13 ノア視点
そしてそれからは少し忙しい日々が増えた。
式典が近づいてきたからだ。
「いつもすまないね」
手伝っていると宰相にそう言われた。
人手がいるのだから仕方ない。
「いえ」
少し忙しいが、他の人ほどではない。
今日は、式典予算の配分に間違いがないか目を通していた。
「宰相、少しいいか?」
そこにノイトラール公爵がやってきた。
彼も宰相と同じく国王の右腕として凄まじい働きを見せる人だ。
常に公平な立場で、国にとって最良の判断を下す。
役人や貴族としての鑑だろう。ただ、僕は少し苦手だ。
「ノイトラール公、どうかされましたか?」
宰相が彼の相手をしようと立ち上がろうとしたが、ノイトラール公は「そのままで結構」と手で制した。
「出席者名簿を見せてもらった。グリード国が項目に入っているが?」
「あぁ、連絡が入ったのですよ…。緊急の議会を開くつもりで、今準備をしていたところです」
「…そうか」
ノイトラール公爵の表情は特に変わらない。
だが、深い彼のシワは彼の顔をより険しいものみせる。
それに宰相が何か感じ取ったようで、僕に顔を向ける。
「ノアくん、すまないが、少し席を外すね」
そう言うと、ノイトラール公爵も僕の方へ顔を向ける。
「あぁ、デネブレの子息もいたのか」
「お久しぶりです」
「元気そうでなよりだ」
「はい。お陰様で」
形式的な挨拶だけを交わした。彼は余計な会話はしない。
愛想もない僕が言うのもなんだけど、彼は信念が強い分難しいところがある。
ただ、彼の行動は凄く明快で好ましいと思う。
全ては彼が理想とする国としての最善の選択。
独りよがりな理想ではなく、国としての利益を考えている点がいいと思う。
今、スコットレット伯爵領地の薬草についての論争がある。
公爵との共同開発で万能薬が市場に出回るようになってから、かなり注目されているスコットレット領の薬草。
ある程度の確実性を得ればすぐに商品化し利益を得るか、副作用などのリスクを考慮して様子見でいくかだ。
保守派と革命派で意見が対立している。
その事業を進めた本人であるノイトラール公爵は、急いで今の医療を向上させ一時的な効果を期待するよりも、薬草自体の効能を把握して現状維持でいる方が国への批判を抑え込めれるというものだ。
今の命を救うか、リスクを避け後に命を救うのか。
これは考え方によってかなり変わる事だと思う。
万能薬に使用されているパナセはその点でもかなり評価が高い。
毒性は全くなく、マナの回復を促進する効果があるだけだ。
それによる副作用もなく、回復能力を上げるだけ。
民間療法としても使用されていた事もあってすぐに製品化されたが、他の薬草もそうだとは言い切れない。
──薬草か…
確か、スコットレットの植物は瘴気によってマナに変異があったせいだ。
──瘴気がマナに影響して…
この帝都に瘴気はほとんどない。
ないが、関係ないとも言えないかもしれない。
少し薬草について調べてみてもいいかと思った。
数日後、僕は時間の合間に宮廷で薬草を探していた。
何か瘴気によっての変異したものはないだろうか。
すると、ミンタを見つけた。
──あぁ、これもかつては瘴気にあてがわれたものだった
思い出して、僕はそれを調べようと手に取る。
手に毒が付着しないように膜を魔法で張っておく。
「ま!ノア様!!」
「何をなさっているのですか?」
すると令嬢方が寄って来た。
困った。最近はさらに彼女たちが苦手だ。
この裏でミンディ嬢に危害を加える人間がいるのだと思えば…
「……」
そう思うと余計に言葉が出なくなってしまった。
彼女たちを逆上させればまた迷惑をミンディ嬢にかけてしまう。
それぞれの香水が混ざり合って、複雑な匂いがする。
なぜ、香水なんてものがあるのだろう。
香りがあるのは食べ物だけでいい。
「…すみません。用事がありますので」
「まぁ!ならお供いたしますわ!」
「私も!」
断ったのに、更に食いつかれた。
これ以上に断る言葉が出てこない。
だが、変わりたいと思った。
──苦手だと避けていても何もならない
