12 ノア視点
そして、ミンディ嬢は僕を驚かせる天才だった。
会うたびに新しい解を教えてくれるのはもちろんだが、彼女は少し自分を無下にし過ぎる。
一回目は僕のせいでミンディ嬢が巻き込まれた時。
怪我はないと言っていたくせに、全く大丈夫ではなかった。
彼女の腫れ上がった手を見て、僕は一気に頭に血が上った。
──っ……
心の中でも言葉にならない感情が込み上がってくる。
どう表現すればいいのか、僕には分からない。
ただ、その感情は吐き出せは取り返しのつかないものになりそうだった。
初めての体験に僕は自分を落ち着かせるのが精一杯だった。
あんな言葉遣いも、自然と体に力が入ったのも──
友としてこれは迷惑な事ではないと彼女は言ったが、それに甘えるほど僕も浅はかではない。
僕のことは気を遣ってくれるが、彼女は自分の事に少し無頓着だった。
──何が、憧れだ…
その前に彼女は人だ。
何かあれば命を脅かされる事だってある。
そう考えた時、僕の知らない感情がまた湧き起こってきた。
それが、自分に対するものなのか、得体の知れない令嬢へのものなのかは分からない。
だが、僕はこれを無関心でいるつもりは無かった。
全ての元凶は自分の不甲斐なさだ。
もしかしたら、彼女は私に恨みがあるのかも知れない。
僕は贈り物も好意ばかりではないと知っている。
昔、送られてきた焼き菓子に女性の長い髪の束が混入していた事があった。
公爵家でも贈り物も異常がないか調べる。
その過程でいくつかそういった物が出て来たことがある。
その件に関して、父は「ノア、お前も苦労するな…」と苦虫を噛み潰した様な渋い顔をしていた。
父は慣れているようでもあった。
きっと、呪いか何かの一種なのだろうと僕は理解した。
古代魔法の一つに、体を一部を使用する事で強力な呪術が完成できるものがあった。
その関連だとしたら、デネブレ公爵家の没落を望む者たちが常に送ってくるものかもしれない。
それなら僕の代でも同じことが繰り返されるのだと父は察したのかもしれない。
僕が社交界に顔を出すようになって始まったそれは今でも続いている。
だから、手紙や贈り物は一旦、他の者の確認が入り、必要なものだけ回ってくるようになった。
もっと最初から対処をしておけば、ミンディ嬢に危害は及ばなかったかもしれない。
本来なら、これ以上の危害を抑えるために離れるべきなのは分かる。
分かるのだが、それを僕の口から出せずにいる。
そんな僕に気づいたのかは分からないが、ミンディ嬢もそれでいいと言った。
本当に強い人だと思う。
僕は少しでもミンディ嬢が自分の身を守れる方法を考えた。
彼女は魔力がないため自分での防御魔法をすることは難しい。
専門外だが、意外と学問というのは仕切りがあるようでない。
僕の分野でもマナの流動計算はしたことあるし、どこかでマナの魔力変換係数の個体差に関する文献を見た憶えがある。
少し齧ってみると、最近、高価な魔石により魔法自体が貴族の象徴になっているが、それを市民にも普及させる方法がないかと研究している事があると判明した。
魔石の構造を解明することによって、それを人工的に作り出し、製造の容易なガラス玉に落とし込む試みだった。
今はその前段階として、魔力をガラス玉に落とし込めるのかを研究しようやく試作品が完成したところだった。
きっとそれがミンディ嬢の力になればと、僕はそれを彼女に渡した。
少し気分が上がっている彼女の顔を見ていると、じんわりと広がる気持ちがあった。
──ミンディ嬢には笑っていてほしい
そう思った。『魔力なし』であることさえ跳ね飛ばそうとする彼女は誇らしい人だ。
彼女を簡単に揶揄する人間は、何も分かっていない。
それにマナがあるミンディ嬢に『魔力がない』と言う表現はおかしい。
魔力がないという事は、その元であるマナが枯渇している条件が必要だ。
