんに注意した。
パパさんはハッとすると、ママさんに近寄って頬に口づけをする。
「すまないな」
「いいわよ」
なか睦まじいのはいいけど、近くに年頃のワイアットがいるのを忘れないでほしい。
きっと気まずいだろうなって横目で見ると、ワイアットはパパさん達より私の方へ顔を向けてる。
「聖女はすごい力を持ってるのでしょ?」
ワイアットは聖女に興味があるみたい。
「さぁ…、どうだろうね。あんまり外に聖女の情報は漏らせれないみたい。宮殿にも近づけない状況だから」
「そうなのですか?」
「そ、だから、余計気になっちゃう」
私は戯けながら言った。
本当は、なんでレイナがここに来たのかとか、他にも要因があるけどね。
今はただの野次馬を装っておく。
「変に首を突っ込んではダメだぞ?また怪我をしたらどうする?」
パパさんが片手でママさんを引き寄せながら言った。
ママさんはのんびりとパパさんの胸にしなだれている。
「自分から関わりに来たんじゃなくて、マリッサさんが関わってきたんだよ?」
私がそう言ってもパパさんは機嫌を直してくれない。
「あのね。心配なのよ。ミミちゃんはすぐに意地になっちゃうじゃない。今回だって、友達を思ってのことだろうけど、なんで私がおかしい人の為に我慢しなきゃならないんだって意地が発動したところがあるでしょ?」
ママさんがやんわりと訂正する。
それは言い返せない部分がある。
「そういうところが心配なの。少しは親を頼って相談してくれてもいいのよ?」
そう言われたら、その通りで…
──もしかして、私ってでしゃばりな事してた?
ふとそう思ってきた。
どこでどれかを間違っていたかもしれないそう思ってきたら分からない。
「ほらね。またぐるぐる考えて…、そういうのは失敗するだけよ?」
「…失敗って?」
「私も経験したことあるの。1人で考えすぎて、抱え込んで、いつの間にか八方塞がりになってね。気づいた時には手遅れな事もあるのよ?」
それは以前に言っていた事と何か関係があるのだろうか。
『自分の周りさえまともなら、それでいいの』と言っていた時を思い出す。
その為にはまた抱え込みすぎてもいけないらしい。
「…素直に生きるのも難しいね」
そう思った。
ノアもきっとそう生きていきたいのに周りがそうさせてくれない。
「難しいけど、簡単なのよ?」
ママさんは品のある笑みで言った。
「そうだな。きっかけさえあれば簡単だ。自分を全部吐き出せる人を1人見つければいいだけだ。あとは次々と見つかってくる」
パパさんは爽快な顔を見せる。
きっと若いパパさんは爽やかイケメンだったと思う。
今はゴリマッチョなナイスガイだけど。
ちょっとアクが強い。
「お姉様、僕だって頼って下さい!立派な紳士になってみせます!」
ワイアットも参加してきた。
そんなワイアットをパパさんが小脇に抱え、わしゃわしゃと頭を撫でる。
ママさんはそれをのんびりと見守っていた。
──恵まれているな…
そう感じた。
十分私は恵まれている。
──しゃーないな
私は頷いた。
恵まれているなら、それだけどっぷりと恵まれ沼に浸かるしかない。
──どっぷり浸かって、どっぷり堪能してやる。
まだ、レイナの事は言えないけど、転生の事は話せないけど、私は少しだけ勇気が持てた。
「ミミちゃん、いつでも力になるわ」
そう言って、ママさんは私の目元をスッと触った。
ママさんはいつも、パパさんに似た私の翡翠の目を愛おしそうに見つめる。
*****
その翌日、私はまだ休日だったけど、宮廷に戻って図書館に行った。
ひとまず、行動してみよう。
私は、まずは考えすぎる前に調べ潰すことにした。
──今まで転移者がいるなら、転生者がいてもおかしくないよね
そこから知ろうと思う。
そう簡単に、転生の事を話せるほど私もお気楽者ではない。
信じてもらえる何かを持ってないと自信はない。
──きっとママさん達は信じてくれるだろうけど…
だけと、余計に心配させたくないのはお互い様な話だと思う。
まだ、確信が持てないまま不安にさせるのは少し卑怯だ。
──それは私が安心したいだけだもの
私はできるだけ周りを固めるために、本を読み漁る。
だけど、やっぱり帝国に『異世界の旅人』の記録がないせいか、文献が極端に少ない。
司書にも問いかけるも──
「最近それを聞く人が多いですけど、ないものはないんです!神殿なり他国になり聞いて下さい!我が国の記録はこれだけです!」
と半分キレながら言われてしまった。
どうやら、聖女について知ろうとしているのは私以外ではないみたい。
今は聖女への興味が高まっているんだから、他国から取り寄せるぐらいすればいいのにと思うけど、それを言うほど私は気が強くない。
きっと取り寄せられない理由があるんだろうなと思い込み、少しでも関連のありそうな文献を読み漁っている。
──ん~、全然ないじゃんか
聖女の資料を読んでも、異世界に関するものはない。
2時間もすぎてくれば、集中力も落ちて、私は無意味にページをベラベラとめくる。
──あーあ、ノアの研究室にならいくつかあるのかな?