彼女もそう言っていた。
「申し訳ない。重要な用事なのです」
再度言ってみた。
彼女たちの怒りを買ったらどうしようかと思った。
だが、口で言わなきゃ伝わらない事も多いと知った。
すると、僕の予想とは違って令嬢方は迫り寄って来ていたのに、一歩下がる。
「まぁ…それは、お忙しいのですわね」
「残念ですわ…」
いつものような勢いは無くなっていた。
少しだけ、声を出しやすい空気感だ。
「はい。失礼します」
そう言って、離れようとしたが、さっき近づいて来た時にミンタが彼女たちに付着する可能性があることに気づいた。
「…あの、少し失礼します」
できるだけ、彼らの怒りを買うことは避けるべきだ。
そのリスクを考えて僕は彼女らに向けて指を鳴らす。
僅かな風と光が彼女たちの元に届く。
「ミンタの毒が付着している可能性があるので」
そう言って、僕はその場を去った。
後ろから悲鳴が聞こえた。
僕はそのしばらく後に、ふと足を止めた。
──もしかしたら、あれは無礼だったのだろうか…
さっき聞こえたのが、令嬢たちの悲鳴だったら僕は謝るべきだった。
後悔しても遅いことが僕には多すぎる。
「ノア、聞いてくれっ!」
気分が下がった気持ちで、立っていると、今度は前からアーノルドがやってきた。
彼にしては嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる。
最近で一番明るい顔だ。
「今日、妹と話せた!」
彼は僕にそう報告した。
そうだ。この前、僕も彼の妹に会った。
すっかり忘れていた。確か、ミンディ嬢の同僚だった。
アーノルドの言う通り、小柄な令嬢だった。
アーノルドと違って大きな目だったが、吊り上がり方は一緒だ。
「よかったね」
僕は喜ぶアーノルドに笑顔を返す。
「あぁ!妹が『避けてごめんなさい』と健気に言って来たのだ。そして、今まで自分が家にふさわしい人間ではないと落ち込んでいたことを教えてくれた…」
アーノルドはその時を思い出したのか目頭を押さえる。
「私は全く気づいてやれず……、しかも冷たい言葉ばかり……妹の背中を押すどころか、追い詰めていたんだ…。あの子は期待に応えてみせると笑っていたが……くっ。これほど自分の行いを悔いた事はない」
彼女もアーノルドに似て努力家なのだろう。
十分、ジャマ家の血を濃く継いでいる。
そして今までのアーノルドの事だ。
きっと「そうか」ぐらいしか答えられなかったのだと思う。
僕たちはお互いに言葉が足りないのかもしれない。
「彼女の言う通り、あの子に直接聞いてあげるべきだった…。兄妹なのに、支える事もしてあげれれず…」
副騎士団長がこんな道端で男泣きを始めてしまった。
いや、それがいけないと思うのは固定観念かもしれない。
彼だって、そうしたいことはあるはずだ。
「僕は、君が妹を心配していたことは十分知ってる」
僕はアーノルドに言った。
後悔したらこれからすればいいとは僕は簡単に言えない。
アーノルドは言葉を詰まらせながら、うんうんと頷く。
「あぁ、今度彼女に会ったらお礼を言わなきゃいけない。妹は同僚の姿を見て吹っ切れたみたいなんだ」
僕は『同僚』の言葉に反応した。
繋がる人物はミンディ嬢しかいない。
「…どんな事が?」
問いかけると、アーノルドは妹づてに聞いた先日の出来事を語ってくれた。
──2度目だ
魔力変換できない体で他人の魔石を触るなど無謀すぎる。
僕はその彼女の勇気に、心臓が痛くなった。
「ノアッ!どうしたっ!?」
そして聞いて仕舞えば、いてもたってもいられずそのまま走って彼女の元へ向かってしまった。
きっと迷惑をかけてしまう。
頭の端でそう思いながらも、彼女の無事をこの目で確認したくて──
心より体が先に動くなんて初めての体験だった。
なのに彼女は心配するほどでないとケロリとして見せる。
彼女をみると安心する。
そして、やっぱり凄いと何度でも思い直す。
「へぇ~古代魔術なんてものもあったんだ」
ミンディ嬢は自分のマナに関する話をすると興味深く聞いてくれる。
