14
「あ~ら、エリザベスちゃん?どうしたのでちゅか~?」
私は小袋に入った最高級肉を振りかざしながら、エリザベスを見下げた。
形勢逆転とはこの事じゃい!
エリザベスは悔しそうにこちらを睨んでいる。
一瞬実力行使をしようと襲い掛かられそうだったけどね。
そんな時は魔法の言葉。
「あら、私が死んだらこのお肉しか食べれませんわよ?そしたら~、もし私が生きてあなたに献上してあげることももうないですわねぇ~!!!」
コーラさんの言い方を真似して言ってみた。
コーラさんみたいな背の低い美少女が言っても、別に怖くないけど、私が言ったら、結構迫力があって、悪役令嬢感があるかも。
ただ、最悪なのは、私に悪役令嬢に相応しい身分ではないこと。子爵って微妙じゃないかい?
そこは置いておいて、エリザベスは私の言葉を聞いて悔しそうにおとなしく散歩をしている。
私のリードに大人しく繋がれているエリザベスなんてレアすぎる。
──スマホがあれば記録して全世界に拡散してやるのに!
いや、それは勿体ない。
むしろそれでエリザベスを脅す方が面白いかもしれない。
想像していたら止まらなくなる。
自分でもわかるぐらいに悪い顔をしているさ。
けどね、こんな機会はもうないのさ。
私はお肉を振りかざしながら、ニマニマとしてエリザベスを見つめる。
エリザベスの悔しそうな顔ったら…
──あぁ!最高!!
ヴェロニカは気晴らしに連れて行ってって言ってたけど、エリザベスにとっちゃ苦痛だろうな。
決して、動物虐待ではないですよ、奥さん。
これは私とエリザベスの関係をはっきりさせる戦いなのです。
そこんところ間違えちゃあいけねぇよ。
私はルンルン気分でエリザベスを引き連れる。
こんなに素直についてくるなんてありえない。
そう思いながら進んでいると、何かがピカッと光った。
──あれ?
式典の場所よりもかなり遠い場所だ。
もしかして道を間違えた人でもいるのだろうかとか思考を巡らす。
それの信号として光魔法でも使ったのだろうか?
警備を呼ぶためなら納得する。
私は助けるべきだなと足を進めかけたが、すぐにやめる。
──だとしてもこんな動物いたらびっくりするよね
完全に肉にしか目がいってないエリザベスを見て私は考える。
──よし。様子を見てから声をかけるか
困っていれば助ければいい。
違ったらスルーすればいいしと私は気楽に考える。
丁度噴水の近くだし、エリザベスを休憩させてやろうとか優しい気持ちだってあった。
──エリザベスよ。これからは私を敬えよ?
眉をあげてエリザベスを挑発してから、私は林の影から人を探る。
転生してよかったことの一つに、視力がいいってことがある。
目を悪くするものがないのよ。
それだけ娯楽も少ないけど、意外となくても生きていけるんだって発見。
そう思うと、ちょっとだけ前世は時間を無駄にしていたのかなとか考えちゃう。
もっと色々とできたのではとかさ。
まぁ、それは今更なのでできるだけ考えないけどね。
私はその無駄に視力のいい目を凝らして、さっきの人影を探し出す。
けど、なかなかその光の主は見つけれなくて──
ゴンゴン
同じ方向から何かを叩く音が聞こえた。
私はその音のする方へ近寄ると──
「えっ、ティア殿下?!」
私は少し離れたところに、その存在を確認する。
「ミミ!ミミ!」
ティア皇女は透明な何かに囲われてその場に立っていた。
見えないけど、箱のような何かがティア皇女を囲っている。
ティア皇女は半分泣きながら私を呼んでいた。
駆け寄ってどうにかしようも何もできない。