キル教や教国の資料があるって話をしていた。
──ノア、元気かな?
ノアの事を考えると気になってしまう。
全然会えないし、あののんびりな人間がいないせいで変に焦る自分がいる。
「はぁ…」
頬杖をついてため息をついた。
品がないけど、そんな気分。
雨の日の前の変な曇りが頭にあるみたい。
私は少しでもいつもの自分を取り戻そうといろんなことを思い浮かべてみる。
するとすぐに思いつくのは最近の事ばかり。
──あれって、マナってやつなのかな?
ぼんやりと、レイナが現れる直前を思い浮かべる。
ノアが私に触れた時に流れ込んできたアレ。
私の体温を一気に上げるような熱っぽさがありながら、その熱がやけに心地よかった。
全身に流れて、いろんなものがノアに近い何かに書き換えられていくようで──
バタッ
私はあの感覚を思い出すと、頬杖を崩して机の上に倒れてしまった。
机に突っ伏した私は、自分の心臓がドッドッと音を鳴らすのを鎮めようと「落ち着け、落ち着け」と小さく念じる。
──違う。違う。そうじゃない。違うって!!イケメンだからってコロっとやられたら終わりだ!!
ブワッと込み上げてしまった感情は、意識すればするほど変に渦巻いてくる。
それははっきりとした形にはならないのだけど、しっかりとその存在があって。
──違う!今はちょっと寂しいだけだって!
友達が自分の知らない友と遊んでいる話を聞いてちょっと嫉妬しちゃうみたいな感覚。
そうだ。そうでなければ──
「ぬあっ」
それ以上は考えてはダメな気がして私は立ち上がった。
──ここは静かすぎてだめだ!
さっさと本を返却して、もっと気を紛らわす何かを求めようとして──
「わぁ!ここが図書館!?」
懐かしい声が聞こえた。
「ファンタジーの世界みたい!」
その声とともにトタトタと軽やかな足音が聞こえる。
それは待ち合わせをしてよく聞き慣れたもの。
──レイナ?
そっと本棚の隙間から除けば、そこにいたのはやっぱりレイナ。
そして、その横には──
「静かに。迷惑だ」
抑揚のない声なのに、優しい響きのあるあの声。
──ノア
レイナの後をついて現れたのは見間違うわけのない彼だった。
「あっ、そうだった。ごめんなさい」
レイナは、しまったと口元に手を当ててすぐに申し訳なさそうな顔をした。
だけど、すぐに表情を輝かせる。
「だって、すごく素敵で、あ、この大きな梯子なんて上りたくなっちゃう!」
『ミンディ嬢はコロコロと表情が変わって興味深い』──ノアが私に言った言葉。
レイナはすぐにあの大きな梯子に行くとすぐに足をかける。
私はあれだけ躊躇って結局登れなかった梯子に、レイナはいとも簡単に登ってしまう。
「危ない」
ノアはそう言っても「大丈夫です!」とレイナは登っていく。
レイナが登って行く度にさっきの熱っぽいものが冷えていく感じがした。
ノアとレイナの後ろにはさらに色んな人が控えていたけど、そんなの目に入らないくらいノアとレイナは存在感があった。
活発なヒロインとそれを心配そうに見守るヒーロー。
きっと誰もが憧れるワンシーン。
そして側にあるガラスに映る自分が見える。
それなりに整って可愛い顔をしていても、特別映えるものは何もない。
ホコリのような髪色は、レイナの黒髪と違って輝きも存在感もない。
「キャッ」
その時、レイナが梯子を踏み外した。
ノアがすぐに動いて、レイナを抱き止める。
「…事前に回避できることはしてくれ」
ノアがレイナに呟く。
ノアの顔は見えなかったけど、すっぽりとノアの体に隠れてしまうレイナ。
ほんのりと頬を赤めるレイナが見えた。
──そうだよね
なんだか納得してしまった。
久しぶりに見たノアはやっぱり端正な顔立ちだった。
綺麗で、憧れてしまう容姿。
偶々が重なったから親しくなれた友。
私はずっと腕につけていた魔法玉を触る。
──ちょっと休も
私はこの空間を邪魔してはいけないとひっそりと、図書館を後にした。