彼女も自分が魔力を使えるようになるかどうかは半分半分なのだと思う。
だから僕も気楽に話せる。
ミンディ嬢とティア皇女の宮殿内で時々会うようにしている。
約束している時もあれば、ふらっとよる事もある。
その時々で違う。
「はい」
「そっか、教皇の血はそう言うことにも精通していて強いね」
「いえ、僕はノル教皇の血は入っていない」
「ん?でも、ひいおじいさんのお父さんは教皇なんだよね?」
ミンディ嬢が首を捻らせて聞いてきた。
僕もその通りだから頷く。
「曾祖父はノル教皇の養子。神殿や教国は魔力や異能力の強い者を神官としてや、時には養子として迎え入れることがある」
ミンディ嬢も僕の話を聞くと、うんうんと頷いた。
「まぁ、貴族でもよくあるよね。私のお父様もそうだよ。私が生まれる前にウルグス子爵家の養子になったの」
「直系主義ではない貴族も最近は増えて来たから。最近は血を繋げるというよりは、家を存続させる事が優先される」
「まぁ、現実的に考えて領民がいるしね」
ミンディ嬢は考えが柔軟だ。
「でも、凄いね。教皇の資料が沢山あって、まさに家が国宝になりそう」
「父は家宝だと」
「うちにも家宝はあるけど、比べ物にならないよ」
ミンディ嬢は頬をかいて苦笑いで言った。
「えっとね。すごく錆びた短剣」
僕が首を傾げればすぐに答えてくれる。
彼女は人の感情を読み取るのも上手い。
「お母様はそう言ってたけど、全然見えないんだよね。普通の引き出しにしまってあるしさ」
「歴史的に価値のあるものかもしれない」
「どうだろうね。ただ使えなくなった剣にしか思えないけどね。きっと子爵家に代々受け継がれるなんかなんじゃないのかな?昔、王家か皇家から送られたとかさ」
ミンディ嬢はそう言ってケタケタと笑っている。
確かに我が家にも明確でないものは多い。
「だとしたらバチが当たるかもしれないし、大切にしなきゃだね。ワイアットは家を継ぐ気はあるのかな?あの子にも言わなきゃな」
その言葉に僕は少し驚いた。
「ミンディ嬢の姉弟は弟君だけでは?」
「そうだよ?」
ミンディ嬢は不思議そうな顔を返してきた。
「なのに継がないという選択肢が?」
「え?それはあるでしょ?本人が望めばさ。方法があって許される余地があるならありなんじゃない?そうなら私は応援するしかないじゃん」
そう清々しく笑うミンディ嬢はやっぱり憧れてしまう。
「ミンディ嬢は素敵だ」
僕がそう言うと、ミンディ嬢は目を見開いかと思うとすぐに顔を俯かせた。
そしてしばらくして顔あげると、少し赤くなっていてミンディ嬢は子供っぽく下唇を突き出して、拗ねたように頬杖をついた。
「ノアは憧れる、すごいとか言うけどさ……、ノアって、別に自分に自信がないわけじゃないよね」
彼女の言葉がよく分からない。
自信とかそういうものは僕とはかけ離れている。
僕が首を傾げると、ミンディ嬢は拗ねたまま言葉を続ける。
「だって、ノアってそう言う言葉を言う割にはすごく堂々としてるよ?話し方とかさ態度とか」
「そう教育されたから」
所作などは全て幼い頃からのものだ。
僕の意思とはまた別に刷り込まれた物だと思う。
「でも、ノアってはっきりしてるからね」
ミンディ嬢ははっきりと言った。
それだけは間違いないと自信があるようだ。
「苦手だなんだとか言いながら、嫌な事は嫌だし、面白くないことは面白くないって言い切っちゃうしさ。別にそれを好きになりたいとかじゃなくて、ノアはノアのやりたい事を自分でちゃんと分かってるって言うかさ…ただ、周りが違う期待をするからこまってるだけっていうかさ…」
ミンディ嬢はそうぶつぶつと呟いて、用意されたカップをスプーンでぐるぐると掻き回している。
「僕はやりたいことがあるわけではない。やるべきだからやっているだけ」
それだけ。
手伝いだって中途半端な事なら迷惑になるからできるだけこなせるようにする。
人には迷惑をかけないようにしているだけだ。
するとミンディ嬢は僕を睨むように見つめた。