だが、ミンディ嬢にはマナ自体はある為、魔力なしという事ではなく、魔力に変換する何かが足りない。それだけだ。
──だとしたら…
マナの循環に問題があるのかもしれない。
体内を循環する事なく、どこかへ排出されている。
あんなマナの動きを見たのは初めてだ。
マナ自体の量は普通に魔法を使用できるぐらいに見える。
──マナがどこかへ消えていく…
ふと思い出し、僕は古代魔法の文献を探した。
古来、魔法は2通りあった。
誕生を主軸として成り立つ白魔法と、破壊を主軸として成り立つ黒魔法。
魔石が発見されなかった時代には、自力でマナを魔法へ変換する人材は貴重で、その力を拡大させようと様々な実験が行われていた。
もしかしたら、何かヒントがあるかもしれない。
魔石の発見によって、古代魔法は廃れ、今では研究する価値、意味がないとされている。
だが、何故かそれについての文献が僕の家には多くあった。
曽祖父の父、ノル教皇の遺品なのかもしれない。
『白魔法は太陽の神によって与えられし特別な力。新たな力を生み出し、この地を救うだろう』
一つの本を見つけた。
それは一つの信仰を作り出した考えが載っているものだった。
この本が作られたのは、かつてソレイユ国であり、今はグリード国である場所。
そして歴史では『空白の時代』として記される時。
『空白の時代』、その時代の事は極端に記録がない。
まだ都市国家が形成され始めて部族が多かった時代で、キル教国が成立し記録が管理されるようになる前の事。
人によっては『記録するという考えがなかった』という意見があるが、多くの研究者の認識は『記録を残したくない何かがあった』というものだ。
僕もそれが自然な考えだと思う。
過激的な思想として忌み嫌われる『太陽の民』に関連する事なのではという憶測もある。
白魔法を善、黒魔法を悪と捉えた考え方が根本にあり、それが太陽神を崇拝しその他を排除するような考えにつながったとされている。それでも、一説に過ぎない。
ただ、それを論理づける内容がこの本には記載されている。
中には、白魔法によって様々な実験が行われた事を匂わせる内容もあった。
そしてその中に──
『神の代理人がこの地に舞い降りる。新たな力を持つその者は救世主である。彼らの力は、我々の祈りによって導かれる』
──…代理人?聖女の事か?
キル教の神話の中に登場する人物だ。
神の愛し子、意志を継ぐ者として表されている。
基本的に瘴気を浄化させる能力のある者で、僕の曾祖母もそうだった。
まだ魔石もなく、神の加護を信じられていた時代で、曾祖母は瘴気を浄化させる能力を神から授かっている聖女だと噂されていた。
その能力は、普通の魔力とは異質な能力である為かなり、重宝されていた。
それなら地を救う救世主として定義づけられる。
そしてふと過るのは太陽の民の儀式の一つである『太陽の儀式』
太陽神からの恩恵を貰うために行う儀式。
祖父が一度、曾祖父から聞かされたと語っていたことがある。
確か曾祖父が『太陽の民』であるソレイユ国と戦をしていた時の話だ。
*****
「偉大な力を得るには、大きな犠牲が必要となるものらしい」
祖父はそう言って、呑気に釣りをしながら僕に笑いかけた。
「お前の曾祖父はそれを食い止めるために戦ってな。ソレイユは、自国の民を犠牲にすることで自分たちの理想を実現させようとしたらしい」
幼い僕にするには少し血生臭い話だった。
けど、祖父はそんな空気を気にせず、いつもののんびりとした口調で続ける。
「理想って?」
僕も疑問を素直に表した。
「彼らは太陽神に愛された者は特別な力が得られると信じていてな、民を犠牲にして『太陽の儀式』を行うことで、大きな力を持ちこの世界を支配するつもりだったらしい。親父はその儀式が本当に達成されれば、時空が完全に歪み壊れてしまうと言っていたな」