叩いてもびくともしない。
きっと魔法で、何かなっている。
いたずらなの?私は慌てて、ティア皇女に声をかける。
「どうされたのですか?!」
「ミミっ!お、お兄様がっ…の、ノアっ、お兄様が!!」
ティア皇女が叫んだ。
さっきまでノアがここにいたのだろうか。
だとしたら──
私は今朝のことを思い出し、ハッとしてティア皇女に声をかける。
「まさかっ、この仕業はド派手な服装の女性ですか?」
そう問いかけると、ティア皇女は一度頷いて、すぐに首を横に振った。
え、どっちだ。
「ちっ、違うのっ…これは、ティアを守るためにっ、お兄様がっね……、それで、女の人が…女の人がねっ来てねっ……、お兄様があっちに…」
ティア皇女はヒックヒックとなりながらも言葉を紡ぐ。
混乱している幼い子どもに、説明をさせるなんて酷なことなのに、ティア皇女は説明しようとしてくれる。
本当に聡明な子だ。
そして多分、多分だけど、ノアとティア皇女がいたときにマリッサさんに会ったんだ。
それで、ティア皇女に危害が及ばないように、この透明な箱を作った。
この叩いてびくともしない箱はきっとティア皇女を守るためのもの。
だとしたら、あの光は危険を知らせるための──
「殿下、少し1人にします。それでもいいですか?」
私が問いかけるとティア皇女はうんうんと頷く。
そしてぐしゃぐしゃになった顔で言葉を続けた。
「ミミっ…お兄様をっ、ノアお兄様を助けて」
「はい」
ゆっくりと頷いて私はティア皇女を宥める。
こんな時でも優しいティア皇女に感動しまくってたけど、それを表す余裕はなかった。
──そうだっ!
私は自分の手首の魔法玉を取り出す。
伝達魔法がこもっている魔法玉を選んでその場で作動させる。
きっとこれでティア皇女の居場所は伝わるはず。
その魔法玉だけを置いていけないので、私はブレスレットごとティア皇女を守っている透明の箱の上に置く。
「これで、すぐに助けは来ますから!」
私はそう言ってすぐに立ち上がって駆け出した。
ティア皇女の反応は見れなかった。
本当はこっちもプチパニック。
──ノア!
脳内ではノアがマリッサさんに襲われている絵が浮かんでいた。
服をビリビリに破られて──…
マリッサさんは何をするか分からない。
私に仕掛けて来たことがあるから、間違いない。
私は急いでティア皇女の指した方へ向かうと──
──いたっ!
すぐに見つかって、目的噴水の近くに2人の人影があった。
──ノア!
叫ぼうと思ったけど、全力すぎて口が開かなかった。
緊張とかいろんなもので、走ることで精一杯。
「ノア様、やっとゆっくりとお話しできますね!」
噴水の前で興奮気味にマリッサさんがノアに攻め寄っていた。
やっぱり派手な服装で、接触してきた令嬢と同一人物だと思う。
「…どちら様ですか?」
ノアは後退りながら、彼女に問いかける。
だけど、ノアの後ろは巨大な噴水。
コツンと当たってノアも顔を顰めた。
「私?忘れたのですか?私ですわよ!マリッサですわ!」
食い掛かる様に叫ぶマリッサさん。
やっぱり間違いなかった。
その言葉にノアはさらに暗い顔をしていた。
広い広場で2人は見えるのに、なかなか追いつかない。
追い詰められるようなノアに心で訴える。
──なんでっ!魔法を使わないのっ?!
口だけで言っていてもダメな人だ。
とにかく魔力を使って逃げるなりなんなりするべきなのに。
そう思っていると、ハッとした。
継続的な魔法は魔力の消費が激しいとノアが言っていた。
つまり──
──あぁ!ばかっ!