「ノアの『凄い』とか『憧れる』ってのはさ、別にそうなりたいってものじゃなくて、ただノアが他人を認められる器がでっかい人なだけな気がする」
ミンディ嬢の言葉は誉めているのかもしれないが、なぜか口調と態度は僕を責めているかのようだ。
どっちなんだろう。
器が大きいなど初めて言われた。
「あーあ、ずるい。私にだって何か一つぐらいくれればいいのにさ。一々、『憧れる』とかむず痒くなるようなことを言わなくったって……」
「?」
ミンディ嬢はぶつぶつとまた呟く。
さっきの勢いとは反対に、顔をまた赤くして失速した馬車のようだった。
ミンディ嬢はよく分からない言動が多い。
でも、それが不安に思うよりも、面白い方が勝る。
なんだか見ていたいと思ってしまう。
「何笑っってんのさ!ノアが悪いんだからね!」
ミンディ嬢はプリプリして言った。
それもなんだか興味深い。
──可愛いな…
そんな感情が芽生えた。
*****
「ノア兄様もミミが好きなんだね!」
ミンディ嬢に注意を促された後、式典に出席する僕の元へ駆け寄ってきたティア皇女に、僕はミンディ嬢の話をした。
探していた令嬢が彼女だった事もまだ伝えていなかった。
式典前なのでティア皇女が疲れてしまわないように僕は抱っこをして歩く。
散歩をしている方が挨拶ばかりしているティア皇女も気分転換になるはずだ。
バーリードゥ侯爵夫人にも頼まれたので、少し2人で休憩している。
ティア皇女は妹のようで可愛い。
でも、ミンディ嬢に感じたものとは少し違う。
生まれた時から知っていて、僕を兄として慕って頼ってくれる。
僕はアーノルドが妹を思う気持ちが少し分かる。
「はい。好きです」
僕はティア皇女に言われたことを肯定した。
良き友になりたいと心から思う。
すると、ティア皇女は愛らしい丸い瞳をキラキラと宝石のようにさせた。
嬉しくて興奮しているのか、僕の首に回していた腕に力を入れる。
少し苦しい。
「そうだよね!そうだよね!ノアお兄様もミミ好きだよね!ミミはすっごく素敵なの!あのね!」
話したいことが沢山あるようでティア皇女は止まらない。
だが、思いが先走って上手く言葉になっていない。
彼女が思うように説明できるまで、僕は相槌を打ちながらそれを聞く。
「だから、ティアも大好きなの!ミミとノアお兄様が仲良しならとっても嬉しいね!」
「それはよかったです」
「うん!」
話しきって満足したのかティア皇女は頬を紅潮させている。
でも気分は上がっているようで、パタパタと足は落ち着いていない。
多分この調子なら式典の前に寝てしまうと思う。
「ノア兄上!」
そうしていると、近くからティア皇女の兄である皇太子がやって来た。
ティア皇女に似た髪色と瞳、そしてはっきりとした顔立ちは僕なんかより凛々しい。
時期皇帝として即位するだけの威厳がすでに備わっている。
時々彼に勉強を教えることはあるが、要領がよくきっと民を率いる力もあるはずだ。
「あ、ティアお前またノア兄上に甘えて…」
皇太子はティア皇女を見つけるなりため息をつく。
ティア皇女もムッとしてすぐに反論する。
「お兄様はまだ小さいから全然抱っこしてもらっても楽しくないもーん」
「俺はまだ伸びしろがあるんだ」
「ティア、難しいことはわかんな~い」
ティア皇女は拗ねて僕の首に顔を埋めてしまった。
このまま眠ってしまいそうだなと思いながら僕はその小さな背中に手を置く。
「僕が好きで抱っこさせてもらっているのです。殿下も、身長が伸びてますね。もう少しで追いつかれそうだ」
笑いながら言うと、皇太子は少し恥ずかしそうに頬をかく。
彼も僕の弟みたいな存在だ。
一人っ子の僕には、皇子皇女は皆兄弟のよう。
「兄上、前みたいに気軽に話してください」
少し寂しそうに皇太子が言った。
「殿下ではなく、フィンと呼んでくださいよ」
「立太子されたのです。そうはいきません」
僕はティア皇女の寝息を感じ、軽く体を揺らす。
皇太子は最近立太子されたばかりだ。
15歳ともなれば、次期皇帝として任されることが多くなるはずだ。
それを十分こなせる能力が彼にはある。