「時空?」
また新たな言葉に僕は首を傾げた。
「世界は完全ではないから時々歪む。それを人為的に引き起こすのが『太陽の儀式』だ。あ奴らはまだ懲りずにやりおって…」
祖父はため息をついた。
僕はまだ理解ができずに首を傾げた。
すると、祖父は釣り竿を左手に持ち替えて、僕の頭を撫でた。
「ま、それでもまともな人間がいたから救われた。この世はまだ捨てたもんじゃない。ノアよ。楽しんで死んでこいよ」
*****
なぜその事を今思い出したのだろうか。
忘れていたのに、いきなり思い出された。
ただ、ミンディ嬢のマナが何かに導かれるように消えていくからだろうか。
ただ、時空の違うどこかに消えていくと聞かされれば、疑いながらもどこか納得してしまう。
──時空…
「時空?」
再び考え込んでいると、いきなりアーノルドの声が聞こえた。
顔を上げればアーノルドがいた。
「最近会えないから忙しいと思っていたら、調べ物か?式典の準備ではなかったのか?」
「ノックくらいしてくれ」
「私は顔パスだろ?」
「…」
それでもいいと僕は言ったのだろうか。
記憶にないけど、言ったのかもしれない。
だったら、彼を責められない。
「式典の準備で忙しいのでは?」
アーノルドは僕の研究室に入るな否や、勝手にソファにドスっと座り込んだ。
式典前の会議があったようで、ただでさえ堅苦しい服装をさらに着込んでいた。
座った拍子にそれらがジャジャラと音を立てる。
「ある程度は片付けた」
「宰相の補佐官にならないのか?望まれているのだろ?」
「僕は要領がよくない。きっと仕事となれば役立たずだ」
その自信がある。
手伝いが一番いい立ち位置だ。
「それで?何をそんなに必死に調べている?お前にしては珍しい」
アーノルドは物珍しそうな顔をこちらに向ける。
見せ物になった気分だったが、彼の言葉に思考が停止した。
──必死?
「お前の側近から聞いたが、お前、今までの贈り物の主をリストにしてるのだろ?どうした?」
アーノルドはさらに疑問を投げつけてくる。
少しでも、相手を知ろうと問題があったものに限って、過去の贈り物を調査をしている。
不思議な事に、その送り主は時々男性のものもあったが、ほとんどが女性からの物だった。
僕は女性に嫌われるたちなのかもしれない。
だから、あんなに恐ろしい勢いで理解のできない言葉をぶつけられるのだろうか…
古来の呪術で女性にしか使えないものもあるかもしれないと、ミンディ嬢のマナのついでに調べている。
ただ、髪の毛や、爪などを使用する呪術はまだ分かっていない。
きっとミンディ嬢は僕よりも恐ろしいと思う。
どうにかそれを取り除くようにしたいが、送り主らに派閥や家柄などの共通点がない。
時には送り主も分からないものも多い為、分類することができない。
「何にそんなに懸命なんだ?」
アーノルドはそう僕に問いかける。
僕は、それに答えようと口を開きかけた時──
──言いたくない
そんな事を思ってしまった。
なんでだろう。ミンディ嬢は誇らしい友で、アーノルドも尊敬できる友人だ。
そんな2人が仲良くできれば僕も嬉しいはずなのだが、なぜか気乗りしない。
アーノルドがいい奴だからこそ言いたくない。
「……」
「おい、どうした」
はっきりしないその感情に黙り込んでしまった。
そんな僕にアーノルドは顔を覗き込んでくる。
少し考えて、一番納得できる言葉を選ぶ。
「僕は嘘は気持ち悪くなるから嫌いだ」
「あぁ、お前はそうだろうな」
アーノルドは頷いた。
やっぱり彼は僕という人間をよく分かっている。
「だから、言っておく。理由は君に言いたくない」
「それは、どういうことだ?」
「言わない。言いたくないから」
「おい」
「…」
怪訝な顔のアーノルドを置いて、僕は書物に目を落とした。
きちんと気持ちは伝えた。
僕にしては、話したと達成感があった。