きっとノアはティア皇女の安全を最優先させたんだ。
分からないけど、ノアの足元が少しふらついている。
あの魔法が強力なものだったら、ノアの体の負担は半端ないはず。
危険を知らせるだけで精一杯だったのかもしれない。
その間もマリッサさんはヒートアップしていた。
「私ですわっ!ノア様の愛にやっと応えられますわっ!」
「愛…?」
「えぇ!あの夜、私はノア様の愛を受け取った!ですので、ここまで来ましたわ!」
「何を言っているのか…」
ノアが困惑の表情を見えせる。
それを見たマリッサさんはすっと顔から表情を消した。
「………やっぱりあの女狐に騙されたのですね…」
これはかなり重症だ。
つまり、ただ助けたノアに恋に落ちたなんて可愛いものなんかじゃなかった。
ノアは自分に好意があったら助けた。
そんな考えにいつの間にか書き換わっている。
しかもマリッサさんの目がいってる。
「仕方ありませんわっ…ノア様、私を思い出して…!2人で幸せになりましょうっ!」
そう言って、マリッサさんの手のひらで何か黒い物体が蠢いている。
あれはなんだ。
けど絶対やばいやつ。あれがノアに当たったらいけないはず。
護身用の魔法玉は手元にはない。
──もうっ!!
いろんなものがもどかしい。
追いつけない事も、すぐに対処できる魔法もない事も。
今日は魔力なしなのが一番悔しい。
そう思っていると、私の手に繋がれたエリザべスが視界に入った。
エリザベスは私の手の中で揺れている肉にしか目がいっていない。
それを追いかけるように一緒に走っている。
──お前だっ!!
私はよだれをダラダラと垂れ流しているエリザベスに確信する。
「ノア様、私たち幸せに──」
マリッサさんはその黒い禍々しいものをノアに向けて──
「いけっ!エリザベス!!」
私は叫ぶと、思いっきり手に持っていた肉をぶん投げた。
走っていたわりには、肉は綺麗な円弧を描いて飛んでいく。
「さぁ!ノアさぁ─────」
ポト
確かにマリッサさん目がけて投げたけど、大きい肉の一つが上手いことマリッサさんの頭に落下。
マリッサさんはノアに詰め寄っていたけど、頭上の違和感にぴたりと足を止める。
「え…何………?」
マリッサさんが頭に手を置こうとした瞬間──
「ガゥルゥウウウウウウウウ!ガッ!!!!!!!!」
私によって我慢していた食欲が解放されたエリザベス。
もうなりふり構わず、剥き出しの肉に向かって飛びかかる。
「キャ─────────────────!!!!」
丁度、手で肉に触れていたマリッサさん。
かぶりとやられていました。
想像以上の悲劇に私はつい目を閉じちゃった。
──やば…
出てきた手がなかったらどうしようかと思ったけど、マリッサさんの手は繋がったままエリザベスの口から生還していた。
エリザベスはそこら辺に散らばっている肉に夢中。
「ガウッ!ガガッ!!!」
なんならまだマリッサさんの体に付着している肉を追っている。
「キャ──!こっちに来ないで!いやっ!いやぁああああああ!!」
マリッサさんは恐怖で大暴れ。
その気持ちよく分かるよ。私もかつて経験したさ。
いつの間にか禍々しい黒い玉は消えていた。
よかった。
そんなどんちゃん騒ぎをしている間に私はノアの所まで駆けつけた。
ノアは驚いてその場に座っていた。
「ミンディ嬢…」
「良かった…生きてた…」
ノアは少しフアフアした感じだったけど、すぐに正気になる。
「ティア皇女はっ…」
それと同時に、愛らしい声が届いた。
「ノアっお兄様っ!!」
振り返れば、警備兵や他の人々と共にティア皇女の姿があった。
良かった。伝達魔法がきちんと届いていた。
ノアもほっとした顔をしていた。
「…あの生き物は?」
ノアは立ち上がりながら、未だに肉を追いかけ回しているエリザベスを指した。
マリッサさんは腰を抜かして、エリザベスが動くたびに悲鳴をあげてる。
「ワニです。ヴェロニカのペットの、女戦士エリザベスちゃんです」
「そっか……」
ノアは呆然としていた。
他の人が来たからほっとしたのか、ノアはしばらくするといきなり吹き出した。
「ふふっ、ハハハッ」
そして耐えられなくなったとばかりに笑い始めた。
それはしばらく続いて──
「ははっ、本当にミンディ嬢はっ…はっはははっ」
こっちがあっけに取られた。
なんでそんなに笑うわけ?