僕はうっかり昔のように接してしまいそうでできるだけ言葉には気をつけている。
「ティアなんかにもその様な言葉遣いをされるし…」
「もう僕も21を迎える大人なのです。昔と同じではいけませんよ」
よく父に言われる言葉だ。
皇族と近い関係が過ぎると、僕が追い詰められることもある。
一線は引いておくべきだ。
「ったく…、兄上はこういう時は頑固になる」
『頑固』、最近似たような事を言われた。
僕は、考えに柔軟な人間だと思っていたがそうでもないのかもしれない。
それを思い出すとふっと口元が緩む。
「そうです。僕は意外と頑固なんです」
「え?なんで嬉しそうなんですか?」
困惑する皇太子をよそに僕は緩んだ顔のままで笑った。
そして、僕はしばらく皇太子と談笑した後、起きたティア皇女と共に散歩を再開させた。
皇太子は忙しいらしく今日はあまりふらついてられない様だ。
「また会いにいきますから」と約束して別れた。
──大きくなったな
そう思う。
小さい頃は僕の後を今のティア皇女の様について回っていたのに。
それが遠い昔の様だ。
──まだ21年しか生きてないのに
自分はまだ未熟な人間だから
「殿下、あまりぐっすり寝てないでしょうから、宮殿に戻られますか?」
僕がそう声をかけると、ティア皇女は僕の首にしがみついたまま首を横に振った。
寝起きで目がきちんとあいていない。
「いーや。ノアお兄様とお散歩する」
「とは言っても、もうすぐ式典前ですよ?」
そうなれば僕も公子としての仕事がある。
ティア皇女もそれを知っているから、寝起きの不機嫌さでぶー垂れた顔をした。
いつも聡明な子だけど、やっぱりまだ子どもだ。
僕は片手でティア皇女の顔に張り付いた髪を払う。
寝てしまったせいで、少し髪が乱れてしまった。
後でバーリードゥ侯爵夫人に直してもらわないといけない。
「あのね…、ティア、ノアお兄様に聞こうと思ってたことがあるの」
「なんですか?」
なんとか目を擦って起き上がるティア皇女。
僕の首は苦しさから解放された。
「ノアお兄様って、ミンタの葉っぱが好きなの?」
「…なんの話ですか?」
「ミンタを持っていれば、ノアお兄様と近づけるって聞いたの。だから、ノアお兄様はミンタが好きなのかなって思って」
「?」
ぼんやりと語り続けるティア皇女。
だけど、僕はいまいち話を把握できない。
一回研究に採取したことはあるが、それが勘違いされたのだろうか。
「別に好きではないです」
「そうなの?」
「はい」
「なんだ。ノアお兄様にいい匂いのミンタの葉っぱをあげようと思ったのに」
話しているとティア皇女は目を完全に覚まされた。
よかった。
「僕は爽やかな匂いより、甘い香りの方が好きです」
「ふふっ、ノアお兄様は甘いのばっかり好きだね」
「はい」
ティア皇女はクスクスと笑う。
そうれに微笑み返しながら、僕は好きな香りを想像してみる。
甘い香りでも、ほのかに薫る甘さで、ひだまりの中にあるような──
──そういえば、さっきの会話は久しぶりだった
ふと思い出した。
ミンディ嬢が気をつけてと言っていた。
あの時は本当に久しぶりに交わしたものだった。
お互いに式典の準備で忙しかったせいでもあるが、後から寂しさを感じる。
その寂しさが嫌で、ティア皇女を少し強めに抱き寄せた。
「ノアお兄様?」
「あっ、すみません。痛かったですよね」
僕は申し訳なく思い、ティア皇女をおろした。
ティア皇女は不思議そうにこちらを見上げる。
「…そろそろ戻りましょうか」
「うん」
僕たちは手を繋いで一緒に帰ることになった。
なんだかいろんな感情が右往左往し始めて落ち着かない。
──なんでだろう。
こんな気分は初めてだし、得意じゃない。
そんな事をぼんやりと考えていると──目の前に人影が見えた。
「ノア様」
そう呼ばれて、顔を上げると、そこには見覚えのない令嬢が立っていた。
「やっと、お話しできますわね。私、待ってましたのよ?」
そう言って、笑う令嬢にゾッとする。
目がこちらを向いているはずなのに、見えていない様で──