私が笑い続けているノアを訝しんでいると、警備兵が一番のりで確認をしに来た。
けど、この状況に困惑している。
「これは一体…」
肉を貪るワニ、それに怯える令嬢、そして爆笑している公子…
カオスだった。
警備兵さん、私もよく分かりません。
そんな荒れ狂っている場所に人が段々と集まり始める。
警備兵さんはひとまず一番やばそうなマリッサさんを宥めていた。
けどエリザベスにはどう対処していいのか分からなくてわちゃわちゃしている。
「あら、ベス?食事中なのかしら?」
そこに今唯一エリザベスを大人しくさせられる人物がやってきた。
ヴェロニカがエリザベスを回収する。
さっきまで肉を貪っていたエリザベスはヴェロニカの姿を見て、嘘のように大人しくなった。
本当に教育が良くされている。
私は呆れて、まだ笑っているノアに声をかける。
「ノア、もういい加減落ち着きなよ」
「ははっ、それが久しぶりに魔力を使いすぎでっ、少しマナの流れが制御できなくてっ……」
ノアはお腹を押さえながら言った。
マナの制御ができないとそんな反動もあるのか。
よく分からないけど、ノアも頑張ったんだね。
「ミンディさん!大丈夫ですの?!」
「ノアっ!どうしたっ!」
そこにコーラさんと兄のアーノルドさんがやってきた。
2人は仲良しになったようで一緒に駆け寄ってくる。
アーノルドさんはノアに声をかける。
「おい、お前…マナの制御をしろ。漏れているぞ?」
「いや、ははっ、ちょっと待って」
「ただでさえマナの量が多いのに…」
アーノルドさんが堅苦しい話し方を崩してノアと話している。
あれ、この2人って友達なの?
「ミンディさん、これはどうなってますの!?」
「いや、私にもさっぱりで…」
「あなた、なんで騒ぎの中にいつもいるんですの?」
「いや、私も知りたいです」
苦笑いで答えながらノアを見る。
なんだか笑い疲れが見え始めたノアが心配。
「ノア、本当に大丈夫?」
笑い続けるノアを心配して、私が背中をさすろうとした。
「いやーーー!!!!」
すると、落ち着いたはずのマリッサさんが目をカッと開かせた。
警備の人たちも何がなんやらだから、驚いてマリッサさんからのけぞいた。
その隙にマリッサさんが立ち上がり奇声をあげる。
「あ、あんたさえいなければぁああ!!!!!!」
そう言って、マリッサさんがこっちに向かってきた。
マリッサさんが目指してくるのはノア──
ではなく私で──
ノアもそれに気づいて私の前にでた。
けど、それに構わず突進してくるマリッサさん。
全てがスローモーションに見えた。
アーノルドさんはコーラさんを引っ張ってマリッサさんから離した。
体もゆっくりとしか反応できなくて立っていた私をノアは庇うように抱きしめた。
私はノアを支えきれなくてそのまま後ろに倒れていく。
その瞬間だった。
ノアに触れられたところから何かがブワッと流れ込んできた。
なんだか体に新たな血管ができてそこを通るように、何かが私の中に入り込んでいく。
それはあたたかく優しくて、底知れない威力があるようで──ノアに似てて…
それに私の中の何かが引き寄せられて──
私とノアが後ろにある噴水に落ちたのと同時に、何かが光った。
遠くで悲鳴が聞こえた。
眩しくて、私は瞬時に目を閉じた。
私とノアの間からその光は弾けたように出てきて、私とノアはその衝撃で体が離れる。
光の弾ける勢いがすごくて私はより飛ばされたように感じた。
そしてしばらくして光がおさまり、目を開くと──
──ありえない…
目の前で噴水で倒れているノアの上に誰かが覆い被さっていた。
その子はノアと見つめ合う──
レイナがいた。




